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第十五章 レニとユーリの神隠し

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「キリウさん、耳栓よろしくお願いします!」

レンさんはパシンと自分の拳をもう片方の手に
打ち付けて気合いを入れるとまっすぐ前を見ている。
その方向からかすかに狼の遠吠えみたいなものが
聞こえた気がした。

「了解、気を付けてな。炎狼から感じる魔力の質が
ちょっとおかしいから、もしかするとハーピーに
操られてるかも。」

「うわ、めんどくさい。だから嫌いなんですよ
ハーピーって。あの耳障りな声もイライラする。」

ブーブー文句を言うレンさんにキリウさんが手を
かざせば、レンさんの体は一瞬だけ青白い光に
包まれた。

「防御魔法完了、っと。ちょうど炎狼の姿も見え
始めたな。よーし行ってこーい‼︎」

キリウさんにぽんと肩を叩かれて荒れ地の向こうを
指差されたレンさんが

「俺は犬ですか」

ちょっとだけ嫌そうな顔をしたものの、じゃあお先に
とキリウさんが指差した方へと走って行く。

「あっ!見ろユーリ、炎狼だ‼︎」

レニ様が馬の上で腰を浮かせてレンさんの走って
行った方を指差した。

狼みたいな遠吠えがうっすらと聞こえたと思ったら、
今はもうレニ様の指差した方からこちらに向かって
来る大きな狼の群れが見えている。

その体に纏っている炎の色も鮮やかに、まるで炎の塊
がこちらへ迫ってくるようだ。

大きさ的には狼っていうか小さめの象くらいは
ありそうなんだけど、あれ?炎狼ってあんなに
大きかったかな?

騎士団の演習見学で見た擬似魔物の炎狼はもっと
小さかったような・・・。

するとレニ様が「ウソだ、炎狼があんなに大きいわけ
ない‼︎」と大声を上げた。やっぱりそうだよね?

だけどキリウさんは私とレニ様にも手をかざして
レンさんにつけたみたいな青白い光を纏わせながら

「え?いやあんなもんでしょ?纏ってる炎はヨナス神
の影響でちょっと火力が強いかも知れないけど・・・
ああ、もしかしてイスラハーンにはこの大きさの炎狼
がいないのかな?」

と不思議そうな顔をした。

・・・百年前の魔物ってこんなに大きかったんだ。
思わずレニ様と二人で顔を見合わせてしまった。

こんなに大きくて強そうな魔物を倒して平和な国の
基礎を作ってくれたレンさん・・・勇者様の凄さと
ありがたさを改めて実感する。

「よし、レニ君とユーリちゃんにも防御魔法をかけて
あげたから、これでハーピーの攻撃も心配しなくて
いいからね。」

「ハーピー?防御魔法?」

レニ様がきょとんとしている。あ、知らないんだ。
私は魔物辞典で読んだから知ってるよ。

まあミミックワームと同じで実際に見たこともその
魔法を体感したこともないけど。

「あれ、これもイスラハーンにはいない?いいねぇ
平和で。ハーピーは鳥の体に人間の顔を持った鳥の
魔物だよ。その声に魔力があって、聞いた者の気を
狂わせたり自在に操ったりするからね。耳栓代わりに
その魔力を弾く防御魔法をかけてあげたんだよ」

ほら、さっきレンの奴も耳栓よろしくって言ってた
でしょ?とキリウさんが顎でレンさんの駆けて行った
方を指し示せば、ちょうどそちらではあの大きな
炎狼が一頭、空に向かって蹴り上げられていたところ
だった。まるでレジナスさんみたいな馬鹿力だ。

ぽかんとしてそれを見ていたら、ピュルルル・・・
と甲高い鳥の声が辺りに響いた。

「あれがハーピー。・・・結構いるなあ。」

頭上を見上げたキリウさんにつられて私も上を見れば
いつの間にか私達の頭上を十数羽の大きな鳥が旋回
していた。

黒がかったウェーブした髪の女の人の顔が翼を持って
飛んでいる鳥の体に乗っている。魔物図鑑で見た
通りだ。

ハーピー達がピューイ!と声を高く揃えて鳴けば、
レンさんを囲んでいる炎狼の炎が更に赤々とその
輝きを増して燃え盛ったようだった。

「鳴き声に魔力を乗せて炎狼の魔力を増幅させてる
のか。・・・よしユーリちゃん、さっきも聞いたけど
オレの剣技と魔法どっちが見たい⁉︎」

「え?」

独り言を言ったと思ったらにこやかにキリウさんは
私に向き直った。

「やっぱりオレもちょっといいところを見せたい
じゃない?どっちもすごくかっこよくてオレは自分で
選べないからユーリちゃんに選んで欲しいな!」

レンさんは一人で炎狼の相手をしているというのに
キリウさんは自画自賛をして随分とのんきだ。

「何を見せられても惚れ直すとかないですよ?
そもそも惚れてないんですし。」

一応念を押す。

「見たら惚れるかもよ?さあどっちにする?」

あの紫色の瞳を輝かせてずいとせまってくる。

ウッ、止めて欲しい。眩しい。

「じゃあ魔法で!」

シグウェルさんに似た顔でせまられると、あの
火の玉豪速球みたいな口説き文句を言われたのを
思い出して顔が赤くなりそうだ。

そんな事になったらキリウさんに自分のことが好き
なのかと勘違いされてしまうのでそれはいけない。

とりあえず、すごい魔導士だっていうキリウさんの
魔法を見せてもらえば後で何かの参考になるかも
知れないと、慌てて魔法を選ぶ。

「うん、魔法ね。じゃあハーピーを落とすからよく
見ててね、ユーリちゃんがこれから魔法を使う時の
勉強になるかもしれないよ。」

にこにことそう言ったキリウさんは、すいともう一度
頭上を見上げて私達の上を旋回するハーピー達の位置
を確かめた。

そうして視線を戻すとその顔から今までの笑顔はなく
真面目な表情でスッと目を閉じるとその両手をパンと
打ち付けた。

「盾」

柏手を打つようなその手の音と言葉に反応して、
瞬時に空を舞うハーピー達をぐるりととり囲むように
中空に巨大な盾がいくつも浮かぶ。

ほこ

また短くそう言ったキリウさんが打ち付けて重なって
いた両手をゆっくりと開けばその手の間にずらりと
いくつもの金色に光る槍のようなものが現れた。

つらぬけ」

目を開けて自分の前に並んだ金の槍を放り投げる
ように空に浮かぶ盾に向かって両手を広げると、
槍は物凄いスピードでハーピー達ではなくその盾に
向かって飛んでいく。

「ハーピーを倒すんじゃないのか⁉︎」

レニ様が何してるんだ?と声を上げた。

と、カンッ、キンキンと鈴みたいな澄んだ音を立て
ながら盾にぶつかり反射した槍が反射によって増した
スピードと威力で四方八方からハーピー達の体を
貫いて撃ち落としていった。

ハーピーが槍を避けようとしても、盾に反射した
それがどこから飛んでくるのか軌道が読めない上に
すごいスピードで突き刺さってくるので避けようも
ないみたいだった。

金の槍に貫かれたハーピー達は、さっきまでの甲高い
声とは全然違うギャア、と言う濁ったひどい声を
上げて私達の近くにぼたぼたと落ちてくる。

確かハーピーってこの死ぬ時の断末魔にも魔力が
あるんだよね。それを聞いた人は死ぬとか気が狂う
とか、まるでマンドラゴラを引き抜いた時みたいな
ことが辞典に書いてた。

多分キリウさんが防御魔法をかけてくれていなければ
私もレニ様もその断末魔の声にやられていたのかも
知れない。

そんな事を考えていたら、気付けば頭上を飛ぶ
ハーピーは一羽もいなくなっていた。

全部地面に落ちている。瞬殺だ。

「すっげぇ、カッコいい!なんだこの魔法!」

ついさっきまで私から離れろだなんだとキリウさんに
怒っていたレニ様が目をキラキラさせて興奮して
いる。

「あんなに反射する槍なんて、絶対避けられない!
あれなら竜も倒せるんじゃないか⁉︎」

そう言ったレニ様にキリウさんはまたにこにこと
笑顔を見せた。

「有効範囲はもっと広げて反射させることもできるし
槍以外に剣も出せるけど、さすがに竜は倒せない
ねー。せいぜいが足止め程度にしかならないかな。
まあでも、決まった範囲の敵を一気に短時間で殲滅
できるから見栄えがして効率的だし、敵の戦意を
削ぐのにも使えるからそういった使い方もおすすめ
だよ!」

レニ様の素直な賞賛に気をよくしたキリウさんが
色々教えてくれた。

見た目が派手な魔法だから確かに見た人は呆気に
取られるんだろうなあ。

でもこれ、大きな盾をたくさん空に浮かべるとか
槍を無数に出してそれを正確に盾にぶつけて反射
させるとか、簡単そうに見えて魔力をたくさん
使うしそのコントロールも難しいんじゃないかな。

私達の世界に戻れたら、その時はシグウェルさんに
聞いてみよう。

そんな風に考えていたら、そのシグウェルさんに似た
顔をずいと近付けてキリウさんに見つめられた。

「どうだったユーリちゃん!カッコよかったでしょ?
結婚して!」

・・・話に脈絡がない。せっかく凄いと思っていた
のに脱力してしまった。





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