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第十五章 レニとユーリの神隠し

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ルーシャ国と勇者に危害を与えるような脅威の持ち主
なら容赦はしない。

そう囁いて私のチョーカーごと首筋を横にスッと
撫でたキリウさんの指先はとても冷たくて、まるで
氷の刃を首に当てられ引かれたみたいだった。

そしてそのまま後ろから顎に優しく手を添えられて、
顔を少しだけ上向けられると持ち上げられるような
仕草をされる。

それはまるで、切り落とした首を大切に掲げ上げる
みたいな所作だった。

さっきまで軽薄な口説き文句を言っていたのと同じ人
とは思えない雰囲気の変化に背筋が凍る思いがした。

でも誤解を解かないとずっと警戒されたままだ。

「わっ、私からヨナス神の力が感じられるから
疑ってるってことですか⁉︎」

確か初めてシグウェルさんに会った時も、魔力の
流れや精霊の気配に敏感なシグウェルさんは私に
ヨナスの力が影響を与えているのをすぐに見破った。

だとすれば、シグウェルさんと同じかそれ以上の魔力
の持ち主であるキリウさんもそれに気付いている。

「うん。それにユーリちゃん達が現れた時からオレ達
の周りの精霊の動きがヘンなんだよね。妙に精霊達が
大人しいっていうか何かに怯えているっていうか。」

器用にも片手で手綱を取り、もう片方の手で私の顎を
まだ撫でながらそんな風にキリウさんは言う。

それはあれだ、イリューディアさんの加護の強い私に
従おうと精霊達が待てをしている状態だからだ。

キリウさんにしてみればそれも私を疑う要因になって
いるらしい。

「呪われてるんです!」

「え?」

前を走るレニ様達に聞こえないように気を使いながら
声を上げれば、私を撫でていたその手が止まった。

「今よりもっと小さい頃にプレゼントされたこの
チョーカー、ヨナスに呪われてるものだったんです!
それを知らないで付けたら外れなくなっちゃって、
元々持ってるはずのイリューディア神様の加護の力を
うまく使えない状態なんですよ、私!」

精霊の動きがおかしいっていうのもその影響かも
知れません、という事も付け足して事実も混ぜた
それらしい作り話をキリウさんにする。

「もっと大きくなって魔力を上手に使えるように
なれば呪いを外せるかもって言われてるんで頑張って
魔法を勉強してるんですよ!」

どうだ、これなら少しは信憑性があるんじゃない
かな⁉︎

「ああ、だから転移魔法に失敗したとか?」

私の顎からキリウさんの手が離れた。良かった。

ほっとして話を合わせる。

「多分そうかもしれません。ちなみに今の私が使える
のは治癒の力と土地を豊かにしたりお花を咲かせたり
する豊穣の加護をつける力だけです!最近の得意は
湧き水を出すことで、火を出したり物を凍らせたり
するような攻撃的な魔法は全然使えませんから!」

人畜無害を必死でアピールする。

イリューディアさんに授かった力は本当にそれだけ
なので、その辺りの説明をする私の説得力も増した
らしい。

背後のキリウさんの雰囲気が、ついさっきまでの
柔らかなものに戻ったのが分かった。

「なーんだ」

キリウさんの手綱を取る手が両手に戻る。

「確かに、ユーリちゃんからはヨナスの力と同時に
イリューディア神様の力も混ざって感じてたんだよ
ねぇ。オレはてっきりそれはヨナスの力を隠すために
擬装してるのかとも思ったんだけど。でもそれに
してはちょっとヘタクソっていうか雑いなーって気も
して。試しにちょっと脅かしてみたんだ。」

怖かった?ごめんね。

そう言ってキリウさんは背後から手綱ごとぎゅっと
抱きしめてくると、私の頭の上に自分の顎を乗せて
きた。

「でも脅かしたところでユーリちゃんの魔力に
おかしな揺らぎや不審なところはなかったからね、
本当に何もなさそうで良かったよ。」

私の顔の両脇にキリウさんの銀髪がさらさら流れる。

そのままキリウさんはそれにしても、と続けた。

「ひどい事をするねぇ、ユーリちゃんみたいな少女に
ヨナスの呪具を騙してつけさせるなんて。世の中、
あんまりにも大きな力を持った人間には嫉妬をして
とんでもないことをする奴がたまにいるからね、
ユーリちゃんもその標的にされたかな?魔力量は
かなり多そうだし。」

どうやらなんとか誤魔化せたみたいだった。

私の頭の上でキリウさんが笑う気配がする。

「万が一、レンに危害を及ぼすようならせっかく
見つけた結婚相手を始末しなきゃいけなくなるところ
だった。いやー、良かった良かった!その呪具も
外してあげようか?」

「ダメです!前に解呪してもらおうとしたらその人は
ケガをしたんです。これは私が自分で何とかします!
あと結婚はしませんよ⁉︎」

「え?そんなに外れにくいの?ていうか治癒と恵みの
力しか使えないのに自分で何とかしようとするなんて
勇ましいねぇ、普通なら悩み過ぎて病んじゃうよ?
それなのに溌剌としている肝の座り具合もますます
気に入った。」

結婚をしないという私の言葉はなかったかのように
された。なんでだ。

「そんなに小さいのに魔力量はオレでも計り知れない
くらい多いしヨナスの呪具を付けてるのに度胸は
あるし、いくら勇者様が作ったからって言っても
魔物料理も平気で・・・っていうかむしろ喜んで
食べてたりしてユーリちゃんてホント面白いよね。」

パカパカ走る馬の上でキリウさんは笑って続ける。

「うん、イスラハーンに帰る時はオレも一緒について
行こう。それで結婚の挨拶をしてそのまますぐにまた
こっちへユーリちゃんを連れてくるよ!そうしたら
ユーリちゃんはルーシャ国の人間になるし向こうの
王族に生涯忠誠を誓うなんて奴隷契約みたいな目に
合わなくて済むしね!」

「勝手に決めないで下さいよ⁉︎」

「えーだってその方がじっくりその呪具の解呪も
出来るしユーリちゃんも幸せになれるよ?何より
ユーリちゃんが側にいるとオレの人生がすごく面白く
なりそう。いいことづくめじゃない?」

私が側にいると人生が面白くなりそうだなんて、
なんだか似たような事をシグウェルさんに言われた
ような気がする。さすが同じ血族だ。

ちょうど今、王都に新しく住居を構えるところだから
ユーリちゃんの部屋もすぐに作れるよ?なんて事まで
言われていたら、突然前方からレニ様の声がした。

「おいお前!なんでそんなにユーリにくっついて
いるんだ⁉︎もっと離れろよ!」

「キリウさん、ユーリちゃんの頭の上にそんな風に
顔を乗せてるとユーリちゃんが重そうでかわいそう
ですよ。」

キリウさんが無駄に私にくっ付いているのを二人に
気付かれた。だけどどうやらさっきの私に対する脅し
は知らないでいるみたいだ。良かった。

「え?羨ましい?どう、お似合いでしょ?」

へらりと笑って調子の良いことを言ったキリウさんに
レニ様が怒る。

「やめろよ!ユーリはお前みたいな顔に弱いんだから
そんなにくっ付くな‼︎ユーリも自分好みの顔だから
ってそんなにおとなしくしてるなよ!」

「ちょっとレニ様⁉︎」

大いなる誤解だ。私がイケメンに弱い上にキリウさん
は確かにシグウェルさんに似てるけど、だからって
おとなしくしていたわけじゃないよ⁉︎

それはただ単に今の今まで悪いことを企んでるなら
殺すって言われていたからだ。

それなのに誤解を招くような事を大声殿下譲りの
大声で言わないで欲しい。

「あーまあねぇ、確かにキリウさんはカッコいいから
そんなに近付かれるとどうしていいか分からなく
なっちゃうよね。キリウさん、ユーリちゃんが
恥ずかしがってるからあんまりくっ付かないで
あげて?」

レンさんも誤解している。対してキリウさんだけは
一人、そんな言葉を聞いてご満悦だ。

「いやいや、これくらいで恥ずかしがってたらダメ
でしょ?結婚したらどうすんだって話だよ?でも
そっかー、ユーリちゃんはオレみたいな顔に弱いんだ
ねー、好みに合ってるみたいで何よりだ!」

私の頭に頬擦りをして、それを見たレニ様がまた

「あっ、お前またそんな事・・・!」

と顔を赤くして怒った。いや、レニ様が余計なことを
言うからキリウさんが逆に調子づいてしまうんじゃ
ないかな?

魔石鉱山に着いて早くこの騒ぎから解放されたいと
切実に願い、私は心の中でひっそりとため息をついた
のだった。







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