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閑話休題 ジュースがなければお酒を飲めばいい
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訓練の基礎は入念な準備運動からだ。
騎士団の者は皆じっくりと肩の関節から手首、股関節、足首と柔軟体操をして体を温めてから通常の訓練へと移る。
そして騎士達がちらちらと気にしている第一演習場の片隅でも、今まさに癒し子様その人が国一番の騎士から指導を受けてそんな準備運動をしていた。
「・・・そうだ、そうやってゆっくり息を吐いて腕をじっくり伸ばすんだ。自分の体の隅々まで意識するのが大事だ。」
座って大きく上へ伸ばした腕をそのままに、体をゆっくりと右側に傾けていくユーリにレジナスは声をかけている。
「伸ばしてる左側の脇の下とか体の横の方がびりびりするんですけど・・・!」
苦しそうに話すユーリに、
「これで痛くなるとはユーリは思ったよりも体が硬いな」
と言ったレジナスが腕を下ろすように言った。
「私も、子どもの体だから我ながらもっと柔らかいのかと思ってました。」
まだ準備運動なのにこのザマとか・・・と自分の体の硬さにガッカリしている様子に思わず騎士達は駆け寄って励ましたい衝動に駆られた。
だけどそうはいかない。
そんなユーリをにこにこと見つめながら立っているキリウ小隊の隊長が、ユーリに見えないよう後ろ手に組んでいるその手にスッといつものあの鞭の魔道具を取り出して自分達騎士にだけ見えるように握っていた。
近付いたらあの鞭が飛んでくるのだろう。
それでもせっかくの機会だ。
なるべくその側に寄りたいと騎士達は自然体を装って剣の素振りや組み手をしつつ、癒し子様が運動をしている演習場の端の方へじりじりと寄っていった。
おかげでユーリ達のいない方のスペースが歪にぽっかりと空いている。
そしてユーリの方へと偏っているために必然的にそちらの訓練スペースが狭くなっていた。
「・・・?なんだか演習場を狭く感じないですか?
こんなに騎士さん達でいっぱいなのに、私がここに来るのはやっぱり邪魔だったのかも・・・。」
なぜか人口密度が高くなった自分の周りに気付いたユーリはキョロキョロすると、不思議そうに小首を傾げた。
かわいい。
傾げた小首に合わせて後ろに一つにまとめてあるポニーテールも同じように傾いた。
つやつやで黒いそれは、まるで仔馬の尻尾が揺れているような愛らしさで皆が見惚れる。
と、次の瞬間ヒュン!と鋭い風切り音が一つしてユーリ達に一番近いところにいた騎士達の前髪が数本はらりと落ちた。
反射的にそれを避けた者もいたがその者達ですらその服の胸元がかすかに切り裂かれていた。
こ、このクソ隊長マジで攻撃して来やがった・・・‼︎
騎士の面々がゾッとする。ちょっと見惚れただけなのに。
そしてそんな悪行を見逃すはずもないレジナスが
「シェラ‼︎」
と声を上げた。
だけど何事かとシェラザードその人を見上げたユーリにあの美貌の隊長は何でもありませんよ、とにっこり微笑む。
あの魔道具はとっくに隠し、両手を広げて見せると
「ユーリ様、オレも柔軟体操を手伝いますね。」
と言って歩み寄って行った。
「ただ立って見守っているだけですとどうにも羽虫の余計な雑音が気になって。気にしなくていいとは分かっているのですが全て叩き落としたくなりますので、気晴らしにお手伝いをさせて下さい。」
そう言って一瞬だけ周りにチラリと視線を走らせた。
人を射殺すような恐ろしく鋭い光を放つ金色の瞳に殺気が乗っている。
思わず皆が目を背けた。
・・・とりあえず見ないようにしよう。
そう騎士達はひっそりと心に誓い、なるべくそちらは見ないようにしながら訓練を続けた。
それなのに。
「ま、待って待ってシェラさんそれ無理!そっ、ちょっと・・・っ!あっ!」
「大丈夫、ユーリ様はやれば出来る子です。ほら、もっと体の力を抜いていい子でオレに体を委ねましょうね。」
「無理ですから!そんないきなり深くはダメです壊れます、もう少しゆっくりちょっとずつ・・・!」
「慣らしで体が馴染むまで動かないままでもいいのですが、そうすると辛いのはユーリ様ですよ?さあ、もう少しぐっと押し込みますからね。」
「でも痛いです!レ、レジナスさん助けて‼︎」
「痛みも慣れれば気持ち良く感じてきますよ?」
「ウソです!」
癒し子様が小さな悲鳴を上げて息をつき、それに対してやたらと艶めいた声で嬉しそうに囁いているあのクソ隊長の美声が聞こえる。
顔だけでなく声までいいとか止めて欲しい。
そして聞こえてくるその美声は柔軟体操で前屈しているユーリと交わしている会話だ。
なんだこれわざと?わざとなのか?
こっちを見るなと視線で語り、そのくせ何だか一抹のいやらしささえ感じるような言い回しでの会話を俺達に聞こえるようにするなんて。
二人を見ずにそのやり取りだけを耳にしているとあらぬ想像ばかりが膨らんでいく。
会話は続く。
「レジナス、あなたも黙って見ていないで加わって下さい。私は後ろから、あなたは前からですよ。」
ナニが⁉︎騎士達の動きが一瞬止まった。
「いやしかしだな、それは無理だろう?俺ではユーリに大き過ぎるからかえってユーリの体をおかしくしてしまう。」
俺達のレジナス様までなんだかおかしな事を言ってるぞ⁉︎天然?天然なのか⁉︎
「でも支えがありませんと辛いのもユーリ様ですよ。どうですかユーリ様、これくらいなら痛くないでしょうか?」
「だからいったん休憩!無理ですから‼︎」
いたた、と言う声に皆がチラリと目の端でそちらを見やった。
足を伸ばしたまま座っているユーリは顔を上気させふうふうとわずかに汗をかいているようだ。
「レジナスさんも、助けてって言ったのに!」
「す、すまない。」
恨みがましく言い募るユーリに謝りながら、
「シェラの言うように前からも支えるか?俺だと体が大き過ぎてユーリの手足の長さと合わないから、支えるにもおかしな格好になってユーリの体に悪いクセをつけることにもなりかねないんだが・・・」
と言っている。ああ、そういう事か。
最初からちゃんとそういう風に言って欲しかった。
おかげでただの前屈運動だったのに、ユーリ様があの二人に挟まれてあれこれいかがわしいことをされている妄想をしてしまった。
騎士団の面々がそう思いながらまたそちらに注目すれば、
「・・・視線がうるさいですね」
シェラザードがぽつりとこぼし、煩わしいと言わんばかりの殺気が顔を覗かせた。
するとそこで、
「なんですかシェラさん、まるでエル君が私に言うみたいな事を言って!」
とユーリが無邪気に笑った。
そのおかげか一瞬見えた殺気があっという間に消え失せる。癒し子様々だ。
「何でもないですよ。それよりユーリ様、喉は乾きませんか?さっぱりした柑橘系の果実水を冷やして持って来ておりますから飲んでください。」
シェラザードがころりと態度を変えて色気の滲んだ笑顔を見せれば
「飲みます!」
ユーリの顔はぱあっと花がほころぶような笑顔に輝いた。
「ユーリ、まだ準備運動を始めたばかりだぞ・・・」
そう言いかけたレジナスも、嬉しそうに目を輝かせてジュースを待っているユーリの姿を目にすると、まあいいか・・・とため息をついている。
こんなに甘やかされていては一向に訓練は進まないだろう。
体力をつけるのはまだまだ先になりそうだなとその様子を盗み見ていた騎士達は思いながら、おいしそうに喉を鳴らしてジュースを飲むかわいい癒し子様を見守った。
騎士団の者は皆じっくりと肩の関節から手首、股関節、足首と柔軟体操をして体を温めてから通常の訓練へと移る。
そして騎士達がちらちらと気にしている第一演習場の片隅でも、今まさに癒し子様その人が国一番の騎士から指導を受けてそんな準備運動をしていた。
「・・・そうだ、そうやってゆっくり息を吐いて腕をじっくり伸ばすんだ。自分の体の隅々まで意識するのが大事だ。」
座って大きく上へ伸ばした腕をそのままに、体をゆっくりと右側に傾けていくユーリにレジナスは声をかけている。
「伸ばしてる左側の脇の下とか体の横の方がびりびりするんですけど・・・!」
苦しそうに話すユーリに、
「これで痛くなるとはユーリは思ったよりも体が硬いな」
と言ったレジナスが腕を下ろすように言った。
「私も、子どもの体だから我ながらもっと柔らかいのかと思ってました。」
まだ準備運動なのにこのザマとか・・・と自分の体の硬さにガッカリしている様子に思わず騎士達は駆け寄って励ましたい衝動に駆られた。
だけどそうはいかない。
そんなユーリをにこにこと見つめながら立っているキリウ小隊の隊長が、ユーリに見えないよう後ろ手に組んでいるその手にスッといつものあの鞭の魔道具を取り出して自分達騎士にだけ見えるように握っていた。
近付いたらあの鞭が飛んでくるのだろう。
それでもせっかくの機会だ。
なるべくその側に寄りたいと騎士達は自然体を装って剣の素振りや組み手をしつつ、癒し子様が運動をしている演習場の端の方へじりじりと寄っていった。
おかげでユーリ達のいない方のスペースが歪にぽっかりと空いている。
そしてユーリの方へと偏っているために必然的にそちらの訓練スペースが狭くなっていた。
「・・・?なんだか演習場を狭く感じないですか?
こんなに騎士さん達でいっぱいなのに、私がここに来るのはやっぱり邪魔だったのかも・・・。」
なぜか人口密度が高くなった自分の周りに気付いたユーリはキョロキョロすると、不思議そうに小首を傾げた。
かわいい。
傾げた小首に合わせて後ろに一つにまとめてあるポニーテールも同じように傾いた。
つやつやで黒いそれは、まるで仔馬の尻尾が揺れているような愛らしさで皆が見惚れる。
と、次の瞬間ヒュン!と鋭い風切り音が一つしてユーリ達に一番近いところにいた騎士達の前髪が数本はらりと落ちた。
反射的にそれを避けた者もいたがその者達ですらその服の胸元がかすかに切り裂かれていた。
こ、このクソ隊長マジで攻撃して来やがった・・・‼︎
騎士の面々がゾッとする。ちょっと見惚れただけなのに。
そしてそんな悪行を見逃すはずもないレジナスが
「シェラ‼︎」
と声を上げた。
だけど何事かとシェラザードその人を見上げたユーリにあの美貌の隊長は何でもありませんよ、とにっこり微笑む。
あの魔道具はとっくに隠し、両手を広げて見せると
「ユーリ様、オレも柔軟体操を手伝いますね。」
と言って歩み寄って行った。
「ただ立って見守っているだけですとどうにも羽虫の余計な雑音が気になって。気にしなくていいとは分かっているのですが全て叩き落としたくなりますので、気晴らしにお手伝いをさせて下さい。」
そう言って一瞬だけ周りにチラリと視線を走らせた。
人を射殺すような恐ろしく鋭い光を放つ金色の瞳に殺気が乗っている。
思わず皆が目を背けた。
・・・とりあえず見ないようにしよう。
そう騎士達はひっそりと心に誓い、なるべくそちらは見ないようにしながら訓練を続けた。
それなのに。
「ま、待って待ってシェラさんそれ無理!そっ、ちょっと・・・っ!あっ!」
「大丈夫、ユーリ様はやれば出来る子です。ほら、もっと体の力を抜いていい子でオレに体を委ねましょうね。」
「無理ですから!そんないきなり深くはダメです壊れます、もう少しゆっくりちょっとずつ・・・!」
「慣らしで体が馴染むまで動かないままでもいいのですが、そうすると辛いのはユーリ様ですよ?さあ、もう少しぐっと押し込みますからね。」
「でも痛いです!レ、レジナスさん助けて‼︎」
「痛みも慣れれば気持ち良く感じてきますよ?」
「ウソです!」
癒し子様が小さな悲鳴を上げて息をつき、それに対してやたらと艶めいた声で嬉しそうに囁いているあのクソ隊長の美声が聞こえる。
顔だけでなく声までいいとか止めて欲しい。
そして聞こえてくるその美声は柔軟体操で前屈しているユーリと交わしている会話だ。
なんだこれわざと?わざとなのか?
こっちを見るなと視線で語り、そのくせ何だか一抹のいやらしささえ感じるような言い回しでの会話を俺達に聞こえるようにするなんて。
二人を見ずにそのやり取りだけを耳にしているとあらぬ想像ばかりが膨らんでいく。
会話は続く。
「レジナス、あなたも黙って見ていないで加わって下さい。私は後ろから、あなたは前からですよ。」
ナニが⁉︎騎士達の動きが一瞬止まった。
「いやしかしだな、それは無理だろう?俺ではユーリに大き過ぎるからかえってユーリの体をおかしくしてしまう。」
俺達のレジナス様までなんだかおかしな事を言ってるぞ⁉︎天然?天然なのか⁉︎
「でも支えがありませんと辛いのもユーリ様ですよ。どうですかユーリ様、これくらいなら痛くないでしょうか?」
「だからいったん休憩!無理ですから‼︎」
いたた、と言う声に皆がチラリと目の端でそちらを見やった。
足を伸ばしたまま座っているユーリは顔を上気させふうふうとわずかに汗をかいているようだ。
「レジナスさんも、助けてって言ったのに!」
「す、すまない。」
恨みがましく言い募るユーリに謝りながら、
「シェラの言うように前からも支えるか?俺だと体が大き過ぎてユーリの手足の長さと合わないから、支えるにもおかしな格好になってユーリの体に悪いクセをつけることにもなりかねないんだが・・・」
と言っている。ああ、そういう事か。
最初からちゃんとそういう風に言って欲しかった。
おかげでただの前屈運動だったのに、ユーリ様があの二人に挟まれてあれこれいかがわしいことをされている妄想をしてしまった。
騎士団の面々がそう思いながらまたそちらに注目すれば、
「・・・視線がうるさいですね」
シェラザードがぽつりとこぼし、煩わしいと言わんばかりの殺気が顔を覗かせた。
するとそこで、
「なんですかシェラさん、まるでエル君が私に言うみたいな事を言って!」
とユーリが無邪気に笑った。
そのおかげか一瞬見えた殺気があっという間に消え失せる。癒し子様々だ。
「何でもないですよ。それよりユーリ様、喉は乾きませんか?さっぱりした柑橘系の果実水を冷やして持って来ておりますから飲んでください。」
シェラザードがころりと態度を変えて色気の滲んだ笑顔を見せれば
「飲みます!」
ユーリの顔はぱあっと花がほころぶような笑顔に輝いた。
「ユーリ、まだ準備運動を始めたばかりだぞ・・・」
そう言いかけたレジナスも、嬉しそうに目を輝かせてジュースを待っているユーリの姿を目にすると、まあいいか・・・とため息をついている。
こんなに甘やかされていては一向に訓練は進まないだろう。
体力をつけるのはまだまだ先になりそうだなとその様子を盗み見ていた騎士達は思いながら、おいしそうに喉を鳴らしてジュースを飲むかわいい癒し子様を見守った。
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