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第十九章 聖女が街にやって来た

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「ところで君、ヘイデス国の聖女の件は聞いたか?」

ひとしきり私を観察してようやく満足したらしいシグウェルさんは今、私の目の前でお茶を飲んでいる。

「一応聞いてます。私やカティヤ様と交流するために戴冠式よりも早くルーシャ国を訪れるんですよね?」

そうだと頷いたシグウェルさんは話を続けた。

「先触れはもう来ているから、早ければ明日にでも一行は王都に着くだろう。
どうだ君、その大きさにはもう慣れたか?出来れば早めに一度、面会して欲しいと思っている。勿論その時には俺も立ち会おう。」

「そうなんですか?」

聞き返した私にシグウェルさんは珍しく考え込むような顔をした。

「・・・俺はヘイデス国に聖女が現れたという話を信じていない。だから君とその聖女が並んで立っているところを見れば何か分かるかもしれないと思っている。」

「聖女様がニセモノだって言うんですか?」

そんな事を軽々しく口にして大丈夫なんだろうか。

不敬罪になったりしないのかな⁉︎

ぎょっとした私に、シグウェルさんの背後に護衛のように立っていたユリウスさんが呆れたような顔をした。

「団長、ヘイデス国の聖女の話を聞いてからずっとこうなんすよ。何の前触れも噂話もなく突然そんな人が現れるのはおかしいって。それを言ったらユーリ様だって突然現れたようなもんじゃないすか。」

「召喚者と元からこの世界に生まれ育ちその頭角を現す者を同列に語るな。
ヘイデス国がここより離れた国とは言え、今の今まで聖女になるほど魔力が高い者の話が一つも聞こえてこないのはおかしいだろうが」

「どっか別の国から連れて来て、修行をさせて頭角を現したのが最近だからとかじゃないっすか?
あの国、優秀な人材は自国以外からでもバンバン集めて重用してるじゃないすか。」

へぇ。あちこちの国から優秀な人をスカウトしてきては自国で使うからルーシャ国に負けないくらい国が発展したのかな?

随分と効率的なことをするなあと感心して、

「ヘイデス国の王様はやり手なんですねぇ。」

と言ったらシグウェルさんに冷たい目で見られた。

「節操がないとも言う。あそこの王族は元々魔力をあまり持たず信仰心も薄いので国内にある神殿や神官にもそれほど敬意を払っていないという話だ。
目に見えない魔力よりも実益に繋がる実務能力者を重用しているのに突然聖女を敬うのもおかしな話だと言っているんだ。」

そんなシグウェルさんにユリウスさんは、

「だからってイリヤ皇太子殿下の戴冠式に来るお客さんがニセモノかどうかを確かめるなんて恐ろしいことを考える団長が怖いっす!
せっかくのおめでたい席で戦争でも起こそうってんですか?
ニセモノだろうがホンモノだろうが、他国の事情なんすからほっとけばいいのに!」

ホントこの人だけは何を考えてるか分からないっす!
と身震いしている。

「だからユーリ様、団長が聖女様に向かって失礼なことを言わないようにしっかり見張ってて下さい!」

「私に止められると思います・・・?」

興味を惹かれることがあれば空気を読まずにその好奇心を満たそうとするのがシグウェルさんだ。

とても私にどうにか出来るとは思えない。

「そんなの、黙れって言うかわりに口付けの一つでもして物理的にその口を塞いでやればいいんすよ!」

「随分と乱暴なことを言いますね⁉︎聖女様の目の前でそんな事出来ないし、仮に出来たとしても私の羞恥心はどうしてくれるんですか?」

物凄い投げやりかつテキトーなユリウスさんの言葉にびっくりする。

「他の人には単に伴侶とイチャついているようにしか見えないんじゃないすかね?」

「適当過ぎます!」

「俺が聖女の正体を見極めようとすればユーリが口付けてくれるのか?
それならますます聖女とユーリが立ち会う場に同席しなくてはいけないな。」

聖女様とヘイデス国の話でなんとなく不機嫌になっていたシグウェルさんの顔が私をからかうように薄い笑みを浮かべた。

「ま、まあ何にせよ私はその聖女様に会うのが楽しみです!歳も近いらしいし仲良くなれればいいなあと思ってるんですよ。」

シグウェルさんが暴走しないように聖女様に会う時はちゃんと気を付けないと。

そう思っていた時だった。

ティーカップを持っていた手にピリッと一瞬痛みが走った。

なんだろう?と不思議に思えば、私の正面に座っていたシグウェルさんがガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。

「団長?え?どうかしたっすか?」

ユリウスさんも驚いている。

だけどシグウェルさんは真剣な顔で黙って外を見つめていた。

まるで猫が何もない部屋の片隅に耳を傾けて注視しているように、私やユリウスさんには見えない何かを見ているようだ。

「何か見えてるんですか・・・?」

お化けとか。真っ昼間だけど。

恐々と聞けば、まだ外を見つめたままシグウェルさんは私に聞いてくる。

「君・・・君も今のは感じたか?」

「何の話ですか?」

「大きい姿の君は王都に結界を張ったが、それとは別に元々王都には俺が張っていた結界もある。
それはそのまま活かしておいてあるんだが、今それに何かが引っ掛かった。
王都に結界を張った君も俺と同じく何か感じなかったか?」

特に何か感じたってことはないですけど?と答えようとして、シグウェルさんが立ち上がる直前私の手にピリッとした痛みが走ったのに思い当たる。

「そういえばシグウェルさんが立ち上がる直前に手がちょっと痛くなりましたけど・・・それのことですか?」

そう聞けばそうだろうとシグウェルさんは頷いた。

「確か君が王都に張った結界は悪しき者や魔物が入り込めないようにするものだったな?」

「はい、そうだったと思いますよ?」

「それを越えて王都へ入り込んだ何かがあるという事か・・・。
それに反発した結界の反応を君と俺が感じ取ったということなんだろうが、反発したという事はあまり良いものが入り込んだのではないな」

ぶつぶつと独り言を呟いていたシグウェルさんは

「すまないが今日はこれで帰らせてもらう。今の現象についてすぐに調べたいからな。また改めて会おう」

そう言うと私の頭をひと撫でして、一束掬った髪の毛にも口付けた。

シェラさんにも劣らない優雅で綺麗な所作で、その上あの綺麗な顔でそんなことをされるとまるで一幅の絵を目の前で見せられたようで一瞬心を奪われた。

だけど

「行くぞユリウス」

と言うその声にハッとして

「気を付けてください!」

と言葉をかければシグウェルさんは返事の代わりにひらりとその手を振って見せたのだった。









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