563 / 776
番外編
癒やしこの夜 3
しおりを挟む
シェラさんの部屋で、ベッドテーブルに乗せたスープと野菜の煮込みを口にしているシェラさんの隣に小さいテーブルを用意してもらい私もそこで夕食を一緒に取った。
あまり人がいては気を使うかなと思って、給仕もエル君だけがやってくれている。
「少し顔色が良くなったみたいですね?」
眠る前よりもシェラさんの顔にわずかに生気が戻ったような気がしてそう言えば、スプーンを手にシェラさんが
「ユーリ様の看病と薬湯のおかげですね。明日には回復していますし、また朝からお世話をさせて下さい。」
とニコリと微笑んだ。
「明日からはまだ早いと思いますよ⁉︎」
「今夜、オレの調子がまだ戻らないようであればユーリ様がその御力をわざわざ使って治してくださるんでしょう?」
それは確かにそう言ったけど!でもそれは私の世話をさせるためじゃなくて、体調を崩したシェラさんが心配で少しでも早く元気になって欲しいからだ。
「・・・一応、リオン様やレジナスさんみたいにずっと元気で病気や怪我にも強くなる加護をつけるつもりなんです。でもだからってそれに調子づいて無理だけはして欲しくないです。」
この後シェラさんにつけるつもりの加護について話せば、ちょっと驚いたように目を丸くされた。
「それほど強力な加護をオレのような者に授けていただけるのですか?」
またそんな風に自分を卑下して・・・。と思ったのと同時にエル君からシェラさんに注意をするよう頼まれていたのを思い出した。
シェラさん、自己評価が低くて自分のことを大事にせず無頓着だから寒空の中でも平気で訓練なんかして風邪も引くんだよ。
「他の人たちから聞きましたけどシェラさん、冬の夜みたいな寒い時でも薄着で外に出て訓練をしてるそうですね?心配になるからあんまりそういう事はしないで下さいよ?」
「ご心配をおかけしたようで申し訳ありません。しかしそれは何というか、昔からの習慣みたいなものでして。」
少し困ったような笑顔を浮かべたシェラさんが続ける。
「深夜の方が集中出来ますし、冬は空気が澄んでいて薄着の方が肌感覚が研ぎ澄まされるので動きやすいというか」
「習慣でやめられないって言うならせめて真冬の夜はやめるとか、夜の訓練の回数を減らすとか・・・」
食べ終えた食器をエル君に渡して片付けてもらいながら提案すれば、食後の薬湯を手にしていたシェラさんにじっと見つめられた。
「な、なんですか?」
「それほど仰るのでしたら、ユーリ様にはオレが訓練に行かないように引き止める方法があるんですが・・・気付いていないですよね?」
いやだから今、あんまりそういう事はしないでってお願いしたよね?引き止める方法ってそれじゃないの?
首を傾げた私にふふ、とシェラさんが笑った。
「夜間訓練にオレが行かないようにユーリ様が一緒に寝てくださればいいんですよ。さすがにオレを抱きしめるユーリ様を振り払ってまで寒い訓練場に行く気にはなれません。」
「なっ・・・‼︎」
「冬場の寒さよりもユーリ様に抱きしめられる暖かさの方が良いに決まっていますからね。これから寒い日は毎晩ユーリ様の元へ通っても良いということでしょうか?」
薬湯の入ったカップを両手で包み込むように持ちながらこちらに艶然と微笑むその姿はほぼいつも通りだ。
「そんな事が言えるなんて随分元気になりましたね!」
「おや、お返事はいただけないのでしょうか」
答えなきゃダメなやつなんだ⁉︎うぐ、と言葉に詰まるけどシェラさんはにこにこしながらまだ待っている。
「ま、毎晩とかそれはさすがに・・・。たまにならいいですけど・・・」
うろうろと視線を彷徨わせながらそう答えれば、
「ありがとうございます。これで言質は取りましたので、冬の夜はオレが他の伴侶の方々よりも優先されるということですね。」
「は、ええ⁉︎」
そういう意味⁉︎それを聞いたらまたリオン様あたりに呆れられる。
「今までも冬はわりと好きな季節でしたが今年からはもっと好きになれそうです。早く寒くなるといいですねぇ。」
そうしたらまたダーヴィゼルドでの朝のように、夜が明けたら温かなお茶を持って朝焼けを見に城の高台へ行きましょうか。
そんな話をするシェラさんはまた更に元気そうだ。
「なんだかもう私が加護を付けなくても元気そうですね⁉︎良かったです‼︎」
「まさか。まだユーリ様を押し倒したり満足させられるような体力までは全く戻っていませんよ。試してみますか?」
そう言われてぐいと手を引かれるとベッドのヘッドボードの枕を背もたれに座っていたシェラさんのすぐ側へ引き寄せられた。
そのままこつんと額を当てられ、
「・・・まあそれは冗談ですがほら、まだ少し熱があるでしょう?オレにはユーリ様のご加護が絶対に必要です。」
そう囁かれた。確かにまだ少し額は熱い。それに話している声もまだ気だるげだ。
「こんな冗談言ってないで安静にしていて欲しいんですけど」
「ですがユーリ様のご加護を受けましたら、この先はこんな風に看病をしていただける機会はないでしょう?ああ、そう考えたらさっきの食事もユーリ様に食べさせていただくべきでした。惜しいことをしましたねぇ。」
額を付けているので物凄く至近距離にある熱っぽい金色の瞳が笑んでいる。
恥ずかしくなって離れようとしたら、まだ離れて欲しくないと言うように私の両頬にそっとシェラさんの両手が当てられた。
その指先も、やっぱりいつもよりまだ熱い気がする。
「・・・ユーリ様、もしよろしければ今日は加護を付けた後もオレが眠るまでは側にいてもらえませんか?」
なんだか甘えるようにそう言われたお願いに困惑した。
それは勿論そうしようと思っていたけど、まさか加護を付けたら「はい、もう治しましたから大丈夫!」とさっさと自分の部屋に帰るような薄情者だとでも思われていたのかな?
そんな事を考えていたら返事をするのが一拍遅れて
「やはりダメでしょうか・・・?」
と少し気落ちした調子の声音が聞こえてきてハッとした。いけない、病人を不安にさせるなんて。
「大丈夫、シェラさんが眠るまでここにいますよ!そうだ、加護を付ける時に何か希望はありますか?リオン様に付けたような加護の力を使えば多分また花やら飴やら降るかも知れませんから。」
そしておそらく一瞬とはいえこの奥の院全体がまた真昼のように明るくなる。
シェラさんに強めの癒しの加護を付けると夜なのに明るくなるだろうから、驚かせるだろうとさっきエル君に頼んでリオン様にはその許可ももらっている。
リオン様も、今夜この奥の院に勤めている人達にはそれを伝えてくれているはずだから遠慮なく力を使うつもりだ。
そうすればリオン様を治した時にはまだいなかったエル君やシンシアさん、マリーさんにリース君やアンリ君にも今夜同じような加護がつくだろう。
そんな風に思いながらシェラさんに希望を聞いたら、目を瞬いた後に
「それならオレはユーリ様と初めて言葉を交わしたあの日の王都の夜に金の雨と共に降り注いだリンゴの花が見たいです。」
そう微笑まれた。懐かしい大切な思い出を話すようなその眼差しにちょっと驚く。
あれがシェラさんの中でそんなに印象的だったとは思わなかった。
私はてっきり、シェラさんを伴侶として受け入れるってきちんと返事をした時に、ファレルの神殿で鐘の音と共に降って来たピンク色の花が見たいとか言われるのかと思っていた。
「あれでいいんですか?」
念のために聞き返せば、
「あれがいいんです。」
と頷かれた。
「それじゃまあ・・・」
まだ私の両頬に手を添えたまま、シェラさんの額は付けられていたのでそのままリオン様の時のように加護を付けることにした。
エル君は花が舞い落ちるであろう中庭の景色がよく見えるようにと、夜だからと引いたカーテンを開けてくれるとぺこりとお辞儀をして部屋を出た。私が集中出来るよう二人きりにしてくれるらしい。
居住まいを正して、私からもシェラさんの両頬に手を添えれば微笑みながらシェラさんは敬虔な信徒が祈りを捧げるように目を閉じてくれた。
深呼吸をして祈りを込める。私の大切な人がいつまでも元気で怪我もしませんように。あの小さくて白い、可愛い花がその心の慰めになるならば今夜もどうかそれが降り注ぎますように。
そうして噛み締めるように大切に、短いあの言葉を呟く。
「ヒール」
途端に、くっ付けている私達の額に体温とは別の暖かさを感じてそこを中心にぱあっと一瞬でまばゆい光が全てを満たす。
私とシェラさんの体だけでなく、部屋からも溢れんばかりのその光はきっと奥の院全体を満たしただろう。そう感じた。
そしてその光は一瞬で消えて、いつものように瞼の裏に感じる明るさもなくなって来たのでそろそろ目を開けようかと思っていたら、目の前から
「ああ・・・」
と思わず感嘆の声を漏らしたシェラさんの呟きが聞こえた。
「あの時と同じだ。あの純白の雪のような・・・」
オレの醜さを溶かしてくれるもの。そう言ったような気がした。
先に目を開けたシェラさんがじっと見つめる窓の外には、ひらひらとゆっくりいくつも降り注ぐように舞い落ちてくるリンゴの花が見えている。
「まるで雪が舞っているようではありませんか?」
窓の外を見つめていたシェラさんが私に向き直り、嬉しそうにそう言う。
確かに、見ようによってはそう見えるかもしれない。いかにも冬が好きだと言うシェラさんらしい。
「それなら雪が見たいって言っても良かったのに・・・」
「いえ、あの王都の夜と同じものが見たかったのです。ありがとうございますユーリ様。おかげで元気にもなりました。」
そう言われてぐいと手を引かれてどさりと布団の上に倒れ込む。
「ちょっとシェラさん⁉︎」
そのまま素早く布団の中へと引き込まれ、気付けばバックハグの状態であっという間に後ろから抱きしめられていた。
え?なにこれ、騎士のテクニック?寝技的な何かかな?
「急に何なんですか!」
抗議の声を上げればまあまあと諌められた。
「オレが眠るまで一緒にいていただける約束でしたでしょう?今しばらくこのまま、二人で一緒にあの雪のように舞い落ちる花を見ていましょう。」
そう言われると弱い。目の前に見えているこの景色は、よく分からないけどシェラさんにとって大事なものらしいから騒ぐのは無粋だ。
「あの時は尖塔の上で一人これを見ていましたが、今はユーリ様とご一緒に見ることが出来てこの上ない幸せです。」
そんな事まで言われたからますます身動きが取れなくなってしまった。
そうして二人で外の景色を見つめていれば、やがて私を抱きしめる背後の体温の暖かさが心地良くていつの間にか眠りに引き込まれる。
シェラさんが眠るまで、どころか私の方が先に眠ってしまい結局朝までそのままだ。
そうして翌朝、まだ私を抱きしめたままのシェラさんにおはようございますと微笑まれ、そこでやっとシェラさんは最初から私と朝までいるつもりだったことに気付いた。
その頃には二人分の朝食を部屋のテーブルにセットし終えていたエル君にも、
「鈍すぎですユーリ様。リオン殿下もユーリ様がお見舞いに行くと知った昨日のうちから、今朝の朝食もこちらに準備するようにと僕に仰っていましたよ。」
とかぶりを振って言われてしまった。
「オレは満足ですよ。ユーリ様に一晩中看病していただくなど、誰も経験したことのない貴重な体験が出来ましたし、あの美しい加護の光景をまた見ることができました。本当にありがとうございます。」
またシェラさんの口車にうまく乗せられた・・・?
ぽかんとしたままの私を後ろからぎゅっと抱きしめるシェラさんは、多分昨日の夜のように満足そうな笑顔をその顔に浮かべているんだろう。
そのぬくもりだけをやけに暖かく感じる朝だった。
あまり人がいては気を使うかなと思って、給仕もエル君だけがやってくれている。
「少し顔色が良くなったみたいですね?」
眠る前よりもシェラさんの顔にわずかに生気が戻ったような気がしてそう言えば、スプーンを手にシェラさんが
「ユーリ様の看病と薬湯のおかげですね。明日には回復していますし、また朝からお世話をさせて下さい。」
とニコリと微笑んだ。
「明日からはまだ早いと思いますよ⁉︎」
「今夜、オレの調子がまだ戻らないようであればユーリ様がその御力をわざわざ使って治してくださるんでしょう?」
それは確かにそう言ったけど!でもそれは私の世話をさせるためじゃなくて、体調を崩したシェラさんが心配で少しでも早く元気になって欲しいからだ。
「・・・一応、リオン様やレジナスさんみたいにずっと元気で病気や怪我にも強くなる加護をつけるつもりなんです。でもだからってそれに調子づいて無理だけはして欲しくないです。」
この後シェラさんにつけるつもりの加護について話せば、ちょっと驚いたように目を丸くされた。
「それほど強力な加護をオレのような者に授けていただけるのですか?」
またそんな風に自分を卑下して・・・。と思ったのと同時にエル君からシェラさんに注意をするよう頼まれていたのを思い出した。
シェラさん、自己評価が低くて自分のことを大事にせず無頓着だから寒空の中でも平気で訓練なんかして風邪も引くんだよ。
「他の人たちから聞きましたけどシェラさん、冬の夜みたいな寒い時でも薄着で外に出て訓練をしてるそうですね?心配になるからあんまりそういう事はしないで下さいよ?」
「ご心配をおかけしたようで申し訳ありません。しかしそれは何というか、昔からの習慣みたいなものでして。」
少し困ったような笑顔を浮かべたシェラさんが続ける。
「深夜の方が集中出来ますし、冬は空気が澄んでいて薄着の方が肌感覚が研ぎ澄まされるので動きやすいというか」
「習慣でやめられないって言うならせめて真冬の夜はやめるとか、夜の訓練の回数を減らすとか・・・」
食べ終えた食器をエル君に渡して片付けてもらいながら提案すれば、食後の薬湯を手にしていたシェラさんにじっと見つめられた。
「な、なんですか?」
「それほど仰るのでしたら、ユーリ様にはオレが訓練に行かないように引き止める方法があるんですが・・・気付いていないですよね?」
いやだから今、あんまりそういう事はしないでってお願いしたよね?引き止める方法ってそれじゃないの?
首を傾げた私にふふ、とシェラさんが笑った。
「夜間訓練にオレが行かないようにユーリ様が一緒に寝てくださればいいんですよ。さすがにオレを抱きしめるユーリ様を振り払ってまで寒い訓練場に行く気にはなれません。」
「なっ・・・‼︎」
「冬場の寒さよりもユーリ様に抱きしめられる暖かさの方が良いに決まっていますからね。これから寒い日は毎晩ユーリ様の元へ通っても良いということでしょうか?」
薬湯の入ったカップを両手で包み込むように持ちながらこちらに艶然と微笑むその姿はほぼいつも通りだ。
「そんな事が言えるなんて随分元気になりましたね!」
「おや、お返事はいただけないのでしょうか」
答えなきゃダメなやつなんだ⁉︎うぐ、と言葉に詰まるけどシェラさんはにこにこしながらまだ待っている。
「ま、毎晩とかそれはさすがに・・・。たまにならいいですけど・・・」
うろうろと視線を彷徨わせながらそう答えれば、
「ありがとうございます。これで言質は取りましたので、冬の夜はオレが他の伴侶の方々よりも優先されるということですね。」
「は、ええ⁉︎」
そういう意味⁉︎それを聞いたらまたリオン様あたりに呆れられる。
「今までも冬はわりと好きな季節でしたが今年からはもっと好きになれそうです。早く寒くなるといいですねぇ。」
そうしたらまたダーヴィゼルドでの朝のように、夜が明けたら温かなお茶を持って朝焼けを見に城の高台へ行きましょうか。
そんな話をするシェラさんはまた更に元気そうだ。
「なんだかもう私が加護を付けなくても元気そうですね⁉︎良かったです‼︎」
「まさか。まだユーリ様を押し倒したり満足させられるような体力までは全く戻っていませんよ。試してみますか?」
そう言われてぐいと手を引かれるとベッドのヘッドボードの枕を背もたれに座っていたシェラさんのすぐ側へ引き寄せられた。
そのままこつんと額を当てられ、
「・・・まあそれは冗談ですがほら、まだ少し熱があるでしょう?オレにはユーリ様のご加護が絶対に必要です。」
そう囁かれた。確かにまだ少し額は熱い。それに話している声もまだ気だるげだ。
「こんな冗談言ってないで安静にしていて欲しいんですけど」
「ですがユーリ様のご加護を受けましたら、この先はこんな風に看病をしていただける機会はないでしょう?ああ、そう考えたらさっきの食事もユーリ様に食べさせていただくべきでした。惜しいことをしましたねぇ。」
額を付けているので物凄く至近距離にある熱っぽい金色の瞳が笑んでいる。
恥ずかしくなって離れようとしたら、まだ離れて欲しくないと言うように私の両頬にそっとシェラさんの両手が当てられた。
その指先も、やっぱりいつもよりまだ熱い気がする。
「・・・ユーリ様、もしよろしければ今日は加護を付けた後もオレが眠るまでは側にいてもらえませんか?」
なんだか甘えるようにそう言われたお願いに困惑した。
それは勿論そうしようと思っていたけど、まさか加護を付けたら「はい、もう治しましたから大丈夫!」とさっさと自分の部屋に帰るような薄情者だとでも思われていたのかな?
そんな事を考えていたら返事をするのが一拍遅れて
「やはりダメでしょうか・・・?」
と少し気落ちした調子の声音が聞こえてきてハッとした。いけない、病人を不安にさせるなんて。
「大丈夫、シェラさんが眠るまでここにいますよ!そうだ、加護を付ける時に何か希望はありますか?リオン様に付けたような加護の力を使えば多分また花やら飴やら降るかも知れませんから。」
そしておそらく一瞬とはいえこの奥の院全体がまた真昼のように明るくなる。
シェラさんに強めの癒しの加護を付けると夜なのに明るくなるだろうから、驚かせるだろうとさっきエル君に頼んでリオン様にはその許可ももらっている。
リオン様も、今夜この奥の院に勤めている人達にはそれを伝えてくれているはずだから遠慮なく力を使うつもりだ。
そうすればリオン様を治した時にはまだいなかったエル君やシンシアさん、マリーさんにリース君やアンリ君にも今夜同じような加護がつくだろう。
そんな風に思いながらシェラさんに希望を聞いたら、目を瞬いた後に
「それならオレはユーリ様と初めて言葉を交わしたあの日の王都の夜に金の雨と共に降り注いだリンゴの花が見たいです。」
そう微笑まれた。懐かしい大切な思い出を話すようなその眼差しにちょっと驚く。
あれがシェラさんの中でそんなに印象的だったとは思わなかった。
私はてっきり、シェラさんを伴侶として受け入れるってきちんと返事をした時に、ファレルの神殿で鐘の音と共に降って来たピンク色の花が見たいとか言われるのかと思っていた。
「あれでいいんですか?」
念のために聞き返せば、
「あれがいいんです。」
と頷かれた。
「それじゃまあ・・・」
まだ私の両頬に手を添えたまま、シェラさんの額は付けられていたのでそのままリオン様の時のように加護を付けることにした。
エル君は花が舞い落ちるであろう中庭の景色がよく見えるようにと、夜だからと引いたカーテンを開けてくれるとぺこりとお辞儀をして部屋を出た。私が集中出来るよう二人きりにしてくれるらしい。
居住まいを正して、私からもシェラさんの両頬に手を添えれば微笑みながらシェラさんは敬虔な信徒が祈りを捧げるように目を閉じてくれた。
深呼吸をして祈りを込める。私の大切な人がいつまでも元気で怪我もしませんように。あの小さくて白い、可愛い花がその心の慰めになるならば今夜もどうかそれが降り注ぎますように。
そうして噛み締めるように大切に、短いあの言葉を呟く。
「ヒール」
途端に、くっ付けている私達の額に体温とは別の暖かさを感じてそこを中心にぱあっと一瞬でまばゆい光が全てを満たす。
私とシェラさんの体だけでなく、部屋からも溢れんばかりのその光はきっと奥の院全体を満たしただろう。そう感じた。
そしてその光は一瞬で消えて、いつものように瞼の裏に感じる明るさもなくなって来たのでそろそろ目を開けようかと思っていたら、目の前から
「ああ・・・」
と思わず感嘆の声を漏らしたシェラさんの呟きが聞こえた。
「あの時と同じだ。あの純白の雪のような・・・」
オレの醜さを溶かしてくれるもの。そう言ったような気がした。
先に目を開けたシェラさんがじっと見つめる窓の外には、ひらひらとゆっくりいくつも降り注ぐように舞い落ちてくるリンゴの花が見えている。
「まるで雪が舞っているようではありませんか?」
窓の外を見つめていたシェラさんが私に向き直り、嬉しそうにそう言う。
確かに、見ようによってはそう見えるかもしれない。いかにも冬が好きだと言うシェラさんらしい。
「それなら雪が見たいって言っても良かったのに・・・」
「いえ、あの王都の夜と同じものが見たかったのです。ありがとうございますユーリ様。おかげで元気にもなりました。」
そう言われてぐいと手を引かれてどさりと布団の上に倒れ込む。
「ちょっとシェラさん⁉︎」
そのまま素早く布団の中へと引き込まれ、気付けばバックハグの状態であっという間に後ろから抱きしめられていた。
え?なにこれ、騎士のテクニック?寝技的な何かかな?
「急に何なんですか!」
抗議の声を上げればまあまあと諌められた。
「オレが眠るまで一緒にいていただける約束でしたでしょう?今しばらくこのまま、二人で一緒にあの雪のように舞い落ちる花を見ていましょう。」
そう言われると弱い。目の前に見えているこの景色は、よく分からないけどシェラさんにとって大事なものらしいから騒ぐのは無粋だ。
「あの時は尖塔の上で一人これを見ていましたが、今はユーリ様とご一緒に見ることが出来てこの上ない幸せです。」
そんな事まで言われたからますます身動きが取れなくなってしまった。
そうして二人で外の景色を見つめていれば、やがて私を抱きしめる背後の体温の暖かさが心地良くていつの間にか眠りに引き込まれる。
シェラさんが眠るまで、どころか私の方が先に眠ってしまい結局朝までそのままだ。
そうして翌朝、まだ私を抱きしめたままのシェラさんにおはようございますと微笑まれ、そこでやっとシェラさんは最初から私と朝までいるつもりだったことに気付いた。
その頃には二人分の朝食を部屋のテーブルにセットし終えていたエル君にも、
「鈍すぎですユーリ様。リオン殿下もユーリ様がお見舞いに行くと知った昨日のうちから、今朝の朝食もこちらに準備するようにと僕に仰っていましたよ。」
とかぶりを振って言われてしまった。
「オレは満足ですよ。ユーリ様に一晩中看病していただくなど、誰も経験したことのない貴重な体験が出来ましたし、あの美しい加護の光景をまた見ることができました。本当にありがとうございます。」
またシェラさんの口車にうまく乗せられた・・・?
ぽかんとしたままの私を後ろからぎゅっと抱きしめるシェラさんは、多分昨日の夜のように満足そうな笑顔をその顔に浮かべているんだろう。
そのぬくもりだけをやけに暖かく感じる朝だった。
75
あなたにおすすめの小説
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~
ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。
やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。
そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。
そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。
これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
妹なんだから助けて? お断りします
たくわん
恋愛
美しく聡明な令嬢エリーゼ。だが、母の死後に迎えられた継母マルグリットによって、彼女の人生は一変する。実母が残した財産は継母に奪われ、華やかなドレスは義姉たちに着られ、エリーゼ自身は使用人同然の扱いを受ける。そんなある日――。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
お転婆令嬢は、大好きな騎士様に本性を隠し通す
湊一桜
恋愛
侯爵令嬢クロエは、二度も婚約破棄をされた。彼女の男勝りで豪快な性格のせいである。
それに懲りたクロエは、普段は令嬢らしく振る舞い、夜には”白薔薇”という偽名のもと大暴れして、憂さ晴らしをしていた。
そんな彼女のもとに、兄が一人の騎士を連れてきた。
彼の名はルーク、別名”孤高の黒薔薇”。その冷たい振る舞いからそう呼ばれている。
だが実は、彼は女性が苦手であり、女性に話しかけられるとフリーズするため勘違いされていたのだ。
兄は、クロエとルークのこじらせっぷりに辟易し、二人に”恋愛の特訓”を持ちかける。
特訓を重ねるうちに、二人の距離は少しずつ近付いていく。だがクロエは、ルークに”好きな人”がいることを知ってしまった……
恋愛なんてこりごりなのに、恋をしてしまったお転婆令嬢と、実は優しくて一途な騎士が、思い悩んで幸せになっていくお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる