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番外編

指輪ものがたり 1

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「レディ・ミア・アンジェリカ・クレイトス、君との婚約は破棄させてもらう。」

私の腰を引き寄せ抱き締めると、これ見よがしにシグウェルさんは目の前の美女・・・ミアさんに冷徹にそう言い放った。

場所はまばゆいシャンデリアが魔法で空中に浮かぶ華やかな宴席の大広間、周りには豪華に着飾ったたくさんの貴族達。

・・・あれ、なんだろう。こういうの、元の世界で深夜残業を終えて帰って来て付けたテレビの、深夜の異世界系アニメで見たことある。

いわゆる悪役令嬢って言われる人が衆人環視の中で断罪されるやつ。

私とシグウェルさんの目の前には艶やかで美しい燃えるように真っ赤な赤髪を綺麗に編み込み、美しいドレスに身を包んだ悪役令嬢・・・ではなくクレイトス公女のミアさんがもの凄い顔で私を睨んでいる。

ますますアニメ感がある状況だけど、どうすんのこれ?

シグウェルさんの後ろではユリウスさんも

「今この場でそれを言うっすか⁉︎」

と真っ青になっている。そうだよね。そもそもはシグウェルさんが原因で、ミアさんはそれに拍車をかけただけだもんね。

・・・まあそのせいで私達はルーシャ国を出て自治領であるクレイトス大公領まで来る羽目になったんだけど。




話はクレイトス大公領を訪れる前に遡る。

とある日、魔法の指導を受けるために魔導士院を訪れてシグウェルさんの団長室でお茶をご馳走になっていた時のことだ。

その日受け取った郵便物や書類を確かめていたシグウェルさんが突然声を上げた。

「なんだこれは」

いつになく不機嫌そうな、それでいて少し困惑したようでもあるその声色に私だけでなく私のおしゃべりの相手をしていたユリウスさんもそちらを見た。

「どうかしたっすか団長。」

「婚約確認証明書とルーシャ国への魔法陣を使った訪問許諾申請書だ。」

「こ・・・?」

婚約?え?誰が?私もユリウスさんもぽかんとした。

シグウェルさんは珍しく僅かに眉間に皺をよせ、まだ書類に目を通している。

「・・・おいユリウス、俺はクレイトス大公領の公女と婚約していたのか?」

その言葉に弾かれたようにユリウスさんが立ち上がってツッコミを入れた。

「何言ってんすか、団長はユーリ様と結婚してるじゃないっすか!結婚式を挙げて新婚休暇にも行って来て、その後も一ヶ月はなんだかんだで俺に仕事を押し付けてダラダラしてたのはどこの誰っすか⁉︎休み過ぎてついにボケたっすか⁉︎」

「だらけていたのではなく結婚式と休暇で進捗が遅れた自分の魔法実験に注力していただけだ」

「仕事を放り出して自分の趣味に没頭するとか、人はそれをサボリと言うっすよ!つーか、団長がした覚えのない婚約を俺が知ってるわけないっす!何したんすか団長、婚約詐欺っすか⁉︎」

「人聞きの悪いことを言うな、俺がユーリ以外に興味を持つわけがないだろうが」

あ、そうですか・・・。

心底嫌そうな顔をしたシグウェルさんの言葉に、二人のやりとりをただ聞いていただけの私はちょっと気恥ずかしくなった。

相変わらず恥ずかしくなるようなセリフを平然と言うなあ。

「ユーリ様も!赤くなってる場合じゃないっすよ⁉︎自分の旦那に結婚した後で婚約者が現れるなんて、そこはもっとこう、心配するとか怒るとかしないと!」

なぜかユリウスさんの矛先が私にも向かってしまった。

「そう言われても、話が全然見えないんですけど・・・。そもそも、私達の結婚式ってかなり大々的にやったのにそれから4ヶ月以上も経ってからそんな・・・婚約履行がどうとかって言われても。え?シグウェルさんて元々婚約者がいたんですか?」

本人も全く身に覚えがなさそうだけど。

一応聞いてみたらますますシグウェルさんがむっとした。

「まさか君までそんな事を言い出すとはな。君の他に誰か付き合っている者がいるように見えたか?」

「ですよね」

まあ分かってはいたけど一応聞いてみただけだ。だって初めて会った時、シグウェルさんのことをユリウスさんは「友達も恋人もいない」ってヒドイ言い方をして私に紹介していたし。

「でもルーシャ国って身分の高い人や才能のある人は複数の伴侶を持てるらしいですから、もしかしてシグウェルさんも誰か親の決めた相手がいてもおかしくないかなって・・・」

そう言ったらユリウスさんがあっ!と声を上げた。

「思い出したっす!クレイトス大公領って言ったらそこの公女様、ドラグウェル様が薦めて来た団長の最後のお見合い相手じゃないっすか‼︎」

「そうだったか?」

そこでユリウスさんが「ちょっと見せて下さい!」とシグウェルさんの手にしていた書類を奪い取って素早く目を通した。

「ほらぁやっぱり!ここにちゃんとミア・アンジェリカ・クレイトスって書いてあるじゃないっすか、しかも日付からすると許可さえ出せば今日明日にもここに来るっすよ⁉︎」

ビシッ!とユリウスさんが指差した書類は魔法陣を使ってルーシャ国へ入国する許可を求める申請書だ。

王宮に報告して了承が得られたらこの書類に魔力を流すと、申請書を出した相手が反応して魔導士院の転移魔法陣にすぐにでも転移して来れる。

「便利ですけど他国の王都の・・・しかも王宮の中にいきなり転移してくるのは結構大変なんじゃないですか?」

なにせルーシャ国の国境だけでなくこの王都にも強力な二重結界が張ってあるのに、それを乗り越えて他国からいきなりここに転移出来るなんてかなりの魔導士じゃないと不可能では・・・?

そう思っていたら、その考えが伝わったらしくユリウスさんが教えてくれた。

「クレイトス大公領は魔導士や魔力持ちの人間達が魔法を極めようと自然に集まって出来た、どこの国にも属さない自治領なんす。そこを治めているクレイトス大公もドラグウェル様に匹敵するような大魔導士で、その娘のミア・アンジェリカ様も優れた魔導士っす。だから転移魔法もお手のもので、」

その膨大な魔力から団長のお見合い相手にも選ばれたわけで・・・と最後の方はユリウスさんの声がモゴモゴと小さくなった。

「年に一度の見合いは家から命じられた義務だったからな、毎年恒例の行事みたいなものでいちいち相手など覚えていない」

そう補足したシグウェルさんが、

「だが見合い相手の誰とも婚約などしていない。茶を飲んで買い物に付き合い、歌劇やら演劇やらを鑑賞して食事をして解散というのがいつものコースでクレイトス公女の時も同様のはずだ。」

淡々と自分の記憶を思い出しながら話しているけどなんかこう・・・本当に義務でお見合いしてました感がひしひしと伝わってくる。

これだけ顔の良い人に丸一日エスコートされてデートするって決まってたら、相手の女の人はすごく楽しみにしていただろうになあ・・・。

お互いの温度差が凄そうで想像しただけで風邪を引きそう。

シグウェルさんの言葉に私が微妙な顔をしていたからなのか、ユリウスさんが首を振って

「言いたいことは分かるっすけど、実際目の当たりにするともっとヒドイっすよ。お相手のこと、石ころか草木でも見るような目で見てたんすから」

となんのフォローにもならない事を言った。

「だからこそ不思議なんすよね。一体何をどうすれば団長と婚約したことになってるんだか・・・。なんかそれらしいプレゼントでも渡したんじゃないすか?」

「知るか」

ユリウスさんの疑問にシグウェルさんは全く興味なさげだ。ただ、

「問題はこのルーシャ国への訪問許諾申請書だ。何の理由もなく却下は出来ない。一応ルーシャ国とも魔導士の交流を通してそれなりの親交がある国だからな。」

と書類をひらひらと振った。

「許可をして、実際そのミアさんて言う人に会ってどういうことか聞くのが一番手っ取り早いんじゃないですか?」

そう提案したら、ちらと横目で見られて

「君は自分の伴侶が自称婚約者を名乗る女と会っても気にならないのか?」

と聞かれてしまった。そうは言われても、お見合い相手だったのにシグウェルさんの記憶に全く残っていないほど興味がない相手なら浮気の心配もないと思うんですけど。

そう思ったのが顔にでていたらしい。ぐいと近付いたシグウェルさんに

「嫉妬もなしか。寂しいものだな、君は俺に対する愛情が薄いんじゃないか?俺の方は休暇でもその後も、嫌というほど愛情を伝えたつもりだが、君にはそれが伝わっていないから嫉妬もしないのか?それならもっとじっくり夜を徹してそれを伝える必要があるな。」

とアメジストの瞳を煌めかせて囁かれた。不穏だ。嫌な予感しかしない。具体的には朝まで離してもらえない気がする。

するとそんな妖しい雰囲気をぶち壊すようにユリウスさんが

「ユーリ様が嫉妬しないのにかこつけて団長室でいかがわしい行為をするのは止めるっすよ!ユーリ様は元から情緒が死んでるから嫉妬しないのも仕方ないっす!」

と私とシグウェルさんの間に手刀を入れて制した。

「情緒が死んでるとか失礼ですね⁉︎私だって・・・!」

「なんだ、嫉妬することがあるのか?」

いつだ、聞かせてくれないか、とシグウェルさんが面白そうに目をすがめたので言葉に詰まる。

そんなの今さらだから言えないけど・・・あのヘイデス国の聖女エリス様の正体を暴くため、シグウェルさんがエリス様の側にいた時はその理由を知らない時は心配したし嫉妬した。

「・・・これから嫉妬することがあるかも知れないじゃないですか!」

うっすらと頬を染めてそう誤魔化したら、

「では君を嫉妬させるためにクレイトス公女に会うとするか。」

シグウェルさんが面白そうにそんな事を言う。さっきまでは身に覚えのない自称婚約者の訪問申請で不機嫌だったのに、私の気持ちを振り回すためならそんな相手に会うのも構わないらしい。つくづく変わっている。

そしてそんな変わり者だから、何の騒ぎも起きないわけがなかったのだった。













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