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番外編
かわいい子には旅をさせよう 11
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「約束を破ったら針を千本飲ませる歌が愛らしいとか、やっぱり頭がおかしいっす!」
私が指切りで歌った歌を怖いと言ったユリウスさんは、そんな私を褒め称えたシェラさんに向かってまたそんな事を言った。
「すげぇ、あの隊長にそんな口の聞き方が出来るなんてさすが副魔導士団長、いや、マディウス団長のご子息だ」
「いいぞもっと言ってくれ!」
なんて声もどこからか聞こえてきたけど、シェラさんはそんな騎士さん達の声もユリウスさんの文句も全然気にしていない。
「ユーリ様のなさることで愛らしくない事がありますか?・・・ああ、失礼。あなたはオレと違ってユーリ様に優しく指を絡められたことも、面と向かって歌を歌っていただいた事もないのでこの気持ちは分からないでしょうね。」
と、むしろ何故か誇らしげで煽ってすらいる。しかも
「・・・そういえばリオン殿下も自分のためにユーリ様に歌を歌っていただいたことはあるんでしょうか?」
ふむ、と小首を傾げて思案した。その言葉にユリウスさんが青くなる。
「ちょっ!今の出来事を殿下に自慢しようだとか、おかしな事は考えないで欲しいっす!ユーリ様がアンタに約束ごとのためとはいえ歌ってあげたなんて報告、俺も怖くて出来ないっすからね⁉︎殿下もしてもらった事がないのに、そんなのがバレたら大変っす!」
すると途端にシェラさんはにんまりと満足そうな妖艶な笑みをその顔に乗せた。
「そうですか。殿下もまだご自分のためにユーリ様に歌を歌っていただいたことも、この可愛らしくも美しい歌声を聞いたこともないのですか」
ウンウン頷いてなんだかすごく満足そうにしているけどさぁ・・・。
「シェラさん、たかがわらべ歌の一つですよ?そんなに大袈裟に褒められるものでもないし、もしリオン様が聞きたいっていうなら勿論私はまた何か歌いますよ?」
ユリウスさんがあまりにも恐ろしげに言うものだから、リオン様に優越感を持つほど大した歌は歌ってないですよ?と一応シェラさんを諌める。
まあ、もしリオン様が聴きたいっていうなら元の世界の歌の一つや二つ、覚えているかぎり歌ってあげてもいいし。きらきら星なんて簡単だし可愛くていいかも知れない。
するとユリウスさんもそんな私の言葉に乗っかって頷いた。
「そうっすよ!ユーリ様に歌ってもらうのは別に特別なことでも何でもないんです、だからおかしな事を言って殿下を煽りにかかるなんてバカな事はしないで欲しい!俺の心の平穏の為にも‼︎」
うん、リオン様に「ユリウス、君がついていたのに何をしてたの?何のために君をユーリとシェラの同行者にしたと思ってるの?」って詰められそう。
それなのにシェラさんはしれっとして
「殿下にもしたことのない事を先にしていただくなど、こんなに光栄なことはありません。いえ、ユーリ様の初めてをいただいたのですから光栄などという言葉ではとても言い表せませんね。この歓びと感激は田舎に住む養父にも教えなければ。」
と、他人にも教える気満々だ。ていうかその紛らわしい言い回し、やめて欲しい。周りの騎士さん達もうっすら赤くなってるし。
「マジ迷惑!目的地に着く前にストレスで俺の魔力がすり減りそうっす‼︎」
全く言うことを聞きそうにないシェラさんを前にユリウスさんはそう大きな声を上げたけどいざ出発する段になった時、そんなユリウスさんは更にかわいそうな目に遭った。
「ウソつき!俺をユーリ様の馬車に乗せて仮眠させてくれるって言ったじゃないっすか!」
マリーさんと二人、先に馬車に乗り込んでいた私の耳にユリウスさんのそんな声が聞こえて来たのだ。
・・・ん?確かユリウスさん、私の馬車で仮眠するのを条件に昨日の夜は寝ずの番を引き受けたんだったよね?
何事かと思っていれば、その声はどうやら正面の御者台の方からする。
だから馬車の正面、御者台に面した方の小窓を開けてマリーさんと一緒に外を覗いてみた。
四頭立ての馬車の御者台には、昨日と同じく御者をする騎士さんが二人並んで座っている。
ただ昨日までとちょっと違うのはその騎士さん二人の間に、ピッタリ挟まれるようにしてユリウスさんが座っていることだ。
大柄な騎士さんに挟まれて狭そうに縮こまりながらシェラさんに文句を言ってるその姿は、なんだか護送されている犯罪者みたい。
「こんなガチムチの脳筋野郎二人にがっちり挟まれて風に当たりながら移動するなんて、話が違うっす!」
「約束通りユーリ様の馬車に乗せてあげたではないですか。どうぞ存分に仮眠をとって魔力の回復に努めてください」
「こんなのはユーリ様の馬車に乗ったなんて言わないっす!馬車の中でユーリ様の前に座ってお菓子をつまんでお喋りをして、マリーさんの淹れたお茶を飲んで寝るのが正しい休息の取り方!」
「図々しいことこの上ないですね・・・」
呆れたようなシェラさんの声がする。
いやいや、私の馬車に乗ることに対してそれほど大した希望を言っていないユリウスさんのお願いを却下するなんて、もしかしてシェラさんは最初からこうするつもりだったのかな?ユリウスさん、かわいそう。
「じゃ、じゃあせめて昨日までの馬にまた乗るっす!筋肉まみれの男二人に挟まれてもみくちゃにされながら移動するよりもその方がまだマシ‼︎」
ユリウスさんはそう交渉したけど
「残念ながらあなたの馬はユーリ様の籠と手に入れた食材でいっぱいですねぇ。いい加減諦めてくれませんか?あなたのせいで出発が遅れてユーリ様の大事な使命に支障を生じさせるつもりで?」
有無を言わせない圧のある笑顔でシェラさんににっこり微笑まれると、さすがのユリウスさんもそれ以上は交渉出来ずに「ヒェッ・・・」と息を呑むと、それまで散々文句をつけていた隣の騎士さんにしがみついた。
最終的にほぼ力技で言うことを聞かせられたユリウスさんを不憫だと思って、
「次の休憩時間の時に、ユリウスさんをいっぱい慰めてあげなきゃいけませんね・・・。リオン様から持たせてもらった、とっておきのお菓子を分けてあげなきゃ」
御者台が見える小窓をそっと閉じながらそう言ったらマリーさんも
「私も甘いお茶をたっぷり淹れてあげようと思います。」
と頷いて私の隣に座り直す。
するとそんな私達の思惑も知らずに、ユリウスさんを強引に御者台へと座らせたシェラさんも馬車へと乗り込んで来た。
「お待たせいたしましたユーリ様。多少時間は取られましたが、この程度の遅れであれば予定通りの時間に向こうへは着くはずです。」
私の正面に座ったシェラさんは話しながら自分の背中の位置に差し込まれていたクッションを取って誰も座っていない自分の隣のスペースに置くと、それをポンポン叩いて柔らかく整えた。
そして背もたれの背後の荷物を置くスペースに積んであった箱を開けると、出して来た厚めの敷き物を馬車の座面に敷いて毛足の長い暖かそうなブランケットも取り出す。
「珍しいですね、シェラさんて寒さには強いと思ってたんですけど・・・どこか具合でも悪いんですか?」
凍えるほど寒かったダーヴィゼルドでもそれほど厚着をしていなかったのに、南に向かっている今の方がブランケットを取り出してくるなんて。しかも敷き物まで出してくるあたり、具合が悪くて横にでもなりたいんだろうか。
心配して、どこか悪いなら治そうと真正面のシェラさんに手を伸ばしたらその手を取られた。
「お優しいユーリ様、違いますよ。こんな取るに足らないオレ如きにお心を砕いていただくのは望外の喜びですが、これはオレではなくユーリ様のための準備です。」
「はい?」
意味が分からない、とキョトンとしたそのタイミングで走り始めた馬車がガタンと揺れる。
と、その揺れで私の体が傾いたのを利用して、そのままシェラさんは取っている手を引き自分の方へと私の体を引き寄せた。
そして肩を抱き寄せ、ブランケットを羽織らせると自分の隣へと座らせる。あっという間の出来事だ。
「???」
なんで?とむぎゅっと押し付けられた肩越しに見上げれば、
「オレと指を絡めて約束しましたでしょう?籠作りに奔走した騎士達を癒やす代わりに、馬車ではきちんと休息を取ると。」
にっこりと嬉しそうに、蕩けるような色気で瞳を金色にゆらめかせ私を見下ろしながらそんな事を言う。
「いっ・・・言いましたけど!それは普通に背もたれに寄りかかって寝るとか、おやつをたくさん食べるとかって意味で」
誰もシェラさんに寄りかかって寝るとは言っていない。
だけどシェラさんは構わず、抱き寄せた私の肩をブランケット越しにまあまあと言うようにポンポンする。
「昨日の道中も説明しましたが、これから先は王都から離れて行くほど道が悪くなります。先ほどのように突然馬車が揺れることもありますからね。こうして柔らかなクッションを背もたれに、座面も厚めの敷き物で衝撃を吸収しながら毛布でお体を包み込んで暖かくして眠らなければ、充分な休息など取れません。」
「ええ・・・?」
「本当はオレの膝をお貸しして横になって眠っていただくのが良いのでしょうが、それは恐れ多いので・・・。それによく考えたらこちらの方がユーリ様をしっかりとお支えできるので良いかも知れません。」
最後の方はひそひそと、シェラさんを見上げている私の耳の近くで内緒話をするように囁かれた。
「ちょっと、くすぐったいんですけど!」
耳は弱いからそんなに近くで話さないで欲しい。反射的に離れようとしたら逆に力を込めて更に肩を抱き寄せられた。
「おや、お可愛らしい。どうぞオレのことは意識せず、壁に寄りかかっているとでもお思いください。」
なんて言うくせに、「オレの方はオレの女神であるユーリ様を手に抱く感触も喜びもじっくり堪能させていただきますが。」とにっこり笑って癒し子原理主義者ここにあり、みたいな宣言をした。
シェラさんはどうか知らないけど、私は誰かに肩を抱き寄せられて眠るなんて今まで一度も・・・それこそ告白してくれたリオン様相手でも経験がないから落ち着かない。
だけどそんな事を言おうものならまた「ユーリ様の初めてを更にいただきましたね」なんて、現状に輪をかけてシェラさんを浮かれさせるだけだ。
だからぐぬぬ、と何も言えずにせめてマリーさんに何か言ってもらおうと向かいを見たけど、そのマリーさんはあらあらまあまあ、みたいな好奇心いっぱいの顔で少し頬を赤らめながら口元に手を当てて私達を見ている。ダメだこりゃ。
マリーさんも当てに出来ない、と気付いた私にシェラさんはまた耳元で
「お耳が真っ赤で可愛らしいですが、そのように興奮されているとゆっくり休めませんよ。ほら、もう少しオレに身を寄せてみてください。ユーリ様のために、今日のオレはリラックス出来る香りを身に纏っていますからね。その香りを嗅げば気分も落ち着き眠りやすくなりますよ。」
そう囁くと、隙間もないほどぎゅっと抱き寄せられた。
私の体をシェラさんの肩に預けるというよりも、ほぼ抱きしめられているような格好だ。
そのせいで私の顔はシェラさんの隊服にすっぽり埋まって視界が塞がる。
そして目の前が真っ暗になったその拍子に鼻先に、ふわりと肩の力が抜けるような心地良い香りが広がった。
これがシェラさんの言っていたリラックス効果のある香りの香水なんだろう。
目の前が真っ暗で何も見えない分、嗅覚が鋭くなるのかやたらとその香りがいい匂いに感じた。しかも何も見えないということは強制的に眠らされるのと同じだ。
馬車で休ませると言われて御者台に座らせられたユリウスさんを騙されてかわいそう。と不憫に思っていたけど、もしかして私もシェラさんの思い通りになんだか騙されてない?
やっと気付いた頃には、その思惑通り睡魔に襲われ始めていてシェラさんには文句を言えなくなっていたのだった。
私が指切りで歌った歌を怖いと言ったユリウスさんは、そんな私を褒め称えたシェラさんに向かってまたそんな事を言った。
「すげぇ、あの隊長にそんな口の聞き方が出来るなんてさすが副魔導士団長、いや、マディウス団長のご子息だ」
「いいぞもっと言ってくれ!」
なんて声もどこからか聞こえてきたけど、シェラさんはそんな騎士さん達の声もユリウスさんの文句も全然気にしていない。
「ユーリ様のなさることで愛らしくない事がありますか?・・・ああ、失礼。あなたはオレと違ってユーリ様に優しく指を絡められたことも、面と向かって歌を歌っていただいた事もないのでこの気持ちは分からないでしょうね。」
と、むしろ何故か誇らしげで煽ってすらいる。しかも
「・・・そういえばリオン殿下も自分のためにユーリ様に歌を歌っていただいたことはあるんでしょうか?」
ふむ、と小首を傾げて思案した。その言葉にユリウスさんが青くなる。
「ちょっ!今の出来事を殿下に自慢しようだとか、おかしな事は考えないで欲しいっす!ユーリ様がアンタに約束ごとのためとはいえ歌ってあげたなんて報告、俺も怖くて出来ないっすからね⁉︎殿下もしてもらった事がないのに、そんなのがバレたら大変っす!」
すると途端にシェラさんはにんまりと満足そうな妖艶な笑みをその顔に乗せた。
「そうですか。殿下もまだご自分のためにユーリ様に歌を歌っていただいたことも、この可愛らしくも美しい歌声を聞いたこともないのですか」
ウンウン頷いてなんだかすごく満足そうにしているけどさぁ・・・。
「シェラさん、たかがわらべ歌の一つですよ?そんなに大袈裟に褒められるものでもないし、もしリオン様が聞きたいっていうなら勿論私はまた何か歌いますよ?」
ユリウスさんがあまりにも恐ろしげに言うものだから、リオン様に優越感を持つほど大した歌は歌ってないですよ?と一応シェラさんを諌める。
まあ、もしリオン様が聴きたいっていうなら元の世界の歌の一つや二つ、覚えているかぎり歌ってあげてもいいし。きらきら星なんて簡単だし可愛くていいかも知れない。
するとユリウスさんもそんな私の言葉に乗っかって頷いた。
「そうっすよ!ユーリ様に歌ってもらうのは別に特別なことでも何でもないんです、だからおかしな事を言って殿下を煽りにかかるなんてバカな事はしないで欲しい!俺の心の平穏の為にも‼︎」
うん、リオン様に「ユリウス、君がついていたのに何をしてたの?何のために君をユーリとシェラの同行者にしたと思ってるの?」って詰められそう。
それなのにシェラさんはしれっとして
「殿下にもしたことのない事を先にしていただくなど、こんなに光栄なことはありません。いえ、ユーリ様の初めてをいただいたのですから光栄などという言葉ではとても言い表せませんね。この歓びと感激は田舎に住む養父にも教えなければ。」
と、他人にも教える気満々だ。ていうかその紛らわしい言い回し、やめて欲しい。周りの騎士さん達もうっすら赤くなってるし。
「マジ迷惑!目的地に着く前にストレスで俺の魔力がすり減りそうっす‼︎」
全く言うことを聞きそうにないシェラさんを前にユリウスさんはそう大きな声を上げたけどいざ出発する段になった時、そんなユリウスさんは更にかわいそうな目に遭った。
「ウソつき!俺をユーリ様の馬車に乗せて仮眠させてくれるって言ったじゃないっすか!」
マリーさんと二人、先に馬車に乗り込んでいた私の耳にユリウスさんのそんな声が聞こえて来たのだ。
・・・ん?確かユリウスさん、私の馬車で仮眠するのを条件に昨日の夜は寝ずの番を引き受けたんだったよね?
何事かと思っていれば、その声はどうやら正面の御者台の方からする。
だから馬車の正面、御者台に面した方の小窓を開けてマリーさんと一緒に外を覗いてみた。
四頭立ての馬車の御者台には、昨日と同じく御者をする騎士さんが二人並んで座っている。
ただ昨日までとちょっと違うのはその騎士さん二人の間に、ピッタリ挟まれるようにしてユリウスさんが座っていることだ。
大柄な騎士さんに挟まれて狭そうに縮こまりながらシェラさんに文句を言ってるその姿は、なんだか護送されている犯罪者みたい。
「こんなガチムチの脳筋野郎二人にがっちり挟まれて風に当たりながら移動するなんて、話が違うっす!」
「約束通りユーリ様の馬車に乗せてあげたではないですか。どうぞ存分に仮眠をとって魔力の回復に努めてください」
「こんなのはユーリ様の馬車に乗ったなんて言わないっす!馬車の中でユーリ様の前に座ってお菓子をつまんでお喋りをして、マリーさんの淹れたお茶を飲んで寝るのが正しい休息の取り方!」
「図々しいことこの上ないですね・・・」
呆れたようなシェラさんの声がする。
いやいや、私の馬車に乗ることに対してそれほど大した希望を言っていないユリウスさんのお願いを却下するなんて、もしかしてシェラさんは最初からこうするつもりだったのかな?ユリウスさん、かわいそう。
「じゃ、じゃあせめて昨日までの馬にまた乗るっす!筋肉まみれの男二人に挟まれてもみくちゃにされながら移動するよりもその方がまだマシ‼︎」
ユリウスさんはそう交渉したけど
「残念ながらあなたの馬はユーリ様の籠と手に入れた食材でいっぱいですねぇ。いい加減諦めてくれませんか?あなたのせいで出発が遅れてユーリ様の大事な使命に支障を生じさせるつもりで?」
有無を言わせない圧のある笑顔でシェラさんににっこり微笑まれると、さすがのユリウスさんもそれ以上は交渉出来ずに「ヒェッ・・・」と息を呑むと、それまで散々文句をつけていた隣の騎士さんにしがみついた。
最終的にほぼ力技で言うことを聞かせられたユリウスさんを不憫だと思って、
「次の休憩時間の時に、ユリウスさんをいっぱい慰めてあげなきゃいけませんね・・・。リオン様から持たせてもらった、とっておきのお菓子を分けてあげなきゃ」
御者台が見える小窓をそっと閉じながらそう言ったらマリーさんも
「私も甘いお茶をたっぷり淹れてあげようと思います。」
と頷いて私の隣に座り直す。
するとそんな私達の思惑も知らずに、ユリウスさんを強引に御者台へと座らせたシェラさんも馬車へと乗り込んで来た。
「お待たせいたしましたユーリ様。多少時間は取られましたが、この程度の遅れであれば予定通りの時間に向こうへは着くはずです。」
私の正面に座ったシェラさんは話しながら自分の背中の位置に差し込まれていたクッションを取って誰も座っていない自分の隣のスペースに置くと、それをポンポン叩いて柔らかく整えた。
そして背もたれの背後の荷物を置くスペースに積んであった箱を開けると、出して来た厚めの敷き物を馬車の座面に敷いて毛足の長い暖かそうなブランケットも取り出す。
「珍しいですね、シェラさんて寒さには強いと思ってたんですけど・・・どこか具合でも悪いんですか?」
凍えるほど寒かったダーヴィゼルドでもそれほど厚着をしていなかったのに、南に向かっている今の方がブランケットを取り出してくるなんて。しかも敷き物まで出してくるあたり、具合が悪くて横にでもなりたいんだろうか。
心配して、どこか悪いなら治そうと真正面のシェラさんに手を伸ばしたらその手を取られた。
「お優しいユーリ様、違いますよ。こんな取るに足らないオレ如きにお心を砕いていただくのは望外の喜びですが、これはオレではなくユーリ様のための準備です。」
「はい?」
意味が分からない、とキョトンとしたそのタイミングで走り始めた馬車がガタンと揺れる。
と、その揺れで私の体が傾いたのを利用して、そのままシェラさんは取っている手を引き自分の方へと私の体を引き寄せた。
そして肩を抱き寄せ、ブランケットを羽織らせると自分の隣へと座らせる。あっという間の出来事だ。
「???」
なんで?とむぎゅっと押し付けられた肩越しに見上げれば、
「オレと指を絡めて約束しましたでしょう?籠作りに奔走した騎士達を癒やす代わりに、馬車ではきちんと休息を取ると。」
にっこりと嬉しそうに、蕩けるような色気で瞳を金色にゆらめかせ私を見下ろしながらそんな事を言う。
「いっ・・・言いましたけど!それは普通に背もたれに寄りかかって寝るとか、おやつをたくさん食べるとかって意味で」
誰もシェラさんに寄りかかって寝るとは言っていない。
だけどシェラさんは構わず、抱き寄せた私の肩をブランケット越しにまあまあと言うようにポンポンする。
「昨日の道中も説明しましたが、これから先は王都から離れて行くほど道が悪くなります。先ほどのように突然馬車が揺れることもありますからね。こうして柔らかなクッションを背もたれに、座面も厚めの敷き物で衝撃を吸収しながら毛布でお体を包み込んで暖かくして眠らなければ、充分な休息など取れません。」
「ええ・・・?」
「本当はオレの膝をお貸しして横になって眠っていただくのが良いのでしょうが、それは恐れ多いので・・・。それによく考えたらこちらの方がユーリ様をしっかりとお支えできるので良いかも知れません。」
最後の方はひそひそと、シェラさんを見上げている私の耳の近くで内緒話をするように囁かれた。
「ちょっと、くすぐったいんですけど!」
耳は弱いからそんなに近くで話さないで欲しい。反射的に離れようとしたら逆に力を込めて更に肩を抱き寄せられた。
「おや、お可愛らしい。どうぞオレのことは意識せず、壁に寄りかかっているとでもお思いください。」
なんて言うくせに、「オレの方はオレの女神であるユーリ様を手に抱く感触も喜びもじっくり堪能させていただきますが。」とにっこり笑って癒し子原理主義者ここにあり、みたいな宣言をした。
シェラさんはどうか知らないけど、私は誰かに肩を抱き寄せられて眠るなんて今まで一度も・・・それこそ告白してくれたリオン様相手でも経験がないから落ち着かない。
だけどそんな事を言おうものならまた「ユーリ様の初めてを更にいただきましたね」なんて、現状に輪をかけてシェラさんを浮かれさせるだけだ。
だからぐぬぬ、と何も言えずにせめてマリーさんに何か言ってもらおうと向かいを見たけど、そのマリーさんはあらあらまあまあ、みたいな好奇心いっぱいの顔で少し頬を赤らめながら口元に手を当てて私達を見ている。ダメだこりゃ。
マリーさんも当てに出来ない、と気付いた私にシェラさんはまた耳元で
「お耳が真っ赤で可愛らしいですが、そのように興奮されているとゆっくり休めませんよ。ほら、もう少しオレに身を寄せてみてください。ユーリ様のために、今日のオレはリラックス出来る香りを身に纏っていますからね。その香りを嗅げば気分も落ち着き眠りやすくなりますよ。」
そう囁くと、隙間もないほどぎゅっと抱き寄せられた。
私の体をシェラさんの肩に預けるというよりも、ほぼ抱きしめられているような格好だ。
そのせいで私の顔はシェラさんの隊服にすっぽり埋まって視界が塞がる。
そして目の前が真っ暗になったその拍子に鼻先に、ふわりと肩の力が抜けるような心地良い香りが広がった。
これがシェラさんの言っていたリラックス効果のある香りの香水なんだろう。
目の前が真っ暗で何も見えない分、嗅覚が鋭くなるのかやたらとその香りがいい匂いに感じた。しかも何も見えないということは強制的に眠らされるのと同じだ。
馬車で休ませると言われて御者台に座らせられたユリウスさんを騙されてかわいそう。と不憫に思っていたけど、もしかして私もシェラさんの思い通りになんだか騙されてない?
やっと気付いた頃には、その思惑通り睡魔に襲われ始めていてシェラさんには文句を言えなくなっていたのだった。
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