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「こいつは、もち米って言うもんだ、あとはこれを炊いて、出来上がりなんだが…」

   ゼンはそう言いながら台所の窓から見える外の様子に目を向けた。
   外の色がオレンジに染まり、夏の時刻から察するに18時ぐらいを回っているのだと言うことがわかった。
   もうすぐ晩飯でこれを作れば軽く数時間は経過するのが想像できたゼンは小さな溜息を漏らしながら頭を掻いた。

「もう少しで晩飯だし、今日はここまでだな、これを布で包めておいて、貯蔵庫にしまっておいてもらっていいか?」

   ゼンの言葉にセリーナは、会釈を1つすると奥から新しい布を持ってきてもち米を包み、中庭の地下にある貯蔵庫へと持っていった。
   貯蔵庫の場所を知っているのは、セリーナとゼンだけで、見つけたのも数週間前だ。

   セリーナが外から変な音がするとゼンを真夜中に起こした事がきっかけだった。
   その日は、風のない、蒸し暑い夜なのもありゼンもまた寝付けないでいる所にセリーナが心無しか怯えた表情で部屋を訪ねていたのだ。

   部屋に入るなり、セリーナは何度もゼンに頭を下げながら変な音の事を話してきた。
   最初は、獣の鳴き声だとばかり思っていたのだがどうも違うと思い、何を想像したのか怖くなりゼンに助けを求めてきたとのだという。

   いつも完璧なセリーナとは、少し違いその表情は年相応の女の子の様な態度だった。

   ゼンはそんなセリーナを見れた事と寝付けないのもありランタンを持って中庭を探索する事にした。

   中庭に出ると鍛冶場とは、反対から口笛の様な動物の鳴き声の様な音が聞こえた。
   最初は何かの動物かとゼンも思ったがゼンがその音の方向に向かうと貯水タンクの裏の岩壁に隠すように木と葉っぱで覆われている場所を見つけた。
   音は、そこから聞こえているのを見ると岩壁が割れ小さな隙間があるのを見つけた。

   その隙間に手を触れると風が当たり、その音もどうやらその隙間を抜ける風の音だと言うのがわかったが、岩の隙間から吹く風がどうも妙に感じたゼンはマナの流れを見た。

   するとそれは、魔術による何らかの施しがされているのがわかり、辺りを探ると妙に出っ張った岩を見つけた。
   ゼンがそれに触れ動かすと低音と振動がゆっくりと鳴り、岩壁の隙間が長方形の形をして空いたのだ。

   悲鳴をあげそうになり慌てて口を抑えるセリーナを他所にゼンは、ランタン片手にズンズンとその奥へと入っていった。

「なんか…寒くないですか?」

   先を進むゼンの後を追うセリーナがそう呟く。

「明らかに気温が落ちてる、多分今ここの気温は10度もないな」

「それってどれぐらい寒いんでさすか?」

「雪が振る前の寒さだ」

   ゼンがそう言うとセリーナが肩を竦めた。
   その洞窟は人一人が通れるであろう入口を入ると直ぐに下へ向かう石の螺旋状の階段があり、それを4m程下ると横に広い空間へと繋がっていた。

   出入口付近より気温は数度下がり、ゼンの体感で2~5度ぐらいだと推察していた。
   吐く息は白く先程まで熱かった体も完全に冷め、肩を震わせる程に寒かった。

   ゼンは、ランタンで空間の方々を照らし、それが作られた建造物だとわかった。

「これは、恐らく氷室だな」

「ヒムロですか?」

「そう、シグモにもあったろ、氷で食料保存しておく貯蔵庫」

   ゼンの言葉にセリーナは大きく頷いたかと思うと直ぐに首を横に傾けた。

「ありましたけど…ここには氷はありませんよね?」

「そうだな、だがその代わり、風聖草を塗り込まれた塗料が引かれている、多分だが気化した地下水を風聖草のマナで循環させて冷やしているんだろうな」

   ゼンは、そう言いながら空に手を伸ばし風を確認すると再び天井や壁に目を向けた。
   湿度は、高いが温度的には適しているか。

   ゼンは、そう考えるとセリーナに足の早い野菜などの食糧を此処へ保存しておく様に命じ、そしてその事は、村でもゼンとセリーナとの秘密としていおいた。

   最悪の場合の非常食としての保存も兼ねているが此処に食糧があると知り盗む者も居ないとは、限らない。
   今の所、そんな兆候を見せる者も状況でも無いが念には、念を入れて置いたのだ。

   それから、そこにはある程度の食糧と保存食等がしまわれている。

   後でわかった事だがその貯蔵庫は丁度中庭の真下に存在していた。
   つまり、これは洋館が建てられる以前からここにあった事になる。それに魔術で防護された扉にそれを稼働するレバーの仕組みはゼンの作った火付け棒の様に魔術が使えなくても使える様に施されていたのだ。

   アシノ領の歴史の文献は200年前のイロスカー教団以前の歴史は全く存在していない。
   恐らくゴカン国がハリーホーン討伐の時に全ての文献を消してしまったのだろう。
   その為にそれ以前の歴史をゼンは、知ることが出来なかった。
   とりあえず、使える物は、使う。
   ゼンは、そう考えを決めて、貯蔵庫として利用する事に決めたのだ。

   セリーナが台所から消え、ゼンもまた自室の3階に戻ると残りの2つの豆が入った袋を閉じて部屋のタンスの中にしまった。

   その後、集会所に向かい、浴場で風呂を楽しみ、村人達と他愛のない会話をしながら夕食を済ませて再び部屋へと戻って行った。

   夜が更け、虫の声と遠くに聞こえる獣の鳴き声に耳を済ませながらゼンはベランダに座るとパイプタバコに火を灯していた。

   どうしたものか…

   あれをみて考えるとは、言ってしまったが、考える必要性はなく。淡々と作ってしまえるのが悩みの種だった。

   ゼンはあの袋の中身を知っている。
   そして、それから何が出来るかも制作方法も知っている。
   何よりもそれは、ゼンを思い出の沼へと突き落とす。

   笑顔で2つ頬張り、お茶を啜る。
   緩やかな輪郭にスラッとした目。
   肩までの綺麗な黒髪を揺らしながら時折、ピンク色の花弁を切なく見つめていた。

   そんな彼女の横顔を見ているとフト眼がこちらを向き、照れくさそうに笑う。

   そんな笑顔を思い出す度にゼンの喉の奥がキュッと締まる。
   取り戻したいんじゃない、未練がある訳でもない。
   悲しい事だった、だけどそれはその前が幸せだったからこそ、その出来事が悲しいのだ。

   人にとっては、未練だと言うだろう。
   だが、ゼンにとってそれは違う。

   ただ、大切な思い出なのだ、何よりも替え難い大切なモノなのだ。
   だからこそ、失い、それを思い出す度に切なくなる。

   ゼンは、紫煙を吐きながらゆっくりと空を見上げた。
   真っ暗な空に細かく散りばめられた星が瞬いている。

   ゼンは、それを暫くの間見つめていた。
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