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山月 春舞《やまづき はるま》

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才田晴人っという男

才田晴人という男

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 晴人は、大きな溜息を漏らした。
 平日の朝、東武東上線のふじみ野駅には、多くの人達が各々の目的地へむかう為に行き交っていた。
 晴人も学校へと向かう為にホームへ降りた時だった。
 朝から感じたくない、感覚が晴人の腕に触れ、そして視界に現れる。
 黒い靄の線、その先に何があって何を示すのか嫌っと言う程に理解している晴人からすると朝から最悪な気分にさせた。
 いっその事、学校をサボる為に見なかった事にしようか?っと考えるが流石にそれは寝覚めが悪く仕方なく、黒い靄の線の先へと向かう。
 それは、列の先頭に並ぶ、スーツ姿の男性へと繋がっていた。
 虚ろな目で線路を見る男は、そっと横に立った晴人に気づいてもいない。
 こりゃあかんな。
 晴人は、一息入れると一つ手を叩いた。
 パンと乾いた音共に周囲の視線が晴人に集まるがそれに気にする事なく晴人の視線は、目の前のサラリーマンにしか向いていなかった。
 周囲から少しだけ遅れて、男の目に生気が灯る。
 慌てた様子で顔を上げると晴人の方を向いて小さな悲鳴を上げながら階段へと走り出した。
 晴人は、その背中を見送ると列の最後尾に並ぶ。
 それを見ていた周りの人達は、何が何だかわからない様子で見ていたがそれは、電車が到着したと同時に忘れ、日常へと溶けていく。
 晴人もまた日常へと溶け込む様に電車に乗り込むがその日常に直ぐ辟易とする。
 多くの人が犇めく満員電車の中に入ると全てを見ない様に目を瞑る。

「おはよう、よくサボらずに学校に来てくれた」

 聞き覚えのある明るい声に視線を向けるとつり革に掴まっている小柄な女子高生の星見 香樹実ほしみ かずみが目に入った。
 その顔を見るなり、晴人は顎を動かして挨拶をすると星見は、苦笑いを零した。

「親しき仲にも礼儀あり、挨拶ぐらいしっかりしなさいよ」

「夜型なんだよ、しかも朝っぱらから嫌気配に当てられた」

 晴人が気だるそうにそう応えると星見は、溜息を漏らした。

「それは、それはご苦労様です、お陰で遅刻無く無事に登校出来ます」

 星見が仰々しく応え、晴人は再び気怠そうに欠伸をひとつした。

「そういえば、アンタ店開くって本当?」

 星見の何気ない問いに晴人は、表情を顰めた。

「いんや、やらないかって言われてるけど、俺にその気なし、何が悲しくて自業自得の成金ジジィ共の犬にならないといけないんだよ」

 星見の何気ない問いに紛れも無い本音で応えると隣から笑い声が聞こえた。

「アンタって本当に怖いもの無しだね、普通上の連中をそんな風にいわないでしょ?」

「怖いが違うだけだ、確かにアイツら権力を持ってるけど、それだけの話だ、一般人の高校生からすれば怖くもなんともない」

「下手な返事じゃ何されるかわからないじゃない?」

「捕まえるか?まぁ出来なくもないけど、その場合自分の首もしっかりと締められるけどその覚悟すらねぇよ、アレに」

 むしろそんな覚悟があれば未来はあんな酷い状況になってもいない、そう付け加えたかったが、周囲を考えてあえて言わなかった。

「そんなんじゃ、また稗田さんが頭痛めそうね」

 それを言うなら稗田というより、テツの様な気もするがあえて何も答える事なく晴人は小さく肩を竦めるだけだった。
 まもなく、電車は数駅上り、晴人の目的地である志木駅に到着した。
 埼玉県立白硝子高校は、東口を出て、徒歩で15分程に歩いた先の川沿いの住宅街にある。
 正門をくぐると晴人は、余計に気だるさを感じ、頭の中にサボろうかと思うが、それを察した星見に腕を引っ張られてしまった。
 2年2組の教室に到着し、席についてホームルームまで寝ようと机に体を預けるとポケットの携帯電話が震えた。
 嫌な予感しながら取り出して白黒の画面を見ると、ドット文字で泰野たいのの文字と番号が映し出されていた。
 少しだけ、出るか迷ったが何も答えなかったら今日何回かかってくるかわからない、しょうがなく通話ボタンを押して受話器を耳に当てた。

「ホームルームまで3分、そこまでに話を終わらせろ」

『随分なご挨拶だな、それよりあの話考えてくれたか?』

「どれだ?」

『勿論、店の話だ』

「却下」

 そう言うと同時に電話を切り、再び体を机に預け様とすると再び携帯電話が震えた。

「なんだ、答えたろ?」

『だとしても、即切りは、ないだろ、話はまだ終わってない』

「残り2分」

『今日が健康診断の日って覚えてるか?』

 その問いに、晴人は何も返せなかった。
 無論、忘れていたからだ。
 しかし、その事に関して別に悪く思う必要は、ないのだが、なにか貸しが出来た様で気に食わない。

「忘れてたけど、俺に関係なくねぇか?先月の検診でも問題なかったし、何よりも毎回、人の血を抜き過ぎたろお前ら」

 無論その血を検査以外の目的で使っているのは、知っているがそんな話をこんな場所で出来る筈もないのでわざと濁した。

『そう言われてもな、宮師みやしがお前の血をかなり欲していてね、これでも足りないぐらいなんだよ』

 これで足りないとか俺は家畜ではない、そう答えそうになる口をぐっと堪える。

「お前らの都合まで知らん、それにこっちにそれを求めるならそっちもそれなりの代価はいずれ払ってもらうからな」

『お前の口からそれを言われると後が怖いな』

 泰野は、軽く笑いながら答えて電話を切った。
 それと同時にチャイムが鳴る。
 その音にしがない一日が始まる。
 退屈な授業にそうでない授業、ふと窓に目を向け春の穏やかな空を眺めながら気が抜けるのがわかった。
 かつての空を時折思い出す。
 鉛の様な雲が空を覆い、コンクリートの墓標の群れの中心に天を衝く翡翠色の巨大樹が聳えていた世界。
 日を追う事に消えていく命、火薬と血の匂いが充満していた。
 あれは、本当にこの国と同じ場所だったのかと疑問に思ってしまうこともある。
 これが平和というなら確かにこれは何よりも守る価値があるものだと実感する。
 この暮らしに戻って早一年、人の順応性というのは早いものでそれと同じ様に日の終わりも早くなる。
 ほんの少し前は懐かしさと悔しさ、そして決心が渦巻き、自分でも驚く程に流れるのが遅いと感じた。
 しかし、熱さも喉元を過ぎればなんとやらというべきなのか、全てが終わりを迎えてから晴人は、どこか空虚な感覚に襲われていた。
 無論、色んな問題は山積みだが、それらは解決できるものではなく、落ち着くべき時に落ち着く場所に着く事の案件であり、時代と共にその場所も変わる事柄である。
 今は、微睡みの様な平穏の中に少しだけ刺激を貰う様な状態にあるのは、間違いなかった。
 学校を終え、晴人は面倒事をささっと片付ける為に健康診断へと向かった。
 病院は、最寄り駅のふじみ野駅、西口の雑居ビルにあるクリニックだ。
 表向きは、普通の病院だが、その実は違う。
 晴人やそれと同じ側の人間が経営する言わば御用達のクリニックだ。
 晴人もここ半年は、通っており、院長の田臥 直道たぶせ なおみちとも顔馴染みだ。
 軽い挨拶と共に受付を済ませると置くから天然パーマのふわりとした白衣を着た男性、田臥が奥からゆったりと出てきた。

「やぁ、才田くん、今日はどうする?」

 どうするって美容院じゃないんだから。
 そうツッコミそうになりながら田臥の案内に従いながら奥の部屋へと足を運ぶ。

「どうせ、俺の血が目当てなんだから、採血だけして、あとの記録は適当に書いといて下さい」

 晴人の返しに、田臥は困った様に笑いながら頷き、診察室に入るとそのまま、採血台の元へ案内された。

「あと、今回も1本分多く抜いて下さい」

「お持ち帰りで?」

「もちろん」

 晴人の応えに田臥は、快く頷いて採血を始めた。
 採血自体はものの1~2分程度で終わるのだが今日は妙に時間が掛かった。
 原因は田臥が途中からいなくなったからだ、中年の看護師の女性に呼ばれて部屋を後にしてからなかなか帰ってこない、晴人もおとなしく、待っていたが外の様子が騒がしくなり気になって診察室のドアを少し開けて外の様子を伺った。
 待合室に女性の看護師と田臥の背中が見える。2人は誰かを見ているらしい、そんな晴人の視線に気づいたのか田臥が振り返った。
 晴人はその表情から呼ばれているっと察した晴人が近づくとそこには、待合室のベンチに座る一組の母娘が座っていた。
 母親の顔は困惑と恐怖に染まりそれが胸に抱えている娘が原因だというのは直ぐに分かった。
 そして田臥が困惑して晴人に視線を向けたのもすぐにわかる。
 娘の体から鎖の形状をした赤黒い靄が首元から垂れ下がっているのだ。

「これは、こっち系統?」

 田臥がそっと耳打ちしてきた。

「勿論、どうしたい?」

 晴人がそう返すと田臥は少しだけ顔を顰めた。
 国の系列で非科学的な事に協力しているとはいえ、医者としてそれを大々的にやるわけにもいかない。

「とりあえず、診察室に通したら?」

 晴人がそうアドバイスをすると顰めていた田臥の表情が明るくなり、母娘を診察室へと案内させた。
 晴人と田臥は、自分達の診察室へと戻ると晴人は鞄から木彫り板の首飾りを取り出して田臥に渡した、3枚の板を首飾りの紐が結ぶシンプルな作りだ。

「これは?」

「とりあえず、邪念の力を退ける用と行った方がいいのかな、とりあえずこれをあの子に持たせて症状が軽くなるならあげてください」

「あれは、なんだい?」

 あれとは、恐らくあの子から出ている鎖の形状をしたモノをさしているのだろう。
 晴人は、どう説明するか少し悩んだが首を横に振った。

「まぁ断定は出来ないので、とりあえずそれで様子見で、もしこれの札1枚でも割れる様なら直ぐに連絡ください」

 晴人の説明に田臥は、表情を曇らせた。

「もし、割れたら?」

 それは、聞くよな。
 晴人は、そう思いながらゆっくりと田臥を見つめた。

「危ないので早めに連絡下さい、別の対処します」

 それだけ告げると晴人は診察室を出ていった。
 会計の際に事務の山垣のおばちゃんが要らない情報をくれるが晴人は、それを笑顔で躱しながら情報だけは、頭に入れておいた。
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