第18分隊イロリ《ワケあり分隊長と個性だらけの部隊員達》

山月 春舞《やまづき はるま》

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鉱洞整備

葉の茂る木の名

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 もう少しで日が真上に上がるだろうか。
 スリングは、煙草を燻らせながらルミスが持たせてくれた水筒の冷たい紅茶を飲み、目の前の巨樹を見つめていた。
 そこは、多くの木の中にポッカリと開いた空間だった。
 空間の中央には長い年月で培われたであろう大きな根が大地と強く結びつき、幹もまた太く長く伸びている。
 この地にきてスリングは、何度目かの郷愁に駆られ、改めてゼン・ヤマダルが維なのだと思い知らされる。
 木を見上げれば天を衝く様に伸びる枝に若緑の葉が風に揺られている。
 春が終わり初夏を迎えている今では象徴である花は、存在しないがそれでも左目から得られる情報と記憶に重なる木肌に間違いないと知った。
 染井吉野、かつての世界の国では、春の象徴として扱われ桜という属名で呼び、慕われていた。

「維、お前は、何がしたいんだよ」

 スリングは、そう言いながら煙草を燻らせる。
 思考は、ゆっくりとスリングからかつての自分、山原 准やまはら しゅんの記憶へと向かう。
 最後の年齢は、34歳だった。
 警察官になり、妹であった灯が亡くなってから、准は、その穴を埋める術を全て仕事に向けた。
 元々、父親とは、そりも合わなければ血の繋がりもない。
 血の繋がりがないのを知ったのは、母が無くなって2年後にバイトをしたのがきっかけだ。
 それ以前から父親の自分主義の行動や無神経な一言に微かな違いを感じていたがその事実を知ってからその溝は、より一層深くなった。
 縁が切れたのは、灯の死がきっかけだった。
 向こうもそのつもりだったのだろう、灯が亡くなってから一切の連絡が無くなり、死ぬ時に父親がまだ生きてるのかすら知らぬままその生涯を終えることになった。
 准の最後の仕事は、犯罪組織への潜入と情報収集、妹が亡くなり父親とも疎遠となった准に公安部が目をつけたのだ。
 無論、准にそれを断る理由は無く、所属した。
 そこで准は、社会の汚さを思い知らされた。
 組織で得た情報は、勿論、上層部にも知らせる、だがそれを上層部は何かの時の為の交渉材料として隠蔽していたのだ。
 上級国民、その単語が新聞を賑わせた頃、准の中にあったのは、氷山の一角どころか触り程度でしかない、という思いだった。
 国会議員や閣僚は、勿論、官僚や国家公務員は、例え犯罪を起こそうとも守られる。特に高いポストに座っているもの、椅子取りゲームの勝者はその恩恵を受け続け、人生を謳歌している。
 税金や献金、集まられた金は、上級国民様達によって自分達に取って都合のいい社会を形成する為に湯水の様に使われ、国民達は苦しめられている。そういう実情を幾つも見せられてきた。
 メディアに売ろうかとも考えたが、メディアも所詮は飼い犬でしかなく、意味をなさない。
 それでも准は、この世の中を少しでも良くしたいと思い、情報を色んなところに流していた。
 最後は、それが原因に潜入をバラされ逃走途中に射殺された。
 後悔は、ないと言えば嘘になるが、もしまた同じ立場なら同じ行動を取るだろう。
 それを思い出したのは、スリング・バインドとなって16の春を迎えた時だった。
 ユーランド共和国は、中等部までの教育はあるがそれ以降の教育は金銭の有無が大きく道を分ける事になる。
 高等学校というのは、専門職しかなく。そこに志願出来るのも学校によっては、一定数の身分や能力を持っていないとならない。
 軍部で言うなら士官学校に入るには、下級貴族以上か経験年数4年以上で兵隊学校なら15歳以上なら誰でもという按配だ。
 バインド家は、中級貴族であり、スリングは凛々しい軍服の兵士達の姿に憧れ、入隊をした。
 奇しくもそれは、幼き頃の准が警察官になったのと同じ理由でもあった。
 スリングに准の記憶が戻ったのは、士官学校に入校してから直ぐに行われた魔術適正検査がきっかけだった。
 そこでスリングの適正を見たのが後の教官であり、魔術の師なる、ツィンブリアだった。

「ねぇ、君は誰なんだい?」

 金色のボブカットの小柄な女性がにこやかに笑う。
 もし、上官だと知らず街中で合えば、元気な子供だと思っていたであろうその姿に戸惑いながら、まだ質問の意図がわからないスリングは、敬礼をして固まるだけだった。

「私は、スリング…」

「それは、今の君だよね、私が訊いてるのそれじゃない、もっと芯の部分だよ」

「申し訳ありませんが…仰ってる意味が…」

 スリングがそう答えると金色のボブカットのツィンブリアは、そっかと呟きながらスリングの額に人差し指を当てた。
 そこでスリングは、かつての山原 准としての記憶と感情を思い出したのだ。
 それと同時に自分がまた同じ轍を踏んでいるとも感じ、何を言うべきか答えに窮してしまった。
 そんなスリングにツィンブリアは、優しく肩に触れ静かに頷いた。

「わかった、話したくないなら無理に話さなくてもいい、ただこれだけは知っておいて、今の君は、特別な魔力が流れている、それが何か、そして制御しない限り、他の奴等に目をつけられる、だから私がその力の使い方を教えてあげる、その先で話してもいいと思えたら話してくれたらいいから」

 そうして准はスリングとなりこの世界を生きる事になった。
 慧眼の力の使い方を知ったのもその時で、教えを受けた時にツィンブリアからその力の対処方法も教わり、その真摯な態度を信用して自分の過去を話していた。
 ルミスとニーナと出会ったのもツィンブリアの元であり、目の力もあったが本質から信用できると思い全てを話していた。
 そこからは、色々あった、19歳を迎える時には、ティク国との戦争が始まり、魔導師隊として前線に送られ幾つもの理不尽を味わったがあの時とは、違うのは今回は戦う力と共有できる人が居るのは大きかった。
 気づくと桜の木を見上げながら過去を振り返っているスリングの背後に大きな魔力を感じて振り返るとそこには、白狼が悠然と立っていた。

「アステマラ…」

 スリングは、その名前を呟くと自然と腰元の拳銃型の魔導銃を抜くと銃口をアステマラへと向け。その行動にアステマラは、歩みを止めると静かにスリングを見つめていた。

「お前に訊きたいアステマラ、なんでアイツは、維はどうして半人半霊の存在になった?お前がそうさせたのか?」

 スリングのその問いにアステマラは、視線をスリングから背後の巨樹の桜へと向けた。
 穏やかな風が頬を切り、幾つかの映像が頭の中を駆け抜けた。
 重い灰色の雲が空を覆い、森の中から紅紫色の魔力を纏う巨樹が太い枝を蛇の様に空に伸ばす。
 その枝は、森を飲み込む様に方々に伸び続けていく。
 森の各所から煙と炎が立ち上り、そこでは、多くの鎧を纏った兵士やローブに身を包んだ魔術師達が抵抗して戦っていた。
 よく見れば戦っているのは、人だけではなく、亜人種で獣人族やエルフ達も居た。
 アステマラは、その中でも多くの枝と空中戦を繰り広げており、枝の多さからなのか魔力の質量からなのか根源である幹に近づけないでいた。
 これは、何を見せられている?
 スリングは、目の前の光景に言葉を失いながらもその流れる映像に目を離せないでいた。
 攻防戦は、それからも続き、遂にはアステマラの体が枝に絡まれその全身が見えなくなってしまった。それに比例してその魔力もまた消え始めそれは、アステマラの死が迫って居る事を知らせた。
 すると幹の近くから今まで感じた事のない大きいな魔力を感じて視線を向けると左手を無くしたゼン・ヤマダルが強大な魔力を持った右手を巨樹に向けて差し出していた。
 その手には、リボルバー式の拳銃が握られている。

「魔導銃?」

 スリングが。そう呟くと同時にゼン・ヤマダルは、引鉄に指を掛けていた。

「灯に触れんじゃねぇ!!!」

 咆哮と共に銃口から雪白の魔力の塊が放たれた。
 目の前の世界が白く染まり、気づくとスリングは魔導銃を地面に落としていた。
 青々とした草が目に入り、自分が下を向いていると知ると直ぐに視線を上げてアステマラの姿を探すとそこには、白狼の姿はなく、その代わりにローブを身に纏った長い銀髪の女性が口元をへの字にしながら気まずそうに立っていた。
 その姿にスリングは、涙を流しながらゆっくりと近づくとその頬に涙を零していた。

「そうか…あのバカ…そうかお前が居たからそうか…」

 よかった、心の底からそう思いながらその頬に触れるとゆっくりと抱き寄せた。

「気づくの遅すぎだろクソ兄」

 胸元で銀髪になった灯がスリングの脇腹を軽く殴りながら悪態をつくとその背に手を回していた。
 暫くして少し落ち着いた頃だろうか灯の腹の虫が鳴いた。
 スリングは、持ってきた木箱を取り出すと灯に差し出した。
 鼻を啜りながら灯は、木箱の蓋を開けると勢いよく餡子のおはぎを頬張った。
 相変わらず勢いに自然と笑みが零れた。
 それは、スリング・バインドとしてではなく、かつての世界の自分、山原 准やまはら しゅんだった。

「まさか准兄もここに来るなんてね」

 おはぎを食べ終え、少しだけすっきりした顔の灯が呟いた。

「お前らは、あれからずっとここに?」

「最初は、私、その200年後に維はこの世界に来たの」

「お前が500年前にこの世界に?その時からその力を?」

 スリングの問いに灯は静かに首を横に振った。

「私も最初は人だった、というか聖霊獣の候補としてエルフに召喚されたの」

「聖霊獣の候補?」

 スリングのその問いに灯はゆっくりと頷いた。

「聖霊獣は、この世界でのエレメントの要と呼ばれる存在で、12柱この世界に存在している、世界に顕現する為にはこの世界の動物や植物、鉱物なんかの体が必要なの、だけど時代や出来事によってその存在が消える事もあった、消えた時に次の候補にその力は引き継がれる、だけど並みの候補ではその力の本流を制御出来ずに意思を失い、ただの力の塊になってしまう、彼はその力を制御出来る存在として異世界から候補生をこの世界に召喚する事があるの」

「それが、お前で、なら維も?」

 スリングの問いに灯は首を横に振った。

「維は、違う、アイツは私が聖霊獣になる時に無意識に呼んでしまった…助けてって」

 灯は、静かに俯いた。きっと自分をどこかで責めているのだろうがスリングには、維の別な顔が見えていた。

「アイツにその話を?」

「勿論してるよ、聖霊獣や半人半霊だからっと言って不死では、ない、自ら死ぬ事も誰かに殺される事もある、終わりは存在するから、消える事も出来ると伝えてある」

「わかった、で終わったろその話」

 スリングの応えに灯は、目を丸々としながら顔を上げた。

「なんでわかるの!?」

「わかるは、あのバカの事だ、消える事の話は、ほぼ聞いてない」

 正解を引いたのだろう灯は言葉を詰まらせた。

「あのバカは、お前が居なくなってから本当にもぬけの殻になったからな、再会できた事も嬉しかっただろうけど、それよりも自分が必要とされている事もお前を守れる事も嬉しいかっただろうよ」

「だけど、300年だよ…親しい人も亡くなって、世界も変わっていくのに…」

「それは、お前も同じだろ、いくらエルフが長命種だとしても変わっていく、だけど隣に維が居てくれるから消える事を選ばなかった違うか?」

 灯は、スリングの応えにゆっくりと頷いた。
 300年も経っている筈なのに2人の変な生真面目さがそのままなのを知るとスリングは、自然と呆れた笑みが零れてまった。

「維も同じだ、お前が居るからその選択をした、確かに悲しい事もあったろうさ、だけどアイツもお前も同じでお互いが居るとわかっているからこそお互いを大事にしている、300年経っても惚気られるとか正気の沙汰じゃねぇぞ、お前ら」

 スリングがそうケラケラ笑いながら言うと顔を真っ赤にした灯の周囲の魔力が暴れ始め樹木が動き風が荒れ始めた。

「馬鹿!落ち着け!!魔力が変な事になってる!!」

「うっさい!クソ兄が揶揄うのが悪いんでしょ!!」

「わかった!謝る!謝るから!そうじゃないと俺が死ぬ!ガチで!」

 スリングは、そう言いながら平謝の土下座をすると漸く周囲の魔力が収まっていった。

「そう言えば、維の奴は、何処に?こういう時の止める役目はアイツの仕事だろう」

 スリングの問いに灯の表情が曇る。

「それについて准兄に大事な話がある。今維は、世界を飛び回ってる」

「なんの為に?」

「世界のバランスが崩れ始めているの、戦争が各地で起き始めているのよ、この大陸だけじゃなく、他の大陸でも連鎖的起き始めている」

「それと維がどうして関係あるんだ?」

 その問いに灯は、ゆっくりと俯いた。

「それは、維と対なす存在が引き起こしているから」

「どういう事だ?」

「維は、世界を作り、守る存在になった、だから世界を壊し、消す存在がこの世界にはいる。この300年その存在は、この世界に現れはしなかったけど今は、この世界に争いの種を植え始めているの、維はそれが誰で何がそれを助けているのか探る為に今世界を飛んで居るの、だからあの時も夢でしか准兄の前に現れる事だけしか出来なかった、本当は実際に会いたかったんだと思う、私に中継をお願いしてきて、准兄の夢の中に入ったからね」

「アイツは、大丈夫なのか?」

「多分、まだそこまで被害は出てないから、だけど気を付けて准兄、その気配はこの大陸で起きてる。維は、その事を准兄に伝えて置いてほしいとも言っていた」

「俺に?」

 スリングがそう訊ねると灯は、静かに頷いた。

「この前も言ったけど、私達は、生物の営みに干渉する事は出来ない、してしまったら力が強大過ぎて破壊に繋げてしまうし、残滓から良くないモノも生まれてしまう…物は使いようだろうけど人は、失敗しないと学ばない、そうでしょ?」

 失敗は成功のもと、というがそれは、あくまでも取り返せる時の言葉であり、もし取り返せない失敗もある。
 そして、人は好奇心に負けてその線を何気なく超えてしまう事がある。
 その先にどんな悲劇が待っているのか想像もつかない、だがそれを避けてしまえば進化は無くなりいずれは世界は、ゆっくりと崩壊していってしまう。
 だから干渉せずに見守る事にしたのだろう。
 その選択がどれだけ辛いものだろかと想像するとスリングは、静かに目を瞑った。

「一つだけ訊かせてくれ」

「何?」

「一緒に酒飲んだり、愚痴り合ったりは、干渉に入るのか?」

 スリングのその言葉に灯は目を丸々と広げると首を横に振った。

「なら、たまには食いもんでも食いに来いって伝えておいてくれ、愚痴聞いたり馬鹿するのは、俺の役目だろ?」

 そう笑いながら言うと灯は、ゆっくりと頷いた。
 2人の苦しみや悲しみは、無くしてやる事は出来ない、スリングに出来るのは、ほんのひと時でもその重圧から2人を少しでも開放してやる事しか出来ない。

「ありがとう、准兄、またね」

 灯は、そう言うと風を巻き起こし白狼の姿になると、森の中へと消えて行った。
 スリングは、その姿を見送ると桜の木に目を向ける。

「来年は、ここで花見でもしようや、なぁ維」

 そう呟きなら、スリングは、空を見上げながら煙草を燻らせた。
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