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爽やかな日差しが瞼を刺す。
眠気が抜けないが目の前で構えるシエルの気配に頭が無理矢理起こされる。
ここ最近の日課になってるとはいえ、この感覚に慣れない。慣れるわけがない日に日に力を増しているシエルの攻撃は、苛烈さを増しているのだから当然だ。
まだ本気は出してないがそれも時間の問題だ。
唯一、惜しむらくはこれが非戦闘員なのだと言う事かもしかしたら純粋の戦闘力では隊員の中で一番強いかもしれない。
「今日こそ、倒す」
その一言と共にシエルが一気に距離を詰めて来た。
全身に魔力を帯びているからかそのスピードも威力も最初の頃とは雲泥の差だ。
とりあえず、一旦は距離を置いて、シエルの力と流れを読む。無駄がない動きが一直線にスリングへ向く、もしこれが変則的な動きなら厄介だったが本人の性格かそのお陰でまだ避ける事には多少の余裕がある。
それでも気を抜くと簡単に当てられてしまうので出来るだけ慎重に間合いを取った。
「朝から面白いことやってんね~」
数度の打ち合いの末に明るい声が聞こえ打ち合いが止まった。
声の先に目を向けるとツィンブリアが紅茶を片手にこちらを眺めていた。
スリングは、その視線に嫌な予感を感じて挨拶を軽く済ませ、模擬戦を続けようとしたがそれをツィンブリアが止めた。
「シエルさんだっけ、もう少し強くなれる方法があるんだけど試してみない?」
その提案にシエルの攻撃が止まった。
「その様子だと、シエルさんが攻撃してスリングがそれを受けるサンドバック方式だけど当たってないのが現状だよね、身体的操作は、良い方だけど、魔力の使い方がまだ甘いからそこを調整すればスリングなんて簡単に吹っ飛ばせる様になるよ」
ツィンブリアの一言にシエルは、静かに見つめた。
「どうしたら、良いですか?」
シエルが素直に訊くとツィンブリアは、笑顔で近づく。
「循環の基礎は、出来てるみたいだから、次は集約かな」
「集約?」
そう始まった講座を少し心落ち着かない様子で見ていた。
魔力の保有量は、問題ない。
問題は、魔力の出力の仕方だ。
本来なら魔力の使い方は、兵隊学校なり士官学校に入れば基礎訓練で学ぶ事だが、それはあくまでも基礎でしかない。
シエルのそれは、応用編に入るので魔力の出力は、今までの数倍に変化をする。
だから、スリングをそれを慎重に教える為にシエルには、あえて黙っていた。
だが、流石のツィンブリアと言うべきなのか、シエルにそれを教えていると同時にその危険性もまた教えていた。
四元素を扱えるものは、その元素の力を振る他に元素特有の特性に別れる。
風なら主に対外的な補助や探知などを。
水なら主に体内の力を補強や回復などを。
火なら主に体外への破壊力の放出を。
土は体外の物への変化等の力をという形で別れる。
人が扱える四元素は、主に2種類になるのだが、稀に全ての四元素を操れる者がいるがそれは、歴史上でも指折りな人間しかいない。
ちなみにスリングの使える属性は、風と火である。
風の力は、主にセンサーなどの探知、感知能力にも長けており魔力感知が使えるのは、その為でもある。
火の力は、岩人形を切る際に魔道武器である刀にその火の力を乗せて断ち切った。
ツィンブリアの力は、風と水だ。
今も風でシエルの特性を掴み、水の力を用いて魔力の流れを感じさせながら教えている。
その教えの影響なのかシエルの体内にある魔力が徐々に変化していくのをスリングは、感じていた。
「と言う感じなんだけど、わかったかな?」
その間にツィンブリアは、シエルへの説明を終え、その感触を覚える様にシエルが何度も体の動きを確かめていた。
その手足には、明らかに今までとは、違う質の魔力が纏われていた。
背筋が凍る、これは、本気で躱さないとまずい。
「ちなみに、スリングは右手の使用禁止ね」
開始直前にツィンブリアの一言に面を食らうとその間にシエルが一気に距離を詰めて来た。
しまった!そう思うと同時にシエルの拳がスリングの腹に埋まっていた。
やべぇ!咄嗟に腹部に風の魔力を集中させ、拳の衝撃を和らげると共に利用して体を後方に飛ばした。
「ギリギリ~」
感触がおかしかったのかシエルは拳を確認しながらその場に留まり、スリングの行動がわかっているツィンブリアは、楽しそうに言った。
流石に笑えない、これを右手なしでどうにか出来るレベルでは、ない。
「ちなみに魔力を使うのは、アリだけど使う量を考えないとね~」
ツィンブリアがさらりと言う事にスリングは、顔を顰める事しか出来なかった。
もし、今の魔力の量を間違えていたら威力をそのままシエルの拳に返す事になっていたかもしれない。そうなればシエルの拳が最悪壊れていただろう。
これは、シエルの訓練と同時に今ツィンブリアの手によってスリングの魔力操作の訓練も付け加えられた。
「本当にこの人は無茶苦茶してくれるよ」
聞こえない様にスリングが呟いてしまった。
「こういう風にしないと修行にならないでしょ」
ツィンブリアがその言葉に直ぐに返答してきた。
地獄耳が!!
「なに、余裕こいてんすか?」
その間にもシエルが距離を詰めて、左のジャブを走らせた。
「流石にそんな余裕はねぇよ」
その拳に合わせてスリングは、風の魔力を纏った左手で弾いた。
初めてのスリングの行動にシエルは驚きながらも自分の実力の変化に口元が微かに緩んでいた。
洒落にならねぇな、スリングは気づくと苦笑いを零してしまった。
そこから約10分程、シエルからの苛烈な攻撃に捌きを交えながらも躱していたが数発は、スリングの体にヒットしてしまった。
この件で明らかにシエルの能力は、間違いなく上がった。
「スリング、少し魔力操作が雑になったんじゃない?警護官で緩い日々を過ごしてたみたいだね」
ツィンブリアの指摘に苦笑いしか出来なかった。
それからシエルが自分の仕事に向かうと歩兵班のムステル、タイロン、クロバル、ハセル、フルーテル、チダルが裏庭に現れた。
スリングが何事かと呆然としていると全員がスリングの前に横一列に並んで敬礼をする姿を見て自然とツィンブリアへ視線を向けてしまった。
「さぁ本番といこうか~」
「どういうことですか!?」
「勿論。模擬戦の戦闘訓練だよ」
ツィンブリアは、そうあっさりと言ってのけた。
1人でこの人数の相手…
スリングは、改めて全員の顔を見た。
並の歩兵なら多分、そんなに苦労はしない、だがここの連中は、一癖も二癖もある。
それは、地走竜の時に見た経験からわかる事だ。
だから、スリングは、彼等をどう鍛えるのか思案もしていた。
しかし、それを実行して来なかったのを今一気にツィンブリアによって課題として渡されている。
これは、昨日の夜の話の続きだ。
「ルールは、簡単、今から私が囲いを作る。出口は、1つ、スリングは、その中に先に入って準備出来次第で信号弾を上げる、準備の制限時間は30分でそれを越した場合はこちらから信号弾を上げる、そこから15分以内にその出入口から出る事、歩兵隊は、スリングを敵兵に見立ててその出入口から出るのを阻止するって模擬戦」
それも、実技を交えたものでだ。
スリングは、溜息を漏らし、他の隊員達は、微かにどよめいた。
スリングは、咳払いを1つして全員を黙らせる。
「師匠、武器の有無など詳しいルールをお願いします」
こうなれば、スリングは腹を括ってそれを飲むしか出来ない、下手に回避しようものなら、それ以上の課題が振り落とされるのが目に見えている。
「武器は、歩兵隊達には、空気銃とインク弾、それと非殺傷の武器なら何でもありだよ、罠とか薬とかね」
その一言にタイロンとクロバルの目が光る。
「俺には何か無いんっすか?」
スリングがダメ元で訊いてみる
「ないよ、あってもそうだね、木刀ぐらいかな、あとは魔術の使用は許可するよ」
つまり、スリングには、遠距離武器は、存在しないということだ。
「木刀ということは、相手を無力化する事は、可能なんですね?」
それを確認するとツィンブリアは、ゆっくりと頷いた。
「勿論、それがないと訓練にならないでしょ、それとスリングに勝てたらこの訓練が終わり次第、明後日までお休みになります、ただし、スリングに勝てなかったら特別訓練が準備されてます、他に質問はありますか?」
「あの、勝敗は、どういうふうに決するんでしょうか?詳しく教えてください」
ツィンブリアの問いに逸早く手を上げたのは、ハセルだった。
「勝敗は、シンプル、時間内にスリングなら脱出か全員無力化するか、一方の皆さんは、1発、インク弾をスリングに当てられるかです」
「1発!!?」
ツィンブリアの言葉にスリングは、反射的に返してしまった。
「実力を考えたら、それぐらいハンデがないとねぇ~」
ツィンブリアは、そう言いながら歩兵達に目を向け、全員が一切の迷いも躊躇いもなく頷いた。
1発、たった1発が当たればこっちの負け、それも人数差があるのにも関わらずだ。
スリングは、その条件に唖然としているとツィンブリアは、続けた。
「ちなみに掠ったとか飛び散ったインクが付いたとかは、カウントされないからね、しっかりと当てること、ちなみに部位は、何処でもいい、腕足もOK当たった時点でスリングの負けね」
怖い事を和かに話すツィンブリアにスリングは、顰めた表情しか出来ないでいた。
「ちなみにスリング、この弾は普通の魔導銃で撃てるから当たるとかなり痛いからね」
ちょっとしたオマケの様にツィンブリアが言うとスリングは、今にもその場で崩れ落ちそうになった。
「相変わらず、容赦ないね」
ゲームの範囲内にマーキングと魔力の線を引いたツィンブリアは、その森を見下ろせる崖に腰を下ろすと後を追って来ていたルミスが水筒から紅茶をカップに入れて渡した。
ツィンブリアは、笑顔でお礼を言ってそれを受け取ると視線を再び森の方へと戻した。
「そんな事ないでしょ、むしろ優しい方でしょこれ」
「そりゃ、アタシやニーナさんからしたらそうだけども」
「2人がそうなら、スリングも同じだよ、同じぐらいの魔力に操作力、唯一違いがあるとすればスリングの技には、遊びがない」
ツィンブリアは、そう言いながらルミスの方を一瞥した。
「相当、馬があったんだろうね、前の仕事とあの技は、人を壊す、殺すには、洗練された技術だよ、だけどそれにスリングの性格が付いて来れてない」
ルミスは、ツィンブリアの言葉に鼻をひとつ鳴らした。
「わかってるでしょ?スリングは、人や生物を殺すのに躊躇い過ぎてる、それは、仲間に対しても同じ、自分が怪我を負う事になんら躊躇いがないのに仲間や部下が傷つくのは、異常に拒絶する、それは軍人、ましてや長として大きな欠点でもあるよ、特にここに来て1ヶ月ちょっと、今訓練してるのは、非戦闘員のシエルさんとタイロンさんだけ、他の隊員には、まだ訓練すらやれてない、なんでかな?」
ツィンブリアがそう言いながら森の方へ視線を向けた。
「下手をすれば完全に壊す可能性があるから、でしょ?」
ルミスがそう言うとツィンブリアは、ゆったりと頷いた。
「その通り、シエルさんの実力はある、だけどあの子の力は、まだ未熟、それにスリングが教えるには相性が良かったから怪我させなかっただけ、まぁ思った以上の吸収力と適応力に振り回されてたみたいだけど」
ツィンブリアは、そう楽しそうに笑う。
「でも、今のままじゃダメなのは、スリング自身気づいている、だから師匠としてその背中を盛大に押してやらないとじゃない?」
ツィンブリアの言葉にルミスは、鼻を一つ鳴らした。
「その甘さがアイツのいい所でもあるんだけどね、それはそうとして、師匠?」
「ん?」
「シエルさんの事は、置いといて、なんでタイロンさんとの模擬戦を知って居るのかな?」
ルミスのその一言にツィンブリアは、振り返ると口元に指を当てた。
「事前情報収集は、大事でしょ?」
その言葉にルミスは笑いながら鼻を一つを鳴らした。
「お人好しは、師匠も同じでしょうに」
ルミスは、そう呟くと弁当の木箱を取り出すと褐色のタレを掛けたおはぎをツィンブリアの前に差し出した。
「これは?」
物珍しそうにツィンブリアが覗くとルミスは木のフォークを取り出した。
「アイツの世界の醤油て調味料を使って作ってみたんだけど、味見してみない?」
「する!!」
そう言うとツィンブリアは、木のフォークを受け取り頬張った。
「甘じょっぱくて、上品な味だね~」
「最初は、砂糖と混ぜたんだけどそれだと甘さが強くてね、酒と蜂蜜を熱しながら混ぜてみたんだよね」
ツィンブリアが甘味を楽しんでいるとスリングが上空に信号弾が上がった。
森に入って15分も経っていない。
それは、スリングがこの訓練が自分にとってどんな訓練か理解している証拠だ。
ツィンブリアは、紅茶を片手に森を見下ろす、不出来な弟子の意地を見守る為に。
眠気が抜けないが目の前で構えるシエルの気配に頭が無理矢理起こされる。
ここ最近の日課になってるとはいえ、この感覚に慣れない。慣れるわけがない日に日に力を増しているシエルの攻撃は、苛烈さを増しているのだから当然だ。
まだ本気は出してないがそれも時間の問題だ。
唯一、惜しむらくはこれが非戦闘員なのだと言う事かもしかしたら純粋の戦闘力では隊員の中で一番強いかもしれない。
「今日こそ、倒す」
その一言と共にシエルが一気に距離を詰めて来た。
全身に魔力を帯びているからかそのスピードも威力も最初の頃とは雲泥の差だ。
とりあえず、一旦は距離を置いて、シエルの力と流れを読む。無駄がない動きが一直線にスリングへ向く、もしこれが変則的な動きなら厄介だったが本人の性格かそのお陰でまだ避ける事には多少の余裕がある。
それでも気を抜くと簡単に当てられてしまうので出来るだけ慎重に間合いを取った。
「朝から面白いことやってんね~」
数度の打ち合いの末に明るい声が聞こえ打ち合いが止まった。
声の先に目を向けるとツィンブリアが紅茶を片手にこちらを眺めていた。
スリングは、その視線に嫌な予感を感じて挨拶を軽く済ませ、模擬戦を続けようとしたがそれをツィンブリアが止めた。
「シエルさんだっけ、もう少し強くなれる方法があるんだけど試してみない?」
その提案にシエルの攻撃が止まった。
「その様子だと、シエルさんが攻撃してスリングがそれを受けるサンドバック方式だけど当たってないのが現状だよね、身体的操作は、良い方だけど、魔力の使い方がまだ甘いからそこを調整すればスリングなんて簡単に吹っ飛ばせる様になるよ」
ツィンブリアの一言にシエルは、静かに見つめた。
「どうしたら、良いですか?」
シエルが素直に訊くとツィンブリアは、笑顔で近づく。
「循環の基礎は、出来てるみたいだから、次は集約かな」
「集約?」
そう始まった講座を少し心落ち着かない様子で見ていた。
魔力の保有量は、問題ない。
問題は、魔力の出力の仕方だ。
本来なら魔力の使い方は、兵隊学校なり士官学校に入れば基礎訓練で学ぶ事だが、それはあくまでも基礎でしかない。
シエルのそれは、応用編に入るので魔力の出力は、今までの数倍に変化をする。
だから、スリングをそれを慎重に教える為にシエルには、あえて黙っていた。
だが、流石のツィンブリアと言うべきなのか、シエルにそれを教えていると同時にその危険性もまた教えていた。
四元素を扱えるものは、その元素の力を振る他に元素特有の特性に別れる。
風なら主に対外的な補助や探知などを。
水なら主に体内の力を補強や回復などを。
火なら主に体外への破壊力の放出を。
土は体外の物への変化等の力をという形で別れる。
人が扱える四元素は、主に2種類になるのだが、稀に全ての四元素を操れる者がいるがそれは、歴史上でも指折りな人間しかいない。
ちなみにスリングの使える属性は、風と火である。
風の力は、主にセンサーなどの探知、感知能力にも長けており魔力感知が使えるのは、その為でもある。
火の力は、岩人形を切る際に魔道武器である刀にその火の力を乗せて断ち切った。
ツィンブリアの力は、風と水だ。
今も風でシエルの特性を掴み、水の力を用いて魔力の流れを感じさせながら教えている。
その教えの影響なのかシエルの体内にある魔力が徐々に変化していくのをスリングは、感じていた。
「と言う感じなんだけど、わかったかな?」
その間にツィンブリアは、シエルへの説明を終え、その感触を覚える様にシエルが何度も体の動きを確かめていた。
その手足には、明らかに今までとは、違う質の魔力が纏われていた。
背筋が凍る、これは、本気で躱さないとまずい。
「ちなみに、スリングは右手の使用禁止ね」
開始直前にツィンブリアの一言に面を食らうとその間にシエルが一気に距離を詰めて来た。
しまった!そう思うと同時にシエルの拳がスリングの腹に埋まっていた。
やべぇ!咄嗟に腹部に風の魔力を集中させ、拳の衝撃を和らげると共に利用して体を後方に飛ばした。
「ギリギリ~」
感触がおかしかったのかシエルは拳を確認しながらその場に留まり、スリングの行動がわかっているツィンブリアは、楽しそうに言った。
流石に笑えない、これを右手なしでどうにか出来るレベルでは、ない。
「ちなみに魔力を使うのは、アリだけど使う量を考えないとね~」
ツィンブリアがさらりと言う事にスリングは、顔を顰める事しか出来なかった。
もし、今の魔力の量を間違えていたら威力をそのままシエルの拳に返す事になっていたかもしれない。そうなればシエルの拳が最悪壊れていただろう。
これは、シエルの訓練と同時に今ツィンブリアの手によってスリングの魔力操作の訓練も付け加えられた。
「本当にこの人は無茶苦茶してくれるよ」
聞こえない様にスリングが呟いてしまった。
「こういう風にしないと修行にならないでしょ」
ツィンブリアがその言葉に直ぐに返答してきた。
地獄耳が!!
「なに、余裕こいてんすか?」
その間にもシエルが距離を詰めて、左のジャブを走らせた。
「流石にそんな余裕はねぇよ」
その拳に合わせてスリングは、風の魔力を纏った左手で弾いた。
初めてのスリングの行動にシエルは驚きながらも自分の実力の変化に口元が微かに緩んでいた。
洒落にならねぇな、スリングは気づくと苦笑いを零してしまった。
そこから約10分程、シエルからの苛烈な攻撃に捌きを交えながらも躱していたが数発は、スリングの体にヒットしてしまった。
この件で明らかにシエルの能力は、間違いなく上がった。
「スリング、少し魔力操作が雑になったんじゃない?警護官で緩い日々を過ごしてたみたいだね」
ツィンブリアの指摘に苦笑いしか出来なかった。
それからシエルが自分の仕事に向かうと歩兵班のムステル、タイロン、クロバル、ハセル、フルーテル、チダルが裏庭に現れた。
スリングが何事かと呆然としていると全員がスリングの前に横一列に並んで敬礼をする姿を見て自然とツィンブリアへ視線を向けてしまった。
「さぁ本番といこうか~」
「どういうことですか!?」
「勿論。模擬戦の戦闘訓練だよ」
ツィンブリアは、そうあっさりと言ってのけた。
1人でこの人数の相手…
スリングは、改めて全員の顔を見た。
並の歩兵なら多分、そんなに苦労はしない、だがここの連中は、一癖も二癖もある。
それは、地走竜の時に見た経験からわかる事だ。
だから、スリングは、彼等をどう鍛えるのか思案もしていた。
しかし、それを実行して来なかったのを今一気にツィンブリアによって課題として渡されている。
これは、昨日の夜の話の続きだ。
「ルールは、簡単、今から私が囲いを作る。出口は、1つ、スリングは、その中に先に入って準備出来次第で信号弾を上げる、準備の制限時間は30分でそれを越した場合はこちらから信号弾を上げる、そこから15分以内にその出入口から出る事、歩兵隊は、スリングを敵兵に見立ててその出入口から出るのを阻止するって模擬戦」
それも、実技を交えたものでだ。
スリングは、溜息を漏らし、他の隊員達は、微かにどよめいた。
スリングは、咳払いを1つして全員を黙らせる。
「師匠、武器の有無など詳しいルールをお願いします」
こうなれば、スリングは腹を括ってそれを飲むしか出来ない、下手に回避しようものなら、それ以上の課題が振り落とされるのが目に見えている。
「武器は、歩兵隊達には、空気銃とインク弾、それと非殺傷の武器なら何でもありだよ、罠とか薬とかね」
その一言にタイロンとクロバルの目が光る。
「俺には何か無いんっすか?」
スリングがダメ元で訊いてみる
「ないよ、あってもそうだね、木刀ぐらいかな、あとは魔術の使用は許可するよ」
つまり、スリングには、遠距離武器は、存在しないということだ。
「木刀ということは、相手を無力化する事は、可能なんですね?」
それを確認するとツィンブリアは、ゆっくりと頷いた。
「勿論、それがないと訓練にならないでしょ、それとスリングに勝てたらこの訓練が終わり次第、明後日までお休みになります、ただし、スリングに勝てなかったら特別訓練が準備されてます、他に質問はありますか?」
「あの、勝敗は、どういうふうに決するんでしょうか?詳しく教えてください」
ツィンブリアの問いに逸早く手を上げたのは、ハセルだった。
「勝敗は、シンプル、時間内にスリングなら脱出か全員無力化するか、一方の皆さんは、1発、インク弾をスリングに当てられるかです」
「1発!!?」
ツィンブリアの言葉にスリングは、反射的に返してしまった。
「実力を考えたら、それぐらいハンデがないとねぇ~」
ツィンブリアは、そう言いながら歩兵達に目を向け、全員が一切の迷いも躊躇いもなく頷いた。
1発、たった1発が当たればこっちの負け、それも人数差があるのにも関わらずだ。
スリングは、その条件に唖然としているとツィンブリアは、続けた。
「ちなみに掠ったとか飛び散ったインクが付いたとかは、カウントされないからね、しっかりと当てること、ちなみに部位は、何処でもいい、腕足もOK当たった時点でスリングの負けね」
怖い事を和かに話すツィンブリアにスリングは、顰めた表情しか出来ないでいた。
「ちなみにスリング、この弾は普通の魔導銃で撃てるから当たるとかなり痛いからね」
ちょっとしたオマケの様にツィンブリアが言うとスリングは、今にもその場で崩れ落ちそうになった。
「相変わらず、容赦ないね」
ゲームの範囲内にマーキングと魔力の線を引いたツィンブリアは、その森を見下ろせる崖に腰を下ろすと後を追って来ていたルミスが水筒から紅茶をカップに入れて渡した。
ツィンブリアは、笑顔でお礼を言ってそれを受け取ると視線を再び森の方へと戻した。
「そんな事ないでしょ、むしろ優しい方でしょこれ」
「そりゃ、アタシやニーナさんからしたらそうだけども」
「2人がそうなら、スリングも同じだよ、同じぐらいの魔力に操作力、唯一違いがあるとすればスリングの技には、遊びがない」
ツィンブリアは、そう言いながらルミスの方を一瞥した。
「相当、馬があったんだろうね、前の仕事とあの技は、人を壊す、殺すには、洗練された技術だよ、だけどそれにスリングの性格が付いて来れてない」
ルミスは、ツィンブリアの言葉に鼻をひとつ鳴らした。
「わかってるでしょ?スリングは、人や生物を殺すのに躊躇い過ぎてる、それは、仲間に対しても同じ、自分が怪我を負う事になんら躊躇いがないのに仲間や部下が傷つくのは、異常に拒絶する、それは軍人、ましてや長として大きな欠点でもあるよ、特にここに来て1ヶ月ちょっと、今訓練してるのは、非戦闘員のシエルさんとタイロンさんだけ、他の隊員には、まだ訓練すらやれてない、なんでかな?」
ツィンブリアがそう言いながら森の方へ視線を向けた。
「下手をすれば完全に壊す可能性があるから、でしょ?」
ルミスがそう言うとツィンブリアは、ゆったりと頷いた。
「その通り、シエルさんの実力はある、だけどあの子の力は、まだ未熟、それにスリングが教えるには相性が良かったから怪我させなかっただけ、まぁ思った以上の吸収力と適応力に振り回されてたみたいだけど」
ツィンブリアは、そう楽しそうに笑う。
「でも、今のままじゃダメなのは、スリング自身気づいている、だから師匠としてその背中を盛大に押してやらないとじゃない?」
ツィンブリアの言葉にルミスは、鼻を一つ鳴らした。
「その甘さがアイツのいい所でもあるんだけどね、それはそうとして、師匠?」
「ん?」
「シエルさんの事は、置いといて、なんでタイロンさんとの模擬戦を知って居るのかな?」
ルミスのその一言にツィンブリアは、振り返ると口元に指を当てた。
「事前情報収集は、大事でしょ?」
その言葉にルミスは笑いながら鼻を一つを鳴らした。
「お人好しは、師匠も同じでしょうに」
ルミスは、そう呟くと弁当の木箱を取り出すと褐色のタレを掛けたおはぎをツィンブリアの前に差し出した。
「これは?」
物珍しそうにツィンブリアが覗くとルミスは木のフォークを取り出した。
「アイツの世界の醤油て調味料を使って作ってみたんだけど、味見してみない?」
「する!!」
そう言うとツィンブリアは、木のフォークを受け取り頬張った。
「甘じょっぱくて、上品な味だね~」
「最初は、砂糖と混ぜたんだけどそれだと甘さが強くてね、酒と蜂蜜を熱しながら混ぜてみたんだよね」
ツィンブリアが甘味を楽しんでいるとスリングが上空に信号弾が上がった。
森に入って15分も経っていない。
それは、スリングがこの訓練が自分にとってどんな訓練か理解している証拠だ。
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