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「……はふう。美味しいプディングでしたわ。まさに口の中がキャラメルの宝石箱でした」
私は幸せな溜息をつき、空になったお皿をそっとテーブルに置きました。
胃袋が満たされると、次にやってくるのは抗いがたい「睡魔」という名の親友です。
周りを見渡せば、着飾った令嬢たちが扇子をパタパタさせながら、誰が誰と踊るだの、誰のドレスが昨シーズンのものだのと、実に忙しそうに囀っています。
「皆様、そんなにお喋りして喉が渇かないのかしら。私はもう、まぶたがカーテンのように閉じたがっておりますわ」
私はエスコート役のギルベルト様を探しましたが、彼は他国の使節団に捕まって、何やら小難しい顔で談笑……いえ、舌戦を繰り広げています。
「ギルベルト様もお忙しそうですし、私は少し『休憩』場所を探すとしましょう」
私は会場の隅へと移動しました。
するとそこには、壁際に沿って配置された、真紅のベルベット張りの豪華なソファーがあるではありませんか。
「まあ……。なんて見事な肉厚感。この反発具合、まるで焼き立てのフォカッチャのようですわ」
私は周囲に誰もいないことを確認し(実際には大勢いますが、私の意識からは消去しました)、そのソファーに腰を下ろしました。
「……っ! なんということでしょう。この沈み込み、腰を優しく包み込む抱擁感。王宮のソファーは、我が家のボロ……隠れ家の切り株とは比べ物になりませんわ」
私はドレスの裾を気にすることなく、ソファーの背もたれに体を預けました。
指先でベルベットの毛並みを撫でると、その滑らかさは最高級のバターのようです。
「ドレスの着心地も悪くありませんが、このソファーの寝心地に比べれば、ただの包装紙に過ぎませんわね……」
私は心地よい音楽を子守唄に、ゆっくりと目を閉じました。
「……おい、ニュール。何をしている。死んでいるのか?」
どれくらい時間が経ったでしょうか。頭上から、呆れたような、それでいて少しだけ焦ったような声が聞こえてきました。
目を開けると、そこには眉間に深いシワを寄せたギルベルト様が立っていました。
「……あら、ギルベルト様。死んでなどいませんわ。このソファーという名の天国で、雲の上を散歩していただけです」
「散歩、だと? あんた、この騒がしい会場のど真ん中で、本気で寝ていたのか」
「ど真ん中ではありませんわ。隅っこです。それに、このソファーがあまりに優秀なものですから。これ、一つお持ち帰りしてもよろしいでしょうか?」
「国家予算で買った備品を盗もうとするな。ほら、立て。アインス殿下がこちらを狙っている」
見れば、少し離れたところでアインス王子が、ミスティ様を連れて怒りに震えながら歩み寄ってくるところでした。
「ニュール! 貴様、こんな神聖な夜会の場で居眠りだと!? どこまで私を、そしてこの国を愚弄すれば気が済むのだ!」
「愚弄だなんて。私はただ、この国の家具職人の素晴らしい技術に敬意を表して、熟睡という名の最高の賛辞を贈っていただけですわ」
私はソファーのクッションをポンポンと叩きながら答えました。
「アインス様も、そんなにカリカリしないで、ここにお座りになってみては? 怒り肩も、この弾力の前ではふにゃふにゃになりますわよ」
「誰が座るか! 私は……私は貴様が、惨めに隅っこで泣いている姿を期待していたのだぞ!」
「泣くなんて、水分がもったいないですわ。それよりミスティ様、そのドレス。座るとシワになりやすそうですね。このソファーの摩擦係数なら、一瞬で型崩れしそうですわよ」
「ひっ!? さ、触らないで! この女、私のドレスを狙っているわ!」
ミスティ様が悲鳴を上げて王子の後ろに隠れました。私はただ、素材への懸念を口にしただけなのですが。
「……殿下。彼女は見ての通り、非常にリラックスしております。これ以上の追及は、殿下の器を小さく見せるだけですよ」
ギルベルト様が冷ややかに言い放つと、王子は「ぐぬぬ……」と唸りながら、またしても逃げるように去っていきました。
「……ふう。騒々しい方々ですね。お昼寝の邪魔ですわ」
「あんたな……。もう帰るぞ。これ以上ここにいたら、あんたは王宮のカーテンを剥ぎ取って布団にし始めそうだ」
「まあ、ギルベルト様。どうして私の考えていることが分かったのかしら。あのカーテン、遮光性が高そうで気になっていたのです」
「……。もういい、歩け。美味しいお茶を淹れてやるから」
「お茶! ギルベルト様の淹れるお茶なら、このソファーを諦める価値がありますわね」
私はようやく立ち上がり、最後にもう一度だけソファーの感触を確かめると、ギルベルト様のエスコートを受けて会場を後にしました。
ドレスの輝きよりも、ソファーの寝心地。
悪役令嬢としての評価はまた一段と下がったようですが、私の幸福度は、満腹と仮眠のおかげで最高潮に達していたのでした。
私は幸せな溜息をつき、空になったお皿をそっとテーブルに置きました。
胃袋が満たされると、次にやってくるのは抗いがたい「睡魔」という名の親友です。
周りを見渡せば、着飾った令嬢たちが扇子をパタパタさせながら、誰が誰と踊るだの、誰のドレスが昨シーズンのものだのと、実に忙しそうに囀っています。
「皆様、そんなにお喋りして喉が渇かないのかしら。私はもう、まぶたがカーテンのように閉じたがっておりますわ」
私はエスコート役のギルベルト様を探しましたが、彼は他国の使節団に捕まって、何やら小難しい顔で談笑……いえ、舌戦を繰り広げています。
「ギルベルト様もお忙しそうですし、私は少し『休憩』場所を探すとしましょう」
私は会場の隅へと移動しました。
するとそこには、壁際に沿って配置された、真紅のベルベット張りの豪華なソファーがあるではありませんか。
「まあ……。なんて見事な肉厚感。この反発具合、まるで焼き立てのフォカッチャのようですわ」
私は周囲に誰もいないことを確認し(実際には大勢いますが、私の意識からは消去しました)、そのソファーに腰を下ろしました。
「……っ! なんということでしょう。この沈み込み、腰を優しく包み込む抱擁感。王宮のソファーは、我が家のボロ……隠れ家の切り株とは比べ物になりませんわ」
私はドレスの裾を気にすることなく、ソファーの背もたれに体を預けました。
指先でベルベットの毛並みを撫でると、その滑らかさは最高級のバターのようです。
「ドレスの着心地も悪くありませんが、このソファーの寝心地に比べれば、ただの包装紙に過ぎませんわね……」
私は心地よい音楽を子守唄に、ゆっくりと目を閉じました。
「……おい、ニュール。何をしている。死んでいるのか?」
どれくらい時間が経ったでしょうか。頭上から、呆れたような、それでいて少しだけ焦ったような声が聞こえてきました。
目を開けると、そこには眉間に深いシワを寄せたギルベルト様が立っていました。
「……あら、ギルベルト様。死んでなどいませんわ。このソファーという名の天国で、雲の上を散歩していただけです」
「散歩、だと? あんた、この騒がしい会場のど真ん中で、本気で寝ていたのか」
「ど真ん中ではありませんわ。隅っこです。それに、このソファーがあまりに優秀なものですから。これ、一つお持ち帰りしてもよろしいでしょうか?」
「国家予算で買った備品を盗もうとするな。ほら、立て。アインス殿下がこちらを狙っている」
見れば、少し離れたところでアインス王子が、ミスティ様を連れて怒りに震えながら歩み寄ってくるところでした。
「ニュール! 貴様、こんな神聖な夜会の場で居眠りだと!? どこまで私を、そしてこの国を愚弄すれば気が済むのだ!」
「愚弄だなんて。私はただ、この国の家具職人の素晴らしい技術に敬意を表して、熟睡という名の最高の賛辞を贈っていただけですわ」
私はソファーのクッションをポンポンと叩きながら答えました。
「アインス様も、そんなにカリカリしないで、ここにお座りになってみては? 怒り肩も、この弾力の前ではふにゃふにゃになりますわよ」
「誰が座るか! 私は……私は貴様が、惨めに隅っこで泣いている姿を期待していたのだぞ!」
「泣くなんて、水分がもったいないですわ。それよりミスティ様、そのドレス。座るとシワになりやすそうですね。このソファーの摩擦係数なら、一瞬で型崩れしそうですわよ」
「ひっ!? さ、触らないで! この女、私のドレスを狙っているわ!」
ミスティ様が悲鳴を上げて王子の後ろに隠れました。私はただ、素材への懸念を口にしただけなのですが。
「……殿下。彼女は見ての通り、非常にリラックスしております。これ以上の追及は、殿下の器を小さく見せるだけですよ」
ギルベルト様が冷ややかに言い放つと、王子は「ぐぬぬ……」と唸りながら、またしても逃げるように去っていきました。
「……ふう。騒々しい方々ですね。お昼寝の邪魔ですわ」
「あんたな……。もう帰るぞ。これ以上ここにいたら、あんたは王宮のカーテンを剥ぎ取って布団にし始めそうだ」
「まあ、ギルベルト様。どうして私の考えていることが分かったのかしら。あのカーテン、遮光性が高そうで気になっていたのです」
「……。もういい、歩け。美味しいお茶を淹れてやるから」
「お茶! ギルベルト様の淹れるお茶なら、このソファーを諦める価値がありますわね」
私はようやく立ち上がり、最後にもう一度だけソファーの感触を確かめると、ギルベルト様のエスコートを受けて会場を後にしました。
ドレスの輝きよりも、ソファーの寝心地。
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