婚約破棄? お構いなく。私は私らしく生きていきますわ

どんぶり

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「……ニュール。準備はいいか。今日のお茶会は、実質的な審判の場だ」


王宮へ向かう馬車の中。ギルベルト様が、いつになく真剣な面持ちで私の手を取りました。


「審判、ですか? 今日のお茶会に出されるという『王室秘伝のフォンダンショコラ』の出来栄えを、私が判定するのですわね。責任重大ですわ」


「……違う。あんたの身の潔白と、アインス殿下たちの非道を公にする場だと言っているんだ」


「あら。美味しいお菓子の前では、非道も道徳も些細なことですわよ、ギルベルト様」


私は窓の外を流れる景色を見ながら、今日のために新調した(もちろんギルベルト様の先行投資です)エメラルドグリーンのドレスの感触を楽しみました。


会場となる王宮の庭園には、すでに多くの貴族たちが集まっていました。


中心には、誇らしげに胸を張るアインス王子と、その隣で「私が主役よ」と言わんばかりの派手なドレスを纏ったミスティ様の姿があります。


「皆様、お集まりいただき感謝いたしますわ! 今日は私が、皆様のために『最高のおもてなし』をご用意いたしましたの!」


ミスティ様が声を張り上げると、メイドたちが銀のお盆に乗ったカップを配り始めました。


私の前にも、一客のカップが置かれました。


「さあ、ニュール様。これ、私が特別に調合した『真実を見通すお茶』ですの。心に闇を持つ者が飲むと、たちまち気分が悪くなると言われているのよ。さあ、召し上がれ?」


ミスティ様が、計算高い笑みを浮かべて私を凝視しています。


周囲の貴族たちも、固唾を呑んで私を見守りました。


「まあ。ミスティ様が調合されたのですか。それは興味深いですわね」


私はカップを手に取り、まずはその「色」を観察しました。


「……ほう。ベースはダージリンですが、この独特の濁りは……なるほど。乾燥させた『苦蓬(にがよもぎ)』と、少量の『泥炭の煤(すす)』を混ぜましたわね?」


「な、ななな……何を言っているのよ! それは秘伝のハーブですわ!」


ミスティ様が目に見えて動揺しました。私は構わず、鼻を近づけて香りを吸い込みました。


「香り付けには、あえて鮮度の落ちたベルガモットオイルを使用し、渋みを強調するために抽出時間を通常の三倍は取っていますわね。……これは、お茶に対する冒涜ですわ」


「……くっ。いいから飲みなさいよ! 飲めないということは、あなたに罪があるということよ!」


私はギルベルト様の止める手を目で制し、その「嫌がらせの結晶」のような液体を一口、含みました。


「…………」


沈黙が流れます。アインス王子が「はっはっは! どうだ、苦悶に満ちた顔を――」と言いかけた、その時です。


「……ミスティ様。これ、お砂糖とミルクをたっぷり入れれば、意外と『チャイ風の薬膳茶』として成立しますわよ」


「………………は?」


「苦味が強いのは、胃腸が疲れている時には逆に心地よい刺激ですわ。ただ、この煤の雑味はいただけません。もっと高温で一気に淹れれば、香りが引き立ったはずですのに。もったいないですわね」


私はバッグから、忍ばせておいた「自作の角砂糖」をポチャンと落とし、ティースプーンで優雅にかき回しました。


「……美味しいですわ。ミスティ様、私のためにこんなに手の込んだ健康茶をありがとうございます」


私は満面の笑みでお礼を言いました。


ミスティ様は、自分の用意した「罰ゲーム用のお茶」を平然と、しかも美味しそうに飲む私の姿に、精神的な限界を迎えたようです。


「な、なんで……! それ、ものすごく苦くて吐き気がするはずなのに! 私は……私はあなたを、みんなの前で恥をかかせたかったのに!」


「あら。お茶は、誰かを傷つけるための道具ではありませんわ。お茶は、心を豊かにするための魔法なのです。……そうですよね、ギルベルト様?」


「……ああ。全く、あんたの言う通りだ」


ギルベルト様が、呆れたように、しかし誇らしげに頷きました。


すると、彼は立ち上がり、周囲の貴族たちに向かって宣言しました。


「皆様、ご覧の通りです。ミスティ様は自ら、このお茶が嫌がらせのためのものだったと告白されました。……殿下、これがあなたの選んだ『王妃に相応しい女性』の行いですかな?」


「そ、それは……! ミスティは、ただ少し、いたずらが過ぎただけで……!」


「いたずらで人を害そうとする者を、王族が擁護するのですか? それは、ササール侯爵家を理不尽に廃嫡した際の判断力をも疑わせるものですが」


ギルベルト様の鋭い追求に、アインス王子は言葉を失いました。


周囲の貴族たちからも、ミスティ様に対する軽蔑の眼差しと、王子に対する失望の声が漏れ始めます。


「あ、あの……アインス様、助けて……っ!」


「だ、黙れミスティ! 貴様、私にまで恥をかかせおって!」


王子はミスティ様の手を振り払い、醜い言い争いを始めました。


その光景を、私はフォンダンショコラを頬張りながら眺めていました。


「……ふふ。中のチョコレートがトロトロですわ。ギルベルト様、これ、絶品ですわよ」


「ニュール……。今、国の一大事が決着しようとしているんだぞ。少しは緊張感を持て」


「緊張感でお腹は膨れませんもの。それより、ギルベルト様。次のお茶会は、私の家で開きましょう? もちろん、最高のハーブティーを用意いたしますわ」


「……ああ。あんたが淹れる茶なら、どんな高級な王宮の茶会よりも楽しみだ」


王子の失脚と、悪役令嬢(自称)の勝利。


劇的な幕切れのはずでしたが、私にとっては「美味しいお菓子を邪魔されずに食べられた」という、平和な午後のひとコマに過ぎないのでした。
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