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「……女王陛下。エスター女王陛下。本日はついに、天界から『怠惰と安息を司る神』を自称する、胡散臭い御仁が降臨されました」
アンの、もはや神話の語り部のような乾いた声が、私の球体(ネムレナイネ)の気密室に響く。
私は、魔導商人が全財産を注ぎ込んで改良した「脳波を感知して最適な夢を見せるヘッドボード」に頭を預けたまま、掠れた声を出した。
「……アン。神様? そんなキラキラした肩書きの人、私のスケジュール帳には載っていないわ。……お引取り願って。私は今、夢の中で『食べても太らない魔法』を習得する最終試験の最中なの……」
「そうは仰いましても、彼、お嬢様の『動かなさ』が神の領域に達したことに腹を立て、『人間が神より不働なのは生意気だ!』と、空を金色に光らせて騒いでおりますよ」
(……あー、もう! 神様なら、雲の上で昼寝でもしていればいいじゃない! どうしてわざわざ、下界のニートに突っかかってくるのよ!)
私は怒りでハッチを僅かに開き、眩しすぎる外の世界を睨みつけた。
そこには、白いトカを纏い、頭上にこれでもかと輝く輪を浮かべた美青年が、空中に寝そべって私の屋敷を見下ろしていた。
「私は怠惰神ラゼル! 数千年間、一度もまばたきをせず、呼吸さえも最小限に抑えてきた安息の守護者だ! エスターとやら、貴様の『不働』が本物かどうか、この私が鑑定してやる!」
(眩しい。……その輪っか、……LEDか何か? ……光害で訴えるわよ)
私は低血圧と睡眠不足による怒りを凝縮し、三白眼をギリリと剥いて神(笑)を射抜いた。
「神様。うるさい。帰って。…消えて」
地を這うような、かすれた、神の権威すらもゴミ捨て場に放り込むような超低音。
ラゼルはヒッ、と短い悲鳴を上げて、空中で体制を崩した。
「な、な……っ!? この神たる私を、……まるで『夏場の生ゴミ』を見るような冷ややかな目で! 貴様、その瞳、……。……。……まさか、感情さえも面倒で捨て去ったというのか!?」
(感情はあるわよ。……今、最高に『不機嫌』だっていう感情がね)
私は球体から顔を出し、三白眼を最大出力で細めた。本当は、眩しくて目が開けられないだけなのだが。
「……神様。……貴方、……暇なの?そんなところで浮いてないで、……私の代わりに、……その輪っかの光で、……パンでも焼いてなさい」
「……パンを焼くだと!? この神聖な後光で!?……斬新だ!」
ラゼルは突然、その場に跪き、私の球体の周りをぐるぐると回り始めた。
「素晴らしい! 私は、神として崇められることに飽き飽きしていた! だが貴様は、私を『便利な調理器具』として扱った! これこそが、真の……真の『無欲』の極致!」
すると、背後から氷のオーラを纏ったアルベルトが現れ、氷の剣をラゼルの喉元に突きつけた。
「神だとかなんだか知らんが、エスターを道具扱いしようとする不届き者は許さん。今すぐ、その光る輪を叩き割って、君を『ただの眩しい男』にしてやろうか?」
「待て、公爵! 私は改心した! 今日から私は、この女王エスターの『お昼寝の照明係』として、ここに永住することを決めた!」
(また、変なのが増えたわね。……アン、どうするのよこれ)
アンが、手際よく「神様・専属照明係・雇用契約書」を空中に投影しながら、ぼそりと呟いた。
「お嬢様、承知いたしました。これで当国に『天界の加護(※物理的な照明)』が備わりましたね。電気代も節約できますし、お嬢様が夜中にトイレに起きる際も足元が明るくて安心です」
「いいわ。静かにしているならね。……ラゼル、照度は三パーセントに落として。私は、寝るわよ」
私はハッチを閉め、ラゼルの「神々しい微光」を間接照明代わりにしながら、深い眠りへと沈んでいった。
翌日の全大陸の宗教新聞には、『女王エスター、神を光の従者として服従させる。彼女の怠惰は天界をも屈服させ、新たな「不働教」が誕生した』という、もはや収集のつかない記事が躍ることになる。
王都のセドリック王子が、神様さえも自分を無視してエスターのところへ行ったのを知り、「……神様、俺のところに来て、せめて一発殴ってくれてもいいんだぜ……?」と、空っぽの礼拝堂で一人、虚無を拝んでいたのは、大陸で最も孤独な光景であった。
アンの、もはや神話の語り部のような乾いた声が、私の球体(ネムレナイネ)の気密室に響く。
私は、魔導商人が全財産を注ぎ込んで改良した「脳波を感知して最適な夢を見せるヘッドボード」に頭を預けたまま、掠れた声を出した。
「……アン。神様? そんなキラキラした肩書きの人、私のスケジュール帳には載っていないわ。……お引取り願って。私は今、夢の中で『食べても太らない魔法』を習得する最終試験の最中なの……」
「そうは仰いましても、彼、お嬢様の『動かなさ』が神の領域に達したことに腹を立て、『人間が神より不働なのは生意気だ!』と、空を金色に光らせて騒いでおりますよ」
(……あー、もう! 神様なら、雲の上で昼寝でもしていればいいじゃない! どうしてわざわざ、下界のニートに突っかかってくるのよ!)
私は怒りでハッチを僅かに開き、眩しすぎる外の世界を睨みつけた。
そこには、白いトカを纏い、頭上にこれでもかと輝く輪を浮かべた美青年が、空中に寝そべって私の屋敷を見下ろしていた。
「私は怠惰神ラゼル! 数千年間、一度もまばたきをせず、呼吸さえも最小限に抑えてきた安息の守護者だ! エスターとやら、貴様の『不働』が本物かどうか、この私が鑑定してやる!」
(眩しい。……その輪っか、……LEDか何か? ……光害で訴えるわよ)
私は低血圧と睡眠不足による怒りを凝縮し、三白眼をギリリと剥いて神(笑)を射抜いた。
「神様。うるさい。帰って。…消えて」
地を這うような、かすれた、神の権威すらもゴミ捨て場に放り込むような超低音。
ラゼルはヒッ、と短い悲鳴を上げて、空中で体制を崩した。
「な、な……っ!? この神たる私を、……まるで『夏場の生ゴミ』を見るような冷ややかな目で! 貴様、その瞳、……。……。……まさか、感情さえも面倒で捨て去ったというのか!?」
(感情はあるわよ。……今、最高に『不機嫌』だっていう感情がね)
私は球体から顔を出し、三白眼を最大出力で細めた。本当は、眩しくて目が開けられないだけなのだが。
「……神様。……貴方、……暇なの?そんなところで浮いてないで、……私の代わりに、……その輪っかの光で、……パンでも焼いてなさい」
「……パンを焼くだと!? この神聖な後光で!?……斬新だ!」
ラゼルは突然、その場に跪き、私の球体の周りをぐるぐると回り始めた。
「素晴らしい! 私は、神として崇められることに飽き飽きしていた! だが貴様は、私を『便利な調理器具』として扱った! これこそが、真の……真の『無欲』の極致!」
すると、背後から氷のオーラを纏ったアルベルトが現れ、氷の剣をラゼルの喉元に突きつけた。
「神だとかなんだか知らんが、エスターを道具扱いしようとする不届き者は許さん。今すぐ、その光る輪を叩き割って、君を『ただの眩しい男』にしてやろうか?」
「待て、公爵! 私は改心した! 今日から私は、この女王エスターの『お昼寝の照明係』として、ここに永住することを決めた!」
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「お嬢様、承知いたしました。これで当国に『天界の加護(※物理的な照明)』が備わりましたね。電気代も節約できますし、お嬢様が夜中にトイレに起きる際も足元が明るくて安心です」
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私はハッチを閉め、ラゼルの「神々しい微光」を間接照明代わりにしながら、深い眠りへと沈んでいった。
翌日の全大陸の宗教新聞には、『女王エスター、神を光の従者として服従させる。彼女の怠惰は天界をも屈服させ、新たな「不働教」が誕生した』という、もはや収集のつかない記事が躍ることになる。
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