婚約破棄で謳歌するはずが、構ってほしそうにこっちを見てる?

どんぶり

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「……女王陛下。エスター女王陛下。本日はついに、大陸全土の首脳が集結する『世界平和会議』が、当国のリビングにて開催されております」


アンの、もはや歴史の目撃者として悟りきった声が、私の「全自動・移動球体」の強化防音ガラス越しに響く。


私は、怠惰神ラゼルが放つ「目に優しい三パーセントの神光」に包まれながら、球体の中で芋虫のように丸まった。


「……アン。平和会議? そんな、議論っていう名の『口の筋肉トレーニング』が必要なイベント、お断りよ。……皆にマカロンでも配って、そのまま解散させてちょうだい……」


「そうはいきませんが、各国の王たちは『エスター陛下の前で誓わなければ、真の平和は訪れない』と、揃って正装で座り込んでおります。……あ、セドリック殿下も、隅っこのパイプ椅子でガタガタ震えていらっしゃいますよ」


(セドリック。……あいつ、まだ生きてたのね。……粘り強いセミだわ)


私は、会議の喧騒(といっても皆、私の怒りを恐れて囁き声だが)が睡眠の質を下げることに耐えかね、球体を「不機嫌モード」で浮遊させた。


リビングの扉が自動で開くと、そこには大陸中の国王、皇帝、教皇たちが、まるで神の啓示を待つ巡礼者のように整列していた。


「おお……! 『絶対不働の女王』エスター陛下のお出ましだ!」


「見てくれ、あの神々しい球体を……! 一歩も歩かず、呼吸の音さえも微か……! これこそが争いのない、究極の『静止』の形だ!」


(眩しい。人の顔、見すぎよ。視線で、肌が荒れるわ)


私は、眩しさと苛立ちから三白眼をギリリと剥き、充血した瞳を球体の隙間から各国の首脳陣に向けた。


「うるさい。平和になりたいなら、……勝手になりなさい。…私の安眠を、これ以上削るなら、全国家の予算を、私の枕代として、没収するわよ」


地を這うような、かすれた、死神が休暇を返上して働き始めそうなほどの超低音。


各国の王たちは、その場に平伏し、感動のあまり嗚咽を漏らし始めた。


「……っ! 聴いたか! 『枕代として没収』……! つまり、軍事費を全て陛下の安眠、すなわち『世界の静寂』のために捧げよという、究極の軍縮宣言だ!」


「『勝手になりなさい』というお言葉……! これは、我々がいかに些末な議論で争っていたかを断罪する、慈悲深き放任の教えだ!」


(違う。ただの、…脅しよ)


すると、最前列で控えていたアルベルトが、氷のオーラを放ちながら私に跪いた。


「エスター! 君の寝言……いや、聖なる託宣は今、大陸全土の『共通法』として採択された! 今日から全国家は、君の睡眠を妨げないために、一切の紛争、騒音、そして無駄な公共事業を禁止することに合意したぞ!」


「いいわ。静かになるなら。アン。あいつに。セドリックに。お菓子のゴミでも、拾わせておいて」


「承知いたしました。……殿下、聞こえましたか? 女王陛下より、直々に『清掃員』としての重大な公務を授かりましたよ」


セドリックは涙を流し、パイプ椅子から転げ落ちて床に額を擦り付けた。


「……っ! エスター……! あ、ありがとう……! 俺、俺……一生懸命、ゴミを拾うよ! 君に視界の端っこにでも入れてもらえるなら、俺、ゴミ以下でも構わない!」


(マリア様、後でこの人、連れて帰ってね)


私はハッチを閉じ、世界が「平和」という名の「静寂」に包まれたことを確認した。


アンが、手際よく「世界一斉・強制安眠平和条約」に王たちの印章を押させながら、ぼそりと呟いた。


「お嬢様、おめでとうございます。これで世界から戦争が消えました。理由は『お嬢様が怒ると怖いから』という、人類史上最も単純で強力な理由ですが」


「いいのよ。平和なら…私は。…寝るわ……」


私は、怠惰神と呪術師と竜が守護する最強の結界の中で、再び深い眠りへと沈んでいった。


翌日の歴史教科書には、『女王エスター、一度も椅子から立ち上がることなく、三回ほどの不機嫌な独り言だけで、数千年の戦争の歴史に終止符を打つ』という、もはやギャグのような伝説が「事実」として刻まれることになる。


王都の公園で、かつての王位継承者セドリックが、鼻歌を歌いながら空き缶を拾っている姿を見て、国民たちが「……あいつ、今が一番幸せそうだな」と呟いていたのは、平和がもたらした唯一の救い(?)であった。
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