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「……女王陛下。エスター女王陛下。いよいよ本日は、アルベルト公爵との世紀の結婚式でございます。世界中の首脳陣、神、竜、そしてゴミ拾い中のセドリック殿下まで、全員が会場で待機しておりますよ」
アンの、もはや歴史の特等席を確保した記者のような声が、私の「全自動・移動球体・ネムレナイネ改」の内部に響き渡る。
私は、球体の中に敷き詰められた「天使の吐息で作ったマシュマロクッション」に埋もれ、人生最大級の拒絶の声を上げた。
「……アン。結婚式? そんな、数時間も直立不動を強いられる拷問みたいなイベント、キャンセルしてちょうだい。……返礼品に、私の『特製安眠枕』を配っておけば、皆満足して帰るわよ……」
「そうはいきません。アルベルト様が、この日のために隣国の国家予算三回分を投じて『浮遊するウェディング・ベッド』を開発されました。お嬢様は、ただ寝ているだけで、自動的に祭壇まで運ばれる仕組みです」
(やるわね、アルベルト。…私の弱点を、完璧に理解しているわ……)
私は、もはや抵抗する筋力さえも節約するため、アンに全てを委ねた。
純白のシルク、最高級のレース、そして数百個の真珠をあしらった「パジャマ風ドレス」に身を包み、私は球体から、その「浮遊ベッド」へと転がり込んだ。
「……アン。……これ。……最高だわ。……シーツが、私の肌に『寝なさい』と囁いているわ……」
「それは良かったです。では、出発しますよ。お嬢様、せめて誓いの言葉の時だけは、薄目を開けてくださいね」
豪華絢爛な大聖堂の扉が、ゆっくりと開かれる。
そこには、大陸中の王侯貴族が立ち並び、静寂の中で一人の「眠れる花嫁」を待っていた。
「……っ! 見ろ、あの神々しい姿を! 祭壇まで自らの足で一歩も進まぬ、あの徹底した『不働』の意志!」
「まさに女王……! 結婚式という人生の晴れ舞台ですら、重力に屈しないその高潔な怠惰! 美しい……美しすぎる!」
(眩しい。拍手の音が、安眠の敵だわ)
私は眩しさに耐えるために三白眼をギリリと剥き、充血した瞳で正面の祭壇を睨みつけた。
そこには、白銀の礼装に身を包み、感動のあまり鼻血を出しそうになっているアルベルトが立っていた。
「エスター! ああ、私のエスター! 君が寝たまま祭壇へ向かってくるその姿、一生の宝物にするよ! 君を運ぶこの浮遊ベッドの軌跡こそが、私の歩むべき道だ!」
(アルベルト。……貴方。今日くらいは、まともなこと言いなさいよ)
浮遊ベッドが、祭壇の前にぴたりと静止する。
司祭を務めるのは、あの怠惰神ラゼルだ。彼は後光を五パーセントに絞り、恭しく口を開いた。
「……では、誓いの言葉を。アルベルト・フォン・ノイマン。貴方はエスター・ド・ヴァリエールを、たとえ彼女が一生起きなくても、一生働かなくても、愛し、敬い、最高級の寝具を与え続けることを誓いますか?」
「誓う! 彼女が寝返りを打つたびに新しい領地を献上し、彼女の寝言を我が家の家訓にすることを、ここに誓おう!」
「……では。エスター・ド・ヴァリエール。貴方はアルベルト・フォン・ノイマンを、たとえ彼が少し暑苦しくても、たまに温度が低すぎても、夫として受け入れ、共に『究極の昼寝』を追求することを誓いますか?」
静寂が、会場を包み込む。
数千人の視線が、私の唇に集中した。
私は、クッションの隙間からかろうじて首だけを僅かに動かし、三白眼を最大出力で細めて囁いた。
「…誓うわ。だから。あと五分。寝かせて」
「「「おおおおお!!!」」」
地を揺るがすような大歓声。
「聴いたか! 『あと五分』! これは、永遠の愛という長い時間の中で、さらなる安らぎを求めるという深淵なる教えだ!」
「なんて謙虚なお言葉! 女王陛下は、神との対話すらも『五分延長』されたのだ!」
(……違う。ただ。眠いだけよ)
アルベルトが私の手を取り、涙を流しながら指輪をはめた。
「エスター! ありがとう! 君のその、世界を拒絶するような『あと五分』に、私の残りの人生全てを捧げよう!」
私は、アルベルトの冷たい(けれど心地よい)手に触れられながら、最後の一息で命じた。
「……アン。終わったわ。披露宴は。夢の中で、……やるわよ。ハッチを閉めて」
「承知いたしました。エスター女王陛下……いえ、ノイマン公爵夫人。末永く、お幸せに(寝てください)」
ハッチが閉まり、私は完全なる闇と静寂に包まれた。
大陸の歴史に刻まれる「不働の結婚式」。それは、誰一人として新婦と会話することなく、新婦が一歩も歩くことなく、たった一言の寝言だけで、世界を幸福の色に染め上げた伝説の儀式となった。
会場の外で、ゴミ袋を抱えたセドリック王子が、「……俺、結婚式のゴミを拾えて、今、人生で一番『生きてる』って気がするよ……」と、キラキラした目で空を仰いでいたのは、この平和な世界の象徴であった。
アンの、もはや歴史の特等席を確保した記者のような声が、私の「全自動・移動球体・ネムレナイネ改」の内部に響き渡る。
私は、球体の中に敷き詰められた「天使の吐息で作ったマシュマロクッション」に埋もれ、人生最大級の拒絶の声を上げた。
「……アン。結婚式? そんな、数時間も直立不動を強いられる拷問みたいなイベント、キャンセルしてちょうだい。……返礼品に、私の『特製安眠枕』を配っておけば、皆満足して帰るわよ……」
「そうはいきません。アルベルト様が、この日のために隣国の国家予算三回分を投じて『浮遊するウェディング・ベッド』を開発されました。お嬢様は、ただ寝ているだけで、自動的に祭壇まで運ばれる仕組みです」
(やるわね、アルベルト。…私の弱点を、完璧に理解しているわ……)
私は、もはや抵抗する筋力さえも節約するため、アンに全てを委ねた。
純白のシルク、最高級のレース、そして数百個の真珠をあしらった「パジャマ風ドレス」に身を包み、私は球体から、その「浮遊ベッド」へと転がり込んだ。
「……アン。……これ。……最高だわ。……シーツが、私の肌に『寝なさい』と囁いているわ……」
「それは良かったです。では、出発しますよ。お嬢様、せめて誓いの言葉の時だけは、薄目を開けてくださいね」
豪華絢爛な大聖堂の扉が、ゆっくりと開かれる。
そこには、大陸中の王侯貴族が立ち並び、静寂の中で一人の「眠れる花嫁」を待っていた。
「……っ! 見ろ、あの神々しい姿を! 祭壇まで自らの足で一歩も進まぬ、あの徹底した『不働』の意志!」
「まさに女王……! 結婚式という人生の晴れ舞台ですら、重力に屈しないその高潔な怠惰! 美しい……美しすぎる!」
(眩しい。拍手の音が、安眠の敵だわ)
私は眩しさに耐えるために三白眼をギリリと剥き、充血した瞳で正面の祭壇を睨みつけた。
そこには、白銀の礼装に身を包み、感動のあまり鼻血を出しそうになっているアルベルトが立っていた。
「エスター! ああ、私のエスター! 君が寝たまま祭壇へ向かってくるその姿、一生の宝物にするよ! 君を運ぶこの浮遊ベッドの軌跡こそが、私の歩むべき道だ!」
(アルベルト。……貴方。今日くらいは、まともなこと言いなさいよ)
浮遊ベッドが、祭壇の前にぴたりと静止する。
司祭を務めるのは、あの怠惰神ラゼルだ。彼は後光を五パーセントに絞り、恭しく口を開いた。
「……では、誓いの言葉を。アルベルト・フォン・ノイマン。貴方はエスター・ド・ヴァリエールを、たとえ彼女が一生起きなくても、一生働かなくても、愛し、敬い、最高級の寝具を与え続けることを誓いますか?」
「誓う! 彼女が寝返りを打つたびに新しい領地を献上し、彼女の寝言を我が家の家訓にすることを、ここに誓おう!」
「……では。エスター・ド・ヴァリエール。貴方はアルベルト・フォン・ノイマンを、たとえ彼が少し暑苦しくても、たまに温度が低すぎても、夫として受け入れ、共に『究極の昼寝』を追求することを誓いますか?」
静寂が、会場を包み込む。
数千人の視線が、私の唇に集中した。
私は、クッションの隙間からかろうじて首だけを僅かに動かし、三白眼を最大出力で細めて囁いた。
「…誓うわ。だから。あと五分。寝かせて」
「「「おおおおお!!!」」」
地を揺るがすような大歓声。
「聴いたか! 『あと五分』! これは、永遠の愛という長い時間の中で、さらなる安らぎを求めるという深淵なる教えだ!」
「なんて謙虚なお言葉! 女王陛下は、神との対話すらも『五分延長』されたのだ!」
(……違う。ただ。眠いだけよ)
アルベルトが私の手を取り、涙を流しながら指輪をはめた。
「エスター! ありがとう! 君のその、世界を拒絶するような『あと五分』に、私の残りの人生全てを捧げよう!」
私は、アルベルトの冷たい(けれど心地よい)手に触れられながら、最後の一息で命じた。
「……アン。終わったわ。披露宴は。夢の中で、……やるわよ。ハッチを閉めて」
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ハッチが閉まり、私は完全なる闇と静寂に包まれた。
大陸の歴史に刻まれる「不働の結婚式」。それは、誰一人として新婦と会話することなく、新婦が一歩も歩くことなく、たった一言の寝言だけで、世界を幸福の色に染め上げた伝説の儀式となった。
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