婚約破棄で謳歌するはずが、構ってほしそうにこっちを見てる?

どんぶり

文字の大きさ
27 / 28

27

しおりを挟む
「……女王陛下。エスター女王陛下。いよいよ本日は、アルベルト公爵との世紀の結婚式でございます。世界中の首脳陣、神、竜、そしてゴミ拾い中のセドリック殿下まで、全員が会場で待機しておりますよ」


アンの、もはや歴史の特等席を確保した記者のような声が、私の「全自動・移動球体・ネムレナイネ改」の内部に響き渡る。


私は、球体の中に敷き詰められた「天使の吐息で作ったマシュマロクッション」に埋もれ、人生最大級の拒絶の声を上げた。


「……アン。結婚式? そんな、数時間も直立不動を強いられる拷問みたいなイベント、キャンセルしてちょうだい。……返礼品に、私の『特製安眠枕』を配っておけば、皆満足して帰るわよ……」


「そうはいきません。アルベルト様が、この日のために隣国の国家予算三回分を投じて『浮遊するウェディング・ベッド』を開発されました。お嬢様は、ただ寝ているだけで、自動的に祭壇まで運ばれる仕組みです」


(やるわね、アルベルト。…私の弱点を、完璧に理解しているわ……)


私は、もはや抵抗する筋力さえも節約するため、アンに全てを委ねた。


純白のシルク、最高級のレース、そして数百個の真珠をあしらった「パジャマ風ドレス」に身を包み、私は球体から、その「浮遊ベッド」へと転がり込んだ。


「……アン。……これ。……最高だわ。……シーツが、私の肌に『寝なさい』と囁いているわ……」


「それは良かったです。では、出発しますよ。お嬢様、せめて誓いの言葉の時だけは、薄目を開けてくださいね」


豪華絢爛な大聖堂の扉が、ゆっくりと開かれる。


そこには、大陸中の王侯貴族が立ち並び、静寂の中で一人の「眠れる花嫁」を待っていた。


「……っ! 見ろ、あの神々しい姿を! 祭壇まで自らの足で一歩も進まぬ、あの徹底した『不働』の意志!」


「まさに女王……! 結婚式という人生の晴れ舞台ですら、重力に屈しないその高潔な怠惰! 美しい……美しすぎる!」


(眩しい。拍手の音が、安眠の敵だわ)


私は眩しさに耐えるために三白眼をギリリと剥き、充血した瞳で正面の祭壇を睨みつけた。


そこには、白銀の礼装に身を包み、感動のあまり鼻血を出しそうになっているアルベルトが立っていた。


「エスター! ああ、私のエスター! 君が寝たまま祭壇へ向かってくるその姿、一生の宝物にするよ! 君を運ぶこの浮遊ベッドの軌跡こそが、私の歩むべき道だ!」


(アルベルト。……貴方。今日くらいは、まともなこと言いなさいよ)


浮遊ベッドが、祭壇の前にぴたりと静止する。


司祭を務めるのは、あの怠惰神ラゼルだ。彼は後光を五パーセントに絞り、恭しく口を開いた。


「……では、誓いの言葉を。アルベルト・フォン・ノイマン。貴方はエスター・ド・ヴァリエールを、たとえ彼女が一生起きなくても、一生働かなくても、愛し、敬い、最高級の寝具を与え続けることを誓いますか?」


「誓う! 彼女が寝返りを打つたびに新しい領地を献上し、彼女の寝言を我が家の家訓にすることを、ここに誓おう!」


「……では。エスター・ド・ヴァリエール。貴方はアルベルト・フォン・ノイマンを、たとえ彼が少し暑苦しくても、たまに温度が低すぎても、夫として受け入れ、共に『究極の昼寝』を追求することを誓いますか?」


静寂が、会場を包み込む。


数千人の視線が、私の唇に集中した。


私は、クッションの隙間からかろうじて首だけを僅かに動かし、三白眼を最大出力で細めて囁いた。


「…誓うわ。だから。あと五分。寝かせて」


「「「おおおおお!!!」」」


地を揺るがすような大歓声。


「聴いたか! 『あと五分』! これは、永遠の愛という長い時間の中で、さらなる安らぎを求めるという深淵なる教えだ!」


「なんて謙虚なお言葉! 女王陛下は、神との対話すらも『五分延長』されたのだ!」


(……違う。ただ。眠いだけよ)


アルベルトが私の手を取り、涙を流しながら指輪をはめた。


「エスター! ありがとう! 君のその、世界を拒絶するような『あと五分』に、私の残りの人生全てを捧げよう!」


私は、アルベルトの冷たい(けれど心地よい)手に触れられながら、最後の一息で命じた。


「……アン。終わったわ。披露宴は。夢の中で、……やるわよ。ハッチを閉めて」


「承知いたしました。エスター女王陛下……いえ、ノイマン公爵夫人。末永く、お幸せに(寝てください)」


ハッチが閉まり、私は完全なる闇と静寂に包まれた。


大陸の歴史に刻まれる「不働の結婚式」。それは、誰一人として新婦と会話することなく、新婦が一歩も歩くことなく、たった一言の寝言だけで、世界を幸福の色に染め上げた伝説の儀式となった。


会場の外で、ゴミ袋を抱えたセドリック王子が、「……俺、結婚式のゴミを拾えて、今、人生で一番『生きてる』って気がするよ……」と、キラキラした目で空を仰いでいたのは、この平和な世界の象徴であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...