婚約破棄?どうぞ。私はもふもふの国へ参りますわ!

どんぶり

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「……ネズミの群れが、王宮を占拠?」


レオナール様が、手にした報告書を二度見しながら呆れたような声を上げた。

私は隣で、クロの顎の下をリズミカルに掻きながら、さも当然といった風に頷いた。


「まあ、予想以上に早かったですわね。王宮の皆さんは、あの子たちがどれほど有能な守護神だったか、ようやく理解されたのかしら」


「守護神というか、ただの捕食者だろう。だが、報告書によれば、食糧庫の被害は甚大、マリア嬢の寝室にまでネズミが出没し、彼女は連日悲鳴を上げているらしいぞ」


レオナール様の蒼い瞳に、微かな、本当に微かな同情の色が浮かぶ。

しかし、私は容赦なく追撃した。


「あら、マリア様は猫が嫌いですものね。でしたら、ネズミ様たちと仲良くティータイムでも楽しめばよろしいのに。種族が違うだけで、同じもふもふの生き物ですわよ?」


「お嬢様、ネズミは『もふもふ』のカテゴリーに入りますが、衛生的にアウトです。それに、あの方々が望んでいるのは『癒やし』ではなく『駆除』ですよ」


アンナが冷たく突っ込む。

報告書を読み進めるレオナール様の眉間の皺が、さらに深くなった。


「……ひどいものだ。ウィルフリード殿下は自ら剣を抜いてネズミを追ったが、絨毯の隙間に逃げ込まれ、挙句の果てに転倒して腰を打ったそうだ。情けない」


「おーっほっほ! 殿下らしい、実に滑稽な勇姿ですわね!」


私は思わず高笑いをした。

想像してみてほしい。王冠を被り、豪華なマントを翻した第一王子が、小さなネズミ一匹を追いかけて王宮の廊下を転げ回る姿を。

それはどんな喜劇よりも面白い。


「笑い事ではないぞ、ロゼル。王宮の機能が麻痺すれば、国政に影響が出る。現に、近隣諸国からの使節団を迎える準備も滞っているらしい」


「それこそ猫様を呼び戻せば済む話ですわ。……まあ、私が許可すればの話ですが」


私は膝の上で丸くなるクロを、愛おしそうに撫でた。

一度手放した幸福は、二度と簡単には戻らない。それを殿下たちは学ぶべきなのだ。


一方、その頃の王都――。


「ぎゃああああ! まただ! また私のドレスの裾にネズミが!」


マリアが、破れかぶれの叫び声を上げてテーブルの上に飛び乗った。

彼女の足元では、十数匹のネズミが、かつて猫たちがいた場所をわがもの顔で駆け抜けている。


「落ち着け、マリア! 私が、私が守って……ひいいっ! 鼻! 鼻の上にネズミが!」


ウィルフリードもまた、情けない悲鳴を上げて顔を押さえていた。

王宮の掃除夫たちが必死に罠を仕掛けているが、ネズミたちはそれをあざ笑うかのように回避していく。


「殿下、もう限界ですわ! あんな、あんな不気味なロゼル様なんて、今すぐ呼び戻してください! あの方が連れて行った猫たちを、一匹残らず戻させるのです!」


マリアが涙目で訴える。

彼女にとって、猫はアレルギーで不快な存在だったが、ネズミは生理的に耐え難い「恐怖」そのものだった。


「分かっている! だが、あの女は辺境へ行ったのだぞ。ヴァルカ公爵の許可なく連れ戻すことはできん。それに、あいつは……あいつは猫の所有権を盾に、法外な要求をしてくるに決まっている!」


ウィルフリードは、ロゼルが去り際に交わした「猫の親権」に関する契約書を思い出し、歯噛みした。

あの時は「猫なんてどうぞお好きに」と思っていたが、今やその猫たちが、国家の平和を維持する最重要兵器だったことに気づかされたのだ。


「プライドなんてどうでもいいですわ! 私の安眠を、私の美しい王宮を取り戻してちょうだい!」


「くそっ……! おい、書記官! ヴァルカ公爵に親書を送れ! 至急、ロゼルと猫数匹を一時的に貸し出せとな!」


殿下の命令に、書記官は困惑した表情を浮かべた。


「殿下……。一時的、とは? ロゼル様がそんな条件で動くとは思えませんが」


「うるさい! 命令だ、早く書け! ついでに、マリアの機嫌を取るために特製の香水も同梱しろ!」


こうして、王都の混乱を解決するための「虫のいい」依頼が、再び辺境の地へと向けて放たれたのである。


再びヴァルカ城。


「……というわけで、殿下は相当追い詰められているようですわね」


私はアンナが淹れてくれたお茶を飲みながら、鼻を鳴らした。


「ロゼル。もし殿下が正式に『猫の貸し出し』を要請してきたら、貴様はどうするつもりだ?」


レオナール様が、試すような視線を私に向ける。


「決まっていますわ、公爵様」


私は窓の外、中庭で日向ぼっこをしている猫たちを見つめた。


「あの子たちを、二度とあのような『冷たい人々』の元へは帰しません。彼らが求めるのが『道具』としての猫なら、私たちが提供するのは『爪痕』だけですわ」


「……なるほど。貴様と敵対する者は、不運としか言いようがないな」


レオナール様は、自分の肩に図々しく乗ってきた子猫を優しく支えながら、少しだけ口角を上げた。

王都からの親書が届くのは、おそらく数日後。

その時、私はどんな「ユーモア溢れる」返答をしてあげようか。

私の頭の中には、すでにいくつかの愉快な計画が渦巻いていた。
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