婚約破棄?どうぞ。私はもふもふの国へ参りますわ!

どんぶり

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ヴァルカ城の重厚な正門前。


純白の法衣を身に纏った教会の調査団が、まるで最終決戦に挑む騎士のような悲壮な決意を秘めて立ち並んでいた。


「ヴァルカ辺境伯! そしてロゼル・オーシュ! 速やかにその巨大な魔獣から離れ、我々の尋問に応じるのだ!」


リーダーである異端審問官、マルファスが声を張り上げる。

彼の震える指が指し示す先には、優雅に座り込み、退屈そうに喉を鳴らす「森の主」様がいた。


「魔獣だなんて失礼な。主様、この者たちに貴方様の『慈愛』を見せて差し上げて」


私が扇を閉じ、合図を送る。

すると、巨大山猫である主様は、のっそりと立ち上がり、調査官たちに向かって一歩踏み出した。


「ひ、ひいっ!? 来るな! 悪霊退散! 聖なる光よ……っ!」


マルファスが必死に聖印を掲げる。

だが、主様が放ったのは、破壊の爪ではなく……巨大な、ザラリとした舌による「熱烈な歓迎の舐め」だった。


「……べろぉん」


「ぎゃあああああ!? 顔が! 顔が削り取られる――と思ったら、なんだか温かい……?」


マルファスの顔面は、主様の粘着質な涎でびしょ濡れになった。

しかし、そこに痛みはなく、あるのは野生の圧倒的な親愛の情だけである。


「マルファス様。主様は、貴方の法衣から漂う線香の匂いが気に入ったみたいですわよ。さあ、調査を続けるのでしょう? まずは城内へどうぞ。自慢の『もふもふ結界』をご案内いたしますわ」


私はレオナール様と顔を見合わせ、余裕の笑みを浮かべた。


レオナール様は相変わらず、頭に子猫を乗せ、肩に二匹を侍らせるという「歩く猫の神殿」状態だが、その威厳(?)は調査官たちを圧倒していた。


「……マルファス。貴様ら教会の人間が、何を根拠に魔女などという言葉を持ち出したのかは知らんが、我が領内において猫を愛でることは、唯一絶対の法だ。異論があるなら、この猫たちに直接言え」


レオナール様が低い声で告げると、足元にいた十数匹の猫たちが、一斉に調査官たちの足元へと散らばった。


「お、おい! この猫、私の裾を噛んで離さないぞ!」


「こっちは私の膝に登ってこようとしている! な、なんて恐ろしい……抗いがたい魅力だ……」


調査官たちは、最初は警戒して身を固くしていた。

だが、教会の厳しい修行で心をすり減らしていた彼らにとって、無条件で甘えてくる猫たちの攻撃は、あまりにも「特効薬」すぎた。


一時間後、城の広間。


「……ああ。神よ。私は今まで、何を禁欲してきたのでしょうか。この、肉球という名の奇跡に触れずに過ごした日々が悔やまれます」


先ほどまで「魔女」と叫んでいたマルファスが、ソファーに深く沈み込み、三匹の猫を腹の上に乗せて、恍惚の表情で涙を流していた。


他の調査官たちも同様だ。

一人は床に寝そべって子猫と戯れ、一人は主様の巨大な尻尾を枕にして「これが天国か」と呟いている。


「公爵様。これ、調査というよりは『慰安旅行』になっていませんこと?」


私は、呆れ顔のレオナール様の耳元で囁いた。


「……ふん。マリア嬢の策略も、猫の喉鳴らし一発で粉砕されたな。教会の連中は、一度猫の毒――いや、癒やしを知ってしまえば、もう『魔女の呪い』などという妄言は信じまい」


レオナール様は、自分の指を甘噛みしてくる猫を優しくあやしながら、満足げに鼻を鳴らした。


「さて、マルファス様。ロゼル・オーシュは魔女でしたかしら?」


私が問いかけると、マルファスは這い上がるようにして姿勢を正し、力強く宣言した。


「いいえ! ロゼル様は魔女などではありません! あえて申し上げるなら……もふもふの慈悲を地上に運ぶ、聖女にございます!」


「おーっほっほ! 聖女ですって! 公爵様、聞こえました? 私、ついに公式に聖女認定をいただきましたわよ!」


「……勝手にしてろ。だが、この男たち、いつまでここに居座るつもりだ。猫たちが疲れてしまうだろう」


レオナール様の心配をよそに、調査官たちは「報告書の作成には一週間……いや、一ヶ月の滞在調査が必要だ」と口々に言い出し、ヴァルカ城はますます猫と人間が入り乱れるカオスな空間へと変貌していった。


王都でマリア様が歯噛みしている頃、辺境では教会の権威までもが「猫の可愛さ」の前に跪いていたのである。


「さあ、聖女(自称)の私自ら、皆様にブラッシングの極意を伝授して差し上げますわ! 教会の皆様、魂を浄化する準備はよろしいかしら!?」


「「「はい、聖女様!!」」」


教会の調査団は、そのままヴァルカ領の「猫愛好支部」へと、華麗なる転身を遂げようとしていた。
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