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教会の調査団が、もはや「調査」という名の「猫合宿」に没頭し始めて数日。
ヴァルカ城は、至る所で法衣を着た男たちが地面に這いつくばり、猫に顔を舐めさせて悦に浸るという、宗教画には絶対描けない光景で溢れていた。
私はそんな平和な地獄絵図を眺めながら、バルコニーで涼んでいた。
「……ふぅ。今日も一日、尊い徳を積みましたわ」
「ロゼル。ここにいたのか」
背後から低く、けれどどこか緊張を孕んだ声がした。
振り返ると、そこには月光を浴びて銀色に輝く髪を持つ、レオナール様が立っていた。
いつもなら彼の周囲には、最低でも五匹の猫が衛星のように旋回しているはずなのだが。
「あら、公爵様。珍しいですわね、お一人で? 猫様たちはどうされましたの?」
「……主(ぬし)に任せてきた。あいつが広間の真ん中で横たわると、他の猫たちも大人しく添い寝を始めるからな」
レオナール様は一歩、また一歩と私に近づいてくる。
その手には、なぜか私が手作りした「最高級孔雀の羽を使った猫じゃらし」が握られていた。
(……もしや、私に遊んでほしいのかしら? 公爵様、ついにご自身が猫としてのアイデンティティに目覚められたの!?)
私は期待に胸を膨らませ、身構えた。
「公爵様、その猫じゃらし……。私に、こう、シュシュッとしてほしいのですか?」
「違う! ……いや、違わないが、そうではない」
レオナール様は珍しく言葉を濁し、猫じゃらしをギュッと握りしめた。
「ロゼル。貴様がこの城に来てから、すべてが変わった」
「ええ、猫密度が三〇〇〇パーセントほど上昇いたしましたわね」
「……その話ではない。俺の心の話だ」
レオナール様は一歩踏み出し、私の目を真っ直ぐに見つめた。
その蒼い瞳は、冷徹な氷ではなく、深海のように静かで熱い光を湛えている。
「俺は今まで、この体質のせいで、生き物から好かれることを『呪い』だと思っていた。寄ってくる猫たちに、愛着を感じることを恐れていたんだ。いつか失うのが怖くてな」
私は黙って彼の言葉を待った。猫じゃらしの羽が、夜風に揺れている。
「だが、貴様は違った。猫を愛し、その愛を俺にまで押し付けてきた。……貴様のその、呆れるほど真っ直ぐな猫愛に触れているうちに、俺の心の氷は、いつの間にか溶けていたんだ」
レオナール様が、自由な方の手で私の頬に触れた。
指先から、彼の体温が伝わってくる。
「ロゼル・オーシュ。貴様はいつも猫ばかりを見ている。ミケやクロ、そして主……。あいつらへの愛の、百分の一でいい」
彼は少しだけ視線を泳がせ、手に持っていた猫じゃらしを、なぜか私の目の前でひらひらと振った。
「……たまには、俺のことも見てくれないか」
「公爵様……」
「俺は猫にはなれない。だが、貴様を、世界一幸せにする自信はある。……貴様の隣にいてもいいのは、猫だけではなく……俺であってはダメか?」
月明かりの下、氷の公爵が、猫じゃらしを手に持ちながら、顔を真っ赤にして愛を告げている。
そのあまりにも不器用で、シュールで、けれど最高に誠実な姿に。
私の心臓は、マタタビを嗅いだ猫のごとく、激しく、荒々しく跳ね踊った。
(……ああ、ダメ。今の言葉、これまでのどの「ニャー」よりも胸に刺さってしまいましたわ……っ!)
私は震える手で、彼の持っている猫じゃらしを掴んだ。
「公爵様。……いいえ、レオナール様。一つだけ、条件がございますわ」
「条件……? 何だ。猫を百匹増やすことか?」
「いいえ。……私を見る時は、猫を撫でる時よりも、もっと蕩けそうな顔をしてくださいませ。そうしてくだされば、私は一生、貴方の専属飼育係……いえ、妻になって差し上げますわ!」
レオナール様は一瞬、呆然とした顔をした後。
私の想像を遥かに超える、優しくて、甘い、とろけるような笑みを浮かべた。
「……お安い御用だ。俺の『マタタビ』を独占できるのは、世界で貴様だけなのだからな」
彼はそのまま、私を優しく抱き寄せた。
銀の髪から漂う極上のマタタビの香りと、彼自身の温もりが、私を包み込む。
ようやく通じ合った、二人の心。
まさに感動のクライマックス――。
「……フミャアアアン!!」
その瞬間、バルコニーの欄干から、巨大な影が飛び込んできた。
主様である。
「ひゃっ!? ぬ、主様!」
巨大山猫は、私たちの間に無理やり頭を割り込ませ、レオナール様の顔を「べろぉん」と舐め上げた。
さらに、どこからともなくミケとクロまで現れ、私たちの足元で「自分たちも混ぜろ」と大合唱を始めた。
「……ロゼル。やはり、俺たちが二人きりになるのは、物理的に不可能なようだ」
レオナール様が、主様の毛に埋もれながら、諦めたように苦笑した。
「いいではありませんか! これが、私たちの目指す『もふもふパラダイス』の完成形ですわ!」
私はレオナール様の腕の中にしがみつき、そして彼にしがみつく猫たちをまとめて抱きしめた。
愛の告白は、こうして賑やかな猫たちの祝福(という名の邪魔)と共に、ヴァルカの夜に溶けていくのだった。
ヴァルカ城は、至る所で法衣を着た男たちが地面に這いつくばり、猫に顔を舐めさせて悦に浸るという、宗教画には絶対描けない光景で溢れていた。
私はそんな平和な地獄絵図を眺めながら、バルコニーで涼んでいた。
「……ふぅ。今日も一日、尊い徳を積みましたわ」
「ロゼル。ここにいたのか」
背後から低く、けれどどこか緊張を孕んだ声がした。
振り返ると、そこには月光を浴びて銀色に輝く髪を持つ、レオナール様が立っていた。
いつもなら彼の周囲には、最低でも五匹の猫が衛星のように旋回しているはずなのだが。
「あら、公爵様。珍しいですわね、お一人で? 猫様たちはどうされましたの?」
「……主(ぬし)に任せてきた。あいつが広間の真ん中で横たわると、他の猫たちも大人しく添い寝を始めるからな」
レオナール様は一歩、また一歩と私に近づいてくる。
その手には、なぜか私が手作りした「最高級孔雀の羽を使った猫じゃらし」が握られていた。
(……もしや、私に遊んでほしいのかしら? 公爵様、ついにご自身が猫としてのアイデンティティに目覚められたの!?)
私は期待に胸を膨らませ、身構えた。
「公爵様、その猫じゃらし……。私に、こう、シュシュッとしてほしいのですか?」
「違う! ……いや、違わないが、そうではない」
レオナール様は珍しく言葉を濁し、猫じゃらしをギュッと握りしめた。
「ロゼル。貴様がこの城に来てから、すべてが変わった」
「ええ、猫密度が三〇〇〇パーセントほど上昇いたしましたわね」
「……その話ではない。俺の心の話だ」
レオナール様は一歩踏み出し、私の目を真っ直ぐに見つめた。
その蒼い瞳は、冷徹な氷ではなく、深海のように静かで熱い光を湛えている。
「俺は今まで、この体質のせいで、生き物から好かれることを『呪い』だと思っていた。寄ってくる猫たちに、愛着を感じることを恐れていたんだ。いつか失うのが怖くてな」
私は黙って彼の言葉を待った。猫じゃらしの羽が、夜風に揺れている。
「だが、貴様は違った。猫を愛し、その愛を俺にまで押し付けてきた。……貴様のその、呆れるほど真っ直ぐな猫愛に触れているうちに、俺の心の氷は、いつの間にか溶けていたんだ」
レオナール様が、自由な方の手で私の頬に触れた。
指先から、彼の体温が伝わってくる。
「ロゼル・オーシュ。貴様はいつも猫ばかりを見ている。ミケやクロ、そして主……。あいつらへの愛の、百分の一でいい」
彼は少しだけ視線を泳がせ、手に持っていた猫じゃらしを、なぜか私の目の前でひらひらと振った。
「……たまには、俺のことも見てくれないか」
「公爵様……」
「俺は猫にはなれない。だが、貴様を、世界一幸せにする自信はある。……貴様の隣にいてもいいのは、猫だけではなく……俺であってはダメか?」
月明かりの下、氷の公爵が、猫じゃらしを手に持ちながら、顔を真っ赤にして愛を告げている。
そのあまりにも不器用で、シュールで、けれど最高に誠実な姿に。
私の心臓は、マタタビを嗅いだ猫のごとく、激しく、荒々しく跳ね踊った。
(……ああ、ダメ。今の言葉、これまでのどの「ニャー」よりも胸に刺さってしまいましたわ……っ!)
私は震える手で、彼の持っている猫じゃらしを掴んだ。
「公爵様。……いいえ、レオナール様。一つだけ、条件がございますわ」
「条件……? 何だ。猫を百匹増やすことか?」
「いいえ。……私を見る時は、猫を撫でる時よりも、もっと蕩けそうな顔をしてくださいませ。そうしてくだされば、私は一生、貴方の専属飼育係……いえ、妻になって差し上げますわ!」
レオナール様は一瞬、呆然とした顔をした後。
私の想像を遥かに超える、優しくて、甘い、とろけるような笑みを浮かべた。
「……お安い御用だ。俺の『マタタビ』を独占できるのは、世界で貴様だけなのだからな」
彼はそのまま、私を優しく抱き寄せた。
銀の髪から漂う極上のマタタビの香りと、彼自身の温もりが、私を包み込む。
ようやく通じ合った、二人の心。
まさに感動のクライマックス――。
「……フミャアアアン!!」
その瞬間、バルコニーの欄干から、巨大な影が飛び込んできた。
主様である。
「ひゃっ!? ぬ、主様!」
巨大山猫は、私たちの間に無理やり頭を割り込ませ、レオナール様の顔を「べろぉん」と舐め上げた。
さらに、どこからともなくミケとクロまで現れ、私たちの足元で「自分たちも混ぜろ」と大合唱を始めた。
「……ロゼル。やはり、俺たちが二人きりになるのは、物理的に不可能なようだ」
レオナール様が、主様の毛に埋もれながら、諦めたように苦笑した。
「いいではありませんか! これが、私たちの目指す『もふもふパラダイス』の完成形ですわ!」
私はレオナール様の腕の中にしがみつき、そして彼にしがみつく猫たちをまとめて抱きしめた。
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