婚約破棄?どうぞ。私はもふもふの国へ参りますわ!

どんぶり

文字の大きさ
21 / 28

21

しおりを挟む
教会の調査団が、もはや「調査」という名の「猫合宿」に没頭し始めて数日。

ヴァルカ城は、至る所で法衣を着た男たちが地面に這いつくばり、猫に顔を舐めさせて悦に浸るという、宗教画には絶対描けない光景で溢れていた。

私はそんな平和な地獄絵図を眺めながら、バルコニーで涼んでいた。

「……ふぅ。今日も一日、尊い徳を積みましたわ」

「ロゼル。ここにいたのか」

背後から低く、けれどどこか緊張を孕んだ声がした。

振り返ると、そこには月光を浴びて銀色に輝く髪を持つ、レオナール様が立っていた。

いつもなら彼の周囲には、最低でも五匹の猫が衛星のように旋回しているはずなのだが。

「あら、公爵様。珍しいですわね、お一人で? 猫様たちはどうされましたの?」

「……主(ぬし)に任せてきた。あいつが広間の真ん中で横たわると、他の猫たちも大人しく添い寝を始めるからな」

レオナール様は一歩、また一歩と私に近づいてくる。

その手には、なぜか私が手作りした「最高級孔雀の羽を使った猫じゃらし」が握られていた。

(……もしや、私に遊んでほしいのかしら? 公爵様、ついにご自身が猫としてのアイデンティティに目覚められたの!?)

私は期待に胸を膨らませ、身構えた。

「公爵様、その猫じゃらし……。私に、こう、シュシュッとしてほしいのですか?」

「違う! ……いや、違わないが、そうではない」

レオナール様は珍しく言葉を濁し、猫じゃらしをギュッと握りしめた。

「ロゼル。貴様がこの城に来てから、すべてが変わった」

「ええ、猫密度が三〇〇〇パーセントほど上昇いたしましたわね」

「……その話ではない。俺の心の話だ」

レオナール様は一歩踏み出し、私の目を真っ直ぐに見つめた。

その蒼い瞳は、冷徹な氷ではなく、深海のように静かで熱い光を湛えている。

「俺は今まで、この体質のせいで、生き物から好かれることを『呪い』だと思っていた。寄ってくる猫たちに、愛着を感じることを恐れていたんだ。いつか失うのが怖くてな」

私は黙って彼の言葉を待った。猫じゃらしの羽が、夜風に揺れている。

「だが、貴様は違った。猫を愛し、その愛を俺にまで押し付けてきた。……貴様のその、呆れるほど真っ直ぐな猫愛に触れているうちに、俺の心の氷は、いつの間にか溶けていたんだ」

レオナール様が、自由な方の手で私の頬に触れた。

指先から、彼の体温が伝わってくる。

「ロゼル・オーシュ。貴様はいつも猫ばかりを見ている。ミケやクロ、そして主……。あいつらへの愛の、百分の一でいい」

彼は少しだけ視線を泳がせ、手に持っていた猫じゃらしを、なぜか私の目の前でひらひらと振った。

「……たまには、俺のことも見てくれないか」

「公爵様……」

「俺は猫にはなれない。だが、貴様を、世界一幸せにする自信はある。……貴様の隣にいてもいいのは、猫だけではなく……俺であってはダメか?」

月明かりの下、氷の公爵が、猫じゃらしを手に持ちながら、顔を真っ赤にして愛を告げている。

そのあまりにも不器用で、シュールで、けれど最高に誠実な姿に。

私の心臓は、マタタビを嗅いだ猫のごとく、激しく、荒々しく跳ね踊った。

(……ああ、ダメ。今の言葉、これまでのどの「ニャー」よりも胸に刺さってしまいましたわ……っ!)

私は震える手で、彼の持っている猫じゃらしを掴んだ。

「公爵様。……いいえ、レオナール様。一つだけ、条件がございますわ」

「条件……? 何だ。猫を百匹増やすことか?」

「いいえ。……私を見る時は、猫を撫でる時よりも、もっと蕩けそうな顔をしてくださいませ。そうしてくだされば、私は一生、貴方の専属飼育係……いえ、妻になって差し上げますわ!」

レオナール様は一瞬、呆然とした顔をした後。

私の想像を遥かに超える、優しくて、甘い、とろけるような笑みを浮かべた。

「……お安い御用だ。俺の『マタタビ』を独占できるのは、世界で貴様だけなのだからな」

彼はそのまま、私を優しく抱き寄せた。

銀の髪から漂う極上のマタタビの香りと、彼自身の温もりが、私を包み込む。

ようやく通じ合った、二人の心。

まさに感動のクライマックス――。

「……フミャアアアン!!」

その瞬間、バルコニーの欄干から、巨大な影が飛び込んできた。

主様である。

「ひゃっ!? ぬ、主様!」

巨大山猫は、私たちの間に無理やり頭を割り込ませ、レオナール様の顔を「べろぉん」と舐め上げた。

さらに、どこからともなくミケとクロまで現れ、私たちの足元で「自分たちも混ぜろ」と大合唱を始めた。

「……ロゼル。やはり、俺たちが二人きりになるのは、物理的に不可能なようだ」

レオナール様が、主様の毛に埋もれながら、諦めたように苦笑した。

「いいではありませんか! これが、私たちの目指す『もふもふパラダイス』の完成形ですわ!」

私はレオナール様の腕の中にしがみつき、そして彼にしがみつく猫たちをまとめて抱きしめた。

愛の告白は、こうして賑やかな猫たちの祝福(という名の邪魔)と共に、ヴァルカの夜に溶けていくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

【完結】恋の終焉~愛しさあまって憎さ1000倍~

つくも茄子
恋愛
五大侯爵家、ミネルヴァ・リゼ・ウォーカー侯爵令嬢は第二王子の婚約者候補。それと同時に、義兄とも婚約者候補の仲という複雑な環境に身を置いていた。 それも第二王子が恋に狂い「伯爵令嬢(恋人)を妻(正妃)に迎えたい」と言い出したせいで。 第二王子が恋を諦めるのが早いか。それとも臣籍降下するのが早いか。とにかく、選ばれた王子の婚約者候補の令嬢達にすれば迷惑極まりないものだった。 ミネルヴァは初恋の相手である義兄と結婚する事を夢見ていたというに、突然の王家からの横やりに怒り心頭。それでも臣下としてグッと堪えた。 そんな中での義兄の裏切り。 愛する女性がいる? その相手と結婚したい? 何を仰っているのでしょうか? 混乱するミネルヴァを置き去りに義兄はどんどん話を続ける。 「お義兄様、あなたは婿入りのための養子縁組ですよ」と言いたいのをグッと堪えたミネルヴァであった。義兄を許す?許さない?答えは一つ。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

処理中です...