婚約破棄?どうぞ。私はもふもふの国へ参りますわ!

どんぶり

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ヴァルカ城の堅牢な城門の向こう側から、空気を震わせるような勇壮な軍歌と、土煙が上がった。


それは、王都から遥々やってきた第一王子ウィルフリード殿下率いる、総勢五百の精鋭部隊であった。


「ロゼル・オーシュ! そしてレオナール・ヴァルカ! 速やかに門を開けよ! 正当なる王命に従い、私はロゼルを王都へ連れ戻しに参ったぞ!」


馬上で声を張り上げるウィルフリード殿下。

だが、そのお姿はかつての煌びやかな王子様とは程遠いものだった。

目の下には深い隈が刻まれ、豪華なマントの裾はボロボロに引き千切られ、さらには心なしか顔色が土色である。


「……おーっほっほ! 殿下、まあ、なんて無様な。王宮のネズミ様たちと、よほど情熱的な夜をお過ごしになったようですわね」


私は城壁の上から、扇で口元を隠しながら高らかに笑った。

隣には、腕を組んで冷ややかな視線を送るレオナール様。

彼の肩には、いつものようにクロが陣取り、殿下を見下して「シャー!」と威嚇している。


「黙れ、ロゼル! 貴様が猫を連れ去ったせいで、王宮は今や魔窟と化しているのだ! これは国家の危機である。ゆえに、貴様と猫一匹残らずを回収することは、王子の正当な権利なのだ!」


「権利? そんなものは猫様の肉球のゴミにも等しいわ。殿下、私が差し上げた『拒否権(猫の噛み跡付き)』を、もうお忘れになったのかしら?」


私が挑発的に言い放つと、殿下の後ろから、さらに悲惨な状態のマリア様が顔を出した。


「ロゼル様ぁ! もういい加減にしてくださいまし! 私の大切なシルクの寝具が、ネズミの巣にされたのですわよ!? 今すぐ、その不気味な猫たちを王宮に放ち、この不浄な状況を清掃しなさい!」


マリア様の絶叫が響く。彼女もまた、寝不足のせいか化粧が剥げ落ち、その顔はもはや「悲劇のヒロイン」というより「復讐の鬼」に近い。


「マリア様、ご忠告ありがとうございます。ですが、私の猫様たちは、ネズミ取りの道具ではありませんの。彼らは愛でられ、崇められ、甘えるために存在しているのですわ」


私は一歩前に出た。


「それより、殿下。軍を動かしてまで、私一人を連れ戻そうなんて……。もしや、今さら私に惚れ直してしまわれたのかしら?」


「な、何を馬鹿なことを! 貴様のような猫狂いの女など、誰が……!」


「あら、照れなくてよろしくてよ。ですが残念ながら、私はすでに新しい幸せを手に入れましたの。ねえ、レオナール様?」


私がレオナール様の腕に自分の腕を絡めると、レオナール様は静かに、けれど力強く私を引き寄せた。


「ウィルフリード殿下。聞こえた通りだ。ロゼルは俺の婚約者であり、このヴァルカ領の大切な一員だ。彼女を一歩でも連れ出そうとするなら、俺は辺境伯として、全力で貴公と戦う用意がある」


レオナール様の蒼い瞳が、鋭い氷の魔法を帯びて輝く。

同時に、城壁に配備されていた元王宮騎士団――ギルバート卿たちが、一斉に弓を構えた。

ただし、彼らの足元には猫が絡みついており、非常に平和な殺気であったが。


「レ、レオナール! 貴様、王家に反旗を翻すつもりか!」


「反旗ではない。正当防衛だ。……それに、殿下。貴方の背後の兵士たちの顔を見てみろ。彼らは戦いに来たのではない。俺の……俺たちの猫に、癒やされたくて仕方がなさそうな顔をしているぞ」


レオナール様の指摘に、殿下が振り返ると。

五百の精鋭部隊の半数以上が、城壁の隙間からこちらを覗き込んでいる猫たちの姿を見て、「おぉ……」「猫様だ……」「王都のネズミとは毛並みが違う……」と、武器を握る手も緩ませて感動していた。


「こ、これ! 貴様ら、何を見惚れている! 整列しろ、整列!」


殿下の号令も虚しく、兵士たちの士気は「もふもふ」の前に脆くも崩れ去っていた。


「殿下。無駄な抵抗はやめて、大人しく王都へお帰りなさい。ネズミ様との生活に疲れたら、いつでもこのヴァルカ領へ『猫カフェ』の客としてお越しくださいませ。あ、マリア様はアレルギーですから、入り口で出入り禁止ですけれど」


「ロゼル……っ! 貴様ぁぁ!!」


ウィルフリード殿下の怒りの叫びが響き渡るが、私はただ優雅に、猫たちの尻尾を振ってバイバイと合図を送った。


五百の軍勢を連れて乗り込んできた王子。

しかし、ヴァルカの「もふもふ防衛線」を突破するには、彼の覚悟も愛も、決定的に足りていなかったのである。


「さあ、公爵様。お客様も去られたことですし、お茶にいたしましょうか。今日は特製のマタタビ茶、クロも楽しみにしておりますわよ」


「……ああ。騒がしい連中だった。次は、もう少し強固な『猫避け』ならぬ『王子避け』を設置しておかなければな」


レオナール様が苦笑し、私の手を引いて城内へと戻っていく。

背後で響く殿下の負け惜しみの叫びは、猫たちの穏やかな喉鳴らしによって、すぐにかき消されていくのだった。
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