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「……ロゼル、聞こえているのか! これは王家に対する背信行為だぞ!」
門の下で叫び続けるウィルフリード殿下の声は、すでに裏返っていた。
必死に威厳を保とうとしているようだが、その肩にはいつの間にか、城壁から飛び降りた子猫が一匹、ちょこんと乗っている。
「殿下、背信行為などと心外ですわ。私はただ、ご提示いただいた『婚約破棄』という自由を、全身全霊で謳歌しているに過ぎませんもの」
私はテラスの欄干に身を乗り出し、優雅に髪をかき上げた。
隣ではレオナール様が、私を支えるように腰に手を回している。その視線は、獲物を狙う山猫のように鋭い。
「自由だと!? その自由のせいで、王宮がどうなったか分かっているのか! ネズミどもはついに私の玉座の下にまで穴を掘り、国政が滞っているのだ! 猫を返せ、今すぐにだ!」
「お断りしますわ。殿下、貴方はかつておっしゃいましたわね。『猫なんてどうぞお好きに』と。そして私は、『猫の親権』と引き換えに一切の慰謝料を放棄する書類に、貴方のサインをいただきました」
私は懐から、大切に保管していた魔法契約の写しを取り出し、ヒラヒラと振ってみせた。
「これは魔力が込められた正式な契約。たとえ王子である貴方でも、一方的に反故にすることはできません。法を司るべき王族が、自ら法を破るおつもりかしら?」
「そ、それは……! 状況が変わったのだ! あの時はこれほどまでの被害が出るとは思わなかった!」
ウィルフリード殿下が歯噛みする。
その隣で、マリア様がハンカチを噛み締めながら叫んだ。
「ロゼル様! 貴女、自分がどれほど酷いことをしているか分かっていますの!? 殿下がこれほど困っていらっしゃるのに、自分だけ辺境で猫と遊んでいるなんて……貴女には人の心がないのですか!」
私は、マリア様に向けて憐れみの視線を投げかけた。
「マリア様、貴女こそ勘違いなさらないで。猫様たちは『道具』ではありませんの。貴女が嫌い、排除しようとした存在を、今さら困ったからといって呼び戻そうなんて、あまりにも虫が良すぎましてよ」
私は一度言葉を切り、広場に集まった兵士たちにも聞こえるように声を張り上げた。
「皆様、お聞きなさい! この王子は、自分たちの不始末を隠すために、一度捨てた女性を呼び戻し、愛する猫様たちを不潔なネズミ取りの奴隷にしようとしているのです! これが、貴方たちが忠誠を誓うべき主君の姿ですか!?」
静まり返る軍勢。
兵士たちは顔を見合わせ、気まずそうに視線を逸らした。
彼らの多くもまた、足元にすり寄ってくるヴァルカの猫たちの可愛さに、すでに戦意を喪失していた。
「猫様たちは、愛してくれる人のそばにいたいと願っています。そして今、あの子たちが選んだのは……ウィルフリード殿下、貴方ではなく、このヴァルカの地なのですわ」
「……くっ、黙れ! 理屈などどうでもいい! 兵たちよ、何をしている! 力ずくで門をこじ開けろ!」
殿下が狂ったように叫んだが、誰一人として動こうとしない。
それどころか、最前列の騎士が、あろうことか武器を置いて子猫を抱き上げ始めた。
「殿下……申し訳ありませんが、私にはできません。この子の澄んだ瞳を見ていると、自分のしていることがどれほど浅ましいか、骨身に染みるのです……」
「私もです! 王都へ戻ってネズミと戦うより、ここで猫様に仕える道を選びたい!」
「な、何だと!? 貴様ら、謀反か!」
兵士たちの間に、同調の波が広がっていく。
もはやウィルフリード殿下の声は、誰の耳にも届かなかった。
「殿下。貴方は一人の女性の心も、四十数匹の猫の心も、そして今、自軍の兵たちの心さえも失ったのです。……これ以上、醜態を晒すのはおやめなさい」
レオナール様の静かな、けれど圧倒的な威圧感を伴った言葉が、広場に響き渡った。
ウィルフリード殿下は力なく膝をつき、呆然と周囲を見渡した。
彼の隣には、ネズミの恐怖に震えるマリア様だけが残されていた。
「……おーっほっほ! 完全論破、そして完全勝利ですわ! さあ、殿下。お帰りはあちらです。あ、帰路の途中でネズミに襲われないよう、お祈りだけはして差し上げますわね」
私は満足げに扇を閉じ、レオナール様の胸に顔を埋めた。
辺境の地を揺るがした王子の襲来は、猫たちの「もふもふパワー」の前に、見るも無惨な形で幕を閉じたのである。
門の下で叫び続けるウィルフリード殿下の声は、すでに裏返っていた。
必死に威厳を保とうとしているようだが、その肩にはいつの間にか、城壁から飛び降りた子猫が一匹、ちょこんと乗っている。
「殿下、背信行為などと心外ですわ。私はただ、ご提示いただいた『婚約破棄』という自由を、全身全霊で謳歌しているに過ぎませんもの」
私はテラスの欄干に身を乗り出し、優雅に髪をかき上げた。
隣ではレオナール様が、私を支えるように腰に手を回している。その視線は、獲物を狙う山猫のように鋭い。
「自由だと!? その自由のせいで、王宮がどうなったか分かっているのか! ネズミどもはついに私の玉座の下にまで穴を掘り、国政が滞っているのだ! 猫を返せ、今すぐにだ!」
「お断りしますわ。殿下、貴方はかつておっしゃいましたわね。『猫なんてどうぞお好きに』と。そして私は、『猫の親権』と引き換えに一切の慰謝料を放棄する書類に、貴方のサインをいただきました」
私は懐から、大切に保管していた魔法契約の写しを取り出し、ヒラヒラと振ってみせた。
「これは魔力が込められた正式な契約。たとえ王子である貴方でも、一方的に反故にすることはできません。法を司るべき王族が、自ら法を破るおつもりかしら?」
「そ、それは……! 状況が変わったのだ! あの時はこれほどまでの被害が出るとは思わなかった!」
ウィルフリード殿下が歯噛みする。
その隣で、マリア様がハンカチを噛み締めながら叫んだ。
「ロゼル様! 貴女、自分がどれほど酷いことをしているか分かっていますの!? 殿下がこれほど困っていらっしゃるのに、自分だけ辺境で猫と遊んでいるなんて……貴女には人の心がないのですか!」
私は、マリア様に向けて憐れみの視線を投げかけた。
「マリア様、貴女こそ勘違いなさらないで。猫様たちは『道具』ではありませんの。貴女が嫌い、排除しようとした存在を、今さら困ったからといって呼び戻そうなんて、あまりにも虫が良すぎましてよ」
私は一度言葉を切り、広場に集まった兵士たちにも聞こえるように声を張り上げた。
「皆様、お聞きなさい! この王子は、自分たちの不始末を隠すために、一度捨てた女性を呼び戻し、愛する猫様たちを不潔なネズミ取りの奴隷にしようとしているのです! これが、貴方たちが忠誠を誓うべき主君の姿ですか!?」
静まり返る軍勢。
兵士たちは顔を見合わせ、気まずそうに視線を逸らした。
彼らの多くもまた、足元にすり寄ってくるヴァルカの猫たちの可愛さに、すでに戦意を喪失していた。
「猫様たちは、愛してくれる人のそばにいたいと願っています。そして今、あの子たちが選んだのは……ウィルフリード殿下、貴方ではなく、このヴァルカの地なのですわ」
「……くっ、黙れ! 理屈などどうでもいい! 兵たちよ、何をしている! 力ずくで門をこじ開けろ!」
殿下が狂ったように叫んだが、誰一人として動こうとしない。
それどころか、最前列の騎士が、あろうことか武器を置いて子猫を抱き上げ始めた。
「殿下……申し訳ありませんが、私にはできません。この子の澄んだ瞳を見ていると、自分のしていることがどれほど浅ましいか、骨身に染みるのです……」
「私もです! 王都へ戻ってネズミと戦うより、ここで猫様に仕える道を選びたい!」
「な、何だと!? 貴様ら、謀反か!」
兵士たちの間に、同調の波が広がっていく。
もはやウィルフリード殿下の声は、誰の耳にも届かなかった。
「殿下。貴方は一人の女性の心も、四十数匹の猫の心も、そして今、自軍の兵たちの心さえも失ったのです。……これ以上、醜態を晒すのはおやめなさい」
レオナール様の静かな、けれど圧倒的な威圧感を伴った言葉が、広場に響き渡った。
ウィルフリード殿下は力なく膝をつき、呆然と周囲を見渡した。
彼の隣には、ネズミの恐怖に震えるマリア様だけが残されていた。
「……おーっほっほ! 完全論破、そして完全勝利ですわ! さあ、殿下。お帰りはあちらです。あ、帰路の途中でネズミに襲われないよう、お祈りだけはして差し上げますわね」
私は満足げに扇を閉じ、レオナール様の胸に顔を埋めた。
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