「婚約破棄、万歳!本日をもって『完璧な淑女』は廃業いたしますわ!」

ツナ

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「カナタ・フォルセティ! 貴様のような冷酷な女は、王太子妃にふさわしくない! 本日、この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」


豪華絢爛な王宮の舞踏会場。その中心で、私の婚約者であるリュカオン殿下が、声を張り上げました。


隣には、か弱い花のように震える男爵令嬢のリリア様が、殿下の腕にこれでもかと胸を押し当てて寄り添っています。


周囲の貴族たちは、一斉に私を憐れみの目、あるいは嘲笑の目で見つめました。


……けれど。


(……え? いま、なんて言ったの? 婚約、破棄? え、本当? それって、確定事項!?)


私の脳内は、悲しみではなく、一筋の希望の光……いや、特大の打ち上げ花火が上がったような衝撃に包まれていました。


「……殿下。もう一度、おっしゃっていただけますか?」


私は震える声で聞き返しました。もちろん、喜びを必死に押し殺すために、声を震わせているのです。


「フン、ショックで耳まで悪くなったか! 何度でも言ってやろう! 愛なき婚約は終わりだ! 私は真実の愛に目覚めた。リリアこそが私の王妃にふさわしい!」


「まあ、殿下……! カナタ様が可哀想ですわ。でも、私たちが結ばれるのは運命なんですものね……っ」


リリア様が勝ち誇ったような、それでいてわざとらしい涙を浮かべて私を見ます。


私は、彼女の言葉なんて全く耳に入っていませんでした。


(婚約破棄……ということは。明日、朝4時に起きて『歴代国王の格言』を暗唱しなくていいの!?)


(午前中の『地獄の刺繍特訓』も、午後の『死の帝国史講義』も、夜の『優雅に歩くまで終われませんマラソン』も……全部、なし!?)


(……自由だ。自由が、来た……!!)


私の脳裏には、昨日まで私を苦しめていた、分刻みの「妃教育スケジュール表」が、音を立てて崩れ去る光景が浮かんでいました。


あまりの解放感に、視界が急に明るくなった気がします。


「……カナタ。あまりの衝撃に言葉も出ないようですが、自業自得ですわ。あなたが殿下に厳しく、冷たい態度ばかりとるからですわよ」


リリア様が追い打ちをかけるように言いました。


「厳しい? 私が、殿下に?」


「そうだ! 私が遊びに誘っても、貴様はいつも『明日の予習がありますので』『マナーの練習中ですので』と、冷たくあしらったではないか!」


私は無意識に拳を握りしめました。


(……当たり前でしょうが! 誰のせいでその予習をさせられてたと思ってるのよ! あんたの家庭教師が『殿下が馬鹿だとバレないように、妃が全てを完璧に補佐せねばなりません』って泣きついてきたからでしょうが!)


喉元まで出かかった言葉を、貴族の矜持でどうにか飲み込みます。


ここで怒っては損です。ここは、穏便に、確実に、この「自由」を手に入れなければなりません。


「……左様でございますか。殿下にとって、私の存在が苦痛であったこと、深く反省いたしますわ」


私は深々と頭を下げました。顔を見せられないのは、ニヤけそうになるのを必死に堪えているからです。


「……ほう、潔いな。もっと泣き喚いて縋るかと思ったが」


リュカオン殿下が、拍子抜けしたような声を上げました。


「いいえ、殿下。真実の愛を見つけられた方に、これ以上何を申し上げることがありましょう。私は、身を引かせていただきます。……今すぐに」


「……今すぐ?」


「はい。今この瞬間から、私はあなたの婚約者ではありません。つまり、この場に留まる理由もございませんわ。どうぞ、お二人でお幸せに。リリア様、妃教育は……そうですね、死ぬ気で頑張ってくださいね。応援しておりますわ」


私は顔を上げ、満面の笑みを浮かべました。


それは、これまでの「完璧な淑女」としての仮面の笑顔ではなく、心の底から溢れ出た、純度100パーセントの「歓喜の笑み」です。


「えっ、あ、ありがとうございます……?」


毒を吐かれたとも気づかず、リリア様が呆然と返事をします。


「では、失礼いたします。お父様! 帰りましょう! 早く!」


私は壁際で青ざめていた父、フォルセティ公爵の腕を掴みました。


「カ、カナタ……? お前、大丈夫なのか? そんなに笑って……ショックでおかしくなったのか?」


「いいえ、お父様。私は今、人生で一番、頭が冴え渡っていますわ! さあ、馬車へ! 全力疾走で帰りましょう!」


私はドレスの裾を少しだけ持ち上げると、呆然とする貴族たちの間を、風のような速さで通り抜けました。


「待て! カナタ! まだ話は終わって……!」


後ろで殿下が何か叫んでいましたが、知ったことではありません。


会場の外に出た瞬間、夜風が私の頬を撫でました。


「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


私は思い切り空気を吸い込み、叫びました。


「最高! 婚約破棄、最高ですわ!!」


「……お嬢様、声が大きすぎます。まだ会場まで聞こえますよ」


影から現れたのは、私の専属侍女のミーナです。彼女は呆れたような、それでいてどこか同情的な目で私を見ていました。


「いいのよ、ミーナ! 聞いた? 今、私は無職になったのよ! 無職! なんて素敵な響きかしら!」


「無職ではなく、公爵令嬢に戻っただけですが……。まあ、あのスパルタ教育から解放されたのは、おめでとうございますと言っておきましょうか」


「ありがとう! さあ、帰ったらまずは何をしようかしら。あ、そうだ、あのキツキツのコルセットをハサミで切り刻みたいわ!」


「……普通に紐を解けばよろしいのでは?」


「それじゃあ気が済まないのよ! それから、夜食に揚げたての鶏の唐揚げを持ってきてちょうだい! 脂っこいやつを、山盛りにね!」


「……深夜の食事は美容に障りますが」


「いいのよ、私はもう、いつ誰に見られてもいい完璧な人形じゃないんだから! あぁ、幸せ……! 明日、お昼まで寝ても誰も怒らないなんて、夢みたい!」


私は馬車に飛び乗ると、ふかふかのシートに体を投げ出しました。


窓の外を流れる夜景が、これほど美しく見えたのは初めてです。


これから始まる「自堕落」で「ハッピー」な毎日を想像して、私は暗い馬車の中で、一人クスクスと笑い続けました。


(さようなら、リュカオン殿下。さようなら、分厚い教科書たち。私は今日から、私のために生きてみせますわ!)


これが、後に語り継がれる「喜劇の婚約破棄」の幕開けであるとは、この時の私はまだ知る由もなかったのでした。
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