「婚約破棄、万歳!本日をもって『完璧な淑女』は廃業いたしますわ!」

どんぶり

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ガタゴトと揺れる馬車の中で、お父様はずっと頭を抱えていました。


「……カナタ。本当に、本当にすまない。私の力が及ばないばかりに、お前にあんな屈辱を……」


「屈辱? お父様、何をおっしゃっているのですか。あれは福音です。天からの贈り物ですわ!」


「……やはり、ショックで精神を病んでしまったのか? ああ、可哀想に。明日には腕利きの精神科医を呼ぼう」


「お医者様より、今は料理人を呼んでくださいませ! それも、最高に脂ぎった肉を扱える方を!」


屋敷に到着するなり、私はドレスの裾をひるがえして自分の部屋へと駆け上がりました。


後ろで「お嬢様、走ってはいけません!」という侍女たちの声が聞こえますが、知ったことではありません。


部屋の扉をバタンと閉め、私は鏡の前に立ちました。


「さあ、ミーナ。今すぐこの忌々しい布の塊を解いてちょうだい。……いいえ、切って!」


「お嬢様、このドレスは最新のシルクで……」


「いいから切りなさい! 私の肺が『空気を吸わせろ』と絶叫しているのよ!」


ミーナが溜息をつきながら鋏を取り出し、背中の紐とコルセットをバッサリと切り裂きました。


その瞬間、ブチブチッという小気味よい音とともに、私の肋骨が数年ぶりに本来の位置に戻った気がしました。


「ぷはぁぁぁぁぁっ!! 空気が……空気が美味しい! 肺が膨らむって、こんなに素晴らしいことだったのね!」


「お嬢様、はしたないですよ。……まあ、もうお妃様になる必要もないのですから、いいですけれど」


私はその場でドレスを脱ぎ捨て、クローゼットの奥に押し込んでいた、一番ゆったりとした寝巻きに着替えました。


そして、机の上に置かれていた「王太子妃候補としての心得」という分厚い手帳を手に取ります。


「ミーナ。暖炉に火を入れて。今すぐに」


「……まさか、それを燃やすおつもりですか?」


「正解! 私の青春を奪ったこの紙束を、暖かそうな薪に変えてあげるのよ!」


私は手帳を暖炉の炎の中に放り込みました。


めらめらと燃え上がる炎を見つめていると、心の底から真っ黒なナニカが浄化されていくようです。


「……さて、次は胃袋の浄化ね。ミーナ、例のものは?」


「はいはい。厨房を脅して作らせてきましたよ。お嬢様が以前から『一度でいいから、お腹いっぱい食べてみたい』とボヤいていた、鶏肉の油揚げ……『カラアゲ』とかいう平民の料理です」


大きな皿に乗せられた、茶色く輝く山のような唐揚げ。


かつての私なら、「一口サイズに切り、30回噛んで、音を立てずに飲み込む」という苦行を強いられたでしょう。


しかし、今の私は違います。


私はフォークすら使わず、素手で一番大きな塊を掴み、思い切りかぶりつきました。


「……っ! おいひい……! 脂が、脂が口の中でダンスを踊っていますわ!」


「お嬢様、指がベトベトですよ。あと、公爵令嬢が肉を直接掴むのは、歴史上初めての暴挙かもしれません」


「うるさいわね。マナーなんて、美味しく食べるための障害でしかないわ! 見て、ミーナ。この衣のカリカリ感。これこそが芸術よ!」


「はいはい、芸術ですね。飲み物はこちらに。お嬢様が『刺激が欲しい』とおっしゃるので、炭酸水を強めにしておきました」


私は黄金色の液体を、上品なグラスではなくジョッキで流し込みました。


「くぅぅぅぅぅっ!! 喉が、喉が熱い! これが、自由の味……!!」


その時、部屋の扉が遠慮がちにノックされました。


「カナタ、入るぞ。……少し落ち着いたかと思って、様子を……」


お父様が部屋に入ってきた瞬間、凍りつきました。


寝巻き姿で、手づかみで肉を貪り、ジョッキを煽る娘。


そして暖炉で燃え尽きようとしている、国宝級に重要な教育手帳。


「……カナ……タ……?」


「あ、お父様! これ、すごく美味しいですよ! 一ついかがですか? あ、でも、お父様はまだ『完璧な公爵』を演じなきゃいけないから、無理かしら?」


私はお父様の口元に、脂でギトギトの唐揚げを差し出しました。


「……お前、本当に大丈夫なのか? やはり、あまりの屈辱に理性が吹き飛んで……」


「逆ですよ、お父様。理性が戻ったんです。私は今まで、リュカオン殿下という名の『重り』を引きずって生きてきました。でも、彼は自らその鎖を切ってくれた。感謝こそすれ、恨むなんてとんでもない!」


私はお父様の肩をポンと叩きました。


「私は幸せです。明日はお昼まで寝ます。朝のジョギングもしません。お父様も、たまには羽目を外したらいかがですか?」


「……カナタ。お前がそんなに明るい顔をするのを、私は何年ぶりに見ただろうか」


お父様は少しだけ寂しそうに、でもどこか安心したように微笑みました。


「わかった。お前の『廃業宣言』、父として受理しよう。……ただし、あまりに品位を落としすぎて、近所の野良犬と間違われない程度にな」


「ふふ、善処しますわ。……あ、お父様。最後にもう一つだけ」


「なんだ?」


「その……リュカオン殿下に渡したはずの、私の結納品の一部……返してもらえますわよね?」


「ああ、当然だ。不当な破棄なのだから、慰謝料を含めて倍返しさせるつもりだ」


「素晴らしい! では、そのお金で庭に『芋』を植えましょう! 私、自分で育てた芋を、焚き火で焼いて食べるのが夢だったんですの!」


「……公爵家の庭を農地にするつもりか……?」


お父様は天を仰ぎましたが、私は気にせず、二つ目の唐揚げに手を伸ばしました。


こうして、私の「完璧な淑女」としての人生は、香ばしい油の香りと共に幕を閉じたのです。


明日からの生活が、楽しみで仕方がありませんでした。
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