「婚約破棄、万歳!本日をもって『完璧な淑女』は廃業いたしますわ!」

どんぶり

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「……お嬢様。お嬢様、起きてください。もうすぐ正午ですよ」


カーテンが勢いよく開けられ、まばゆい太陽の光が私の顔を直撃しました。


私は布団の中でモゾモゾと身をよじり、さらに深く潜り込みます。


「……あと、五年……。五年だけ寝かせて……」


「五年も寝たら、公爵家が森に飲み込まれます。ほら、起きてください。今日から『自由を満喫する』と仰ったのはどこの誰ですか」


ミーナが容赦なく毛布を剥ぎ取ります。


冷たい空気に晒され、私はようやく片目を開けました。


「……ミーナ。今、何時って言ったかしら?」


「午前十一時三十分です」


私はガバッと飛び起きました。


「じゅういちじ!? 大変だわ、四時の礼拝に遅刻……! その後の朝食会も、五時の馬術訓練も……!!」


慌ててベッドから転げ落ちようとした私を、ミーナの冷ややかな声が止めました。


「お嬢様。落ち着いてください。あなたは昨日、婚約破棄されました」


「……。…………。あ」


そうだ。そうでした。


私はもう、王太子妃候補ではありません。


朝四時に起きて、冷水を被って精神統一をする必要も、馬に乗りながら歴史年表を暗唱する必要もないのです。


「……そうだったわ。あは、あははは! 最高ね! お昼まで寝るなんて、人生で初めての快挙だわ!」


私はボサボサの髪のまま、ベッドの上でゴロゴロと転がりました。


「見て、ミーナ! この枕の柔らかさ! 四時に起きる時は、枕なんて岩石と同じだと思っていたけれど、お昼に触る枕は雲みたいにふわふわだわ!」


「お喜びのところ申し訳ありませんが、お嬢様。階下に、お客様がいらしていますよ」


「お客様? どうせ、婚約破棄を馬鹿にしに来た野次馬でしょう? 『ショックで寝込んでいます』って伝えておいて。あ、ついでに寝室にパンケーキを持ってきてちょうだい」


「それが、そうもいかないお相手なんです。隣国の留学貴族、オズワルド・ノースランド公爵様が『昨夜の礼を言いたい』とお越しです」


私は動きを止めました。


オズワルド・ノースランド。


確か、昨日の夜会で、私がリュカオン殿下と押し問答をしている後ろの方にいた、彫刻みたいに整った顔の男性です。


「礼? 私、何かしたかしら?」


「さあ。でも、公爵家同士の付き合いもありますし、お父様も困り顔で対応されています。……その、今のお嬢様の格好を見たら、卒倒されるでしょうね」


鏡を見ると、そこには寝癖で爆発した頭、昨日食べた唐揚げの油が少しだけついた寝巻き、そして自由を謳歌しすぎて弛みきった顔の私。


「……完璧な淑女、廃業中だと言ってきなさい」


「無理ですよ。さあ、顔を洗ってください。ドレスは着なくていいですから、せめて人前に出られる程度の服に着替えますよ」


三十分後。


私はミーナに無理やり整えられ、必要最低限の身なりで応接室へと向かいました。


扉を開けると、そこには銀髪を完璧に整え、軍服のようなカチッとした服を着こなした美青年が座っていました。


「お待たせいたしました、ノースランド公爵。……何か御用でしょうか?」


私が椅子に座ると、オズワルド様は無表情のまま、じっと私を見つめました。


(……な、なに? やっぱり、私の寝起きの顔が酷すぎて引いてるのかしら?)


数秒の沈黙の後、彼は低く響く声で口を開きました。


「……カナタ嬢。昨夜の貴女の振る舞い、実に素晴らしかった」


「は?」


思わず、素っ頓狂な声が出てしまいました。


「素晴らしかった……とは、どのあたりがでしょうか? 婚約破棄されて、笑いながら退場したあたり?」


「そうだ。あの場にいた全員が、貴女を憐れむか、あるいは嘲笑っていた。だが、私には貴女が……まるで牢獄から解き放たれた鳥のように見えた」


オズワルド様の瞳には、皮肉の色はありませんでした。むしろ、どこか羨望のようなものが混じっている気がします。


「私は、あのような退屈で形式的な夜会が大嫌いだ。だが、貴女が殿下に放った『妃教育は死ぬ気で頑張ってください』という言葉……あれには痺れた。おかげで、ここ数年で一番、胸のすく思いがした」


「……。……それは、お褒めに預かり光栄ですわ」


意外な言葉に、私は毒気を抜かれました。


「それで? わざわざお礼を言いに来ただけではありませんわよね?」


「ああ。……実は、相談がある」


オズワルド様は少しだけ眉を寄せ、周囲の侍女たちを下がらせるよう目配せしました。


私がミーナを残して全員を下がらせると、彼は重い口を開きました。


「私は現在、この国で極秘の任務についているのだが……正直に言おう。この国の食事が、口に合わなくて困っている」


「食事……ですか?」


「マナーばかりが先行し、味も素っ気もない薄いスープ。芸術性を重視した、食べづらい肉料理。……私は、もっとこう、生命力を感じるものを食べたいのだ。だが、公爵という立場上、屋台に行くことも許されない」


オズワルド様は、切実な顔で私を見つめました。


「昨夜、貴女が夜風に吹かれながら叫んだ『唐揚げ』という言葉。そして、今の貴女の……その、非常にリラックスした、野生的な佇まい。……貴女なら、私のこの窮地を救ってくれるのではないかと思ったのだ」


私は目を丸くしました。


隣国の「氷の騎士」と呼ばれる超エリート公爵が、まさかの偏食家、あるいは美食に飢えた狼だったなんて。


「……ノースランド公爵。一つ確認ですが、あなたは私に、美味しいものを教えてほしいということですか?」


「そうだ。マナーを捨て、体面を捨て、ただ『食べる幸せ』を享受できる場所を、私に教えてほしい」


私は思わず、ニヤリと笑ってしまいました。


「……いいでしょう。ただし、私の指導は厳しいですよ? 何しろ私は昨日まで、地獄の妃教育を受けていた『マナーの専門家』ですから。その私が、マナーをぶち壊す楽しみを教えて差し上げますわ」


「……願ってもない。頼む、師匠(マスター)」


「……。……師匠はやめてください」


こうして、婚約破棄された翌日。


私の新しい「仕事」は、隣国の公爵を「ズボラ飯の沼」に引きずり込むことになったのでした。
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