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「……お嬢様。本気ですか? その格好で公爵様と出かけるおつもりで?」
ミーナが、ゴミを見るような目で私を見つめています。
今の私の格好は、以前の私なら気絶しそうなものです。
動きやすさだけを重視した綿のワンピースに、髪は適当に三つ編み。帽子を深く被り、顔を隠すための眼鏡まで装着しました。
「いいのよ、ミーナ。これから行くのは『戦場』なんだから。フリルのついたドレスなんて、油の返り血を浴びるだけだわ」
「『戦場』って……ただの市場の屋台通りでしょうに。……あ、お見えになりましたよ。あちらも大概ですね」
屋敷の裏門に現れたオズワルド様を見て、私は思わず吹き出しました。
彼は彼なりに「変装」したつもりなのでしょう。
高級な生地の黒いマントを羽織っていますが、隠しきれないオーラがダダ漏れです。しかも、無表情すぎて逆に目立っています。
「待たせたな、カナタ師匠。……その格好は、やはり隠密行動のためか?」
「師匠はやめてと言ったでしょう。……まあいいわ、そのマントは後で脱いでもらいますからね。汚れますから」
私たちは人目を忍んで、王都の隅にある「下町通り」へと足を運びました。
ここは、貴族が一生足を踏み入れることのない、油とスパイスの香りが充満する混沌の地。
オズワルド様は、四方八方から聞こえる怒号のような客引きの声に、眉をピクピクと動かしていました。
「……凄いな。空気が重い。これは……何の匂いだ?」
「自由の匂いですよ。さあ、一軒目はあそこです!」
私が指差したのは、もうもうと煙が立ち上がる小さな店。
そこでは、店主が大きな鉄板で「肉の塊」を豪快に焼いていました。
「おじさん! 一番キツいやつ、二つ頂戴!」
「あいよ! お嬢ちゃん、今日は男連れか。景気がいいねぇ!」
差し出されたのは、串に刺さった巨大な肉。これでもかとニンニクが効いたタレが塗りたくられ、表面は焦げてカリカリになっています。
「さあ、オズワルド様。受け取ってください。これが本物の『肉』ですわ」
「……これを、このまま食べるのか? ナイフもフォークもないようだが」
「当たり前でしょう! 野生を思い出してください。さあ、ガブッといっちゃって!」
オズワルド様は、毒見でもするかのような真剣な面持ちで、肉の串を口に運びました。
一口、咀嚼した瞬間。
彼の美しい碧眼が、見開かれました。
「…………っ!?」
「どうですか? 上品な宮廷料理では絶対に味わえない、暴力的なまでの塩分とニンニクのパンチは!」
「……なんだ、これは。舌の上で熱い塊が暴れている……。塩辛い、だが、止まらない。肉の脂がこれほどまでに甘く感じるとは……」
彼は無言で、二口目、三口目と食らいつきました。
あんなに無表情だった「氷の騎士」が、今は一心不乱に肉を貪っています。その頬には、黒いタレが一点ついていました。
「ふふ、いい食べっぷりですわ。はい、次はこれ。口直しに最高な、シュワシュワの果実酒(もどき)です」
安物の木樽から注がれた、やたらと炭酸の強い飲み物を渡します。
彼はそれを一気に煽り……。
「…………ぷはぁっ!!」
と、これまた人生で一度も出したことがないであろう声を上げました。
「……カナタ嬢。私は今まで、何を食べていたのだ。あのスカスカのムースや、飾りだけのパセリは何だったんだ……」
「気づいてしまいましたね。そう、美食とは『胃袋への攻撃』なんですのよ」
私は自分の肉串を頬張りながら、満足げに頷きました。
王太子妃教育では、一口の肉を三十回噛むように教わりました。
でも、ここでは三回噛んで飲み込むのが正解です。喉を通り過ぎる時の、あの独特の充足感。これこそが生きている証です。
「……師匠。次だ。次の攻撃を教えてくれ」
オズワルド様の瞳に、見たこともないような情熱の火が灯っていました。
「いいでしょう。次は『チーズの滝に溺れる芋』の屋台へご案内しますわ。……あ、でもその前に、その口元のタレを拭いてください。流石に公爵の威厳がゼロですわよ」
「……。……拭かないでくれ。これは、勝利の勲章だ」
「バカなこと言ってないで、ほら、これ使いなさい」
私はハンカチを差し出しました。
かつてリュカオン殿下といた時は、常に「完璧な私」を見せることだけに全力を注いでいました。
でも今は、こうして汚い屋台で、変なイケメンと肉を食らっている。
(……婚約破棄されて、本当に良かった。あのお花畑殿下には、この肉の味なんて一生わからないでしょうね)
私は、心からの爽快感と共に、次の屋台へと駆け出しました。
後ろから、必死にマントを翻して追いかけてくる公爵様を引き連れて。
ミーナが、ゴミを見るような目で私を見つめています。
今の私の格好は、以前の私なら気絶しそうなものです。
動きやすさだけを重視した綿のワンピースに、髪は適当に三つ編み。帽子を深く被り、顔を隠すための眼鏡まで装着しました。
「いいのよ、ミーナ。これから行くのは『戦場』なんだから。フリルのついたドレスなんて、油の返り血を浴びるだけだわ」
「『戦場』って……ただの市場の屋台通りでしょうに。……あ、お見えになりましたよ。あちらも大概ですね」
屋敷の裏門に現れたオズワルド様を見て、私は思わず吹き出しました。
彼は彼なりに「変装」したつもりなのでしょう。
高級な生地の黒いマントを羽織っていますが、隠しきれないオーラがダダ漏れです。しかも、無表情すぎて逆に目立っています。
「待たせたな、カナタ師匠。……その格好は、やはり隠密行動のためか?」
「師匠はやめてと言ったでしょう。……まあいいわ、そのマントは後で脱いでもらいますからね。汚れますから」
私たちは人目を忍んで、王都の隅にある「下町通り」へと足を運びました。
ここは、貴族が一生足を踏み入れることのない、油とスパイスの香りが充満する混沌の地。
オズワルド様は、四方八方から聞こえる怒号のような客引きの声に、眉をピクピクと動かしていました。
「……凄いな。空気が重い。これは……何の匂いだ?」
「自由の匂いですよ。さあ、一軒目はあそこです!」
私が指差したのは、もうもうと煙が立ち上がる小さな店。
そこでは、店主が大きな鉄板で「肉の塊」を豪快に焼いていました。
「おじさん! 一番キツいやつ、二つ頂戴!」
「あいよ! お嬢ちゃん、今日は男連れか。景気がいいねぇ!」
差し出されたのは、串に刺さった巨大な肉。これでもかとニンニクが効いたタレが塗りたくられ、表面は焦げてカリカリになっています。
「さあ、オズワルド様。受け取ってください。これが本物の『肉』ですわ」
「……これを、このまま食べるのか? ナイフもフォークもないようだが」
「当たり前でしょう! 野生を思い出してください。さあ、ガブッといっちゃって!」
オズワルド様は、毒見でもするかのような真剣な面持ちで、肉の串を口に運びました。
一口、咀嚼した瞬間。
彼の美しい碧眼が、見開かれました。
「…………っ!?」
「どうですか? 上品な宮廷料理では絶対に味わえない、暴力的なまでの塩分とニンニクのパンチは!」
「……なんだ、これは。舌の上で熱い塊が暴れている……。塩辛い、だが、止まらない。肉の脂がこれほどまでに甘く感じるとは……」
彼は無言で、二口目、三口目と食らいつきました。
あんなに無表情だった「氷の騎士」が、今は一心不乱に肉を貪っています。その頬には、黒いタレが一点ついていました。
「ふふ、いい食べっぷりですわ。はい、次はこれ。口直しに最高な、シュワシュワの果実酒(もどき)です」
安物の木樽から注がれた、やたらと炭酸の強い飲み物を渡します。
彼はそれを一気に煽り……。
「…………ぷはぁっ!!」
と、これまた人生で一度も出したことがないであろう声を上げました。
「……カナタ嬢。私は今まで、何を食べていたのだ。あのスカスカのムースや、飾りだけのパセリは何だったんだ……」
「気づいてしまいましたね。そう、美食とは『胃袋への攻撃』なんですのよ」
私は自分の肉串を頬張りながら、満足げに頷きました。
王太子妃教育では、一口の肉を三十回噛むように教わりました。
でも、ここでは三回噛んで飲み込むのが正解です。喉を通り過ぎる時の、あの独特の充足感。これこそが生きている証です。
「……師匠。次だ。次の攻撃を教えてくれ」
オズワルド様の瞳に、見たこともないような情熱の火が灯っていました。
「いいでしょう。次は『チーズの滝に溺れる芋』の屋台へご案内しますわ。……あ、でもその前に、その口元のタレを拭いてください。流石に公爵の威厳がゼロですわよ」
「……。……拭かないでくれ。これは、勝利の勲章だ」
「バカなこと言ってないで、ほら、これ使いなさい」
私はハンカチを差し出しました。
かつてリュカオン殿下といた時は、常に「完璧な私」を見せることだけに全力を注いでいました。
でも今は、こうして汚い屋台で、変なイケメンと肉を食らっている。
(……婚約破棄されて、本当に良かった。あのお花畑殿下には、この肉の味なんて一生わからないでしょうね)
私は、心からの爽快感と共に、次の屋台へと駆け出しました。
後ろから、必死にマントを翻して追いかけてくる公爵様を引き連れて。
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