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「……嘘でしょう? 通行止め?」
私は、馬車の窓から身を乗り出して叫びました。
目の前に広がるのは、見渡す限りの銀世界。そして、街道を完全に塞いでいる巨大な雪の山です。
「はい、お嬢様。先ほど先遣隊から連絡がありました。昨夜の豪雪で雪崩が起き、峠が完全に塞がったそうです。復旧には少なくとも三日はかかるとのことですよ」
ミーナが、冷静に、しかしどこか絶望的な響きを含んだ声で答えました。
「三日!? 三日もこの極寒の中で、何を糧に生きろと言うの!?」
「………………安心しろ、カナタ。すぐそこに、国境警備用の宿場がある。豪華な設備はないが、暖炉と屋根はあるはずだ」
オズワルド様が、馬車から降りて私に手を差し伸べました。
私たちは命からがら(主に私の精神的な意味で)、古びた石造りの宿に逃げ込みました。
しかし、そこで私たちを待ち受けていたのは……さらなる絶望でした。
「……お、おい。宿主。……今日の夕飯は、これだけか?」
食堂のテーブルを囲んだオズワルド様の声が、心なしか震えています。
目の前に置かれたのは、石のように固い乾燥パン。そして、木片のようにパサパサした干し肉。それから、具が一切見当たらない、薄くて塩辛いだけのスープです。
「へい。この時期は補給が滞るもんでしてな。保存食しかねぇんですよ。……贅沢言わんでください、公爵様」
宿主が申し訳なさそうに頭を掻きました。
私は、その「木片」のような干し肉をフォークで突っついてみました。カツッ、と虚しい音が響きます。
「…………オズワルド様。これは、食べ物ではありませんわ。これは、歯を鍛えるための訓練機材ですわよ」
「……同感だ。我が国の軍隊でも、これほど過酷な食事は滅多にない。……だが、食べるしかない。生きるために……」
オズワルド様が、覚悟を決めた顔で乾燥パンを口に運びました。
ガリッ!! という、嫌な音が食堂に響き渡ります。
「…………っ! ……あ、顎が……外れるかと思った……」
「……もう、限界ですわ!!」
私は、ガタッと椅子を立ち上がりました。
「カナタ? どこへ行くんだ、師匠!」
「キッチンを借ります! ミーナ、私の『秘密のスパイスセット』と、お父様から掠め取った『最高級ラードの壺』を持ってきて!」
「……畏まりました。お嬢様の『我慢の限界』が、新メニューを生み出す合図ですね」
私は、逃げる宿主を突き飛ばす勢いで(嘘です、優雅に退けて)厨房へと乗り込みました。
「……いい? 素材が悪いなら、魔法をかければいいのよ! 『ズボラ流・保存食大改造』の始まりですわ!」
まず、石のように固いパンをナイフで細かく刻みます。
そこに、これまた細かく刻んだ干し肉と、お父様秘蔵のラードを投入し、強火で一気に炒めました。
「……ほら、見て。脂の熱で、干し肉が『お肉』の顔を取り戻していくわ!」
じゅわじゅわという、天国のような音が響き始めます。
そこに、宿にあった安酒と、例の塩辛いスープをドボドボと注ぎ込みました。
「仕上げに、私の『秘密のスパイス』……ニンニク粉末と胡椒をこれでもかと振りかけて、蓋をして三分!!」
「………凄い。……厨房から、軍隊の進軍のような力強い香りが漂ってくる……」
いつの間にか厨房の入り口で、オズワルド様が鼻をヒクヒクさせて立っていました。
「さあ、閣下。お待たせいたしました! 名付けて『雪崩も溶ける、背徳のパン粥スープ・お肉マシマシ仕立て』ですわ!」
差し出されたのは、ドロリと濃厚なスープに、脂を吸ってふやけたパンと肉が絡み合う、見た目にも暴力的な一品。
オズワルド様は、震える手でスプーンを取りました。
一口、口に含んだ瞬間。
「………………っ!!!」
彼の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちました。
「……閣下!? そんなに不味かったですか!?」
「……違う。……美味い。……ただ、あまりにも美味すぎて……雪に閉じ込められた不幸が、最高の幸運に変わったことに動揺しているだけだ……」
オズワルド様は、無言で、しかし恐ろしい勢いでスープを口に運び始めました。
「………なんだ、このパンは。……あんなに固かったのに、今は舌の上で肉の旨味を抱きしめながら溶けていく……。脂の甘みと、スパイスの刺激……。……あぁ、胃が、胃が熱い……!」
「でしょう? 手間をかけなくても、脂と火加減さえあれば、世界は変えられるんですのよ」
私も自分の分を頬張り、その濃厚な味わいに深く頷きました。
王宮のシェフなら、「下品だ」と鼻で笑うでしょう。
でも、この極寒の地で、今この瞬間に必要なのは、繊細な盛り付けではなく「腹を満たす熱量」なのです。
「……おい、お嬢ちゃん……。……それを、俺にも一口食わせてくれねぇか……?」
隅で見ていた宿主が、辛抱たまらんという顔で近づいてきました。
「ええ、いいですよ! その代わり、明日からの食事は全部私がプロデュースしますから、材料を全部出しなさい!」
「へい! 喜んで!!」
こうして、私たちは雪に閉ざされた宿場町で、期せずして「炊き出し革命」を起こすことになりました。
「………カナタ。私は決めた」
スープを飲み干し、口元を拭ったオズワルド様が、真剣な顔で言いました。
「………何をですか?」
「……ノースランド公国に着いたら、まず最初にやるべき公務は、全軍にこのスープを普及させることだ。……そうすれば、我が軍は無敵になるだろう」
「………閣下。それは流石に、軍が『肥満』で動けなくなるのでやめておきましょうね」
私は、幸せそうに腹をさする公爵様を見ながら、三日間の足止めも悪くないな、と心から思うのでした。
私は、馬車の窓から身を乗り出して叫びました。
目の前に広がるのは、見渡す限りの銀世界。そして、街道を完全に塞いでいる巨大な雪の山です。
「はい、お嬢様。先ほど先遣隊から連絡がありました。昨夜の豪雪で雪崩が起き、峠が完全に塞がったそうです。復旧には少なくとも三日はかかるとのことですよ」
ミーナが、冷静に、しかしどこか絶望的な響きを含んだ声で答えました。
「三日!? 三日もこの極寒の中で、何を糧に生きろと言うの!?」
「………………安心しろ、カナタ。すぐそこに、国境警備用の宿場がある。豪華な設備はないが、暖炉と屋根はあるはずだ」
オズワルド様が、馬車から降りて私に手を差し伸べました。
私たちは命からがら(主に私の精神的な意味で)、古びた石造りの宿に逃げ込みました。
しかし、そこで私たちを待ち受けていたのは……さらなる絶望でした。
「……お、おい。宿主。……今日の夕飯は、これだけか?」
食堂のテーブルを囲んだオズワルド様の声が、心なしか震えています。
目の前に置かれたのは、石のように固い乾燥パン。そして、木片のようにパサパサした干し肉。それから、具が一切見当たらない、薄くて塩辛いだけのスープです。
「へい。この時期は補給が滞るもんでしてな。保存食しかねぇんですよ。……贅沢言わんでください、公爵様」
宿主が申し訳なさそうに頭を掻きました。
私は、その「木片」のような干し肉をフォークで突っついてみました。カツッ、と虚しい音が響きます。
「…………オズワルド様。これは、食べ物ではありませんわ。これは、歯を鍛えるための訓練機材ですわよ」
「……同感だ。我が国の軍隊でも、これほど過酷な食事は滅多にない。……だが、食べるしかない。生きるために……」
オズワルド様が、覚悟を決めた顔で乾燥パンを口に運びました。
ガリッ!! という、嫌な音が食堂に響き渡ります。
「…………っ! ……あ、顎が……外れるかと思った……」
「……もう、限界ですわ!!」
私は、ガタッと椅子を立ち上がりました。
「カナタ? どこへ行くんだ、師匠!」
「キッチンを借ります! ミーナ、私の『秘密のスパイスセット』と、お父様から掠め取った『最高級ラードの壺』を持ってきて!」
「……畏まりました。お嬢様の『我慢の限界』が、新メニューを生み出す合図ですね」
私は、逃げる宿主を突き飛ばす勢いで(嘘です、優雅に退けて)厨房へと乗り込みました。
「……いい? 素材が悪いなら、魔法をかければいいのよ! 『ズボラ流・保存食大改造』の始まりですわ!」
まず、石のように固いパンをナイフで細かく刻みます。
そこに、これまた細かく刻んだ干し肉と、お父様秘蔵のラードを投入し、強火で一気に炒めました。
「……ほら、見て。脂の熱で、干し肉が『お肉』の顔を取り戻していくわ!」
じゅわじゅわという、天国のような音が響き始めます。
そこに、宿にあった安酒と、例の塩辛いスープをドボドボと注ぎ込みました。
「仕上げに、私の『秘密のスパイス』……ニンニク粉末と胡椒をこれでもかと振りかけて、蓋をして三分!!」
「………凄い。……厨房から、軍隊の進軍のような力強い香りが漂ってくる……」
いつの間にか厨房の入り口で、オズワルド様が鼻をヒクヒクさせて立っていました。
「さあ、閣下。お待たせいたしました! 名付けて『雪崩も溶ける、背徳のパン粥スープ・お肉マシマシ仕立て』ですわ!」
差し出されたのは、ドロリと濃厚なスープに、脂を吸ってふやけたパンと肉が絡み合う、見た目にも暴力的な一品。
オズワルド様は、震える手でスプーンを取りました。
一口、口に含んだ瞬間。
「………………っ!!!」
彼の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちました。
「……閣下!? そんなに不味かったですか!?」
「……違う。……美味い。……ただ、あまりにも美味すぎて……雪に閉じ込められた不幸が、最高の幸運に変わったことに動揺しているだけだ……」
オズワルド様は、無言で、しかし恐ろしい勢いでスープを口に運び始めました。
「………なんだ、このパンは。……あんなに固かったのに、今は舌の上で肉の旨味を抱きしめながら溶けていく……。脂の甘みと、スパイスの刺激……。……あぁ、胃が、胃が熱い……!」
「でしょう? 手間をかけなくても、脂と火加減さえあれば、世界は変えられるんですのよ」
私も自分の分を頬張り、その濃厚な味わいに深く頷きました。
王宮のシェフなら、「下品だ」と鼻で笑うでしょう。
でも、この極寒の地で、今この瞬間に必要なのは、繊細な盛り付けではなく「腹を満たす熱量」なのです。
「……おい、お嬢ちゃん……。……それを、俺にも一口食わせてくれねぇか……?」
隅で見ていた宿主が、辛抱たまらんという顔で近づいてきました。
「ええ、いいですよ! その代わり、明日からの食事は全部私がプロデュースしますから、材料を全部出しなさい!」
「へい! 喜んで!!」
こうして、私たちは雪に閉ざされた宿場町で、期せずして「炊き出し革命」を起こすことになりました。
「………カナタ。私は決めた」
スープを飲み干し、口元を拭ったオズワルド様が、真剣な顔で言いました。
「………何をですか?」
「……ノースランド公国に着いたら、まず最初にやるべき公務は、全軍にこのスープを普及させることだ。……そうすれば、我が軍は無敵になるだろう」
「………閣下。それは流石に、軍が『肥満』で動けなくなるのでやめておきましょうね」
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