「婚約破棄、万歳!本日をもって『完璧な淑女』は廃業いたしますわ!」

どんぶり

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「いいわ。もっとだわ。もっとニンニクを投入してちょうだい!」


銀氷城の広大な訓練場。かつて騎士たちが剣を振るっていたその場所は今、巨大な鉄板と大釜が並ぶ「試作会場」へと変貌していました。


私はエプロンをきつく締め直し、山盛りの刻みニンニクをフライパンへとぶち込みました。


「お嬢様、もう目が痛いです! 訓練中の騎士たちが、匂いだけでお腹を空かせて倒れ始めていますよ!」


ミーナが涙目になりながら換気扇を回しますが、そんなものでは到底収まりません。


「いいのよ、ミーナ。これこそが博覧会の醍醐味、その名も『ガーリック・シュリンプ・マウンテン』! これ一皿で、三日は元気に過ごせるはずだわ!」


「素晴らしい、師匠。バターとエビの殻が焼けるこの香ばしさ……これだけで我が国の国力が一段階上がった気がするぞ」


オズワルド様が、いつもの無表情にわずかな興奮を滲ませて、試食用の小皿を構えていました。


その時です。執事が真っ青な顔をして訓練場に駆け込んできました。


「かっ、閣下! 大変です! 国境付近に、近隣諸国の馬車が列をなしております!」


「なんだと? 博覧会の開催まではまだ一ヶ月はあるはずだが」


「それが、皆様、『ノースランドから天国の香りが漂ってきた』と仰り、外交儀礼を無視して入国許可を求めておいでです!」


執事の言葉に、私はフライパンを握ったまま固まりました。


「嘘でしょう? ここ、国境から結構距離があるはずですわよ?」


「お嬢様、風向きを考えてください。今日はあいにく、南への強風。お嬢様が特製ソースを煮詰め始めた一時間前から、南の小国一帯がニンニクの香りに包まれているそうですわよ」


ミーナの冷ややかな指摘に、私は思わず天を仰ぎました。


「おーっほっほっほ! 素晴らしいじゃありませんか!」


高笑いと共に現れたのは、最近すっかり顔色の良くなったヒルデガルド様でした。


「見てなさいな。これぞまさに『胃袋による世界征服』だわ。オズワルド、門を開けなさい。やってきた賓客たちに、この『背徳の香り』をたっぷり浴びせてあげるのです!」


「母上、流石にそれでは国際問題に……」


「いいえ、オズワルド様。これはチャンスですわ!」


私はオズワルド様の前に立ち、まだ熱いエビを一匹、彼の口に放り込みました。


「熱い……! だが美味い! なんだこの旨味の爆発は!」


「でしょう? やってきた各国の王族たちを、まずはこの味で虜にするのです。お腹がいっぱいになれば、争いごとなんてどうでもよくなりますわ。これぞ『ズボラ平和条約』ですわよ!」


「なるほど。腹が減っていては戦争もできん、か。流石は私の婚約者だ、カナタ」


オズワルド様が私の腰を引き寄せ、不敵に笑いました。


「よし。全軍に告ぐ! 武器を捨ててフライ返しを持て! これより我が国は、世界中の胃袋を接待する戦場となる!」


「「「おおおおおっ!!」」」


騎士たちの雄叫びと共に、ノースランド公国はかつてない熱気に包みました。


数時間後。国境を越えてやってきた他国の使節団たちは、城の正門から漂う強烈な「バター醤油」の香りに、馬車から降りるなり崩れ落ちました。


「はぁ。この匂いだけで、三杯は飯が食える……」


「ノースランド公国……なんて恐ろしい国なんだ。こんな美食を独占していたとは……」


彼らの目には、恐怖ではなく、隠しきれない期待と食欲が輝いていました。


私はそれを見下ろしながら、特製の大きな木べらを高く掲げました。


「皆様、ようこそ! 『完璧な淑女』も『高貴な義務』も、ここでは一切禁止ですわ! さあ、ズボンとベルトを緩めて、本能のままに召し上がれ!」


こうして、博覧会は予定より大幅に前倒しで、なし崩し的に開幕したのでした。
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