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「お嬢様、大変です。ゴミ捨て場の近くで妙な生き物が捕獲されましたわ」
博覧会が最高潮の盛り上がりを見せる中、ミーナが眉間に深い皺を刻んで報告に来ました。
「あら、ミーナ。妙な生き物って何? 新種の食材かしら。それとも油の匂いに釣られてきた珍獣?」
私は揚げたてのギガ盛りチーズポテトを頬張りながら、呑気に問い返しました。
「いえ、食材にするには泥臭すぎますし、珍獣にしては華がありません。かつてお嬢様を捨てた『お花畑』の残骸ですわ」
「は?」
私がポテトを口に咥えたまま固まっていると、衛兵たちに引きずられるようにして、一人の男が連れてこられました。
泥にまみれたボロボロの服。伸び放題の髪。そして、何より強烈な「生のジャガイモ」の匂い。
「お、おい。それを食わせろ。その、黄色くてドロドロした、背徳の香りがする棒を私に寄越せ!」
「リュカオン殿下?」
私は思わずポテトを落としそうになりました。そこにいたのは、かつての煌びやかな面影が微塵もなくなった、廃嫡(はいちゃく)王子の無惨な姿でした。
「おぉ、カナタ! カナタではないか! あぁ、懐かしい。お前は相変わらず美味そうなものを食べているな! さあ、それを私に寄越せ! 私はもう、蒸しただけのジャガイモは一生分食べたんだ!」
リュカオン殿下は、私の持つポテトの皿に、文字通り這いつくばって飛びかかろうとしました。
「お下がりなさい、不審者。あ、不審者じゃなくて元王子でしたわね。失礼いたしました」
私はスッと皿を高く持ち上げ、彼の手が届かないようにしました。
「な、なんだその態度は! 私はかつての君の婚約者だぞ! この博覧会とやらには、無料配布のコーナーがあるのだろう? 国民に配るなら、私にも配るのが筋ではないか!」
「殿下。いいえ、リュカオンさん。ここは『ノースランド公国』ですわよ? あなたの国の理屈は通用しませんし、無料配布は『汗水垂らして会場に足を運んだ一般のお客様』のためのものですわ」
私は冷ややかに言い放ちました。そこへ、騒ぎを聞きつけたオズワルド様が、特大のホットドッグを片手に現れました。
「カナタ、何事だ。この『土に埋もれたゴボウ』のような男は誰だ?」
「オズワルド様。あぁ、これ、昔の知り合いですわ。ジャガイモ農場から脱走してきたみたいで」
オズワルド様は、リュカオンをゴミを見るような目で見下ろしました。
「ほう。我が国の国境を不法に越え、あまつさえ私の婚約者の食べ物を奪おうとしたのか。即刻、北方の極寒監獄へ送っても構わんが?」
「ひっ! お、オズワルド公爵!? な、なぜ君がそんなにテカテカした顔をしているんだ! 君はもっと、氷のように冷たく、霞を食って生きる男ではなかったのか!」
リュカオンが驚愕の声を上げました。オズワルド様は、わざとらしくホットドッグを大きな口で齧ってみせました。
「人は変わるものだ。味のない人生など、死んでいるのと変わらん。さて、カナタ。この男、どうする? 処刑か、強制送還か」
「そうですね。あ、いいことを思いつきましたわ」
私は、ニヤリと「悪役令嬢」顔負けの笑みを浮かべました。
「リュカオンさん。あなた、ジャガイモ農場で何を学んってきたのですか?」
「何をって、土を掘り、芽を取り、泥を洗う。そんな、高貴な私には相応しくない卑俗な労働ばかりだ!」
「あら、素晴らしいじゃない。ちょうど今、会場の洗い場が人手不足なんですの。あなたが、あそこにある山のような皿を全てピカピカに洗えたら、この『ダブルチーズ・ベーコン・ポテト』を一口、差し上げてもよろしくてよ?」
「な!? この私に、皿洗いをしろというのか!? 一口のために!?」
「ええ。嫌ならいいんですのよ。そのまま衛兵さんに突き出されて、またあの『蒸し芋だけの日々』に逆戻りするだけですから」
私は、わざとらしくポテトの香りを彼の方へ扇ぎました。リュカオンの理性が、脂の匂いに屈服した瞬間でした。
「わ、わかった! やればいいんだろう、やれば!」
こうして、かつての王太子は洗い場で必死に皿を洗い始めました。
「カナタ。本当に、それでいいのか?」
オズワルド様が、少しだけ呆れたように私を見ました。
「いいんですわ。彼には『働いた後の飯が、どれだけ美味いか』という、究極のズボラ飯哲学を知ってもらう必要がありますから。それこそが、本当の教育ですわよ」
三時間後。腰をさすりながら、リュカオンが私の前にフラフラと戻ってきました。
「洗った。全部、洗ったぞ」
「ご苦労様。はい、お約束のポテトです」
私は、冷めかけたポテトを一本、彼に差し出しました。リュカオンは、それを震える手で受け取り、むさぼるように口に運びました。
「っ!!」
その瞬間、彼の目から大粒の涙が溢れ出しました。
「う、美味い。なんだ、これは。ただのジャガイモが、なぜこんなに、涙が出るほど、幸せな味がするんだ」
「それが、労働と油の魔法ですわ、殿下。着飾って、虚栄を張って、味のしないスープを飲んでいた頃より、ずっと『生きてる』感じがしませんこと?」
リュカオンは、ポテトを飲み込むと、そのまま地面に泣き崩れました。
「すまなかった。カナタ。私は、なんて、なんて馬鹿なことをしていたんだ」
「あら、気づくのが遅すぎますわ。でも、その皿洗いの情熱があれば、ジャガイモ農場でもトップになれるかもしれませんわね。さあ、衛兵さん。彼を農場に送り返してあげて。今度は、少しだけ『美味しいレシピ』も一緒に持たせてあげますわ」
「カナタ、ありがとう!」
リュカオンは、今度こそ感謝の涙を流しながら、連行されていきました。かつての因縁が、ポテト一本で解消された瞬間でした。
「ふぅ。良い事をした後は、さらにお腹が空きますわね、オズワルド様」
「同感だ。次は、あちらの『脂身まみれのチャーシュー』を攻めに行こうか」
私たちは、晴れやかな気分で、再び博覧会の喧騒の中へと消えていきました。
博覧会が最高潮の盛り上がりを見せる中、ミーナが眉間に深い皺を刻んで報告に来ました。
「あら、ミーナ。妙な生き物って何? 新種の食材かしら。それとも油の匂いに釣られてきた珍獣?」
私は揚げたてのギガ盛りチーズポテトを頬張りながら、呑気に問い返しました。
「いえ、食材にするには泥臭すぎますし、珍獣にしては華がありません。かつてお嬢様を捨てた『お花畑』の残骸ですわ」
「は?」
私がポテトを口に咥えたまま固まっていると、衛兵たちに引きずられるようにして、一人の男が連れてこられました。
泥にまみれたボロボロの服。伸び放題の髪。そして、何より強烈な「生のジャガイモ」の匂い。
「お、おい。それを食わせろ。その、黄色くてドロドロした、背徳の香りがする棒を私に寄越せ!」
「リュカオン殿下?」
私は思わずポテトを落としそうになりました。そこにいたのは、かつての煌びやかな面影が微塵もなくなった、廃嫡(はいちゃく)王子の無惨な姿でした。
「おぉ、カナタ! カナタではないか! あぁ、懐かしい。お前は相変わらず美味そうなものを食べているな! さあ、それを私に寄越せ! 私はもう、蒸しただけのジャガイモは一生分食べたんだ!」
リュカオン殿下は、私の持つポテトの皿に、文字通り這いつくばって飛びかかろうとしました。
「お下がりなさい、不審者。あ、不審者じゃなくて元王子でしたわね。失礼いたしました」
私はスッと皿を高く持ち上げ、彼の手が届かないようにしました。
「な、なんだその態度は! 私はかつての君の婚約者だぞ! この博覧会とやらには、無料配布のコーナーがあるのだろう? 国民に配るなら、私にも配るのが筋ではないか!」
「殿下。いいえ、リュカオンさん。ここは『ノースランド公国』ですわよ? あなたの国の理屈は通用しませんし、無料配布は『汗水垂らして会場に足を運んだ一般のお客様』のためのものですわ」
私は冷ややかに言い放ちました。そこへ、騒ぎを聞きつけたオズワルド様が、特大のホットドッグを片手に現れました。
「カナタ、何事だ。この『土に埋もれたゴボウ』のような男は誰だ?」
「オズワルド様。あぁ、これ、昔の知り合いですわ。ジャガイモ農場から脱走してきたみたいで」
オズワルド様は、リュカオンをゴミを見るような目で見下ろしました。
「ほう。我が国の国境を不法に越え、あまつさえ私の婚約者の食べ物を奪おうとしたのか。即刻、北方の極寒監獄へ送っても構わんが?」
「ひっ! お、オズワルド公爵!? な、なぜ君がそんなにテカテカした顔をしているんだ! 君はもっと、氷のように冷たく、霞を食って生きる男ではなかったのか!」
リュカオンが驚愕の声を上げました。オズワルド様は、わざとらしくホットドッグを大きな口で齧ってみせました。
「人は変わるものだ。味のない人生など、死んでいるのと変わらん。さて、カナタ。この男、どうする? 処刑か、強制送還か」
「そうですね。あ、いいことを思いつきましたわ」
私は、ニヤリと「悪役令嬢」顔負けの笑みを浮かべました。
「リュカオンさん。あなた、ジャガイモ農場で何を学んってきたのですか?」
「何をって、土を掘り、芽を取り、泥を洗う。そんな、高貴な私には相応しくない卑俗な労働ばかりだ!」
「あら、素晴らしいじゃない。ちょうど今、会場の洗い場が人手不足なんですの。あなたが、あそこにある山のような皿を全てピカピカに洗えたら、この『ダブルチーズ・ベーコン・ポテト』を一口、差し上げてもよろしくてよ?」
「な!? この私に、皿洗いをしろというのか!? 一口のために!?」
「ええ。嫌ならいいんですのよ。そのまま衛兵さんに突き出されて、またあの『蒸し芋だけの日々』に逆戻りするだけですから」
私は、わざとらしくポテトの香りを彼の方へ扇ぎました。リュカオンの理性が、脂の匂いに屈服した瞬間でした。
「わ、わかった! やればいいんだろう、やれば!」
こうして、かつての王太子は洗い場で必死に皿を洗い始めました。
「カナタ。本当に、それでいいのか?」
オズワルド様が、少しだけ呆れたように私を見ました。
「いいんですわ。彼には『働いた後の飯が、どれだけ美味いか』という、究極のズボラ飯哲学を知ってもらう必要がありますから。それこそが、本当の教育ですわよ」
三時間後。腰をさすりながら、リュカオンが私の前にフラフラと戻ってきました。
「洗った。全部、洗ったぞ」
「ご苦労様。はい、お約束のポテトです」
私は、冷めかけたポテトを一本、彼に差し出しました。リュカオンは、それを震える手で受け取り、むさぼるように口に運びました。
「っ!!」
その瞬間、彼の目から大粒の涙が溢れ出しました。
「う、美味い。なんだ、これは。ただのジャガイモが、なぜこんなに、涙が出るほど、幸せな味がするんだ」
「それが、労働と油の魔法ですわ、殿下。着飾って、虚栄を張って、味のしないスープを飲んでいた頃より、ずっと『生きてる』感じがしませんこと?」
リュカオンは、ポテトを飲み込むと、そのまま地面に泣き崩れました。
「すまなかった。カナタ。私は、なんて、なんて馬鹿なことをしていたんだ」
「あら、気づくのが遅すぎますわ。でも、その皿洗いの情熱があれば、ジャガイモ農場でもトップになれるかもしれませんわね。さあ、衛兵さん。彼を農場に送り返してあげて。今度は、少しだけ『美味しいレシピ』も一緒に持たせてあげますわ」
「カナタ、ありがとう!」
リュカオンは、今度こそ感謝の涙を流しながら、連行されていきました。かつての因縁が、ポテト一本で解消された瞬間でした。
「ふぅ。良い事をした後は、さらにお腹が空きますわね、オズワルド様」
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