「婚約破棄、万歳!本日をもって『完璧な淑女』は廃業いたしますわ!」

どんぶり

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「はぁ。終わりましたわね、ミーナ。世界が油とニンニクの香りに包まれた、奇跡の一ヶ月が」


博覧会の最終日。夕暮れに染まるメイン会場の特設ステージ裏で、私は力尽きたように木箱の上に腰を下ろしました。


手には、この一ヶ月で私の相棒となった「特製木べら」が握られています。


「お疲れ様でした、お嬢様。当初の予定を三倍も上回る来場者数、そして消費された油の量は、もはや数えるのを止めましたわ。ノースランド公国の経済は今、空前の『揚げ物バブル』に沸いていますよ」


ミーナが、手元の台帳をパタンと閉じました。彼女の目元にも流石に疲れの色が見えますが、その口元はどこか満足げです。


「お父様も、ノースランドのバターを大量に抱えて、ホクホク顔で帰国されましたし。あとは、この後の閉会式を乗り切るだけですわね」


「嫌よ! これは私の戦士の勲章なんだから!」


私がミーナといつもの押し問答をしていると、ステージの向こう側から地鳴りのような歓声が聞こえてきました。


「お、始まったみたいだな。カナタ、準備はいいか」


そこに現れたのは、ノースランド公国の象徴である白銀の礼装を完璧に着こなしたオズワルド様でした。


しかし、その手には何故か、黄金色に輝く「特大の串焼き」が握られていました。


「オズワルド様! その格好で串焼きを持つのは、流石にシュールすぎますわよ!」


「何を言う。これは我が国の名匠が、この日のために純金で作り上げた『伝説の黄金串』だ。さあ、行こう。国民が、我々の勝利を待っている」


オズワルド様に手を引かれ、私はステージの中央へと足を踏み入れました。


目の前には、広場を埋め尽くす数万人の国民と、各国の賓客たち。彼らは皆、口の周りをテカテカに光らせ、幸せそうな顔で私たちを見上げていました。


「国民諸君! そして、この博覧会に集いし食の戦士たちよ!」


オズワルド様の低く響く声が、魔法の拡声器を通じて会場全体に広がりました。


「我々は今日、歴史を変えた! 形式や作法という鎖から解き放たれ、ただ『美味い』という本能の下に一つとなったのだ!」


「「「うおおおおおおおっ!!」」」


「そして、この革命を導いたのは、私の隣に立つ、この美しくも、誰よりも欲望に忠実な女性だ!」


オズワルド様が私を指差すと、割れんばかりの拍手が巻き起こりました。


私は少し照れくさくなりながらも、木べらを掲げて応えました。


「カナタ。私は、あの日、貴女が泥だらけになって肉を貪る姿を見て、確信したのだ。私の人生に必要なのは、冷たい王座でも名誉でもない。貴女が作り出す、この『脂っこい幸せ』なのだと」


オズワルド様が、突然私の前で片膝をつきました。


広場が静まり返りました。全員が息を呑んで、その光景を見守っています。


「カナタ・フォルセティ。私は、貴女を一生、食いっぱぐれさせないと誓う。我が国の食料庫の鍵を、全て貴女に委ねよう」


「オ、オズワルド様……」


「貴女が望むなら、庭を全て芋畑にしよう。貴女が望むなら、この国の全ての噴水から特製ソースを噴き出させよう。だから、私の妻になってくれないか。一生、私の隣で、誰よりも不摂生で幸せな笑い声を響かせてほしい」


オズワルド様は、黄金の串を捧げ持ち、真剣な眼差しで私を見上げました。


指輪ではありません。肉が刺さっていないだけの、黄金の串。


でも、それがどんな高価な宝石よりも、今の私の心には響きました。


「オズワルド様。一つだけ、確認してもよろしいですか?」


「何でも聞いてくれ」


「披露宴は、もちろん『立食形式の揚げ物パーティー』にしてもよろしいのですよね?」


私の問いに、オズワルド様は一瞬ポカンとし、それから今日一番の、最高に晴れやかな笑顔を見せました。


「当たり前だ! メインディッシュは、二人で揚げる特大のメンチカツだ!」


「はい! 喜んで、お受けいたしますわ!」


私がその黄金の串を受け取った瞬間、会場の熱狂は最高潮に達しました。


「「「おめでとう!! ズボラ飯万歳!!」」」


空には、祝福の鐘の代わりに、どこかスパイシーな香りがする魔法の花火が次々と打ち上がりました。


私は、オズワルド様の力強い腕に引き寄せられ、幸せな予感に胸を膨らませました。


完璧な淑女を目指していた頃の私は、もうどこにもいません。


私は今、世界で一番「胃もたれ」を愛し、愛される、最高の公爵夫人の座を手に入れたのです。


「さて、オズワルド様。プロポーズが終わったら、なんだかお腹が空いてしまいましたわ」


「ふっ、奇遇だな。私もだ。祝杯代わりに、あそこの『特製塩ザンギ』を全種類制覇しに行こうか、私の婚約者殿」


「ええ、喜んで!」


私たちは、鳴り止まない歓声の中、手を繋いで次の屋台へと駆け出しました。
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