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「お嬢様、鏡を見てください。これ以上、腹筋に力を入れるのをやめていただけますか。仮縫いのピンが弾け飛んで、デザイナーさんの目に刺さったら国家間の紛争になりますわよ」
挙式を目前に控えた銀氷城の一室。私は今、人生で最大の試練に直面していました。
それは、純白のウェディングドレスのフィッティングです。
「無理よ、ミーナ! この一ヶ月、試食と称して各国の揚げ物を食べ歩いたツケが、今まさにこの腰回りに集中しているんですもの! 息を吸ったら、このシルクの芸術品が爆発してしまうわ!」
私が顔を真っ赤にして絶叫すると、私の前で跪いていた王室御用達のデザイナー、マダム・ロランが、震える手で眼鏡を直しました。
「カナタ様、落ち着いてください。ドレスは貴女様に合わせるものです。少しだけ、ほんの少しだけウエストを広げる修正を入れれば済む話ですわ。……ですが、先ほどおっしゃった『追加の要望』だけは、私のデザイナーとしてのプライドが、どうしても、どうしても拒否反応を示しておりますの!」
マダムの声は悲鳴に近いものでした。
「あら、マダム。そんなに難しいことかしら? 私はただ、この美しいフリルの内側に、特製の『マヨネーズ・ホルダー』と『揚げ物用ソース差し』を忍ばせる隠しポケットを作ってほしいと言っただけですわよ?」
「それが最大の問題なんです! 最高級のレースに、何故マヨネーズを装備しなければならないのですか! 披露宴でバージンロードを歩く際に、ドレスから油が滴るなど、前代未聞の不祥事ですわ!」
マダムはそのまま、めまいを起こしたように椅子になだれ込みました。
「だってマダム、披露宴のメインは揚げたてのメンチカツなんですのよ? 花嫁がソースも持たずに戦場に向かえるはずがないじゃありませんか。万が一、テーブルのソースが切れていた時の絶望を想像してくださいな!」
「想像したくもありませんわ! そんな理由で私のドレスに調味料を仕込むなんて、おーっほっほっほ! ああ、神様、お許しください!」
マダムがついに白目を剥いて卒倒しかけたその時、部屋の扉が勢いよく開きました。
「どうした、何事だ。カナタの悲鳴が聞こえたが、ドレスが食べ物に見えて齧り付いたりしたのか?」
現れたのは、最近すっかり「ズボラ飯のパトロン」としての風格が出てきたオズワルド様でした。
「オズワルド様! 聞いてください。マダムが、私の機能的なドレス設計案を却下するんですの!」
私はぷんぷんと怒りながら、事の端末を説明しました。オズワルド様は、倒れそうなマダムを一度見やり、それから深く顎を引いて考え込みました。
「なるほど。ソースの予備か。確かに、兵站の確保は勝利の基本だ。カナタ、貴女の懸念はもっともだ」
「そうでしょ!? 流石は私の旦那様になる方だわ!」
「マダム、起きてくれ。ポケットを作るのがデザイン的に厳しいのであれば、ドレスと同じ生地で『調味料用ホルスター』を製作し、太ももに装着するのはどうだ? これなら外からは見えないし、機動力も確保できる」
「閣下まで何を仰っているのですか! 騎士の戦術を結婚式に持ち込まないでください!」
ミーナの鋭いツッコミが響きましたが、オズワルド様は真剣な顔で続けました。
「いや、大真面目だ。披露宴の最中にソースが足りなくなってカナタが不機嫌になれば、ノースランド公国の平和が揺らぐ。これは国家安全保障の問題だ」
「もう嫌、この主従……。誰かまともな人を呼んできてちょうだい……」
ミーナが天を仰いでいたその時、部屋の外から別の報告が届きました。
「閣下、カナタ様! 国境のジャガイモ農場から、特急便が届いております! 差出人は、例のリュカオン氏です!」
「リュカオン? あの皿洗い王子が?」
私は不思議に思いながら、届いた巨大な木箱を開けさせました。
そこに入っていたのは、驚くほど丁寧に泥が落とされ、一つ一つが宝石のように磨き上げられた、見事な大粒のジャガイモたちでした。
箱の上には、以前の彼からは想像もつかないような、質素で実直な文字で書かれた手紙が添えられていました。
『カナタ。結婚おめでとう。農場での労働は過酷だが、土と向き合う日々の中で、私はようやく自分の愚かさを知った。これは、私が人生で初めて、誰かに命令されるのではなく、自分の意志で育て、収穫したジャガイモだ。君たちの披露宴の、ほんの隅っこにでも置いてやってくれれば幸いだ。 追伸:こっちのジャガイモは、バター醤油で焼くのが一番美味いぞ』
「あら。驚きましたわ。あの、霞を食って生きていたような殿下が、こんなに立派なジャガイモを育てるなんて」
「ふむ。良い顔をしている。このジャガイモには、雑念がない。よし、決めたぞ」
オズワルド様が、私の肩に手を置きました。
「披露宴の主役は、このジャガイモにしよう。最高級の牛脂で揚げて、世界一のポテトフライにするのだ。リュカオンの改心に免じて、彼の努力を我々の血肉に変えてやろうではないか」
「ええ、素敵ですわ、オズワルド様! マダム、聞きました!? この最高級のジャガイモを揚げるために、やはりホルダーは必要ですわ!」
「わかりましたわよ、もう! 作ればいいんでしょう、作れば! 世界で唯一、マヨネーズを帯同する公爵夫人のドレスを!」
マダム・ロランが、半ばヤケクソ気味に叫びながら針を動かし始めました。
「決まりですわね! ミーナ、今すぐ厨房へ行って、このジャガイモに一番合うディップソースの試作を始めましょう!」
「はいはい、お嬢様。本当に、世界一脂っこい結婚式になりそうですね」
私は、黄金色に輝くジャガイモを抱きしめ、窓の外に広がる青空を見上げました。
かつて婚約破棄を突きつけられたあの夜会では、こんな未来が待っているなんて想像もしませんでした。
苦しい教育も、退屈なマナーも、今はもう遠い思い出。
私の手の中にあるのは、確かな重みを持ったジャガイモと、隣で優しく微笑む愛する食いしん坊の公爵様。
「楽しみですわね、オズワルド様」
「ああ。世界一、美味い結婚式にしよう」
挙式を目前に控えた銀氷城の一室。私は今、人生で最大の試練に直面していました。
それは、純白のウェディングドレスのフィッティングです。
「無理よ、ミーナ! この一ヶ月、試食と称して各国の揚げ物を食べ歩いたツケが、今まさにこの腰回りに集中しているんですもの! 息を吸ったら、このシルクの芸術品が爆発してしまうわ!」
私が顔を真っ赤にして絶叫すると、私の前で跪いていた王室御用達のデザイナー、マダム・ロランが、震える手で眼鏡を直しました。
「カナタ様、落ち着いてください。ドレスは貴女様に合わせるものです。少しだけ、ほんの少しだけウエストを広げる修正を入れれば済む話ですわ。……ですが、先ほどおっしゃった『追加の要望』だけは、私のデザイナーとしてのプライドが、どうしても、どうしても拒否反応を示しておりますの!」
マダムの声は悲鳴に近いものでした。
「あら、マダム。そんなに難しいことかしら? 私はただ、この美しいフリルの内側に、特製の『マヨネーズ・ホルダー』と『揚げ物用ソース差し』を忍ばせる隠しポケットを作ってほしいと言っただけですわよ?」
「それが最大の問題なんです! 最高級のレースに、何故マヨネーズを装備しなければならないのですか! 披露宴でバージンロードを歩く際に、ドレスから油が滴るなど、前代未聞の不祥事ですわ!」
マダムはそのまま、めまいを起こしたように椅子になだれ込みました。
「だってマダム、披露宴のメインは揚げたてのメンチカツなんですのよ? 花嫁がソースも持たずに戦場に向かえるはずがないじゃありませんか。万が一、テーブルのソースが切れていた時の絶望を想像してくださいな!」
「想像したくもありませんわ! そんな理由で私のドレスに調味料を仕込むなんて、おーっほっほっほ! ああ、神様、お許しください!」
マダムがついに白目を剥いて卒倒しかけたその時、部屋の扉が勢いよく開きました。
「どうした、何事だ。カナタの悲鳴が聞こえたが、ドレスが食べ物に見えて齧り付いたりしたのか?」
現れたのは、最近すっかり「ズボラ飯のパトロン」としての風格が出てきたオズワルド様でした。
「オズワルド様! 聞いてください。マダムが、私の機能的なドレス設計案を却下するんですの!」
私はぷんぷんと怒りながら、事の端末を説明しました。オズワルド様は、倒れそうなマダムを一度見やり、それから深く顎を引いて考え込みました。
「なるほど。ソースの予備か。確かに、兵站の確保は勝利の基本だ。カナタ、貴女の懸念はもっともだ」
「そうでしょ!? 流石は私の旦那様になる方だわ!」
「マダム、起きてくれ。ポケットを作るのがデザイン的に厳しいのであれば、ドレスと同じ生地で『調味料用ホルスター』を製作し、太ももに装着するのはどうだ? これなら外からは見えないし、機動力も確保できる」
「閣下まで何を仰っているのですか! 騎士の戦術を結婚式に持ち込まないでください!」
ミーナの鋭いツッコミが響きましたが、オズワルド様は真剣な顔で続けました。
「いや、大真面目だ。披露宴の最中にソースが足りなくなってカナタが不機嫌になれば、ノースランド公国の平和が揺らぐ。これは国家安全保障の問題だ」
「もう嫌、この主従……。誰かまともな人を呼んできてちょうだい……」
ミーナが天を仰いでいたその時、部屋の外から別の報告が届きました。
「閣下、カナタ様! 国境のジャガイモ農場から、特急便が届いております! 差出人は、例のリュカオン氏です!」
「リュカオン? あの皿洗い王子が?」
私は不思議に思いながら、届いた巨大な木箱を開けさせました。
そこに入っていたのは、驚くほど丁寧に泥が落とされ、一つ一つが宝石のように磨き上げられた、見事な大粒のジャガイモたちでした。
箱の上には、以前の彼からは想像もつかないような、質素で実直な文字で書かれた手紙が添えられていました。
『カナタ。結婚おめでとう。農場での労働は過酷だが、土と向き合う日々の中で、私はようやく自分の愚かさを知った。これは、私が人生で初めて、誰かに命令されるのではなく、自分の意志で育て、収穫したジャガイモだ。君たちの披露宴の、ほんの隅っこにでも置いてやってくれれば幸いだ。 追伸:こっちのジャガイモは、バター醤油で焼くのが一番美味いぞ』
「あら。驚きましたわ。あの、霞を食って生きていたような殿下が、こんなに立派なジャガイモを育てるなんて」
「ふむ。良い顔をしている。このジャガイモには、雑念がない。よし、決めたぞ」
オズワルド様が、私の肩に手を置きました。
「披露宴の主役は、このジャガイモにしよう。最高級の牛脂で揚げて、世界一のポテトフライにするのだ。リュカオンの改心に免じて、彼の努力を我々の血肉に変えてやろうではないか」
「ええ、素敵ですわ、オズワルド様! マダム、聞きました!? この最高級のジャガイモを揚げるために、やはりホルダーは必要ですわ!」
「わかりましたわよ、もう! 作ればいいんでしょう、作れば! 世界で唯一、マヨネーズを帯同する公爵夫人のドレスを!」
マダム・ロランが、半ばヤケクソ気味に叫びながら針を動かし始めました。
「決まりですわね! ミーナ、今すぐ厨房へ行って、このジャガイモに一番合うディップソースの試作を始めましょう!」
「はいはい、お嬢様。本当に、世界一脂っこい結婚式になりそうですね」
私は、黄金色に輝くジャガイモを抱きしめ、窓の外に広がる青空を見上げました。
かつて婚約破棄を突きつけられたあの夜会では、こんな未来が待っているなんて想像もしませんでした。
苦しい教育も、退屈なマナーも、今はもう遠い思い出。
私の手の中にあるのは、確かな重みを持ったジャガイモと、隣で優しく微笑む愛する食いしん坊の公爵様。
「楽しみですわね、オズワルド様」
「ああ。世界一、美味い結婚式にしよう」
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