君との婚約を破棄する!と言われましたが、見つめ返してもよろしいですか?

ツナ

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「……閣下。なんだか、店の前の空気が重たくありませんこと?」

開店準備中。私はいつものようにトングを磨きながら、隣で無言で生地を叩きつけているベーグル中将を横目で見た。

ドォン! ドォン! と、今日の生地捏ねはいつにも増して破壊的な音がする。
中将の広背筋は怒りのあまり(?)ボコボコと波打ち、作業台が悲鳴を上げていた。

「……別に。私はただ、無駄なトッピングは生地の味を殺すと考えているだけだ」

「トッピング? まだ何も乗せていませんわよ?」

その時、店の外で「パカラン、パカラン」と、これ見よがしに豪華な馬車の音が止まった。
扉が勢いよく開かれ、現れたのは全身からカカオの香りを撒き散らす男。隣国のガナッシュ王子だ。

「ボンジュール、愛しのドーナツ令嬢! 僕のプロポーズの返事を聞きに来たよ!」

ガナッシュ王子は、手に持った巨大な赤いバラを私に差し出した。
……よく見ると、バラの花びら一枚一枚が、薄く削ったチョコレートで作られている。芸が細かい。

「ガナッシュ殿下。返事も何も、私はドーナツと結婚したようなものですわ。隣国へ行く暇があるなら、油の温度を一度下げる工夫をしますわよ」

「ははは! その情熱、やはり素晴らしい! だが、君のその乾いたリングには、僕の国の『最高級クーベルチュール』による潤いが必要だ。僕と結婚すれば、君を毎日チョコの海で泳がせてあげよう!」

「……おい。その口を閉じろ、板チョコ野郎」

低い、地を這うような声が厨房から響いた。
ベーグル中将が、小麦粉で真っ白になった手でガナッシュ王子の胸ぐら……の数センチ手前を指さした。

「チュロスのドーナツに必要なのは、素朴で力強い『砂糖(シュガー)』だ。お前のような、味を上書きするだけのベタついたチョコではない」

「なんだって? そこの筋肉パン屋。君はわかっていないね。砂糖はただの甘味だが、チョコは『芸術』だ。君のような無骨な男に、ドーナツのドレスアップを語る資格はない!」

ガナッシュ王子が鼻で笑う。
中将の額に、ピキリと青筋が浮かんだ。

「……いいだろう。ならば、どちらがチュロスの『輪っか』に相応しいか……ここで白黒つけようじゃないか」

「面白い。……シュガーか、チョコか。チュロスに選ばれた方が、彼女の隣に立つ権利を得る。……これでいいかな?」

「勝手に決めないでいただけます!? 私は……」

私が抗議しようとした瞬間、二人の男が同時に私を鋭い目で見つめた。

「「チュロス、お前はどっちだ!?」」

「……えっ。……ええと。……あ、揚げたてならどちらも……」

「「はっきりしろ!!」」

まさかの共闘(?)に、私はたじろいだ。
だが、職人としての魂が火をつける。

「……わかりましたわ。なら、お二人とも私の厨房へ入りなさい! 閣下は、最高純度の結晶糖を使った『シュガー・グレーズド』を! 殿下は、その自慢のチョコを使った『フォンダン・ショコラ・リング』を!」

私は二人にエプロンを放り投げた。

「私が両方を試食して、より『穴の可能性』を引き出した方を勝者としますわ。……ただし! 負けた方は、一週間、店の皿洗いを無給で手伝っていただきます!」

「望むところだ。私の砂糖捌き、見せてやる」

「フッ、僕のカカオ・マジックに酔いしれるがいい」

こうして、狭い厨房で「砂糖の騎士」と「チョコの王子」による、前代未聞のデコレーション対決が始まった。

中将は、砂糖を極限まで細かい粒子に粉砕し、それを熱した蜜と合わせて、透明感のある美しい膜を作り出していく。
「……見ろ。この薄さ。生地の呼吸を妨げず、かつ舌の上で一瞬で弾ける甘みの火花……!」

一方のガナッシュ王子は、三種類のチョコを絶妙な温度でブレンドし、ドーナツの穴の中に「溶岩」のようなチョコソースを仕込んでいた。
「……フフ。一口かじれば、中からチョコの洪水が溢れ出す。これこそが、味のインペリアル・クロスだ!」

私は腕を組み、二人の作業を厳しく監視する。
……正直に言って、二人ともレベルが高すぎる。
中将のシュガーは、生地の旨味を最大限に引き立てる「内助の功」。
王子のチョコは、一口で世界を変える「カリスマの味」。

「……できましたわね。では、試食しますわ」

私はまず、中将のシュガー・リングを手に取った。
シャリッ。
「……ああ、落ち着きますわ。この安心感。噛むたびに、小麦の香りが砂糖の甘みに抱かれて、天国へ昇っていくようです……」

次に、王子のチョコ・リングを。
とろぉっ。
「……っ!? ……なんという、濃厚な背徳感! チョコの苦味と生地の油分が、口の中でワルツを踊っていますわ! 脳が、脳がチョコ色に染まりそうです!」

私は目をつむり、究極の選択を迫られた。
どちらも美味しい。どちらも、私のドーナツを愛してくれている。

「……決めましたわ」

二人が、固唾を飲んで私の唇を見つめる。

「勝者は…………『追い砂糖をしたチョコ・ドーナツ』ですわ!」

「「……は?」」

「閣下の砂糖のキレと、殿下のチョコのコク。……この二つを合わせたら、さらに美味しい『禁断の味』になることに気づきましたの! さあ、今すぐ二人で協力して、最高の新作を作ってくださいませ!」

「……協力だと?」
「僕が、この筋肉ダルマと……?」

二人は嫌そうな顔を見合わせたが、私は不敵に微笑んでトングを突きつけた。

「嫌なのですか? これこそが、私の求める『究極の融和(マリアージュ)』。……さあ、喧嘩している暇はありませんわよ! 開店まであと三十分ですわ!」

結局、二人は文句を言い合いながらも、驚くほど息の合ったコンビネーションで、史上最高の『シュガー・チョコ・リング』を完成させた。

その日、店は過去最高の売り上げを記録した。
……だが、一番の驚きは。

「……おい、ガナッシュ。そこ、砂糖のまぶし方が甘いぞ。やり直せ」
「うるさいな、筋肉。君こそ、チョコのテンパリングを筋肉で解決しようとするのはやめたまえ」

いつの間にか、ガナッシュ王子が店に居着いて、中将と一緒に働いていることだった。

「……なんだか、賑やかになりましたわね。ベーグル閣下」

「……ふん。皿洗いの手が一人増えただけだ。……それよりチュロス、私の砂糖の味、忘れるなよ」

中将が、私の耳元で低く囁いた。
その声に、私の心臓が、揚げたての生地のようにふわっと跳ねた。

恋のトッピングは、どうやら予想以上に「激甘」になりそうだった。
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