君との婚約を破棄する!と言われましたが、見つめ返してもよろしいですか?

ツナ

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「……冷える。……あまりにも、冷えすぎますわ」


王都を揺るがしたドーナツ祭の決勝戦。会場の熱気は最高潮に達するはずが、今、不自然なほどの寒波がステージを支配していた。


観客席の貴族たちがガタガタと震え、審査員のワインがグラスの中で凍りついている。
その中心に立つのは、隣国ショコラール王国の第一王子――氷のショコラ皇帝、ソルベ・デ・カカオ殿下であった。


「……情けないな、ガナッシュ。あのような油まみれの女と筋肉だるまに、我が国の誇るカカオが敗れるとは」


ソルベ殿下は、逃げ帰ったガナッシュ王子の頭を、凍りついた扇子で小突いた。
彼の背後には、巨大な氷の塊を削り出したかのような特製の調理台が置かれている。


「お、お兄様! 気をつけてください、あの女のトング捌きは異常です! それにあの男、馬を投げて空を飛ぶんです!」


「黙れ。……科学と芸術を欠いた料理など、ただの野蛮な餌だ。……見せてやろう。真の『静寂』を」


ソルベ殿下が手をかざすと、空気中の水分が結晶化し、キラキラと輝く粉雪が舞い散った。
彼は一切の加熱器具を使わず、液体窒素のように冷え切った特殊なチョコソースを生地に纏わせる。


「……な、なんですの、あの調理法。……火も油も使わずに、どうやってドーナツを完成させると言うのですか!?」


私はトングを握りしめ、震える声で叫んだ。
対するソルベ殿下は、冷徹な笑みを浮かべて答える。


「……『揚げる』という行為は、素材の水分を奪う暴力に他ならない。……私は、極限の冷気で分子を固定し、一滴の潤いも逃さずに円環を構築する。……名付けて『絶対零度チョコ・リング』だ」


彼が差し出したのは、銀色の霜を纏った、宇宙の深淵のように黒いチョコドーナツだった。
審査員たちが震える手でそれを口に運ぶ。


パキィィィン……。


「……っ!? …………冷たい。……だが、口に入れた瞬間にチョコが『昇華』して、脳を直接冷やされるような快感だ!」


「……甘みが……氷の刃となって、全身の血管を駆け巡る……! これは、夏の太陽すら凍りつかせる、神のデザートだ……!」


審査員たちが、感動のあまり青ざめた顔で(物理的に)絶賛する。
スコアボードには、過去最高の『99点』が叩き出された。


「……さあ、どうする、揚げ物令嬢。……お前の脂ぎったドーナツなど、私の氷の世界では一口で胃もたれするゴミに等しい」


ソルベ殿下の挑発に、私は悔しさで唇を噛んだ。
会場の床はすでに氷で覆われ、私の大切な揚げ油の温度も、冷気に当てられて急激に下がっている。


「……閣下。……ダメですわ。……油が温まりません。……このままでは、ただの『ベチャベチャした輪っか』になってしまいますわ……!」


絶望に沈む私の肩に、熱い、火傷しそうなほど熱い手が置かれた。


「……。……チュロス。……私の筋肉を、信じろ」


見上げると、ベーグル中将が全身から湯気を立てて立っていた。
彼の肌は、先ほどの『宝石ドーナツ』の反動で赤く火照り、まるで鍛え直された鋼鉄のように光っている。


「……閣下。……でも、あなたはもう、馬を投げたせいで体力が……」


「……馬一頭分など、お前への愛の重さに比べれば羽毛のようなものだ。……チュロス、油を捨てろ」


「……えっ!? 油を捨てる!? 何を仰るのですか!」


「……油など、もはや不要。……私が、直接『摩擦』で揚げる」


中将は、巨大な生地の塊を両手で挟み込んだ。
そして、その場で超高速の旋回を開始した。


シュゴォォォォォォッ!!


「……な、なんだあの動きは!? 人間が独楽(こま)のように回っているぞ!」


「……いいえ、違いますわ! 閣下は……手のひらの中で、生地を音速で回転させて、空気との摩擦熱で内部から加熱しているのですわ!」


中将の周囲の空気が、摩擦によって真っ赤に染まっていく。
ソルベ殿下が放つ絶対零度の冷気と、中将が放つ絶対熱量の筋肉。
二つの相反するオーラが激突し、会場には凄まじい嵐が吹き荒れた。


「……おおおおおっ! 燃えろ! 私の広背筋よ! チュロスのために、最高の発火点(フラッシュポイント)へ到達するのだぁぁぁぁ!!」


ドゴォォォォン!!


爆発的な熱風と共に、中将の手の中から「それ」が飛び出した。
それは、もはや油で揚げたものではない。
中将の筋肉による圧力と熱によって、成分が結晶化し、外はセラミックのように硬く、中は超高圧の蒸気で満たされた、究極の『核融合(ニュークリア)・リング』!


「……さあ、審査員! 冷え切った体を、これで焼き尽くすがいい!」


私は中将が命を懸けて生み出したドーナツを、空中でキャッチして皿に乗せた。
あまりの熱量に、審査員のテーブルが炭化していく。


「……はぐっ……!? ……っがぁぁぁぁぁ熱い!! 熱い、だが……止まらない!!」


「……中から溢れ出す熱い甘みが、氷漬けの魂を解かしていく……! これは、冬の時代を終わらせる……革命の味だ!!」


審査員たちは、口から火を吹きながら(物理的に)、満面の笑みで『100点』の札を掲げた。


「……馬鹿な。……私の絶対零度を、ただの筋肉の摩擦が上回るだと……!?」


ソルベ殿下が、ショックのあまり自分の氷の調理台ごと砕け散った。
勝利の鐘が鳴り響く。
私は、倒れ込む中将を必死に抱きとめた。


「閣下! 閣下、しっかりしてください! 全身から香ばしい匂いがしていますわよ!」


「……。……チュロス。……成功、したか……?」


「ええ、大成功ですわ! 私たちが、世界一のドーナツですわ!」


中将は満足げに微笑むと、私の腕の中で静かに寝息を立て始めた。
こうして、私たちは隣国の強敵を打ち破り、最強の『輪っか』の称号を手に入れたのである。


しかし、優勝した私たちに与えられた「願いを叶える券」。
それを使った瞬間、王都を揺るがすさらなる珍事が勃発することになるのだが……。
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