泣いていると思いました? 残念、断罪を回避いたしますわ。

どんぶり

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「ポルカ・ドット・ヴァイオリン公爵令嬢! 貴様のような心の醜い女は、王妃の座にふさわしくない。今この瞬間をもって、貴様との婚約を破棄する!」

 きらびやかなシャンデリアが輝く、王立学院の卒業記念パーティー会場。

 その中央で、第一王子シリウス・エトワールが朗々と声を響かせた。

 彼の傍らには、守護欲をそそるような儚げな表情をした男爵令嬢、ルル・ピュアハートが寄り添っている。

 会場に集まった生徒や貴族たちは、一斉に息を呑んだ。

 注目の的となったのは、華やかなドレスに身を包んだ公爵令嬢、ポルカである。

 彼女は現在、深く頭を垂れ、その肩を小刻みに震わせていた。

「おい、聞いているのかポルカ! あまりのショックに声も出ないか? 今さら泣いて許しを請うても遅いぞ!」

 シリウスは勝ち誇ったように笑い、隣のルルの肩を抱き寄せた。

「……ひっ、……ふ、……ふふっ」

 ポルカの口から漏れたのは、すすり泣きではなかった。

 彼女はゆっくりと顔を上げる。

 その瞳は涙で濡れるどころか、獲物を見つけた鷹のように鋭く、そして奇妙にギラついていた。

「申し訳ありません、シリウス殿下。あまりに予定通りのセリフだったので、つい笑いのツボに入ってしまいまして」

「……何だと?」

 ポルカは手に持っていた扇を閉じると、脇に抱えていた厚手の革製ファイルをバサリと開いた。

 そこには、びっしりと文字が書き込まれた書類が整理されている。

「殿下、今『心の醜い女』とおっしゃいましたわね。それは具体的に、どの案件を指しての発言でしょうか?」

「決まっているだろう! ルルの教科書を切り裂き、階段から突き落とし、さらには彼女の茶に毒を盛ろうとした……その数々の悪行だ!」

 ルルが怯えたようにシリウスの胸に顔を埋める。

「ああ、恐ろしい……。ポルカ様、どうしてあんなひどいことをなさったのですか?」

 会場からはポルカを非難するヒソヒソ声が上がり始めた。

 しかし、ポルカは動じない。

 彼女は流れるような動作で、ファイルから一枚の紙を取り出した。

「では、まず案件番号01『教科書切り裂き事件』から参りましょう。ルル様、教科書が切り裂かれたのは先月の十日、放課後の教室でのこととおっしゃいましたわね?」

「え、ええ……。ポルカ様がナイフを持って笑いながら……」

「残念。その時間、私は王立中央図書館の閲覧室におりましたわ。こちらが、図書館の入館証と、対応した司書三名の署名入りの『アリバイ証明書』です」

 ポルカが書類を高く掲げると、近くにいた教師たちがそれを確認し、驚きに目を見開いた。

「な、何だこの書類は……。日付も時間も、完璧に記録されているぞ」

「続いて案件番号02『階段突き落とし事件』。これは先々週の火曜日、中庭の裏階段でのことでしたわね?」

「……そ、そうよ! 誰もいないのをいいことに、私を突き飛ばして!」

 ポルカは次の書類をパラリと捲った。

「当日の天候は微風、気温は十八度。ルル様が転んだとされる時刻、私は生徒会室で次年度予算の承認印を押しておりましたわ。こちらが事務員五名の目撃証言と、その際に出された紅茶の領収書です。ちなみに、ルル様が転んだ場所は、清掃員が『ワックスを塗りすぎて滑りやすくなっていた』と報告書を上げている場所ですね。単純な不注意ですわ」

「ぐっ……。そ、れはたまたまアリバイがあっただけだ! だが毒の件はどう説明する!」

 シリウスが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 ポルカは深いため息をつき、ファイルをパタンと閉じた。

「殿下、私は公爵家の令嬢ですわよ? 毒を盛るなんて効率の悪いことはいたしません。もし私が誰かを排除したいと思ったら、まずその者の実家の資産状況を調査し、不祥事を洗い出し、法的に再起不能に追い込みます。その方が確実で、かつ合法的ですから」

 その言葉の重みに、会場がしんと静まり返った。

 ポルカの「事務能力」は学園内でも有名だったが、まさかこれほどまでとは誰も思っていなかったのだ。

「そもそも、ルル様のおっしゃる『毒』とは何でしょう? そのお茶を飲んで、体に異常は出ましたの?」

「そ、それは……お味が少し苦くて……」

「こちら、その日の茶葉の成分分析表です。ルル様が飲んだのは、美容に良いとされるが非常に苦味の強い『ゴーヤ茶』。私が注文したものではなく、ルル様ご自身が『ダイエットのために』と自費で購入された記録が残っておりますわ」

 ポルカは予備の眼鏡を取り出し、クイッと位置を直した。

「殿下。婚約破棄を宣言されるのは自由ですが、その理由に『無実の罪』を並べ立てるのは、公爵家に対する侮辱……いえ、国家に対する虚偽報告に当たりますわ。これまでの殿下の言動、そしてルル様の狂言の証拠。すべて、このファイルにまとめてあります」

「ま、待て……ポルカ。貴様、いつからそんな準備を……」

「シリウス殿下がルル様と鼻の下を伸ばして中庭で密会を始めた、三ヶ月前の十四日、午後二時十五分からですわ。一分単位の行動記録を録らせていただきました」

 ポルカの背後に、いつの間にか一人の青年が立っていた。

 若き宰相補佐、カイル・アインザッツである。

 彼は眼鏡の奥の瞳を冷ややかに光らせ、ポルカに会釈した。

「ポルカ嬢。約束の資料、受理いたしました。……殿下、少々お話があります。国王陛下も、あなたの『勇ましい』宣言を別室で聞いておられましたよ」

「な……父上が、ここに……!?」

 シリウスの顔から血の気が引いていく。

 ルルはガタガタと震え、シリウスの腕から離れようとしたが、カイルが差し向けた衛兵たちに速やかに包囲された。

「さて、殿下。婚約破棄は承諾いたしましたわ。書類にサインをいただけますかしら? あ、もちろん慰謝料の請求書もセットになっております。後でゆっくり、法廷で精査しましょうね」

 ポルカは満面の笑みで、一通の封筒を差し出した。

 それは、愛の告白などよりも遥かに重く、無慈悲な「ざまぁ」の始まりを告げる通知書であった。
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