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「……うっ、……ひっ、ふ……っ」
ポルカは顔を背け、両手で顔を覆った。
その華奢な肩は小刻みに震え、誰が見ても深い悲しみに打ちひしがれているように見えた。
会場の空気は一変し、シリウスに同情的だった者たちさえも、戸惑いの表情を浮かべる。
「あ、あー……なんだ。ポルカよ、ようやく自分の罪深さを自覚して涙が出てきたか?」
シリウスは少しだけたじろぎながらも、強引に言葉を続けた。
「泣いて済む問題ではないが、まあ、その殊勝な態度に免じて、ルルへの謝罪があれば追放だけは勘弁してやっても……」
「殿下! ポルカ様があまりに可哀想ですわ! 泣くほど後悔していらっしゃるなら、私の傷なんて……!」
ルルがここぞとばかりに「慈悲深い聖女」を演じ、シリウスの腕にすり寄る。
だが、ポルカの震えは止まらない。それどころか、ますます激しくなっていく。
「……ふ、ふふ。……ふふふふっ! ああ、失礼いたしました。あまりに数字の桁が美しくて、つい感極まってしまいましたわ」
ポルカがバッと顔を上げた。
そこには涙の一滴もなく、むしろ頬を紅潮させた興奮状態の女がいた。
「数字……? 何を言っているんだ貴様は」
「これですわ、シリウス殿下! 私がこの三年間、殿下に『投資』してきた金額の総計です!」
ポルカは懐から、先ほどのファイルとは別の、さらに分厚い一冊を取り出した。
表紙には金文字で『シリウス殿下更生・維持費用内訳書』と書かれている。
「貴様……それは婚約者として贈ったプレゼントのことか? 贈ったものを返せとは、公爵令嬢として卑しくないのか!」
「いいえ、プレゼントなどは微々たるものです。こちらをご覧ください。殿下が『ルル様との密会』のために授業をサボり、その穴埋めとして私が代筆したレポートの枚数。一通につき金貨一枚の労働賃金を換算しておりますわ」
ポルカがページをめくる指は、まるで楽器を奏でるように軽やかだ。
「さらに、殿下が夜な夜なルル様を連れ回した高級レストランのツケ。なぜかすべてヴァイオリン公爵家に回ってきておりましたので、立替金として利息年率十四パーセントで計上しております」
「なっ……! あれは、その、王家の威光を示すための経費で……!」
「王家の威光を公爵家の財布で示す必要はありませんわ。あと、こちら。ルル様が身につけていらっしゃるそのペンダント。私の誕生日に、殿下が『特別なルートで手に入れた一点ものだ』と言って、私の家の宝飾店から『ツケ』で持ち出したものですね?」
ポルカの指がルルの首元を指差す。
ルルは顔を引きつらせ、慌ててペンダントを隠した。
「そ、そんな……。これは殿下から『君の瞳のように美しい』と頂いたもので……」
「ええ、代金が未払いですので、所有権はまだ我が家にあります。今すぐその場で外してくださるかしら? それとも、窃盗罪で告発されたい?」
「ひ、ひいっ……!」
ルルは悲鳴を上げてペンダントをむしり取ると、床に転がした。
ポルカはそれを白い手袋をした手で拾い上げ、カイルへと手渡す。
「カイル様、証拠品として確保をお願いしますわ」
「承知いたしました。……それにしてもポルカ嬢、利息の計算が少々甘いのではありませんか? 深夜の代筆作業には時間外手当をつけるべきです」
カイルが淡々と付け加えると、シリウスの顔がさらに青ざめた。
「カイル! 貴様、王家の味方をせず、この女の肩を持つのか!」
「私は『正しい事務手続き』の味方をしているだけです。殿下、先ほど婚約破棄を宣言されましたね。それは『ポルカ嬢側の瑕疵(かし)』による一方的な破棄という認識でよろしいですか?」
「当然だ! この女がルルを虐めたから……!」
「では、その『虐め』が事実無根であると証明された場合……今度はポルカ嬢側から、殿下に対して『不当な名誉毀損』および『契約不履行』による巨額の損害賠償請求が可能になりますが、お覚悟は?」
カイルの眼鏡が冷たく光る。
シリウスはパクパクと口を動かすが、まともな反論が出てこない。
「あ、あの……殿下ぁ……。私、なんだか気分が悪くなってきましたわ……」
形勢不利と見たルルが、シリウスの胸の中で倒れ込むフリをする。
「ルル! 大丈夫か!? おい、医者だ! 医者を呼べ! ポルカ、貴様の冷徹な態度のせいでルルが……!」
「あら、ご心配なく。そちらのルル様の『体調不良』についても、既にデータがございますわ」
ポルカはファイルをさらに捲り、グラフが描かれたページを提示した。
「ルル・ピュアハート様。過去一ヶ月の統計によりますと、貴女様は自分にとって都合の悪い質問をされた際、九十八パーセントの確率で立ちくらみを起こし、一・五パーセントの確率で過呼吸のフリをされます。残りの〇・五パーセントは、お腹を壊したふりをして逃走ですね」
「……っ!!」
ルルが目を見開き、気絶するのを忘れてポルカを睨みつけた。
「本日は立ちくらみのパターンのようですけれど、角度が甘いですわ。もう少し首を傾けないと、シリウス殿下の肩に綺麗に収まりませんわよ?」
「き、貴様ぁぁ! 乙女の純真な心を踏みにじって……!」
シリウスが怒鳴るが、会場の者たちの視線は冷ややかだった。
「……おい、あれ本当か?」
「公爵令嬢が代筆したレポートで進級してたのかよ、第一王子……」
「不倫のツケを婚約者の家に回すなんて、いくらなんでも……」
ヒソヒソという囁き声が、シリウスのプライドを切り裂いていく。
ポルカは優雅にカーテシーをしてみせた。
「さて、殿下。泣いている暇などございませんわよ。今から始まるのは、感情のぶつかり合いではなく……厳格なる『清算』ですわ」
その時、会場の扉が大きな音を立てて開いた。
「そこまでだ、愚かな息子よ」
現れたのは、威厳に満ちた初老の男性。この国の王、アルベルト一世であった。
「ち、父上……!?」
「陛下! お越しをお待ちしておりましたわ」
ポルカは完璧な微笑みを浮かべ、手元のファイルを差し出した。
「こちらが、本日までにまとめました『王太子失格の証拠目録』全三百ページでございます」
ポルカは顔を背け、両手で顔を覆った。
その華奢な肩は小刻みに震え、誰が見ても深い悲しみに打ちひしがれているように見えた。
会場の空気は一変し、シリウスに同情的だった者たちさえも、戸惑いの表情を浮かべる。
「あ、あー……なんだ。ポルカよ、ようやく自分の罪深さを自覚して涙が出てきたか?」
シリウスは少しだけたじろぎながらも、強引に言葉を続けた。
「泣いて済む問題ではないが、まあ、その殊勝な態度に免じて、ルルへの謝罪があれば追放だけは勘弁してやっても……」
「殿下! ポルカ様があまりに可哀想ですわ! 泣くほど後悔していらっしゃるなら、私の傷なんて……!」
ルルがここぞとばかりに「慈悲深い聖女」を演じ、シリウスの腕にすり寄る。
だが、ポルカの震えは止まらない。それどころか、ますます激しくなっていく。
「……ふ、ふふ。……ふふふふっ! ああ、失礼いたしました。あまりに数字の桁が美しくて、つい感極まってしまいましたわ」
ポルカがバッと顔を上げた。
そこには涙の一滴もなく、むしろ頬を紅潮させた興奮状態の女がいた。
「数字……? 何を言っているんだ貴様は」
「これですわ、シリウス殿下! 私がこの三年間、殿下に『投資』してきた金額の総計です!」
ポルカは懐から、先ほどのファイルとは別の、さらに分厚い一冊を取り出した。
表紙には金文字で『シリウス殿下更生・維持費用内訳書』と書かれている。
「貴様……それは婚約者として贈ったプレゼントのことか? 贈ったものを返せとは、公爵令嬢として卑しくないのか!」
「いいえ、プレゼントなどは微々たるものです。こちらをご覧ください。殿下が『ルル様との密会』のために授業をサボり、その穴埋めとして私が代筆したレポートの枚数。一通につき金貨一枚の労働賃金を換算しておりますわ」
ポルカがページをめくる指は、まるで楽器を奏でるように軽やかだ。
「さらに、殿下が夜な夜なルル様を連れ回した高級レストランのツケ。なぜかすべてヴァイオリン公爵家に回ってきておりましたので、立替金として利息年率十四パーセントで計上しております」
「なっ……! あれは、その、王家の威光を示すための経費で……!」
「王家の威光を公爵家の財布で示す必要はありませんわ。あと、こちら。ルル様が身につけていらっしゃるそのペンダント。私の誕生日に、殿下が『特別なルートで手に入れた一点ものだ』と言って、私の家の宝飾店から『ツケ』で持ち出したものですね?」
ポルカの指がルルの首元を指差す。
ルルは顔を引きつらせ、慌ててペンダントを隠した。
「そ、そんな……。これは殿下から『君の瞳のように美しい』と頂いたもので……」
「ええ、代金が未払いですので、所有権はまだ我が家にあります。今すぐその場で外してくださるかしら? それとも、窃盗罪で告発されたい?」
「ひ、ひいっ……!」
ルルは悲鳴を上げてペンダントをむしり取ると、床に転がした。
ポルカはそれを白い手袋をした手で拾い上げ、カイルへと手渡す。
「カイル様、証拠品として確保をお願いしますわ」
「承知いたしました。……それにしてもポルカ嬢、利息の計算が少々甘いのではありませんか? 深夜の代筆作業には時間外手当をつけるべきです」
カイルが淡々と付け加えると、シリウスの顔がさらに青ざめた。
「カイル! 貴様、王家の味方をせず、この女の肩を持つのか!」
「私は『正しい事務手続き』の味方をしているだけです。殿下、先ほど婚約破棄を宣言されましたね。それは『ポルカ嬢側の瑕疵(かし)』による一方的な破棄という認識でよろしいですか?」
「当然だ! この女がルルを虐めたから……!」
「では、その『虐め』が事実無根であると証明された場合……今度はポルカ嬢側から、殿下に対して『不当な名誉毀損』および『契約不履行』による巨額の損害賠償請求が可能になりますが、お覚悟は?」
カイルの眼鏡が冷たく光る。
シリウスはパクパクと口を動かすが、まともな反論が出てこない。
「あ、あの……殿下ぁ……。私、なんだか気分が悪くなってきましたわ……」
形勢不利と見たルルが、シリウスの胸の中で倒れ込むフリをする。
「ルル! 大丈夫か!? おい、医者だ! 医者を呼べ! ポルカ、貴様の冷徹な態度のせいでルルが……!」
「あら、ご心配なく。そちらのルル様の『体調不良』についても、既にデータがございますわ」
ポルカはファイルをさらに捲り、グラフが描かれたページを提示した。
「ルル・ピュアハート様。過去一ヶ月の統計によりますと、貴女様は自分にとって都合の悪い質問をされた際、九十八パーセントの確率で立ちくらみを起こし、一・五パーセントの確率で過呼吸のフリをされます。残りの〇・五パーセントは、お腹を壊したふりをして逃走ですね」
「……っ!!」
ルルが目を見開き、気絶するのを忘れてポルカを睨みつけた。
「本日は立ちくらみのパターンのようですけれど、角度が甘いですわ。もう少し首を傾けないと、シリウス殿下の肩に綺麗に収まりませんわよ?」
「き、貴様ぁぁ! 乙女の純真な心を踏みにじって……!」
シリウスが怒鳴るが、会場の者たちの視線は冷ややかだった。
「……おい、あれ本当か?」
「公爵令嬢が代筆したレポートで進級してたのかよ、第一王子……」
「不倫のツケを婚約者の家に回すなんて、いくらなんでも……」
ヒソヒソという囁き声が、シリウスのプライドを切り裂いていく。
ポルカは優雅にカーテシーをしてみせた。
「さて、殿下。泣いている暇などございませんわよ。今から始まるのは、感情のぶつかり合いではなく……厳格なる『清算』ですわ」
その時、会場の扉が大きな音を立てて開いた。
「そこまでだ、愚かな息子よ」
現れたのは、威厳に満ちた初老の男性。この国の王、アルベルト一世であった。
「ち、父上……!?」
「陛下! お越しをお待ちしておりましたわ」
ポルカは完璧な微笑みを浮かべ、手元のファイルを差し出した。
「こちらが、本日までにまとめました『王太子失格の証拠目録』全三百ページでございます」
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