泣いていると思いました? 残念、断罪を回避いたしますわ。

どんぶり

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「……三百ページ、だと?」

 国王アルベルト一世は、ポルカから差し出されたファイルの重みに、思わず眉をひそめた。

 その厚みは、一国の予算案をも凌駕する威圧感を放っている。

「はい。シリウス殿下の公務怠慢、公金横領に等しい不適切な支出、さらには学園内における風紀乱麻の証拠。すべて日報形式でまとめてありますわ」

 ポルカは背筋をぴんと伸ばし、誇らしげに言い放った。

「ば、バカな! 父上、騙されないでください! こんなものはポルカが私を陥れるために捏造したデタラメです!」

 シリウスが必死に叫ぶが、国王は既にファイルの数ページを捲り、その顔色を急速に土気色へと変えていた。

「……シリウスよ。先月、お前が『視察のため』と称して引き出した予備費……その行き先が、なぜ隣国の特産品である最高級の香水百本になっているのだ?」

「そ、それは……将来の王妃となるルルのために……」

「ルル様はまだ男爵令嬢であり、婚約者でもありませんわね。はい、百五十二ページをご覧ください」

 ポルカが指し示したページには、香水の購入日時、店舗名、さらにはシリウスが店員に放った「ポルカには内緒だぞ」という恥ずかしいセリフまでが、一言一句漏らさず記載されていた。

「これ、録音魔道具による音声記録もございますけれど、会場の皆様にお聞かせしましょうか?」

「やめろ! 頼むからやめてくれ!」

 シリウスが頭を抱えてしゃがみ込む。

 その横で、ルルが震えながら国王に縋り付こうとした。

「陛下ぁ! 私はただ、殿下の愛を信じていただけなんです! ポルカ様のこの書類は、愛を失った女の執念による呪いですわ!」

 国王はルルの手を冷淡に振り払うと、隣に控えるカイルに問いかけた。

「カイル・アインザッツ。宰相補佐として、この書類の信憑性はどう見る?」

「九十九・九パーセントの確率で事実です。残り〇・一パーセントは、あまりの細かさに私の理解が追いつかない部分ですが……例えば『殿下の靴下の履き間違い回数』などは、国家の運営には不要かと」

「あら、カイル様。身なりの乱れは心の乱れ。心の乱れは政の乱れですわよ」

 ポルカが不満げに口を尖らせると、カイルは苦笑いして肩をすくめた。

「失礼しました。とにかく陛下。ポルカ嬢が殿下の代わりに行っていた公務の処理能力は、現在の文官十人分に相当します。彼女がいなければ、今頃この国の行政は三回は止まっていたでしょう」

 会場にいた貴族たちが、驚愕の声を漏らす。

「十人分……!? あの書類仕事が趣味のような令嬢が、そこまで……」

「つまり、シリウスはポルカに実務をすべて押し付け、自分は男爵令嬢と遊んでいたということか」

 国王の拳が震えている。

 彼はゆっくりとシリウスを見下ろした。

「シリウス。お前がポルカとの婚約を破棄したいという願い、聞き届けよう」

「あ、本当ですか父上! では、ルルとの結婚を――」

「黙れ。話は最後まで聞け」

 国王の声が地を這うように響く。

「婚約を破棄するのは、お前が『王太子の地位』を剥奪された後だ。平民となった男が、公爵令嬢と婚約している道理はないからな」

「……え?」

 シリウスの時間が止まった。

 ルルの口からも、情けない「はひ?」という声が漏れる。

「ポルカ嬢。これまでの多大なる公務の代行、そして我が愚息の不祥事を暴いた功績に感謝する。お前ほどの才覚ある者を、このような愚か者に縛り付けていたことを詫びよう」

「もったいないお言葉ですわ、陛下。ですが、お詫びは言葉よりも『予算』でいただけますと幸いです」

 ポルカはちゃっかりと、別の請求書(こちらは薄い)を差し出した。

「今後、私が立ち上げる『公文書管理コンサルタント』への初期投資としていただければ」

「……ははは! この状況で商談を始めるとは、お前らしいな」

 国王は豪快に笑うと、カイルに命じた。

「カイル。シリウスとこの娘を連れて行け。沙汰が決まるまで地下牢にて『事実確認』という名の反省会だ」

「承知いたしました。……さあ、殿下。ポルカ嬢が用意した、過去三年の反省文(下書き済み)が千枚ほどあります。すべて自筆で清書していただきますよ」

「いやだぁぁ! そんなの指が死んでしまう!」

 シリウスとルルは、引きずられるようにして会場から連れ出されていった。

 静まり返ったパーティー会場で、ポルカは優雅に扇を広げ、カイルに向かって微笑んだ。

「カイル様。これでようやく、私のデスクが片付きますわね」

「いいえ、ポルカ嬢。あなたの新しいデスクは、今日から私の隣……宰相官邸の特等席に用意してありますよ」

 カイルのその言葉に、ポルカは今日初めて「想定外」という表情を見せた。

「……それは、残業代は出るのでしょうか?」

「私の愛という名の無限報酬では足りませんか?」

「数字で示していただけない愛は、福利厚生に含まれませんわ」

 二人のやり取りに、会場からは失笑と、そして新しい時代の幕開けを予感する拍手が湧き起こった。
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