泣いていると思いました? 残念、断罪を回避いたしますわ。

どんぶり

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「……皆様、今夜は実にお美しい。ですが、そのシャンパンの一泡一泡が、国民の血税から算出されているという自覚はございますかしら?」


 王都随一の豪華さを誇るモルガン伯爵邸。大広間を埋め尽くす貴族たちの視線が、入り口に立った一組の男女に注がれた。


 漆黒のタキシードを完璧に着こなしたカイル・アインザッツ。そして、その隣で白銀のドレスを纏い、片手に不釣り合いなほど分厚い「監査ファイル」を抱えたポルカ・ドット・ヴァイオリンである。


「これはこれは、ポルカ嬢。婚約破棄されて以来、大人しく家で泣いているものと思っておりましたが……。まさか、このような華やかな席に、不作法な束を持って現れるとは」


 夜会の主役であるモルガン伯爵が、嫌味な笑みを浮かべて歩み寄ってきた。


 彼はグラスを傾け、周囲の貴族たちと目配せをする。


「公爵家の教育も地に落ちたものだ。事務官の真似事をして、一体何を企んでいるのかね?」


「企む? 失礼ね、伯爵。私はただ、この夜会の『費用対効果』があまりに低いことを指摘しに来ただけですわ」


 ポルカは、扇を開くように流れる動作でファイルを展開した。


「案件番号26『モルガン邸における過剰な接待費の妥当性調査』。……伯爵、今夜のこの花飾り、隣国の特産品である『クリスタル・リリー』ですわね。市場価格で言えば、一輪あたり金貨一枚。この広間に三千輪……。これだけで、一村の半年分の食料が買えますわ」


「ふん、社交界の体面というものだ。それくらいの経費、私のポケットマネーで……」


「あら、そのポケットは隣国の国庫と繋がっているのかしら?」


 ポルカの言葉に、会場が凍りついた。


 モルガン伯爵の眉間がピクリと動く。


「……何を馬鹿な。妄言も休み休み言いたまえ」


「妄言かどうかは、この『二重帳簿』が証明してくださいますわ。カイル様、例のブツを」


 カイルが、懐から一冊の古い手帳を取り出した。それは、エトワール地方の代官邸でポルカが見つけ出した、あの暗号化された複式簿記の原本である。


「伯爵。この手帳に記された『特別な寄付金』の送り主……。その筆跡と指紋、あなたの執務室にある公文書と完全に一致いたしました。……あ、言い忘れましたが、私の実家であるヴァイオリン公爵家は、国内最大の鑑定魔導具ギルドを傘下に持っておりますの。証拠の精度は100パーセントですわ」


「な、なっ……!? 貴様ら、不法侵入したのか!」


「いいえ。これは『公的な実地調査』です。……カイル様、モルガン伯爵の現在の心拍数と発汗量から推測される『有罪率』を教えていただけますこと?」


「ええ、ポルカ。99.99パーセントですね。残りの0.01パーセントは、彼が極度のあがり症であるという、あり得ない仮定に基づいた誤差です」


 カイルが冷たく言い放つと、周囲の貴族たちがサッとモルガン伯爵から距離を置いた。


 モルガン伯爵は顔を真っ赤にし、ポルカに向かって怒鳴り散らした。


「証拠だと!? そんな紙切れ一つで、この私を裁けると思っているのか! 私は王国の重鎮だぞ!」


「紙切れではありませんわ。これは『貴方の人生の最終決算書』です」


 ポルカは、ファイルの中からさらに一枚の書類を抜き出した。


「伯爵。貴方が隣国と結んだ『シリウス殿下を傀儡にするための密約』。その報酬の支払いに使われた口座は、あのシリウス様の『らぶらぶファンド』の裏側に隠蔽されていましたわ。……事務的に見て、この資金洗浄(マネーロンダリング)の手法は実に見事でしたが、いかんせん、端数の処理が雑すぎましたわね」


「……ぐぬっ……!」


「一円のズレも、一人の裏切り者も、私の計算からは逃げられません。……さあ、伯爵。今夜の夜会のメインイベントを始めましょうか」


 ポルカが合図を出すと、会場のすべての扉が開き、王宮近衛騎士団が雪崩れ込んできた。


「モルガン伯爵。国家反逆、公金横領、および他国との不適切な通牒の疑いで、身柄を拘束させていただきます」


 近衛隊長の言葉に、モルガン伯爵はその場に膝をついた。


 手に持っていたクリスタルのグラスが床に落ち、粉々に砕け散る。


「……ポルカ。君のような事務屋の娘に、私の大志が壊されるとは……」


「大志? いいえ、それはただの『計算間違い』ですわ、伯爵。……お疲れ様でした。残りの人生は、地下牢で正確な反省文の文字数を計算して過ごされるとよろしいですわ」


 伯爵が連行されていく中、ポルカは深くため息をつき、ファイルをパタンと閉じた。


「……ふぅ。これでようやく、最大手の不良債権が片付きましたわね。……カイル様、本日の残業時間はこれで終了でしょうか?」


「いいえ、ポルカ。まだ一番大事な『未決済事項』が残っています」


 カイルが、混乱する会場の真ん中で、ポルカの手をそっと取った。


「……なんですの、その改まった顔は。まだ未報告の汚職でも見つかりましたか?」


「ええ。私の心の中に、あなたへの『愛という名の負債』が溜まりすぎて、もうパンクしそうなんです。……今夜、この夜会の残ったワインを片付けながら、私のプロポーズ案の損益分岐点を計算してくれませんか?」


「……カイル様。その案件、検討にはかなりの時間と、高いコストがかかりますわよ?」


「望むところです。一生かけて、あなたへの配当を支払い続けますから」


 ポルカは、わずかに頬を染めながら、手元のファイルを強く抱きしめた。


「……承諾いたしました。ただし、契約書は五通、公証人の立ち会い必須ですわよ」


 二人の笑い声が、豪華絢爛な夜会会場に響き渡った。
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