泣いていると思いました? 残念、断罪を回避いたしますわ。

どんぶり

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「……ポルカ・ドット・ヴァイオリン特任官。貴殿に『公金横領』および『上司との不適切な交際』の疑いが浮上した。神聖なる王宮の風紀を乱す行為、到底見過ごすわけにはいかん!」


 王宮の円卓会議室。居並ぶ老貴族たちの中心で、軍務卿のアイアンブラッド将軍が、机が割れんばかりの勢いで拳を叩きつけた。


 彼の背後には、予算を削られて恨み骨髄の官僚たちが、勝ち誇ったような顔で控えている。


 対するポルカは、一点の曇りもない眼鏡を指先で直し、手元の資料を一枚捲った。


「案件番号30『根拠なき誹謗中傷による業務妨害』。……将軍、その勇ましいお声は評価いたしますが、事務的な裏付けはお持ちですの?」


「しらばっそれるな! これを見ろ!」


 将軍が投げ出したのは、数枚の魔導写真だった。


 そこには、深夜の官邸でカイルとポルカが至近距離で密談している姿や、ポルカが大量の宝石箱を運び込ませている場面が映し出されている。


「深夜、男の部屋に忍び込み、公金で宝石を買い漁る……。これが悪役令嬢の本性か! 貴様のような不潔な女に、国の財布を預けるわけにはいかん!」


 会場に「そうだそうだ!」という保守派貴族たちの怒号が響く。


 しかし、ポルカは深くため息をつき、憐れむような目で将軍を見つめた。


「……将軍。貴方は、写真の『解釈』を間違えていらっしゃいますわ」


「何だと?」


「まず一枚目。カイル様と密着しているように見えるこれ。……拡大してご覧なさい。私たちが注視しているのは、貴方の部署が提出した『架空の兵糧発注書』の矛盾点ですわ。カイル様が指を指しているのは私の肩ではなく、六万枚の金貨が消えた『謎の注釈欄』です」


「な……っ!?」


「続いて二枚目。宝石箱を運び込ませているというこれ。……中身、確認されました? これらは宝石ではなく、監査部で導入した『最新型・高速演算用魔石』の基盤ですわ。一箱につき一万回の計算を同時並行で行える優れものです。……ちなみに、これの購入費は私の『私財』から出ております。領収書はこちらですわ」


 ポルカが提示した領収書には、確かに公爵家の個人資産からの出金記録が刻まれていた。


「不適切な交際? 笑わせないでください。私とカイル様の間にあるのは、不適切な関係ではなく、『二十四時間体制の徹底的な職務遂行(オーバーワーク)』という名の共依存関係ですわ。愛を囁く暇があるなら、貴方の隠し口座のパスワードを解読する時間に充てております」


「う、ぐ……。だ、だが、深夜に及ぶ密会は事実だろう! 未婚の男女が二人きりなど……」


「あら、カイル様。将軍に『防音結界内での残業』の有効性について、解説して差し上げたら?」


 隣で静かに見守っていたカイルが、優雅に立ち上がった。


「将軍。彼女を辱めるような発言は、私に対する宣戦布告と受け取ってもよろしいですか? ……ちなみに、その写真を撮影したスパイの雇用費。軍の『演習費』から算出されていますね。公金を使って部下の不祥事ではなく、他部署の不倫を捏造しようとする……。これは立派な『背任罪』ですよ」


 カイルの瞳が、凍りつくような冷たさを帯びる。


「……そして、ポルカ。将軍が隠していた『本命の資料』は、既に確保済みですよね?」


「ええ。将軍、貴方がこのスキャンダルを捏造するために使った工作員……。実は、彼らも私の『事務の網』にかかっておりますの。……彼ら、給与の未払いに不満を持っていらっしゃいましたわよ? 将軍が彼らに払うべき報酬を、自分の愛人のドレス代に充てていたという証言を得ております」


「な……ば、馬鹿な! あいつら、裏切ったのか!」


「事務的に見て、給与の未払いは契約違反ですもの。裏切られて当然ですわ。……案件番号31『捏造の裏付け捜査による逆転勝訴』。……将軍、貴方の軍務卿としての任期は、今この瞬間をもって終了いたしました」


 ポルカが算盤をパチンと一回弾く。それが、審判の合図だった。


「近衛騎士団。将軍を、先ほど捏造された写真と同じ構図で……つまり、『罪人として』連行してください」


 騎士たちが踏み込み、将軍の腕を拘束する。


「離せ! ポルカ! 貴様、ただの令嬢のくせに……! 数字だけで国が動くと思うなよ!」


「いいえ、将軍。数字こそが、嘘をつけない唯一の言語なのですわ。……お疲れ様でした。地下牢での食事のカロリー計算、しっかり自分で行ってくださいね」


 将軍たちが連行され、静まり返った会議室で、ポルカは疲れたように椅子に座り直した。


「……カイル様。スキャンダルの対応というのは、通常業務に比べて生産性が極めて低いですわね。二度とこのような非効率な真似はさせないでくださいまし」


「お疲れ様です、ポルカ。……捏造された写真ですが、一点だけ不満が」


「何かしら?」


「もっと綺麗に、我々の『仲の良さ』が伝わる角度で撮らせるべきでした。……今度、公式な肖像画を依頼しましょう。もちろん、私の私財で、福利厚生の一環として」


「……カイル様。その案件、とりあえず『保留』にしておきますわ。……心拍数が上がりすぎて、次の計算に支障が出そうですもの」


 ポルカは耳を赤くして、広げられた帳簿で顔を隠した。


 悪役令嬢を嵌めようとした陰謀は、彼女の「事務の力」の前に、跡形もなく粉砕されたのである。
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