13 / 28
13
しおりを挟む
「……カイル様。この国の財務省の方々は、算術の基礎を義務教育からやり直すべきではありませんこと?」
王立監査部、部長室。ポルカは、積み上げられた「国家予算概算要求書」の一角を指先で弾き、深い溜息をついた。
その瞳には、かつてないほどの軽蔑と、それ以上に深い「整理欲」が宿っている。
「おやおや、手厳しい。彼らも一応、この国屈指の秀才が集まる財務省のエリートたちですよ?」
カイルが、淹れたてのハーブティーをポルカの机に置きながら苦笑する。
「エリート? 笑わせないでください。この『予備費』という名のブラックホールをご覧ください。全体の予算の十五パーセントが『使途不明だが、とりあえず必要』という理由で計上されていますわ。事務的に見て、これは予算書ではなく『ただの願望リスト』ですわね」
ポルカは、真っ赤なペンを魔法の杖のように振りかざした。
「案件番号29『国家予算におけるどんぶり勘定の根絶』。……カイル様、本日予定されている財務省との予算ヒアリング、私の算盤をフル稼働させてもよろしいかしら?」
「ええ、存分に。国王陛下からも『ポルカ嬢のメスで、腐った財政を切り刻んでくれ』との勅命をいただいております」
「光栄ですわ。……さあ、無能なエリートたちを、数字の真実で震え上がらせて差し上げましょう」
一時間後。王宮の大会議室には、脂汗を流す財務省の官僚たちがずらりと並んでいた。
その中心で、ポルカは冷徹な「監査官モード」で書類を捲っている。
「……では、財務次官殿。この『王宮噴水維持費・特別枠』について説明をいただけますかしら?」
次官と呼ばれた初老の男が、ハンカチで額を拭いながら立ち上がった。
「は、はい。それは……王宮の美観を保つための、魔法触媒の交換費用でございまして……」
「嘘をおっしゃい。王宮の噴水は昨年の改修で『永久循環魔導式』に変更されており、触媒の交換は百年に一度で済むはずです。……この計上されている金貨五百枚、実際にはどこの『裏庭』に消えたのかしら?」
「そ、それは……その、計算上の誤差で……」
「誤差? 金貨五百枚の誤差が出る算盤をお使いなら、今すぐ窓から投げ捨てなさい。私の計算によりますと、その資金は貴方の従弟が経営する『実体のない造園会社』へ流れていますわね」
ポルカが資料を一枚、机に叩きつけた。そこには、完璧な資金追跡図(マネーフロー)が描かれていた。
「ひ、ひいいっ! な、なぜそれを……!?」
「事務の力、侮らないでいただきたいわ。……次。軍務省の『演習用偽装ターゲット購入費』。これ、単価が市場価格の三倍になっていますわね? 納入業者は……あら、モルガン伯爵の遠縁の商会。……伯爵は捕まりましたが、その吸い取り口はまだ生きていたようですわね」
ポルカのペンが、次々と予算書に真っ赤な×印をつけていく。
官僚たちは、まるで死刑宣告を待つ罪人のように項垂れた。
「……ポルカ嬢、少しペースを落としませんか? このままだと、今日中に財務省の人間が半分ほど失職してしまいそうです」
カイルが隣で楽しげに耳打ちする。
「あら、無能な人員を整理するのも立派なコストカットですわ。……カイル様、見てください。この『迎賓館用・最高級シルクのカーテン代』。迎賓館の窓の総面積に対し、発注された布の量が四倍もありますの。……余った布で、官僚の方々のパジャマでも作ったのかしら?」
「……おそらく、その通りでしょうね。彼ら、最近お揃いのシルクのネクタイをしていますし」
カイルの冷ややかな指摘に、若手の官僚が一人、耐えきれずに泣き崩れた。
「もう嫌だぁ……! 公爵令嬢が、なぜあんな細かい端数まで把握しているんだ……! 悪魔だ、数字の悪魔だ!」
「失礼ね。私はただの『整理整頓が好きな公爵令嬢』ですわ」
ポルカは優雅に立ち上がり、山のような書類を一瞥した。
「……本日、私が却下した予算案の合計、金貨二十万枚。これをすべて、前回の堤防再建費、および領民への減税に充てます。……財務次官殿、何か異議はございますかしら?」
「……い、異議など……ございません……」
「よろしい。……では、カイル様。次の会議は『王立騎士団の装備調達費の闇』ですわね」
「ええ。彼らも、あなたの算盤の音を聞くだけで逃げ出す準備をしているそうですよ」
会議室を出るポルカの背中は、もはや一国の王女のような威厳に満ちていた。
「……カイル様。国家予算を整理するというのは、実に、最高のエンターテインメントですわね」
「……はは、それをエンタメと言えるのは、世界中であなただけですよ、ポルカ」
カイルは眩しそうな目で彼女を見つめ、その手を取った。
「……ですが、そんなあなたの『事務の刃』が、この国を救う。私は、その刃を研ぐための砥石として、一生あなたに寄り添いましょう」
「……カイル様。今の比喩、少しだけロマンチックな係数が高すぎて、計算が狂いそうですわ」
ポルカは赤くなった顔を隠すように、次の資料を読み始めた。
国家の闇を数字で切り裂く監査官。彼女の「本当の戦い」は、まだ始まったばかりであった。
王立監査部、部長室。ポルカは、積み上げられた「国家予算概算要求書」の一角を指先で弾き、深い溜息をついた。
その瞳には、かつてないほどの軽蔑と、それ以上に深い「整理欲」が宿っている。
「おやおや、手厳しい。彼らも一応、この国屈指の秀才が集まる財務省のエリートたちですよ?」
カイルが、淹れたてのハーブティーをポルカの机に置きながら苦笑する。
「エリート? 笑わせないでください。この『予備費』という名のブラックホールをご覧ください。全体の予算の十五パーセントが『使途不明だが、とりあえず必要』という理由で計上されていますわ。事務的に見て、これは予算書ではなく『ただの願望リスト』ですわね」
ポルカは、真っ赤なペンを魔法の杖のように振りかざした。
「案件番号29『国家予算におけるどんぶり勘定の根絶』。……カイル様、本日予定されている財務省との予算ヒアリング、私の算盤をフル稼働させてもよろしいかしら?」
「ええ、存分に。国王陛下からも『ポルカ嬢のメスで、腐った財政を切り刻んでくれ』との勅命をいただいております」
「光栄ですわ。……さあ、無能なエリートたちを、数字の真実で震え上がらせて差し上げましょう」
一時間後。王宮の大会議室には、脂汗を流す財務省の官僚たちがずらりと並んでいた。
その中心で、ポルカは冷徹な「監査官モード」で書類を捲っている。
「……では、財務次官殿。この『王宮噴水維持費・特別枠』について説明をいただけますかしら?」
次官と呼ばれた初老の男が、ハンカチで額を拭いながら立ち上がった。
「は、はい。それは……王宮の美観を保つための、魔法触媒の交換費用でございまして……」
「嘘をおっしゃい。王宮の噴水は昨年の改修で『永久循環魔導式』に変更されており、触媒の交換は百年に一度で済むはずです。……この計上されている金貨五百枚、実際にはどこの『裏庭』に消えたのかしら?」
「そ、それは……その、計算上の誤差で……」
「誤差? 金貨五百枚の誤差が出る算盤をお使いなら、今すぐ窓から投げ捨てなさい。私の計算によりますと、その資金は貴方の従弟が経営する『実体のない造園会社』へ流れていますわね」
ポルカが資料を一枚、机に叩きつけた。そこには、完璧な資金追跡図(マネーフロー)が描かれていた。
「ひ、ひいいっ! な、なぜそれを……!?」
「事務の力、侮らないでいただきたいわ。……次。軍務省の『演習用偽装ターゲット購入費』。これ、単価が市場価格の三倍になっていますわね? 納入業者は……あら、モルガン伯爵の遠縁の商会。……伯爵は捕まりましたが、その吸い取り口はまだ生きていたようですわね」
ポルカのペンが、次々と予算書に真っ赤な×印をつけていく。
官僚たちは、まるで死刑宣告を待つ罪人のように項垂れた。
「……ポルカ嬢、少しペースを落としませんか? このままだと、今日中に財務省の人間が半分ほど失職してしまいそうです」
カイルが隣で楽しげに耳打ちする。
「あら、無能な人員を整理するのも立派なコストカットですわ。……カイル様、見てください。この『迎賓館用・最高級シルクのカーテン代』。迎賓館の窓の総面積に対し、発注された布の量が四倍もありますの。……余った布で、官僚の方々のパジャマでも作ったのかしら?」
「……おそらく、その通りでしょうね。彼ら、最近お揃いのシルクのネクタイをしていますし」
カイルの冷ややかな指摘に、若手の官僚が一人、耐えきれずに泣き崩れた。
「もう嫌だぁ……! 公爵令嬢が、なぜあんな細かい端数まで把握しているんだ……! 悪魔だ、数字の悪魔だ!」
「失礼ね。私はただの『整理整頓が好きな公爵令嬢』ですわ」
ポルカは優雅に立ち上がり、山のような書類を一瞥した。
「……本日、私が却下した予算案の合計、金貨二十万枚。これをすべて、前回の堤防再建費、および領民への減税に充てます。……財務次官殿、何か異議はございますかしら?」
「……い、異議など……ございません……」
「よろしい。……では、カイル様。次の会議は『王立騎士団の装備調達費の闇』ですわね」
「ええ。彼らも、あなたの算盤の音を聞くだけで逃げ出す準備をしているそうですよ」
会議室を出るポルカの背中は、もはや一国の王女のような威厳に満ちていた。
「……カイル様。国家予算を整理するというのは、実に、最高のエンターテインメントですわね」
「……はは、それをエンタメと言えるのは、世界中であなただけですよ、ポルカ」
カイルは眩しそうな目で彼女を見つめ、その手を取った。
「……ですが、そんなあなたの『事務の刃』が、この国を救う。私は、その刃を研ぐための砥石として、一生あなたに寄り添いましょう」
「……カイル様。今の比喩、少しだけロマンチックな係数が高すぎて、計算が狂いそうですわ」
ポルカは赤くなった顔を隠すように、次の資料を読み始めた。
国家の闇を数字で切り裂く監査官。彼女の「本当の戦い」は、まだ始まったばかりであった。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄のススメ!王子の「真実の愛」見つけて差し上げます
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢メロア・クレーベルの隣には、非の打ち所がない完璧すぎる婚約者、ジークハルト王子が君臨している。このまま結婚すれば、待っているのは「王妃教育」と「終わらない公務」という名の過労死コース……。
「嫌ですわ! わたくし、絶対に婚約破棄して隠居してみせますわ!」
決意したメロアは、入学したての学園で、王子の「真実の愛の相手(ヒロイン)」を見つけ出し、自分を捨ててもらうという作戦を開始する。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。
ハチワレ
恋愛
「リリム・フォン・アスタロト! 貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの最中、婚約者である王太子エリオットから身に覚えのない罪を突きつけられた公爵令嬢リリム。隣には「真実の愛」を語るマシュマロ系男爵令嬢シャーリーの姿。
普通の令嬢なら泣き崩れる場面――だが、リリムは違った。
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
※他サイト様にも掲載中です
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる