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「……待ちなさい。このお釣り、事務的に見て『不合格』ですわ」
王都の目抜き通りにある高級パティスリー。新作のマカロンを購入したポルカは、店員から渡された金貨を手のひらで転がし、ぴたりと動きを止めた。
背後で荷物持ち(という名のエスコート)をしていたカイルが、不思議そうに首を傾げる。
「ポルカ? 枚数は合っているようですが。……まさか、偽造通貨ですか?」
「いいえ、カイル様。材質は本物の金ですわ。ですが……重さが違います。この十エトワール金貨、本来の規定重量より一ミリグラム……いえ、正確には一・二ミリグラムほど軽いですわ」
ポルカは懐から、宝石鑑定用の超精密天秤を取り出すと、店のカウンターで堂々と計測を始めた。
店員が困惑した顔でそれを見守る中、天秤の針は非情な真実を指し示す。
「……九・九九八八グラム。……案件番号33『国家通貨の意図的な摩耗および品質低下』。カイル様、これはただの劣化ではありませんわ。組織的な『削り取り(クリッピング)』が行われていますわね」
カイルの瞳が、一瞬で鋭く細まった。
「……削り取り? 金貨の縁をわずかに削り、その粉を集めて着服する古典的な犯罪ですが……。今の王宮の管理体制で、そんなことが可能だと思っている者がいるのですか?」
「ええ。しかも、この削り方は極めて高度ですわ。肉眼では判別できないほど精密に、かつ全流通量の数パーセントに及ぶ規模で実行されています。……事務的に見て、これは個人の犯行ではなく、王立造幣局の内部に協力者がいなければ不可能ですわ」
ポルカは、店から受け取った全てのお釣りをカイルに手渡した。
「このマカロンの価格が三ヶ月前より二パーセント上昇していた理由が分かりましたわ。……市場に流れる金の総量が実質的に減少し、貨幣価値が歪められている。これは、この国に対する『経済テロ』ですわよ」
パティスリーを後にした二人は、すぐさま王立造幣局へと向かった。
出迎えたのは、最近、失脚したモルガン伯爵の推薦で局長に就任したばかりの、シルバ卿という男だった。
「おお、監査部のポルカ嬢とカイル殿。……このような場所に、一体何の御用で? あいにく、金の精錬作業中でして、お見せできるようなものは……」
「シルバ卿。ご挨拶は結構ですわ。今すぐ、直近三ヶ月の『地金投入量』と『硬貨鋳造数』の照合記録を出してください」
ポルカは、入り口の受付デスクにドン、と分厚い監査ファイルを置いた。
「……なっ!? 急に何を……。記録は全て正常です! 一ミリの狂いもありません!」
「あら、一ミリの狂いもないのが一番怪しいんですわよ。……カイル様、そこの金庫にある『試作硬貨』を抜き打ちで計測させていただきますわね」
「ええ、許可します。……シルバ卿、抵抗は無駄ですよ。彼女の指先は、どんな精密機器よりも『数字の嘘』に敏感ですから」
カイルが衛兵を制し、ポルカが金庫から取り出したばかりの新貨を天秤に乗せる。
「……案の定ですわ。九・九九グラム。……シルバ卿、削り取った金の粉、どこに隠しましたの? 貴方の私邸の地下室かしら、それとも隣国の商会への『秘密の献金』かしら?」
「そ、それは……! 単なる製造誤差だ! 機械の調子が……!」
「機械の調子で、全ての硬貨が均一に『軽く』なるはずがありませんわ。……カイル様、造幣局の職員たちの給与台帳を見せていただけます? ……あ、ありましたわ。特定の職員たちにだけ、毎月『特別メンテナンス手当』という名目で、市場価格より遥かに高価な『研磨剤』の購入費用が支払われています。……これで、金の粉を合法的に持ち出していたわけですわね」
ポルカの算盤が、猛烈な速さで弾かれる。
「削り取られた金の総量、推定で金貨一万枚分。……これを今の市場価格で換算すると……あら、隣国の軍艦一隻分の価格と一致いたしますわね」
シルバ卿が、ガタガタと震えながらその場に崩れ落ちた。
「……モルガン伯爵が言っていた……。事務屋の娘だと油断するなと……。だが、まさか一ミリグラムの違いで見抜くなんて、化け物か……!」
「失礼ね。私はただ、正しい計量を愛しているだけですわ。……カイル様、この方の拘束と、流出した金の行方の特定をお願いします」
カイルは、呆れたような、しかし深い愛情のこもった目でポルカを見つめた。
「……ポルカ。君は本当に、この国の『最後の防波堤』ですね。……まさかマカロンを買いに行って、国家破綻を未然に防いでしまうとは」
「……マカロンの味が、以前よりわずかに『安っぽく』感じたからですわ。材料の質を落とさざるを得なかった店主の苦悩が、数字に現れていましたもの」
ポルカは、没収した偽造金貨を袋に入れ、満足げに頷いた。
「さて、カイル様。次の案件は『隣国へ流れた金の粉』の回収ですわね。……あ、その前に、新しいマカロンを買い直してくださるかしら? もちろん、正規の重さの金貨で、ですわよ」
「……承知いたしました。……次は、私が直接、重さを確かめた金貨で支払いましょう」
王都を揺るがす経済テロの火種は、一人の「数字に執着する令嬢」の手によって、鮮やかに消し止められたのである。
王都の目抜き通りにある高級パティスリー。新作のマカロンを購入したポルカは、店員から渡された金貨を手のひらで転がし、ぴたりと動きを止めた。
背後で荷物持ち(という名のエスコート)をしていたカイルが、不思議そうに首を傾げる。
「ポルカ? 枚数は合っているようですが。……まさか、偽造通貨ですか?」
「いいえ、カイル様。材質は本物の金ですわ。ですが……重さが違います。この十エトワール金貨、本来の規定重量より一ミリグラム……いえ、正確には一・二ミリグラムほど軽いですわ」
ポルカは懐から、宝石鑑定用の超精密天秤を取り出すと、店のカウンターで堂々と計測を始めた。
店員が困惑した顔でそれを見守る中、天秤の針は非情な真実を指し示す。
「……九・九九八八グラム。……案件番号33『国家通貨の意図的な摩耗および品質低下』。カイル様、これはただの劣化ではありませんわ。組織的な『削り取り(クリッピング)』が行われていますわね」
カイルの瞳が、一瞬で鋭く細まった。
「……削り取り? 金貨の縁をわずかに削り、その粉を集めて着服する古典的な犯罪ですが……。今の王宮の管理体制で、そんなことが可能だと思っている者がいるのですか?」
「ええ。しかも、この削り方は極めて高度ですわ。肉眼では判別できないほど精密に、かつ全流通量の数パーセントに及ぶ規模で実行されています。……事務的に見て、これは個人の犯行ではなく、王立造幣局の内部に協力者がいなければ不可能ですわ」
ポルカは、店から受け取った全てのお釣りをカイルに手渡した。
「このマカロンの価格が三ヶ月前より二パーセント上昇していた理由が分かりましたわ。……市場に流れる金の総量が実質的に減少し、貨幣価値が歪められている。これは、この国に対する『経済テロ』ですわよ」
パティスリーを後にした二人は、すぐさま王立造幣局へと向かった。
出迎えたのは、最近、失脚したモルガン伯爵の推薦で局長に就任したばかりの、シルバ卿という男だった。
「おお、監査部のポルカ嬢とカイル殿。……このような場所に、一体何の御用で? あいにく、金の精錬作業中でして、お見せできるようなものは……」
「シルバ卿。ご挨拶は結構ですわ。今すぐ、直近三ヶ月の『地金投入量』と『硬貨鋳造数』の照合記録を出してください」
ポルカは、入り口の受付デスクにドン、と分厚い監査ファイルを置いた。
「……なっ!? 急に何を……。記録は全て正常です! 一ミリの狂いもありません!」
「あら、一ミリの狂いもないのが一番怪しいんですわよ。……カイル様、そこの金庫にある『試作硬貨』を抜き打ちで計測させていただきますわね」
「ええ、許可します。……シルバ卿、抵抗は無駄ですよ。彼女の指先は、どんな精密機器よりも『数字の嘘』に敏感ですから」
カイルが衛兵を制し、ポルカが金庫から取り出したばかりの新貨を天秤に乗せる。
「……案の定ですわ。九・九九グラム。……シルバ卿、削り取った金の粉、どこに隠しましたの? 貴方の私邸の地下室かしら、それとも隣国の商会への『秘密の献金』かしら?」
「そ、それは……! 単なる製造誤差だ! 機械の調子が……!」
「機械の調子で、全ての硬貨が均一に『軽く』なるはずがありませんわ。……カイル様、造幣局の職員たちの給与台帳を見せていただけます? ……あ、ありましたわ。特定の職員たちにだけ、毎月『特別メンテナンス手当』という名目で、市場価格より遥かに高価な『研磨剤』の購入費用が支払われています。……これで、金の粉を合法的に持ち出していたわけですわね」
ポルカの算盤が、猛烈な速さで弾かれる。
「削り取られた金の総量、推定で金貨一万枚分。……これを今の市場価格で換算すると……あら、隣国の軍艦一隻分の価格と一致いたしますわね」
シルバ卿が、ガタガタと震えながらその場に崩れ落ちた。
「……モルガン伯爵が言っていた……。事務屋の娘だと油断するなと……。だが、まさか一ミリグラムの違いで見抜くなんて、化け物か……!」
「失礼ね。私はただ、正しい計量を愛しているだけですわ。……カイル様、この方の拘束と、流出した金の行方の特定をお願いします」
カイルは、呆れたような、しかし深い愛情のこもった目でポルカを見つめた。
「……ポルカ。君は本当に、この国の『最後の防波堤』ですね。……まさかマカロンを買いに行って、国家破綻を未然に防いでしまうとは」
「……マカロンの味が、以前よりわずかに『安っぽく』感じたからですわ。材料の質を落とさざるを得なかった店主の苦悩が、数字に現れていましたもの」
ポルカは、没収した偽造金貨を袋に入れ、満足げに頷いた。
「さて、カイル様。次の案件は『隣国へ流れた金の粉』の回収ですわね。……あ、その前に、新しいマカロンを買い直してくださるかしら? もちろん、正規の重さの金貨で、ですわよ」
「……承知いたしました。……次は、私が直接、重さを確かめた金貨で支払いましょう」
王都を揺るがす経済テロの火種は、一人の「数字に執着する令嬢」の手によって、鮮やかに消し止められたのである。
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