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「……はぁ。カイル様、隣国の『親愛の情』という言葉は、事務的な辞書では『搾取の準備』と訳すべきですわね」
王宮の謁見の間。ポルカは、隣国クレシェンドの特使が持参した豪華な『友好協力協定案』の分厚い束を、指先で忌々しげに弾いた。
特使のバルサス卿は、贅沢な毛皮を羽織り、自信満々な笑みを浮かべてポルカたちを見下ろしている。
「おやおや、ポルカ嬢。これは我が国が誇る最新の『魔導通信網』を、貴国に完全無料で設置しようという、またとない慈悲深い提案ですよ? これがあれば、王都から辺境までの情報伝達速度は十倍になります」
周囲の貴族たちは「無料か!」「それは素晴らしい!」と色めき立っている。
だが、ポルカの目は笑っていなかった。彼女は、協定書の第百二十八条、米粒のような小さな文字で書かれた『附則』を指し示した。
「特使殿。案件番号34『無料譲渡を謳った設備投資の長期収支リスク調査』。……この項目の『メンテナンス・ライセンス料』の計算式、少々エキゾチックすぎませんこと?」
「……なっ? それは、技術維持のための必要最小限の経費で……」
「最小限? 笑わせないでください。この式、通信量に応じて『累進的に』料金が加算される仕組みになっていますわね。しかも、そのレートは我が国の通貨ではなく、貴国の金の相場に連動している。……カイル様、私の暗算が正しければ、導入から三年で、我が国の年間税収の二十パーセントが通信料として貴国に流出いたしますわ」
カイルが、手元の算盤を一度だけ弾き、冷ややかな笑みを特使に向けた。
「……お見事ですね、ポルカ。私の計算とも完全に一致しました。……バルサス特使。これは『贈り物』ではなく、通信網という名の『巨大な吸い取り管』を我が国の国庫に直接繋ごうという、経済的な侵略行為ですよ」
謁見の間の空気が、一瞬で凍りついた。
バルサス特使は顔を引きつらせ、扇で顔を煽り始めた。
「そ、それは言いがかりだ! 設備の維持には高度な魔法技術が必要なのだ! それ相応のコストがかかるのは当然だろう!」
「コストの正当性を語るなら、まずこの『部品交換サイクル』の非合理性を説明していただきたいわ。……特使殿。この魔導核の寿命、貴国の国内仕様では十年とされていますのに、なぜ我が国への提供版では一年に設定されていますの? ……事務的に見て、これは『計画的陳腐化』による不正な利益誘導ですわ」
ポルカは、ファイルの裏側に隠されていた「隣国の工場出荷記録」の写しを突きつけた。
「な、なぜそれを……!? それは我が国の最高機密のはず……!」
「あら、機密? いいえ、これは『公開情報のクロスチェック』の結果ですわ。貴国の商人が酒場で自慢していた『王都への粗悪品輸出計画』の聞き取り調査結果と、貴国の素材輸入量の推移を照合すれば、この程度の偽装、三分もあれば見抜けますわよ」
ポルカの算盤が、まるで怒りを代弁するように激しい音を立てる。
「……さらに申し上げますわ。この協定書の裏には、通信網の設置場所として『我が国の主要な鉱山付近』が指定されています。……これ、通信網を隠れ蓑にして、地下の資源量を勝手に探査する魔導波を流す予定でしたわね?」
「ひ、ひいいっ!」
バルサス特使は、もはや言い逃れができないことを悟り、ガタガタと震えながら後退りした。
「……バルサス特使。貴国との『友好』は、一旦白紙に戻させていただきます。……カイル様、この『贈り物』の返送費用、着払いで隣国の王宮へ送っておいていただけますこと?」
「ええ、ポルカ。ついでに、我が国が受けた『査定時間の浪費』に対するコンサルティング料も請求しておきましょう。……一分あたり金貨五枚、特急料金を上乗せしてね」
特使は衛兵によって、文字通り「つまみ出される」ようにして退場していった。
静まり返った謁見の間で、ポルカは深くため息をつき、乱れた髪を直した。
「……カイル様。やはり、ただより高いものはありませんわね。事務的に見て、感情を揺さぶる『無料』という単語は、最も警戒すべきノイズですわ」
「お疲れ様です、ポルカ。……君がいてくれなければ、この国は今頃、隣国の『優良顧客』という名の奴隷にされていたところでした」
カイルが、ポルカの細い肩に手を置き、その耳元で優しく囁く。
「……ところで。今の功績、国王陛下からの特別ボーナスとして『一週間の有給休暇』が承認されましたよ。……二人で、どこか遠くへ『事務のない旅』にでも行きませんか?」
ポルカは一瞬、ぱあっと目を輝かせたが、すぐに現実に戻って首を振った。
「……有給? カイル様、そんな非効率な。私が一週間も職場を離れたら、その間にどれだけの領収書が不適切な処理をされると思っていらっしゃるの? ……休暇は、私の老後の『減価償却期間』まで取っておきますわ」
「……はは、君らしい。では、せめて今夜の残業のお供に、最高級の茶葉を用意させてください。……休暇の代わりに、私の隣にいる権利を『無期限』で付与しますよ。もちろん、維持費は無料です」
「……カイル様。その福利厚生、事務的に見て『非常に魅力的』ですが……心拍数の上昇による作業効率の低下を考慮すると、再検討が必要ですわ……」
ポルカは耳を赤くして、広げられた帳簿の中に顔を埋めた。
隣国の陰謀を数字で切り裂いた監査官。彼女にとっての真の安らぎは、完璧に整理された数字の中に、そして、自分を誰よりも理解する有能な右腕の隣にあるのだった。
王宮の謁見の間。ポルカは、隣国クレシェンドの特使が持参した豪華な『友好協力協定案』の分厚い束を、指先で忌々しげに弾いた。
特使のバルサス卿は、贅沢な毛皮を羽織り、自信満々な笑みを浮かべてポルカたちを見下ろしている。
「おやおや、ポルカ嬢。これは我が国が誇る最新の『魔導通信網』を、貴国に完全無料で設置しようという、またとない慈悲深い提案ですよ? これがあれば、王都から辺境までの情報伝達速度は十倍になります」
周囲の貴族たちは「無料か!」「それは素晴らしい!」と色めき立っている。
だが、ポルカの目は笑っていなかった。彼女は、協定書の第百二十八条、米粒のような小さな文字で書かれた『附則』を指し示した。
「特使殿。案件番号34『無料譲渡を謳った設備投資の長期収支リスク調査』。……この項目の『メンテナンス・ライセンス料』の計算式、少々エキゾチックすぎませんこと?」
「……なっ? それは、技術維持のための必要最小限の経費で……」
「最小限? 笑わせないでください。この式、通信量に応じて『累進的に』料金が加算される仕組みになっていますわね。しかも、そのレートは我が国の通貨ではなく、貴国の金の相場に連動している。……カイル様、私の暗算が正しければ、導入から三年で、我が国の年間税収の二十パーセントが通信料として貴国に流出いたしますわ」
カイルが、手元の算盤を一度だけ弾き、冷ややかな笑みを特使に向けた。
「……お見事ですね、ポルカ。私の計算とも完全に一致しました。……バルサス特使。これは『贈り物』ではなく、通信網という名の『巨大な吸い取り管』を我が国の国庫に直接繋ごうという、経済的な侵略行為ですよ」
謁見の間の空気が、一瞬で凍りついた。
バルサス特使は顔を引きつらせ、扇で顔を煽り始めた。
「そ、それは言いがかりだ! 設備の維持には高度な魔法技術が必要なのだ! それ相応のコストがかかるのは当然だろう!」
「コストの正当性を語るなら、まずこの『部品交換サイクル』の非合理性を説明していただきたいわ。……特使殿。この魔導核の寿命、貴国の国内仕様では十年とされていますのに、なぜ我が国への提供版では一年に設定されていますの? ……事務的に見て、これは『計画的陳腐化』による不正な利益誘導ですわ」
ポルカは、ファイルの裏側に隠されていた「隣国の工場出荷記録」の写しを突きつけた。
「な、なぜそれを……!? それは我が国の最高機密のはず……!」
「あら、機密? いいえ、これは『公開情報のクロスチェック』の結果ですわ。貴国の商人が酒場で自慢していた『王都への粗悪品輸出計画』の聞き取り調査結果と、貴国の素材輸入量の推移を照合すれば、この程度の偽装、三分もあれば見抜けますわよ」
ポルカの算盤が、まるで怒りを代弁するように激しい音を立てる。
「……さらに申し上げますわ。この協定書の裏には、通信網の設置場所として『我が国の主要な鉱山付近』が指定されています。……これ、通信網を隠れ蓑にして、地下の資源量を勝手に探査する魔導波を流す予定でしたわね?」
「ひ、ひいいっ!」
バルサス特使は、もはや言い逃れができないことを悟り、ガタガタと震えながら後退りした。
「……バルサス特使。貴国との『友好』は、一旦白紙に戻させていただきます。……カイル様、この『贈り物』の返送費用、着払いで隣国の王宮へ送っておいていただけますこと?」
「ええ、ポルカ。ついでに、我が国が受けた『査定時間の浪費』に対するコンサルティング料も請求しておきましょう。……一分あたり金貨五枚、特急料金を上乗せしてね」
特使は衛兵によって、文字通り「つまみ出される」ようにして退場していった。
静まり返った謁見の間で、ポルカは深くため息をつき、乱れた髪を直した。
「……カイル様。やはり、ただより高いものはありませんわね。事務的に見て、感情を揺さぶる『無料』という単語は、最も警戒すべきノイズですわ」
「お疲れ様です、ポルカ。……君がいてくれなければ、この国は今頃、隣国の『優良顧客』という名の奴隷にされていたところでした」
カイルが、ポルカの細い肩に手を置き、その耳元で優しく囁く。
「……ところで。今の功績、国王陛下からの特別ボーナスとして『一週間の有給休暇』が承認されましたよ。……二人で、どこか遠くへ『事務のない旅』にでも行きませんか?」
ポルカは一瞬、ぱあっと目を輝かせたが、すぐに現実に戻って首を振った。
「……有給? カイル様、そんな非効率な。私が一週間も職場を離れたら、その間にどれだけの領収書が不適切な処理をされると思っていらっしゃるの? ……休暇は、私の老後の『減価償却期間』まで取っておきますわ」
「……はは、君らしい。では、せめて今夜の残業のお供に、最高級の茶葉を用意させてください。……休暇の代わりに、私の隣にいる権利を『無期限』で付与しますよ。もちろん、維持費は無料です」
「……カイル様。その福利厚生、事務的に見て『非常に魅力的』ですが……心拍数の上昇による作業効率の低下を考慮すると、再検討が必要ですわ……」
ポルカは耳を赤くして、広げられた帳簿の中に顔を埋めた。
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