泣いていると思いました? 残念、断罪を回避いたしますわ。

どんぶり

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「……ポルカ。すまない。どうやら私の『整理整頓』への情熱が、あらぬ誤解を招いてしまったようだ」


 王宮の特別取調室。公爵家の当主であり、ポルカの最愛の父であるヴァイオリン公爵が、困ったように眉を下げて椅子に座っていた。


 彼の前には、隣国クレシェンドとの『武器密売契約書』とされる、禍々しい封印が押された書類が置かれている。


「公爵! 往生際が悪いぞ! 貴殿の領地の倉庫から、隣国製の最新式魔導銃が大量に見つかったのだ。この契約書にある署名も、貴殿の筆跡と完全に一致している!」


 糾弾しているのは、失脚したモルガン伯爵の派閥に属していた、法務官のペスト卿である。彼はここぞとばかりに、ポルカを睨みつけた。


「さあ、ポルカ・ドット・ヴァイオリン特任官! 身内の不祥事だ、貴殿のその『事務の刃』とやらで、父親を裁いてみせろ!」


 ポルカは、父の隣に静かに立つと、机の上の『密売契約書』を指先でそっと持ち上げた。


 そして、わずか三秒。彼女は深い、深いため息をついた。


「……案件番号35『稚拙な偽造による国家反逆罪の捏造』。……ペスト法務官。貴方、事務職としてのプライドというものがないのかしら?」


「何だと!? この期に及んで何を……!」


「まず、この契約書のフォント……いえ、書体ですわ。我が公爵家では、全ての公文書において『ヴァイオリン家特製・斜体十五度』の筆法を用いることが家訓で決まっております。……しかし、この署名の傾斜は十八度。事務的に見て、これは『偽造初心者が緊張して右上がりに書いた』典型的な失敗例ですわね」


 ポルカは懐から、分度器付きの拡大鏡を取り出し、署名を精密に計測し始めた。


「さらに、このインク。……これは隣国で一般的に使われている『安価な合成ブルー』ですわ。我が父が愛用しているのは、五十年経っても色褪せない『ヴァイオリン・ブラック』。保存性に欠けるインクで国家反逆の密約を結ぶほど、父はアーカイブ管理を疎かにはいたしませんわよ」


「そ、そんな微細な違い……! だが、倉庫から見つかった魔導銃はどう説明する! 現物が証拠だ!」


「ええ、それについても既に実地調査(といっても三分前ですが)の結果が出ておりますわ。……カイル様、例の報告をお願いできますこと?」


 部屋の入り口で腕を組んでいたカイルが、楽しげに歩み寄ってきた。


「ええ、ポルカ。……ペスト卿。あなたの部下が公爵家の倉庫に『運び込んだ』際の馬車の轍(わだち)を調査しました。……興味深いことに、五百キログラムの武器を積んでいるはずの馬車の沈み込みが、わずか五十キロ分しかありませんでしたよ」


「な……っ!?」


「つまり、箱の中身は空、あるいは軽い木屑で、武器は後から魔法で転送して『置いた』だけということです。……そして、その転送魔法の魔力残滓。……ペスト卿、貴方の私設魔術師の波長と完全に一致いたしましたわ」


 ポルカが、算盤をチャッ、と一回弾く。


「さらに決定的なのは、武器のシリアルナンバーですわ。……隣国製とされるこの魔導銃。……よく見ると、製造番号が『三日前』の日付になっていますの。……隣国から我が国まで、最新兵器を三日で密輸できるルートがあるなら、それはもう魔法ではなく『奇跡』の範疇ですわね。……事務的に見て、この矛盾は致命的ですわ」


 ペスト法務官は、顔面を蒼白に染め、ガタガタと震え始めた。


「あ、ありえない……。完璧に仕組んだはずだ……。なぜそんな細かい数字まで……!」


「失礼ね。数字に大きいも小さいもありませんわ。……あるのは『真実』か『エラー』か、それだけです。……そして貴方の行動は、人生における最大のエラーとなりましたわね」


 ポルカは、父の手を優しく取って立ち上がった。


「カイル様。このペスト法務官を『証拠偽造』および『公職追放』の罪で拘束してください。……あ、それから、父を侮辱したことに対する精神的苦痛の賠償金。……公爵家の時給換算で、金貨五千枚を請求させていただきますわ」


「承知いたしました。……公爵、ご安心ください。あなたの娘さんは、今やこの国のどの法務官よりも恐ろしい『正義の計算機』ですから」


 ヴァイオリン公爵は、ポルカを見つめて誇らしげに目を細めた。


「……ああ。私の教え通り、立派な事務官に育ってくれた。……ポルカ、今夜は一緒に、溜まっている領地報告書の整理でもしようか」


「ええ、喜んで。……あ、でもお父様。その前にカイル様が『お詫びのティータイム』をセットしてくださるそうですわよ。……こちらは福利厚生の範囲内ですので、非課税ですわ」


 ポルカの冗談に、カイルが吹き出した。


「……ふふ、課税対象外ですか。では、私の愛の重さも、ポルカの算盤では『ゼロ』と換算されてしまうのでしょうか?」


「いいえ。……カイル様の存在は、私の人生における『特別利益』として、永久保存の別勘定に計上されておりますわ。……もちろん、非売品ですけれど」


 ポルカはわずかに微笑み、父と共に部屋を後にした。


 家族を狙った卑劣な陰謀も、彼女の「事務の力」の前には、ただの計算ミスに過ぎなかったのである。
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