泣いていると思いました? 残念、断罪を回避いたしますわ。

どんぶり

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「……はぁ。カイル様、隣国のクレシェンドから届いたこの『最後通牒』とやら。事務的に見て、非常にセンスがありませんわ」


 王立監査部の特別会議室。ポルカは、真っ赤な封蝋がなされた仰々しい書簡を、まるで使用済みのティッシュペーパーでも扱うかのように、ピンセットでつまみ上げた。


 書簡の内容は、かつてないほど過激だ。
『我が国の要求(国家予算の半分)に応じない場合、十万の軍勢をもって貴国の国境を越える。これは最後通牒である』


 居並ぶ将軍たちが「何だと!」「すぐに迎撃の準備を!」と色めき立つ中、ポルカは冷ややかな声で算盤をチャッ、と一回弾いた。


「皆様、お静かに。……案件番号36『実現不可能な武力侵攻による不当な財産要求の却下』。……カイル様、隣国の昨年度のGDP(国内総生産)予測、修正版は届いていますかしら?」


「ええ、ポルカ。彼らの主要な輸出産業である『魔導石』の価格が暴落したため、税収は当初の予定の三割減。現在は国家破綻の瀬戸際という極秘レポートが届いていますよ」


 カイルが、優雅に資料を配る。将軍たちは、その数字を見て目を丸くした。


「こ、国家破綻? では、この十万の軍勢というのは……」


「単なる『見栄(ノイズ)』ですわ。……カイル様、彼らの軍事費の支出項目を精査しましたが、実に興味深い矛盾が見つかりましたの。……隣国は先月、兵士の『靴』の調達を全量キャンセルしておりますわ」


 ポルカは、眼鏡をクイと押し上げ、勝ち誇ったように微笑んだ。


「……事務的に考えて、十万の兵士を裸足で侵略させる司令官がどこにいますの? 歩行速度の低下、負傷率の上昇、および士気の著しい減退。……これを軍事コストに換算すれば、我が国にたどり着く前に、軍隊という名の『負債の塊』が崩壊しますわ」


 その時、会議室の扉が開き、隣国の特使が鼻息荒く入ってきた。


「ポルカ嬢! 返答を聞かせてもらおうか! 我が国の精鋭部隊は、既に国境付近で剣を抜いているのだぞ!」


「あら、特使殿。お疲れ様ですわ。……その剣、もしかして最近、我が国の古物商に大量に流出している『型落ちの鉄剣』ではございませんこと?」


「な……っ!? なぜそれを!」


「事務の力を侮らないで。……特使殿。貴国が今回の侵略のために算出した『戦費の見積もり』。……燃料代の計算が、十年前の魔法レートのままになっていますわよ。……今の燃料価格で十万の軍勢を動かせば、貴国は戦う前に『燃料切れによる立ち往生』という、歴史に残る醜態を晒すことになりますわ」


 ポルカは、手元のファイルをバサリと特使の前に投げ出した。


「こちら、私が作成した『貴国が侵略を強行した場合の倒産シミュレーション』ですわ。……侵攻開始から三時間で、貴国の国庫はマイナスに転じ、六時間後には兵士の食料配給が停止。……二十四時間後には、兵士たちが給与未払いを理由に、貴国の王宮へデモに向かう確率が九十八パーセントと出ております」


「ひ、ひいいいっ!」


「特使殿。事務的に見て、今回の『侵略という名のビジネスプラン』は、あまりにリスクが高く、リターンが皆無ですわ。……却下(リジェクト)させていただきます。……お引き取りください。あ、この書簡の開封に使ったピンセットの消毒代、金貨一枚を請求させていただきますわね」


 特使は、ポルカの「数字のナイフ」でズタズタにされた書簡を握りしめ、逃げるように部屋を去っていった。


 将軍たちは、呆然とポルカを見送る。


「……ポルカ嬢。君は、剣一本振るわずに、十万の軍勢を追い払ったのか……」


「剣を振るうのはコストがかかりますもの。算盤を振るう方が、遥かに効率的ですわ」


 ポルカは深くため息をつき、カイルに向き直った。


「……カイル様。これでようやく、静かに書類整理に戻れますわね」


「ええ。……ですがポルカ。隣国がこれほど窮しているということは、次は『泣き落としによる融資相談』に来る可能性がありますよ」


「……あら、それはもっと面倒ですわね。……事務的に見て、『友情』で貸した金は、回収率が五パーセント以下に低下しますもの。……その時は、さらに厳しい『再建計画書』を叩きつけて差し上げますわ」


 カイルは、そんな彼女の逞しさに感服し、その手をそっと取った。


「……ポルカ。あなたのその『冷徹な合理性』が、この国の平和を支えている。……愛していますよ、私の偉大なる監査官」


「……カイル様。その告白の『費用対効果』。……私の心拍数が百二十を越えたため、測定不能エラーが出ましたわ。……責任を取って、今夜の残業のお供に、特製のチョコレートを用意してくださいまし」


 ポルカは耳を真っ赤にしながら、次の帳簿を開いた。


 戦争の危機さえも、彼女にとっては「収支が合わない不良案件」に過ぎなかったのである。
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