泣いていると思いました? 残念、断罪を回避いたしますわ。

どんぶり

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「……はぁ。カイル様、隣国クレシェンドの王立銀行から届いたこの『緊急融資依頼書』。事務的に見て、修正液の跡が多すぎますわ。これでは『当行の経営はガタガタです』と白状しているようなものですわね」


 王立監査部の特別応接室。ポルカは、震える手で差し出された書類を一瞥し、深い溜息と共に突き返した。


 目の前で真っ青になっているのは、昨日まで「十万の軍勢」を自慢していたクレシェンドの財務大臣である。


「ポルカ嬢! そこをなんとか! 我ら両国は、古くからの兄弟国ではありませんか! 困った時は助け合うのが人情というものでしょう!」


「大臣。案件番号37『不透明な国家間融資におけるリスク管理』。……事務的に申し上げまして、国家間の『人情』には標準的な為替レートが存在いたしません。私は『情』で動く人間ではなく、『数字』で動く人間ですの」


 ポルカは算盤をチャッ、と弾き、冷徹な視線を向けた。


「貴国の現在の借入限度額は既にマイナスですわ。……カイル様、彼らが昨夜、王都の最高級ホテルで注文した夕食の明細書、お持ちですこと?」


「ええ、ポルカ。……大臣、国庫が空だと言いながら、一本一万エトワールのヴィンテージワインを三本も空けられたようですね。……これは『債務者の自覚』という観点から見て、極めて深刻なエラーですよ」


 カイルが提示したレシートに、大臣はヒッと喉を鳴らした。


「そ、それは……外交上の体面を保つための経費で……!」


「体面で腹は膨れませんわよ、大臣。……さて、どうしても融資を希望されるのであれば、こちらの『資産売却による債務圧縮計画書』にサインをいただけますかしら?」


 ポルカが机に叩きつけたのは、十数ページに及ぶ過酷なリストだった。


「……な、なんだこれは!? 『国王陛下の黄金像・売却』、『王妃様の宝石コレクション・全量競売』、『王室専用ヨット・即時解体』……! 正気か!? これでは王室の威厳が丸裸ではないか!」


「丸裸の方が、風通しが良くてよろしいですわ。……大臣、事務的に考えてくださいな。年に一度も乗らないヨットの維持費で、貴国の小麦農家が何軒救えると思っていらっしゃるの? ……あ、あと、こちらの項目。……国王陛下が愛用されている『純金製の王冠』、これも質に入れていただきますわ」


「王冠を質に!? それはあまりに……!」


「今の陛下には、金の重みよりも、国民の生活の重みを知っていただく必要がありますわ。……カイル様、鑑定士に連絡を。……あの王冠、純度が低い場合は、地金価格にさらに『無能な経営への罰金』を上乗せして査定するよう伝えてくださいまし」


 ポルカの容赦ない宣告に、大臣は膝から崩れ落ちた。


「……ポルカ。君は本当に、隣国の王室を物理的に『解体』するつもりですか?」


 カイルが耳元で楽しげに囁く。


「カイル様。私はただ、不要な『不良在庫』を整理してあげているだけですわ。……この無駄を削ぎ落とせば、クレシェンドは三ヶ月で黒字に転換いたします。……もちろん、私の徹底的な管理下(監査)に置くことが条件ですが」


「……くくっ。つまり、隣国を事実上、あなたの『事務的な支配下』に置くわけですね。……実にあなたらしい、平和的で最も恐ろしい侵略だ」


 ポルカは大臣を冷たく見下ろした。


「……大臣。サインをなさるなら今のうちですわよ。……一分遅れるごとに、利息を一パーセントずつ上乗せさせていただきますわ」


「か、書きます! 書きますから、どうかそれ以上は……!」


 大臣は、泣きながら契約書にサインを記した。


 こうして、隣国の脅威は武力ではなく「徹底的な資産整理」という名の、事務的な外科手術によって無力化されたのである。


 大臣が連行されていくと、ポルカは大きく息をつき、背伸びをした。


「……ふぅ。これでようやく、お隣の国も少しは『片付いた』状態になりますわね」


「お疲れ様です、ポルカ。……さて、隣国一つを整理した報酬として、最高級のフォンダンショコラを用意しました。……こちらは私のポケットマネーですので、あなたの監査対象外、完全なる『贈与』です」


 カイルが、トロリと溶けるチョコが載った皿を差し出す。


「……カイル様。その『贈与』、事務的に見て……私の幸福係数を大幅に上昇させますわ。……責任を取って、一口あーんで食べさせてくださるかしら? ……もちろん、福利厚生の一環として、ですよ?」


「……喜んで。一生、あなたの甘い『福利厚生』を世話し続けましょう」


 ポルカは耳を赤くして、カイルが差し出すフォークを待ち構えた。


 国家の危機も、隣国の崩壊も、彼女にとっては「整理整頓」の一部に過ぎない。


 そして、その整理整頓の先には、いつも自分を誰よりも甘やかす有能な右腕がいるのだった。
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