泣いていると思いました? 残念、断罪を回避いたしますわ。

どんぶり

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「……カイル様。このクレシェンド国から届いた『感謝の特産品目録』。一点だけ、品名が不明な大型の木箱がございますわね」


 王立監査部。ポルカは、届いたばかりの木箱の表面を指先でなぞり、不審そうに眉を寄せた。


 蓋を開けると、そこには大量のバラの花束と、金糸で縁取られた豪華すぎる一通の封筒が入っていた。


「おや。バラの花……。事務的な贈り物としては、非常に保存性が悪く、輸送コストに見合わない選択ですね」


 カイルが冷ややかな手つきで、その中から手紙を抜き取った。


 封を開けた瞬間に漂う、むせ返るような香水の香り。カイルの眉間が、見たこともない深さで刻まれる。


「……『私の愛する鉄の監査官、ポルカ。君の冷徹な査定によって我が国が破産を免れた瞬間、私の心は君に盗まれた。……共に国家の家計簿をつけないか? クレシェンド国第二王子、フォルテより』」


 カイルの朗読が終わるのと同時に、室内には「事務的」な殺気が充満した。


「案件番号38『隣国王族による公私混同の求婚状送付』。……カイル様。この『家計簿をつけないか』という誘い。……文脈から察するに、共同での資産管理を提案しているのかしら?」


「いいえ、ポルカ。これは純粋な、そして極めて不快な『求婚』です。……フォルテ王子。あの、無駄にキラキラとした装飾を好む浪費家(放蕩息子)が、あなたに目をつけたようですね」


 カイルは、手紙を粉々に破り捨てたい衝動を抑え、代わりにペンを猛烈な速さで走らせた。


「カイル様? 何を計算していらっしゃいますの?」


「……ポルカ。この求婚を『受理』した場合の損失計算です。……第一に、あなたが隣国へ行くことで、我が国の監査能力は三十パーセント低下します。第二に、あなたのメンタルヘルスが、あの無能な王子の横で著しく削られる。……結論として、この求婚は我が国にとって『一兆エトワール規模の国家損失』に相当しますわ」


 カイルの瞳が、青白く燃えている。


「……ポルカ。今すぐ、隣国に対して『宣戦布告に近いお断り状』を送ってもよろしいでしょうか?」


「あら、カイル様。感情的になっては数字が狂いますわよ。……事務的に処理しましょう」


 ポルカは、バラの花束から一本を抜き取り、その茎の太さを測り始めた。


「フォルテ王子への返信はこうですわ。……『貴殿の求婚文における形容詞の使用率が二十パーセントを超えており、実効性に乏しい。また、同封されたバラの輸送費用を、先の融資返済計画の第一回分として計上しました。……追記、私への恋心を抱く暇があるなら、余剰在庫の毛皮を一枚でも多く売却しなさい』……これでよろしいかしら?」


 カイルの表情が、一瞬で晴れやかに輝いた。


「……素晴らしい。流石は私のポルカだ。……恋心を返済金として扱うとは、これ以上の『ざまぁ』はありませんね」


「失礼ね。私はただ、無駄な熱量を有効活用しただけですわ。……さて、カイル様。なぜ、私の腰をそんなに強く抱き寄せていらっしゃるの? 今の接触により、私の体温が〇・五度上昇し、計算速度に微細な遅延が生じておりますわよ」


「……事務的な独占欲の表明ですよ、ポルカ。……あなたの『特別利益』を他国に掠め取られるわけにはいきませんからね」


 カイルは、ポルカの耳元で低く、しかし熱く囁いた。


「……フォルテ王子への返信に、もう一文付け加えておきましょう。……『ポルカ嬢の全人生は、既にカイル・アインザッツとの共同事業として予約済みである。新規参入の余地は、原子一個分も存在しない』……と」


「……カイル様。その文章、事務的に見て……非常に『重たい』ですが……私の心拍数という名のグラフが、上限を突破いたしましたわ……」


 ポルカは、真っ赤な顔でカイルの胸に顔を埋めた。


 隣国の王子からの華やかな求婚も、最恐の監査官とそのパートナーの前では、ただの「未分別のゴミ」として処理される運命であった。


 一方、隣国クレシェンド。


「……はぁっ! ポルカ嬢からの返信……! 『恋する暇があるなら売れ』……! なんて、なんて厳しい……! 好きだ……!」


 ポルカの想定に反し、フォルテ王子は「数字による罵倒」に、さらなる喜びを見出していた。
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