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「……カイル様。事務的に見て、目の前の光景は『視覚的な公害』に該当しませんこと?」
王立監査部の入り口。ポルカは、あまりの眩しさに目を細め、手元のファイルを盾のように構えた。
そこには、隣国クレシェンドの第二王子、フォルテが立っていた。
彼は、自国の財政が火の車であることなど微塵も感じさせない、金糸をふんだんに使った特注の礼装に身を包んでいる。
「やあ、私の愛しき氷の女王ポルカ! 君に『余剰在庫の毛皮を売れ』と言われてから、いても立ってもいられなくてね。我が家の地下倉庫に眠っていた毛皮、すべて銀貨に替えて持ってきたよ!」
フォルテ王子が指パッチンをすると、背後に控えた従者たちが重そうな袋を床に並べた。
「さあ、私の資産を、君のその冷徹な算盤でバラバラに解体してくれ! 君に叱られるたび、私の胸の鼓動は予算超過(オーバー)しそうなんだ!」
ポルカは、算盤を構える指をぴくりとも動かさず、無表情でフォルテを見つめた。
「案件番号39『隣国王族による公務執行妨害および不適切な情熱の持ち込み』。……フォルテ王子。貴方が売却した毛皮の代金、事務的に見て『我が国への返済金』として受理いたします。……ですが、アポイントメントなしの訪問は、私のスケジュール管理に対する重大なエラーですわ」
「くっ……! エラー! 素晴らしい響きだ! もっと、もっと私の不手際を論理的に責めてくれ!」
フォルテが悦に入った表情で身悶える。
その隣で、カイル・アインザッツの周囲の空気が、絶対零度まで低下した。
「……フォルテ王子。我が国の監査部は、隣国の王子の『個人的な欲求』を満たすためのサロンではありません。……ポルカ、この案件、一分ごとに『外交的迷惑料』を課金してもよろしいでしょうか?」
カイルの声は、いつになく低く、鋭い。
「ええ、カイル様。……フォルテ王子。貴方のこの『不必要なキラキラ』を維持するための洗濯代、および私の集中力を削いだことによる損害賠償。……今すぐ計算いたしますわね」
ポルカの指が、算盤の上で火花が散るような速さで動き始めた。
「……出ましたわ。貴方がここに一分滞在するごとに、隣国の復興支援金から金貨五枚を差し引かせていただきます。……現在、既に三十分が経過。合計金貨百五十枚のマイナスです。……どうかしら、これでもまだ『叱ってほしい』などという贅沢な要望を続けられますこと?」
「ひゃ、百五十枚……! 私の滞在が、我が国のパン百個分を溶かしているというのか……! たまらない……! ポルカ、君の計算はなんて残酷で美しいんだ!」
「……ポルカ。もう駄目です。この男、数字の重みすら快楽に変換する特殊な思考回路(バグ)を持っています」
カイルは、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「……カイル様。事務的に見て、このような『論理が通用しないノイズ』に対する最適解は一つですわ」
ポルカは、予備の分厚い資料をフォルテの胸元にドン、と押しつけた。
「……フォルテ王子。そこまで私の監査を受けたいのであれば、こちらの『過去十年分の隣国・下水道維持費明細』の異常値、すべて洗い出していただけますかしら?」
「……下水道?」
「ええ。貴方の愛するポルカが、今、最も頭を悩ませている案件ですわ。……一円の誤差も許されません。もし一箇所でも間違えたら、貴方との『面会契約』は永久に破棄、出入り禁止とさせていただきます」
「……ポルカが……私の助けを必要としている……!? 分かった! このフォルテ、下水の泥に塗れてでも、君の期待に応えてみせるよ!」
フォルテ王子は、なぜか勇ましく資料を抱え、監査部の空き部屋へと猛ダッシュで消えていった。
静寂が戻った執務室で、カイルは深いため息をつき、ポルカを背後から抱きしめた。
「……ポルカ。あんな男に、あなたの『困り事』を共有するなんて。……私は反対ですよ。私の知らないところで、彼とあなたが数字を分かち合うなんて」
「あら、カイル様。……嫉妬という感情のコスト、計算に入れたことはありますこと? 非常に非効率ですわよ」
ポルカは、カイルの胸の中に収まりながら、わずかに口角を上げた。
「……あの下水道の資料、実は一万ページ以上ありますの。……しかも、ほとんどが読み取り不能な汚れた手書き。……あの王子が計算を終える頃には、私たちの結婚記念日が三回は過ぎているはずですわ」
「……なるほど。事実上の『永久隔離(アーカイブ入り)』ですね。……流石は私のポルカだ」
カイルは満足げに笑い、彼女の耳元に唇を寄せた。
「……では、ノイズが消えたところで。……中断されていた『私たちの未来の予算会議』を再開しましょうか。……今夜は、残業代の代わりに、私の愛を上限なしで計上させていただきますよ」
「……カイル様。……その予算、私の『心の許容量』を大幅に超過する可能性がありますが……。……特別承認、させていただきますわ」
ポルカは赤くなった顔をカイルの肩に隠した。
隣国の王子の乱入さえも、彼女にとっては「効率的な労働力の確保」という事務的な処理で片付く問題に過ぎなかったのである。
王立監査部の入り口。ポルカは、あまりの眩しさに目を細め、手元のファイルを盾のように構えた。
そこには、隣国クレシェンドの第二王子、フォルテが立っていた。
彼は、自国の財政が火の車であることなど微塵も感じさせない、金糸をふんだんに使った特注の礼装に身を包んでいる。
「やあ、私の愛しき氷の女王ポルカ! 君に『余剰在庫の毛皮を売れ』と言われてから、いても立ってもいられなくてね。我が家の地下倉庫に眠っていた毛皮、すべて銀貨に替えて持ってきたよ!」
フォルテ王子が指パッチンをすると、背後に控えた従者たちが重そうな袋を床に並べた。
「さあ、私の資産を、君のその冷徹な算盤でバラバラに解体してくれ! 君に叱られるたび、私の胸の鼓動は予算超過(オーバー)しそうなんだ!」
ポルカは、算盤を構える指をぴくりとも動かさず、無表情でフォルテを見つめた。
「案件番号39『隣国王族による公務執行妨害および不適切な情熱の持ち込み』。……フォルテ王子。貴方が売却した毛皮の代金、事務的に見て『我が国への返済金』として受理いたします。……ですが、アポイントメントなしの訪問は、私のスケジュール管理に対する重大なエラーですわ」
「くっ……! エラー! 素晴らしい響きだ! もっと、もっと私の不手際を論理的に責めてくれ!」
フォルテが悦に入った表情で身悶える。
その隣で、カイル・アインザッツの周囲の空気が、絶対零度まで低下した。
「……フォルテ王子。我が国の監査部は、隣国の王子の『個人的な欲求』を満たすためのサロンではありません。……ポルカ、この案件、一分ごとに『外交的迷惑料』を課金してもよろしいでしょうか?」
カイルの声は、いつになく低く、鋭い。
「ええ、カイル様。……フォルテ王子。貴方のこの『不必要なキラキラ』を維持するための洗濯代、および私の集中力を削いだことによる損害賠償。……今すぐ計算いたしますわね」
ポルカの指が、算盤の上で火花が散るような速さで動き始めた。
「……出ましたわ。貴方がここに一分滞在するごとに、隣国の復興支援金から金貨五枚を差し引かせていただきます。……現在、既に三十分が経過。合計金貨百五十枚のマイナスです。……どうかしら、これでもまだ『叱ってほしい』などという贅沢な要望を続けられますこと?」
「ひゃ、百五十枚……! 私の滞在が、我が国のパン百個分を溶かしているというのか……! たまらない……! ポルカ、君の計算はなんて残酷で美しいんだ!」
「……ポルカ。もう駄目です。この男、数字の重みすら快楽に変換する特殊な思考回路(バグ)を持っています」
カイルは、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「……カイル様。事務的に見て、このような『論理が通用しないノイズ』に対する最適解は一つですわ」
ポルカは、予備の分厚い資料をフォルテの胸元にドン、と押しつけた。
「……フォルテ王子。そこまで私の監査を受けたいのであれば、こちらの『過去十年分の隣国・下水道維持費明細』の異常値、すべて洗い出していただけますかしら?」
「……下水道?」
「ええ。貴方の愛するポルカが、今、最も頭を悩ませている案件ですわ。……一円の誤差も許されません。もし一箇所でも間違えたら、貴方との『面会契約』は永久に破棄、出入り禁止とさせていただきます」
「……ポルカが……私の助けを必要としている……!? 分かった! このフォルテ、下水の泥に塗れてでも、君の期待に応えてみせるよ!」
フォルテ王子は、なぜか勇ましく資料を抱え、監査部の空き部屋へと猛ダッシュで消えていった。
静寂が戻った執務室で、カイルは深いため息をつき、ポルカを背後から抱きしめた。
「……ポルカ。あんな男に、あなたの『困り事』を共有するなんて。……私は反対ですよ。私の知らないところで、彼とあなたが数字を分かち合うなんて」
「あら、カイル様。……嫉妬という感情のコスト、計算に入れたことはありますこと? 非常に非効率ですわよ」
ポルカは、カイルの胸の中に収まりながら、わずかに口角を上げた。
「……あの下水道の資料、実は一万ページ以上ありますの。……しかも、ほとんどが読み取り不能な汚れた手書き。……あの王子が計算を終える頃には、私たちの結婚記念日が三回は過ぎているはずですわ」
「……なるほど。事実上の『永久隔離(アーカイブ入り)』ですね。……流石は私のポルカだ」
カイルは満足げに笑い、彼女の耳元に唇を寄せた。
「……では、ノイズが消えたところで。……中断されていた『私たちの未来の予算会議』を再開しましょうか。……今夜は、残業代の代わりに、私の愛を上限なしで計上させていただきますよ」
「……カイル様。……その予算、私の『心の許容量』を大幅に超過する可能性がありますが……。……特別承認、させていただきますわ」
ポルカは赤くなった顔をカイルの肩に隠した。
隣国の王子の乱入さえも、彼女にとっては「効率的な労働力の確保」という事務的な処理で片付く問題に過ぎなかったのである。
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