泣いていると思いました? 残念、断罪を回避いたしますわ。

どんぶり

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「……皆様、顔を上げてくださいまし。国家予算の無駄を削ぎ落とした程度で、英雄扱いされるのは心外ですわ。私はただ、散らかった部屋を片付けるように、この国を『整理整頓』しただけですもの」


 王都、国王が座する玉座の間。


 新婚旅行兼、全領地一斉抜き打ち監査から帰還したポルカ・アインザッツを待っていたのは、割れんばかりの喝采と、跪く文官たちの列であった。


 国王アルベルト一世は、上機嫌で玉座から立ち上がり、ポルカに歩み寄った。


「ポルカよ、いや『監査の女神』よ! お前が旅先で暴いた不正、そして回収した隠し財産の総額……。事務方に計算させたところ、我が国の国庫は建国以来、最大の潤いを見せている。……これぞ正に、救国の偉業だ!」


 国王は、金色の月桂冠を授けようとした。だが、ポルカはそれを優雅な仕草で制した。


「陛下。案件番号45『過剰な装飾品の授与による税金の無駄遣い』。……その冠、純金製でしたら今すぐ溶かして、地方の小学校の暖房費に充ててくださいまし。私には、この使い慣れた算盤があれば十分ですわ」


「……ははは! 最後の最後までこれか! カイル、お前の妻は本当に、一円の隙も無いな!」


 国王の笑い声に、カイルもまた愛おしげな瞳でポルカを見つめ、その腰をそっと抱き寄せた。


「ええ。ですが、その隙の無さこそが、私の全財産を賭けて守り抜くべき宝なのです。……陛下。彼女のおかげで、この国の不純な数字(ノイズ)は消えました。これからは、透明で誠実な国政が行われるでしょう」


「……うむ。シリウスのような愚か者も、ルルのような虚飾の塊も、もうこの王宮にはおらん。……さて、ポルカ。英雄への報酬として、何か望むものはあるか? 領地か、宝石か?」


 ポルカは少しだけ考え込み、カイルの顔を見上げてから、悪戯っぽく微笑んだ。


「……でしたら、陛下。王立監査部の『予算の永久保証』と、私の隣にいるこの有能な補佐官――カイル・アインザッツの『終身雇用権』を、私個人にいただけますかしら?」


「……ふむ。カイルの雇用権か。……それは余の管轄ではなく、お前たち夫婦の『個人契約』の範疇だと思うがな!」


 会場に、今日一番の笑い声が響き渡った。


 数刻後。夕暮れに染まる王宮のバルコニー。


 喧騒を離れたポルカとカイルは、二人だけで静かに、平和を取り戻した王都を眺めていた。


「……終わりましたわね、カイル様。……婚約破棄を宣告されたあの日、私はただ、自分の人生の帳尻を合わせようと必死だっただけなのに」


「……ポルカ。あなたは帳尻を合わせただけではありません。……あの日、捨てられたはずの『悪役令嬢』という立場を、自らの事務能力で『救世の主役』へと書き換えた。……これは、歴史上最も鮮やかな逆転劇ですよ」


 カイルが、ポルカの手を取り、その薬指で輝く結婚指輪にそっと触れた。


「……ところで、ポルカ。新生活が始まりますが……。私たちの家庭における『幸福度の年次報告書』、提出期限はいつに設定しましょうか?」


「……あら。……毎日が締め切り(デッドライン)ですわよ、カイル様。……貴方が私に愛を囁くたびに、私の心には『幸福』という名の純利益が積み重なっていきますもの。……一日の終わりに、必ず私の目を見て、その日の『愛の収支』を報告してくださいまし」


「……了解しました。……では、早速ですが、本日の報告を。……今日の私は、昨日よりも十パーセント増しで、あなたのことが好きです。……この数値、明日にはさらに上方修正される見込みですよ」


 カイルの情熱的な言葉に、ポルカは顔を赤くしつつも、幸せそうに目を細めた。


「……事務的に見て、その成長率は……非常に『投資価値』が高いですわね。……カイル様。私も、貴方を愛しています。……これは、生涯を通じて減価償却されることのない、私の唯一の不変資産ですわ」


 二人の影が、美しい夕焼けの中で一つに重なった。


 北方の鉱山で、必死に算数のドリルを解かされているシリウス。
 修道院で、一言も喋れずに豆を数え続けているルル。
 彼らへの「ざまぁ」は、もはやポルカにとって、整理し終えた過去の不要なデータに過ぎない。


 今の彼女には、守るべき国の未来と、愛すべき隣人がいる。


 一円の誤差も、一人の裏切り者も、そして一瞬の不幸も。
 最恐の監査官ポルカの算盤が、この国に響き続ける限り、二度と現れることはないだろう。


「……さて。カイル様。……夜食の準備の前に、隣国の最新の貿易収支、ちょっとだけチェックしてもよろしいかしら?」


「……ポルカ。……今夜だけは、算盤を置いて、私に抱きしめられていてください」


「……あ、あと一分だけ……一分だけなら……!」


 最後まで事務に生き、愛に生きる。
 悪役令嬢ポルカの物語は、生涯最高の「黒字」を記録して、ここに完結した。


 ――人生の最終決算、結果は、測定不能なほどの『幸福』なり。
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