28 / 28
28
しおりを挟む
「……皆様、顔を上げてくださいまし。国家予算の無駄を削ぎ落とした程度で、英雄扱いされるのは心外ですわ。私はただ、散らかった部屋を片付けるように、この国を『整理整頓』しただけですもの」
王都、国王が座する玉座の間。
新婚旅行兼、全領地一斉抜き打ち監査から帰還したポルカ・アインザッツを待っていたのは、割れんばかりの喝采と、跪く文官たちの列であった。
国王アルベルト一世は、上機嫌で玉座から立ち上がり、ポルカに歩み寄った。
「ポルカよ、いや『監査の女神』よ! お前が旅先で暴いた不正、そして回収した隠し財産の総額……。事務方に計算させたところ、我が国の国庫は建国以来、最大の潤いを見せている。……これぞ正に、救国の偉業だ!」
国王は、金色の月桂冠を授けようとした。だが、ポルカはそれを優雅な仕草で制した。
「陛下。案件番号45『過剰な装飾品の授与による税金の無駄遣い』。……その冠、純金製でしたら今すぐ溶かして、地方の小学校の暖房費に充ててくださいまし。私には、この使い慣れた算盤があれば十分ですわ」
「……ははは! 最後の最後までこれか! カイル、お前の妻は本当に、一円の隙も無いな!」
国王の笑い声に、カイルもまた愛おしげな瞳でポルカを見つめ、その腰をそっと抱き寄せた。
「ええ。ですが、その隙の無さこそが、私の全財産を賭けて守り抜くべき宝なのです。……陛下。彼女のおかげで、この国の不純な数字(ノイズ)は消えました。これからは、透明で誠実な国政が行われるでしょう」
「……うむ。シリウスのような愚か者も、ルルのような虚飾の塊も、もうこの王宮にはおらん。……さて、ポルカ。英雄への報酬として、何か望むものはあるか? 領地か、宝石か?」
ポルカは少しだけ考え込み、カイルの顔を見上げてから、悪戯っぽく微笑んだ。
「……でしたら、陛下。王立監査部の『予算の永久保証』と、私の隣にいるこの有能な補佐官――カイル・アインザッツの『終身雇用権』を、私個人にいただけますかしら?」
「……ふむ。カイルの雇用権か。……それは余の管轄ではなく、お前たち夫婦の『個人契約』の範疇だと思うがな!」
会場に、今日一番の笑い声が響き渡った。
数刻後。夕暮れに染まる王宮のバルコニー。
喧騒を離れたポルカとカイルは、二人だけで静かに、平和を取り戻した王都を眺めていた。
「……終わりましたわね、カイル様。……婚約破棄を宣告されたあの日、私はただ、自分の人生の帳尻を合わせようと必死だっただけなのに」
「……ポルカ。あなたは帳尻を合わせただけではありません。……あの日、捨てられたはずの『悪役令嬢』という立場を、自らの事務能力で『救世の主役』へと書き換えた。……これは、歴史上最も鮮やかな逆転劇ですよ」
カイルが、ポルカの手を取り、その薬指で輝く結婚指輪にそっと触れた。
「……ところで、ポルカ。新生活が始まりますが……。私たちの家庭における『幸福度の年次報告書』、提出期限はいつに設定しましょうか?」
「……あら。……毎日が締め切り(デッドライン)ですわよ、カイル様。……貴方が私に愛を囁くたびに、私の心には『幸福』という名の純利益が積み重なっていきますもの。……一日の終わりに、必ず私の目を見て、その日の『愛の収支』を報告してくださいまし」
「……了解しました。……では、早速ですが、本日の報告を。……今日の私は、昨日よりも十パーセント増しで、あなたのことが好きです。……この数値、明日にはさらに上方修正される見込みですよ」
カイルの情熱的な言葉に、ポルカは顔を赤くしつつも、幸せそうに目を細めた。
「……事務的に見て、その成長率は……非常に『投資価値』が高いですわね。……カイル様。私も、貴方を愛しています。……これは、生涯を通じて減価償却されることのない、私の唯一の不変資産ですわ」
二人の影が、美しい夕焼けの中で一つに重なった。
北方の鉱山で、必死に算数のドリルを解かされているシリウス。
修道院で、一言も喋れずに豆を数え続けているルル。
彼らへの「ざまぁ」は、もはやポルカにとって、整理し終えた過去の不要なデータに過ぎない。
今の彼女には、守るべき国の未来と、愛すべき隣人がいる。
一円の誤差も、一人の裏切り者も、そして一瞬の不幸も。
最恐の監査官ポルカの算盤が、この国に響き続ける限り、二度と現れることはないだろう。
「……さて。カイル様。……夜食の準備の前に、隣国の最新の貿易収支、ちょっとだけチェックしてもよろしいかしら?」
「……ポルカ。……今夜だけは、算盤を置いて、私に抱きしめられていてください」
「……あ、あと一分だけ……一分だけなら……!」
最後まで事務に生き、愛に生きる。
悪役令嬢ポルカの物語は、生涯最高の「黒字」を記録して、ここに完結した。
――人生の最終決算、結果は、測定不能なほどの『幸福』なり。
王都、国王が座する玉座の間。
新婚旅行兼、全領地一斉抜き打ち監査から帰還したポルカ・アインザッツを待っていたのは、割れんばかりの喝采と、跪く文官たちの列であった。
国王アルベルト一世は、上機嫌で玉座から立ち上がり、ポルカに歩み寄った。
「ポルカよ、いや『監査の女神』よ! お前が旅先で暴いた不正、そして回収した隠し財産の総額……。事務方に計算させたところ、我が国の国庫は建国以来、最大の潤いを見せている。……これぞ正に、救国の偉業だ!」
国王は、金色の月桂冠を授けようとした。だが、ポルカはそれを優雅な仕草で制した。
「陛下。案件番号45『過剰な装飾品の授与による税金の無駄遣い』。……その冠、純金製でしたら今すぐ溶かして、地方の小学校の暖房費に充ててくださいまし。私には、この使い慣れた算盤があれば十分ですわ」
「……ははは! 最後の最後までこれか! カイル、お前の妻は本当に、一円の隙も無いな!」
国王の笑い声に、カイルもまた愛おしげな瞳でポルカを見つめ、その腰をそっと抱き寄せた。
「ええ。ですが、その隙の無さこそが、私の全財産を賭けて守り抜くべき宝なのです。……陛下。彼女のおかげで、この国の不純な数字(ノイズ)は消えました。これからは、透明で誠実な国政が行われるでしょう」
「……うむ。シリウスのような愚か者も、ルルのような虚飾の塊も、もうこの王宮にはおらん。……さて、ポルカ。英雄への報酬として、何か望むものはあるか? 領地か、宝石か?」
ポルカは少しだけ考え込み、カイルの顔を見上げてから、悪戯っぽく微笑んだ。
「……でしたら、陛下。王立監査部の『予算の永久保証』と、私の隣にいるこの有能な補佐官――カイル・アインザッツの『終身雇用権』を、私個人にいただけますかしら?」
「……ふむ。カイルの雇用権か。……それは余の管轄ではなく、お前たち夫婦の『個人契約』の範疇だと思うがな!」
会場に、今日一番の笑い声が響き渡った。
数刻後。夕暮れに染まる王宮のバルコニー。
喧騒を離れたポルカとカイルは、二人だけで静かに、平和を取り戻した王都を眺めていた。
「……終わりましたわね、カイル様。……婚約破棄を宣告されたあの日、私はただ、自分の人生の帳尻を合わせようと必死だっただけなのに」
「……ポルカ。あなたは帳尻を合わせただけではありません。……あの日、捨てられたはずの『悪役令嬢』という立場を、自らの事務能力で『救世の主役』へと書き換えた。……これは、歴史上最も鮮やかな逆転劇ですよ」
カイルが、ポルカの手を取り、その薬指で輝く結婚指輪にそっと触れた。
「……ところで、ポルカ。新生活が始まりますが……。私たちの家庭における『幸福度の年次報告書』、提出期限はいつに設定しましょうか?」
「……あら。……毎日が締め切り(デッドライン)ですわよ、カイル様。……貴方が私に愛を囁くたびに、私の心には『幸福』という名の純利益が積み重なっていきますもの。……一日の終わりに、必ず私の目を見て、その日の『愛の収支』を報告してくださいまし」
「……了解しました。……では、早速ですが、本日の報告を。……今日の私は、昨日よりも十パーセント増しで、あなたのことが好きです。……この数値、明日にはさらに上方修正される見込みですよ」
カイルの情熱的な言葉に、ポルカは顔を赤くしつつも、幸せそうに目を細めた。
「……事務的に見て、その成長率は……非常に『投資価値』が高いですわね。……カイル様。私も、貴方を愛しています。……これは、生涯を通じて減価償却されることのない、私の唯一の不変資産ですわ」
二人の影が、美しい夕焼けの中で一つに重なった。
北方の鉱山で、必死に算数のドリルを解かされているシリウス。
修道院で、一言も喋れずに豆を数え続けているルル。
彼らへの「ざまぁ」は、もはやポルカにとって、整理し終えた過去の不要なデータに過ぎない。
今の彼女には、守るべき国の未来と、愛すべき隣人がいる。
一円の誤差も、一人の裏切り者も、そして一瞬の不幸も。
最恐の監査官ポルカの算盤が、この国に響き続ける限り、二度と現れることはないだろう。
「……さて。カイル様。……夜食の準備の前に、隣国の最新の貿易収支、ちょっとだけチェックしてもよろしいかしら?」
「……ポルカ。……今夜だけは、算盤を置いて、私に抱きしめられていてください」
「……あ、あと一分だけ……一分だけなら……!」
最後まで事務に生き、愛に生きる。
悪役令嬢ポルカの物語は、生涯最高の「黒字」を記録して、ここに完結した。
――人生の最終決算、結果は、測定不能なほどの『幸福』なり。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
婚約破棄のススメ!王子の「真実の愛」見つけて差し上げます
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢メロア・クレーベルの隣には、非の打ち所がない完璧すぎる婚約者、ジークハルト王子が君臨している。このまま結婚すれば、待っているのは「王妃教育」と「終わらない公務」という名の過労死コース……。
「嫌ですわ! わたくし、絶対に婚約破棄して隠居してみせますわ!」
決意したメロアは、入学したての学園で、王子の「真実の愛の相手(ヒロイン)」を見つけ出し、自分を捨ててもらうという作戦を開始する。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。
ハチワレ
恋愛
「リリム・フォン・アスタロト! 貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの最中、婚約者である王太子エリオットから身に覚えのない罪を突きつけられた公爵令嬢リリム。隣には「真実の愛」を語るマシュマロ系男爵令嬢シャーリーの姿。
普通の令嬢なら泣き崩れる場面――だが、リリムは違った。
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
※他サイト様にも掲載中です
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる