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「……皆様。新婚旅行の最終目的地にふさわしい、実に『挑戦的』な帳簿ですわね」
隣国クレシェンドとの国境を守る要衝、ボーダー領。
ポルカは、歓迎の宴の席だというのに、メインディッシュの肉料理を横に除け、領主グレイヴ伯爵が提出した「国境警備基金・決算書」を凝視していた。
隣に座るカイルは、優雅に赤ワインを揺らしながら、冷や汗を流しているグレイヴ伯爵をじっと見つめている。
「ポルカ。せっかくのハネムーンの最終夜ですよ。伯爵が用意してくれたこの最高級のフィレ肉が冷めてしまいます。……そんなに面白いことが書いてありましたか?」
「ええ、カイル様。非常に面白いですわ。……グレイヴ伯爵。この報告書、事務的に見て『奇跡』と呼ぶべき整合性を保っていますわね。……ただ一点を除いて」
ポルカの指が、最終ページの右下、合計欄をぴたりと指した。
「……この、最後の一円。……なぜ、合わないのかしら?」
グレイヴ伯爵は、一瞬呆けた顔をした後、大声で笑い出した。
「……ははは! ポルカ様、冗談がお上手だ! 一円ですよ? これだけの数千万、数億という国境基金の運用の中で、たった一円の端数が出た。……それはもはや、計算上の誤差、あるいは筆記の際のインクの滴のようなものでしょう!」
周囲の家臣たちも「ははは、流石は最恐の監査官だ、細かい!」と笑い声を上げる。
しかし、ポルカは笑わなかった。彼女は算盤を手に取ると、一瞬で数百の駒を弾き、重厚な音を聖堂のような広間に響かせた。
「……案件番号44『一円の不一致を起点とする大規模資金洗浄の摘発』。……伯爵。事務職の格言にこのようなものがありますわ。『一円を笑う者は、一円の重みで圧死する』と」
ポルカの瞳が、青白く、獲物を捕らえる蛇のように細まった。
「……事務的に考えてくださいな。この一円の不一致。……これは、貴方が過去数年間にわたって、全取引の『一円未満』を切り捨て、それを秘密裏に集約させた際に生じた、システム上の『丸め誤差』の残滓ですわね?」
伯爵の笑いが、引きつった悲鳴のようなものに変わった。
「……な、何を言っている……! 丸め誤差だと……!?」
「ええ。一回の取引では端数に過ぎませんが、一日に数万件行われる国境検問の通行料、資材搬入の端数……これらをすべて特定の裏口座に流せば、年間で金貨五千枚以上の巨利を生みますわ。……そして、その計算式の末尾に、どうしても消しきれなかった『一円のエラー』。……それが、ここにあるのですわ」
ポルカは、別の隠し帳簿の写し――どこで入手したのか不明な、血の気が引くような資料を叩きつけた。
「……伯爵。貴方は、失脚したモルガン伯爵の残党と通じ、この『塵も積もれば山となる』式の横領金を、隣国の反乱軍へ横流ししていましたわね。……事務的に見て、このスキームは非常に効率的でしたが、残念ながら私の算盤の精度には及びませんでしたわ」
「……ぐっ、……ああああ! たった一円だぞ!? たった一円のために、私の完璧な計画が……!」
グレイヴ伯爵が逆上し、懐から隠し持っていた短剣を抜こうとした。
だが、その手首が動くより早く、カイルのフォークが伯爵の服の袖をテーブルに縫い付けた。
「……伯爵。私の妻は今、非常に機嫌が悪いのです。……新婚旅行の最後を、あなたのような『端数の計算もできない男』のせいで汚されたのですからね」
カイルが、氷のような微笑みを浮かべ、音もなく剣を抜いた。
「……近衛騎士団! グレイヴ伯爵、およびその共謀者をすべて拘束しろ。……罪状は国家反逆、および『監査官のハネムーンを台無しにした罪』だ」
騎士たちが雪崩れ込み、伯爵と家臣たちを次々と制圧していく。
静まり返った宴会場で、ポルカは大きく息をつき、ようやく冷めた肉料理にナイフを入れた。
「……ふぅ。カイル様、これでようやく、国内の『主要なゴミ』は一掃されましたわね」
「お疲れ様です、ポルカ。……一円の狂いも許さない。……その執念が、この国の最後の膿を出し切りましたね」
カイルが、ポルカの額にそっと唇を寄せた。
「……さて。仕事は終わりました。……あとは、私たち二人の『最終決算』……つまり、旅の終わりと、新しい生活の始まりを祝うだけです」
「……カイル様。……その前に、この宴会の経費。……伯爵が横領金で支払おうとしていた分、すべて没収して国庫に戻しましたので……。……私たちの食事代、自腹になりますわよ?」
「……ふふ。いいですよ。……あなたの愛という名の報酬があれば、私は一生、赤字経営でも構いません」
「……ダメですわ。……家計は常に黒字でなければ。……明日から、カイル様の小遣い帳も厳重に監査させていただきますわね」
「……それは、勘弁してほしいのですがね」
二人の笑い声が、国境の夜風に乗って響き渡った。
悪役令嬢から始まった激動の物語。すべての敵を「算盤」で打ち砕いた彼女の旅路は、いよいよ最高のハッピーエンドへと向かっていく。
隣国クレシェンドとの国境を守る要衝、ボーダー領。
ポルカは、歓迎の宴の席だというのに、メインディッシュの肉料理を横に除け、領主グレイヴ伯爵が提出した「国境警備基金・決算書」を凝視していた。
隣に座るカイルは、優雅に赤ワインを揺らしながら、冷や汗を流しているグレイヴ伯爵をじっと見つめている。
「ポルカ。せっかくのハネムーンの最終夜ですよ。伯爵が用意してくれたこの最高級のフィレ肉が冷めてしまいます。……そんなに面白いことが書いてありましたか?」
「ええ、カイル様。非常に面白いですわ。……グレイヴ伯爵。この報告書、事務的に見て『奇跡』と呼ぶべき整合性を保っていますわね。……ただ一点を除いて」
ポルカの指が、最終ページの右下、合計欄をぴたりと指した。
「……この、最後の一円。……なぜ、合わないのかしら?」
グレイヴ伯爵は、一瞬呆けた顔をした後、大声で笑い出した。
「……ははは! ポルカ様、冗談がお上手だ! 一円ですよ? これだけの数千万、数億という国境基金の運用の中で、たった一円の端数が出た。……それはもはや、計算上の誤差、あるいは筆記の際のインクの滴のようなものでしょう!」
周囲の家臣たちも「ははは、流石は最恐の監査官だ、細かい!」と笑い声を上げる。
しかし、ポルカは笑わなかった。彼女は算盤を手に取ると、一瞬で数百の駒を弾き、重厚な音を聖堂のような広間に響かせた。
「……案件番号44『一円の不一致を起点とする大規模資金洗浄の摘発』。……伯爵。事務職の格言にこのようなものがありますわ。『一円を笑う者は、一円の重みで圧死する』と」
ポルカの瞳が、青白く、獲物を捕らえる蛇のように細まった。
「……事務的に考えてくださいな。この一円の不一致。……これは、貴方が過去数年間にわたって、全取引の『一円未満』を切り捨て、それを秘密裏に集約させた際に生じた、システム上の『丸め誤差』の残滓ですわね?」
伯爵の笑いが、引きつった悲鳴のようなものに変わった。
「……な、何を言っている……! 丸め誤差だと……!?」
「ええ。一回の取引では端数に過ぎませんが、一日に数万件行われる国境検問の通行料、資材搬入の端数……これらをすべて特定の裏口座に流せば、年間で金貨五千枚以上の巨利を生みますわ。……そして、その計算式の末尾に、どうしても消しきれなかった『一円のエラー』。……それが、ここにあるのですわ」
ポルカは、別の隠し帳簿の写し――どこで入手したのか不明な、血の気が引くような資料を叩きつけた。
「……伯爵。貴方は、失脚したモルガン伯爵の残党と通じ、この『塵も積もれば山となる』式の横領金を、隣国の反乱軍へ横流ししていましたわね。……事務的に見て、このスキームは非常に効率的でしたが、残念ながら私の算盤の精度には及びませんでしたわ」
「……ぐっ、……ああああ! たった一円だぞ!? たった一円のために、私の完璧な計画が……!」
グレイヴ伯爵が逆上し、懐から隠し持っていた短剣を抜こうとした。
だが、その手首が動くより早く、カイルのフォークが伯爵の服の袖をテーブルに縫い付けた。
「……伯爵。私の妻は今、非常に機嫌が悪いのです。……新婚旅行の最後を、あなたのような『端数の計算もできない男』のせいで汚されたのですからね」
カイルが、氷のような微笑みを浮かべ、音もなく剣を抜いた。
「……近衛騎士団! グレイヴ伯爵、およびその共謀者をすべて拘束しろ。……罪状は国家反逆、および『監査官のハネムーンを台無しにした罪』だ」
騎士たちが雪崩れ込み、伯爵と家臣たちを次々と制圧していく。
静まり返った宴会場で、ポルカは大きく息をつき、ようやく冷めた肉料理にナイフを入れた。
「……ふぅ。カイル様、これでようやく、国内の『主要なゴミ』は一掃されましたわね」
「お疲れ様です、ポルカ。……一円の狂いも許さない。……その執念が、この国の最後の膿を出し切りましたね」
カイルが、ポルカの額にそっと唇を寄せた。
「……さて。仕事は終わりました。……あとは、私たち二人の『最終決算』……つまり、旅の終わりと、新しい生活の始まりを祝うだけです」
「……カイル様。……その前に、この宴会の経費。……伯爵が横領金で支払おうとしていた分、すべて没収して国庫に戻しましたので……。……私たちの食事代、自腹になりますわよ?」
「……ふふ。いいですよ。……あなたの愛という名の報酬があれば、私は一生、赤字経営でも構いません」
「……ダメですわ。……家計は常に黒字でなければ。……明日から、カイル様の小遣い帳も厳重に監査させていただきますわね」
「……それは、勘弁してほしいのですがね」
二人の笑い声が、国境の夜風に乗って響き渡った。
悪役令嬢から始まった激動の物語。すべての敵を「算盤」で打ち砕いた彼女の旅路は、いよいよ最高のハッピーエンドへと向かっていく。
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