泣いていると思いました? 残念、断罪を回避いたしますわ。

どんぶり

文字の大きさ
26 / 28

26

しおりを挟む
「……素晴らしい景色ですわね、カイル様。この切り立った断崖、そして眼下に広がる荒廃した農地。事務的に見て、非常に『監査しがい』のある光景ですわ」


 ガタゴトと揺れる豪華な馬車の中。新婚旅行(ハネムーン)という名の実地調査に出発したポルカは、窓の外を眺めながらうっとりと呟いた。


 彼女の膝の上には、地図ではなく、この地方の過去十年分の「作物収穫報告書」が広げられている。


「……ポルカ。普通の貴婦人は、ハネムーンで農地の荒廃具合を見て目を輝かせたりはしませんよ。もう少し、隣に座っている夫との甘い語らいにリソースを割いていただけませんか?」


 カイルは苦笑しながら、ポルカの細い肩を引き寄せ、その髪に指を這わせた。


「あら、カイル様。甘い語らいは、一日のノルマである『帳簿の照合』を終えた後の、自分への報酬(ボーナス)として計上しておりますわ。……見てください。このエッジ領の灌漑施設維持費。毎年多額の予算が下りているはずなのに、窓から見える運河は干上がって泥だらけですわよ」


「……なるほど。予算が『蒸発』したわけですね。事務的に見て、太陽光による自然現象とは思えません」


「ええ。人為的な熱量――つまり、領主の懐に入る際に生じた摩擦熱による消失ですわね。……カイル様、馬車を止めなさい。抜き打ちの実地監査を開始いたしますわ!」


 馬車が止まったのは、エッジ領の領主、ダスト男爵の屋敷の前だった。


 突然現れた豪華な馬車と、そこから降りてきた「監査ファイル」を抱えた美女に、門番たちは腰を抜かさんばかりに驚いた。


「な、なんだ貴様らは! ここはダスト男爵閣下の屋敷だぞ! アポイントメントはあるのか!」


「案件番号43『不適切な門前払いによる調査遅延の発生』。……門番さん。私は王立監査部のポルカ・アインザッツ。……アポイントメントなら、今この瞬間に私の算盤が発行いたしましたわ」


 ポルカは、算盤をチャッ、と一回弾き、冷徹な視線を門番に向けた。


「……ひ、ひいいっ! あ、あの『数字の魔女』が、なぜこんな辺境に!」


「……失礼ね。今は『数字の新妻』ですわ。……さあ、男爵を呼びなさい。彼が隠している『裏帳簿という名のハネムーンギフト』、今すぐ受け取りに参りましたの」


 屋敷の奥から、慌てて飛び出してきたのは、脂ぎった顔をしたダスト男爵だった。


 彼はポルカとカイルの姿を見るなり、揉み手をしながら卑屈な笑みを浮かべた。


「おお、これはこれは! カイル様、そしてポルカ様! まさか新婚旅行でこのような寂れた領地にお越しいただけるとは! さあさあ、今夜は最高のジビエ料理を用意して……」


「男爵。挨拶の文字数は最小限で結構ですわ。……それよりも、この領地の『橋の通行税』についてお伺いしたく。……先ほど通った橋、欄干が腐り落ちていましたが、徴収されている税金はどこへ消えたのかしら?」


「そ、それは……自然災害による突発的な修繕費がかさみまして……」


「嘘をおっしゃい。過去三年の気象データを確認しましたが、この地方に橋を破壊するほどの災害は発生しておりませんわ。……逆に、貴方の屋敷の地下にある『特注の金貨保管箱』。……これの購入費が、なぜか『公共事業費』の項目に混じっておりましたけれど?」


 ポルカが、ファイルをパッと開く。そこには、男爵が密かに注文した贅沢品の請求書と、領地の予算書が対比させて貼り付けられていた。


「な……な、ぜ、そのような末端の伝票まで……!」


「事務の力を侮らないで。……男爵。貴方が『これくらいバレないだろう』と思って捨てたレシートの半券、すべて私のネットワークが回収済みですわ。……事務的に見て、貴方の横領の手口は、計算ドリルを一問目から間違えている小学生レベルですわね」


 ポルカの算盤が、猛烈な速さで弾かれる。


「……出ましたわ。横領総額、金貨三千枚。……男爵、これらすべてを今すぐ吐き出していただきます。……あ、お詫びとして、領民の方々への『税の払い戻し』の事務作業、貴方の手で明日までに完遂していただきますわよ」


「ひ、ひいいいっ! 三千枚! そんなことしたら、私の生活が……!」


「領民の生活を犠牲にした結果ですわ。……カイル様、この方の拘束と、資産の差し押さえをお願いできますこと?」


 カイルは、優雅に頷き、控えていた騎士たちに合図を送った。


「……承知いたしました。……男爵。我が妻のハネムーンを汚した罪、その体でしっかり清算していただきますよ」


 男爵が泣き叫びながら連行されていくと、ポルカは満足げにファイルを閉じた。


「……ふぅ。カイル様、ハネムーン初日の『ノルマ』は達成ですわね」


「お疲れ様です、ポルカ。……さて、仕事が片付いたところで。……今夜の宿は、私が手配した『監査対象外』の美しい湖畔のヴィラです。……そこでは、数字の話は一切禁止。……私の愛の言葉だけを聞いていただく、プライベートな契約時間を確保させていただきますよ」


「……カイル様。……その提案、事務的に見て……非常に『不公平』ですが……。……今の私の満足度が上限を突破したため、異議なしで受理いたしますわ」


 ポルカは、カイルの差し出した手を握り、幸せそうに微笑んだ。


 ハネムーンという名の抜き打ち監査。それは、悪役令嬢から最恐の監査官へと転生(ジョブチェンジ)した彼女にふさわしい、正義と愛の旅路であった。


「……あ、でもカイル様。……ヴィラの宿泊料、もし不当に高かった場合は、領収書を精査させていただきますわよ?」


「……ポルカ。……今日だけは、その算盤をしまってください」


 二人の楽しげなやり取りが、夕暮れの辺境領に響き渡った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄のススメ!王子の「真実の愛」見つけて差し上げます

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢メロア・クレーベルの隣には、非の打ち所がない完璧すぎる婚約者、ジークハルト王子が君臨している。このまま結婚すれば、待っているのは「王妃教育」と「終わらない公務」という名の過労死コース……。 「嫌ですわ! わたくし、絶対に婚約破棄して隠居してみせますわ!」 決意したメロアは、入学したての学園で、王子の「真実の愛の相手(ヒロイン)」を見つけ出し、自分を捨ててもらうという作戦を開始する。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。

ハチワレ
恋愛
「リリム・フォン・アスタロト! 貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーの最中、婚約者である王太子エリオットから身に覚えのない罪を突きつけられた公爵令嬢リリム。隣には「真実の愛」を語るマシュマロ系男爵令嬢シャーリーの姿。 普通の令嬢なら泣き崩れる場面――だが、リリムは違った。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...