泣いていると思いました? 残念、断罪を回避いたしますわ。

どんぶり

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「……皆様、お集まりいただき感謝いたしますわ。ですが、本日のメインイベントは私の入場ではなく、未決算案件の最終処理ですわよ」


 王立大聖堂。オルガンの調べが厳かに響く中、扉が開いて現れた花嫁――ポルカ・ドット・ヴァイオリンの姿に、参列した貴族たちは一斉に腰を浮かせた。


 彼女が纏っているのは、公爵家に伝わる純白のアンティークドレス。その美しさは間違いなく、この世のものとは思えないほど神々しい。


 しかし、その右手には色鮮やかなバラのブーケ……ではなく、鈍い光を放つ革表紙の「最終監査報告書」が握られていた。


「お、おい……。あれはブーケじゃないのか?」


「まさか、結婚式の最中にまで『事務の刃』を振るうつもりか、あの令嬢は……!」


 会場に動揺が広がる中、祭壇の前で待つカイルは、呆れたような、しかしこの上なく愛おしげな笑みを浮かべて彼女を迎え入れた。


「……ポルカ。そのドレス、実に見事ですよ。……ただ、その右手の『凶器』が、演出としては少々刺激が強すぎませんか?」


「カイル様、失礼ね。これは演出ではなく『実益』ですわ。……案件番号42『結婚式におけるドサクサ紛れの脱税および不適切な経費計上』。……誓いの言葉を述べる前に、どうしても片付けておきたいゴミが見つかりましたの」


 ポルカは、祭壇の前でピタリと止まると、参列者席の最前列に座る一人の侯爵――トカゲのような目をした「ガメツ卿」を指差した。


「ガメツ侯爵。貴方、今朝提出した『祝儀の寄付控除申請書』。……事務的に見て、一桁多くありませんこと?」


 ガメツ侯爵が、椅子から転げ落ちんばかりに驚いた。


「な、なな、何を言い出すのだポルカ嬢! 今日は貴女の祝宴だぞ! こんな場で無粋な真似を……!」


「無粋なのは、お祝いの場を脱税の隠れ蓑にしようとするその精神ですわ。……カイル様、こちらの資料をご覧ください。……侯爵は、当式典への寄付と称して、実体のない『幻の慈善団体』へ資金を移動させていますわね。……あ、その団体の住所、侯爵の別荘の地下室と一致いたしましたわ」


 ポルカが報告書をパラリと捲る。その動作一つで、聖堂内の空気が法廷のような緊張感に包まれた。


「……くくっ。流石は私の花嫁だ。……ガメツ侯爵、彼女の指摘は一円の誤差もありません。……衛兵、侯爵には『愛の誓い』の代わりに『罪の告白』をしていただきましょう。別室へ案内しなさい」


「ひ、ひいいっ! 結婚式だぞ! 縁起でもない!」


 叫ぶ侯爵が引きずられていく中、国王アルベルト一世が額を押さえて立ち上がった。


「……ポルカよ。お前の情熱は理解したが、そろそろ余の出番を……。誓いの儀式を始めてもよろしいか?」


「ええ、陛下。……お待たせいたしましたわ。……カイル様、事務的な障害は排除されました。……これより、我々の共同事業……いえ、『夫婦という名の終身契約』の締結に移りましょう」


 ポルカは、報告書をカイルに手渡すと、ようやく彼の正面に向き直った。


 二人の視線が交差する。そこにあるのは、もはや数字や理屈ではない、確かな「信頼」という名の熱量だった。


「……カイル・アインザッツ。貴方は、私が深夜まで残業し、算盤を弾きすぎて指にタコができても、それを愛おしいと笑ってくださいますか?」


「……もちろんです、ポルカ。……あなたの爪の先から、その鋭い事務能力まで、私はそのすべてに投資し、守り抜くことを誓いましょう。……私の心臓の鼓動は、常にあなたの計算通りに動くことを、ここに署名します」


 カイルがポルカの手を取り、その指先に誓いのキスを落とす。


 会場からは、驚きと、そしてこれまでで最も大きな拍手が沸き起こった。


「……ポルカ。あなたの人生の収支、今日から私が黒字へと固定(フィックス)させていただきます」


「……カイル様。……事務的に見て、今のセリフ……最高得点を差し上げますわ。……責任を取って、一生私を甘やかしなさい」


 二人の唇が重なり、聖堂の窓から差し込む光が、銀細工のような美しい影を床に落とした。


 悪役令嬢と呼ばれ、婚約破棄されたあの日から始まった、逆転の物語。


 それは、最恐の監査官という新たな地位と、自分を誰よりも理解する最高の伴侶を手に入れたことで、一つの「完璧な決算」を迎えたのである。


 ……だが。


「……カイル様。……あ、あちらの司祭様のローブ。……刺繍の金糸が、予算で承認した量より五パーセントほど少なくありませんこと?」


「……ポルカ。……今は、私の目だけを見ていてください」


 新妻ポルカの「事務の刃」が完全に収まるまでには、もう少しだけ時間がかかりそうだった。
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