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「……却下です。全面的に、事務的に、そして情緒を抜きにしても、この予算案は『正気の沙汰』ではありませんわ」
王宮の円卓会議室。ポルカの声が、冷ややかに響き渡った。
彼女の目の前には、国王アルベルト一世が「良かれと思って」作成させた、ポルカとカイルの結婚式に関する『国家儀式予算概算書』が置かれている。
「ま、待てポルカ。これは我が国の英雄たるお前たちの門出なのだぞ? これくらい豪華にしなければ、王室の威信に関わるではないか」
国王が困惑したように髭を弄る。しかし、ポルカの「事務の刃」は、国王相手でも一切の容赦をしない。
「陛下。案件番号41『公私混同による国家予算の浪費および過剰演出の是正』。……まず、この『百メートルのレッドカーペット』。なぜ最高級の隣国製シルクを用いる必要がありますの? 参列者が踏みつけるものに、一平米あたり金貨三枚を投じるのは、歩くたびに貨幣を破砕しているのと同義ですわ」
「……う、む。だが、見栄えというものが……」
「見栄えで民の腹は膨れませんわ。……続いて、この『千羽の白い鳩を一斉に放つ』という演出。……鳩の調達費、訓練費、および放鳥後の『清掃コスト』を計算に入れましたの? 王宮の屋根が糞害で腐食した場合の修繕積立金まで計上されているなら、まだ納得いたしますけれど」
ポルカの算盤が、パチパチと乾いた音を立てて弾かれる。
「……出ましたわ。この演出だけで、国境警備隊の新しいブーツが五百足買えますわね。……陛下、私は鳩の羽ばたきよりも、兵士たちの足元の安定を優先いたしますわ」
「……はは、相変わらず手厳しい。カイル、お前からも何か言ってやれ。一生に一度の晴れ舞台なのだぞ?」
国王に話を振られたカイルは、優雅に微笑みながらポルカの隣に並んだ。
「……陛下。残念ながら、私も彼女の意見に賛成です。……いえ、むしろ私としては、予算の多寡よりも『時間の配分』に問題を感じております」
「時間だと?」
「ええ。この式典のスケジュール……スピーチと儀礼だけで五時間を超えています。……ポルカがその五時間を監査業務に充てれば、さらに二、三の汚職を発見できるでしょう。……つまり、この長い結婚式は、国家にとって多大な『機会損失』を生み出しているのです」
「……お前たち、本当に似た者夫婦だな! 愛を誓う場で、汚職の話をするやつがあるか!」
国王が呆れ果てて天を仰ぐ。
ポルカは眼鏡をクイと押し上げ、自ら修正を加えた『ポルカ流・合理化結婚式プラン』を提示した。
「陛下。こちらが私の提案です。……まず、参列者は重要人物に限定し、食事は地産地消のビュッフェ形式。……ドレスは私の実家に眠っていた『減価償却済み』のアンティークをリメイクいたします。……そして、最も重要な変更点はここですわ」
ポルカが指さした項目に、国王とカイルが同時に目を剥いた。
「……『結婚誓約書の署名を、そのまま新法案の承認印として利用する』だと?」
「ええ。式のついでに、私が長年温めていた『王宮会計透明化法案』に署名していただきますの。……華やかな宣誓と共に、国家の膿を出す。……これほど効率的で美しい門出が、他にありますこと?」
「……ポルカ。あなたは、バージンロードを歩きながら『監査の刃』を振るうつもりですか?」
カイルが、本気で感心したような、あるいは少しだけ戦慄したような声を出す。
「あら、カイル様。……貴方への愛を誓うことと、不正を許さないことは、私の心の中で同じ『一貫性』というフォルダに分類されていますの。……矛盾は一切ございませんわ」
「……くくっ。ははは! やはり、あなたを選んで正解だった。……陛下、この『監査付き結婚式』で行きましょう。……これこそが、新しい時代の象徴になります」
「……もう勝手にしろ。ただし、ケーキくらいは三段にしてやれ。……二段以下にしたら、余が泣くぞ」
国王の妥協案に、ポルカは少しだけ考え込み、算盤を弾いた。
「……承諾いたしました。……ただし、ケーキの糖分は私の脳の活性化に必要な分量として、経費計上させていただきますわね」
会議室に、穏やかな、しかしどこか事務的な笑い声が満ちた。
ポルカは、窓の外に広がる王都を見つめた。
「……カイル様。……私たちの人生の収支決算、これからが本番ですわね」
「ええ、ポルカ。……黒字の絶えない、最高の家庭を築きましょう。……もちろん、監査は毎日あなたにお願いしますが」
「……ふふ。……その役目、終身契約で引き受けさせていただきますわ」
二人の視線が重なり、甘い空気と「数字の正確さ」が入り混じった、不思議な幸福感が漂った。
国家行事としての結婚式。それは、悪役令嬢と呼ばれた一人の女性が、事務の力で国を変え、そして真の愛を確定(フィックス)させる、最高の決算日になろうとしていた。
王宮の円卓会議室。ポルカの声が、冷ややかに響き渡った。
彼女の目の前には、国王アルベルト一世が「良かれと思って」作成させた、ポルカとカイルの結婚式に関する『国家儀式予算概算書』が置かれている。
「ま、待てポルカ。これは我が国の英雄たるお前たちの門出なのだぞ? これくらい豪華にしなければ、王室の威信に関わるではないか」
国王が困惑したように髭を弄る。しかし、ポルカの「事務の刃」は、国王相手でも一切の容赦をしない。
「陛下。案件番号41『公私混同による国家予算の浪費および過剰演出の是正』。……まず、この『百メートルのレッドカーペット』。なぜ最高級の隣国製シルクを用いる必要がありますの? 参列者が踏みつけるものに、一平米あたり金貨三枚を投じるのは、歩くたびに貨幣を破砕しているのと同義ですわ」
「……う、む。だが、見栄えというものが……」
「見栄えで民の腹は膨れませんわ。……続いて、この『千羽の白い鳩を一斉に放つ』という演出。……鳩の調達費、訓練費、および放鳥後の『清掃コスト』を計算に入れましたの? 王宮の屋根が糞害で腐食した場合の修繕積立金まで計上されているなら、まだ納得いたしますけれど」
ポルカの算盤が、パチパチと乾いた音を立てて弾かれる。
「……出ましたわ。この演出だけで、国境警備隊の新しいブーツが五百足買えますわね。……陛下、私は鳩の羽ばたきよりも、兵士たちの足元の安定を優先いたしますわ」
「……はは、相変わらず手厳しい。カイル、お前からも何か言ってやれ。一生に一度の晴れ舞台なのだぞ?」
国王に話を振られたカイルは、優雅に微笑みながらポルカの隣に並んだ。
「……陛下。残念ながら、私も彼女の意見に賛成です。……いえ、むしろ私としては、予算の多寡よりも『時間の配分』に問題を感じております」
「時間だと?」
「ええ。この式典のスケジュール……スピーチと儀礼だけで五時間を超えています。……ポルカがその五時間を監査業務に充てれば、さらに二、三の汚職を発見できるでしょう。……つまり、この長い結婚式は、国家にとって多大な『機会損失』を生み出しているのです」
「……お前たち、本当に似た者夫婦だな! 愛を誓う場で、汚職の話をするやつがあるか!」
国王が呆れ果てて天を仰ぐ。
ポルカは眼鏡をクイと押し上げ、自ら修正を加えた『ポルカ流・合理化結婚式プラン』を提示した。
「陛下。こちらが私の提案です。……まず、参列者は重要人物に限定し、食事は地産地消のビュッフェ形式。……ドレスは私の実家に眠っていた『減価償却済み』のアンティークをリメイクいたします。……そして、最も重要な変更点はここですわ」
ポルカが指さした項目に、国王とカイルが同時に目を剥いた。
「……『結婚誓約書の署名を、そのまま新法案の承認印として利用する』だと?」
「ええ。式のついでに、私が長年温めていた『王宮会計透明化法案』に署名していただきますの。……華やかな宣誓と共に、国家の膿を出す。……これほど効率的で美しい門出が、他にありますこと?」
「……ポルカ。あなたは、バージンロードを歩きながら『監査の刃』を振るうつもりですか?」
カイルが、本気で感心したような、あるいは少しだけ戦慄したような声を出す。
「あら、カイル様。……貴方への愛を誓うことと、不正を許さないことは、私の心の中で同じ『一貫性』というフォルダに分類されていますの。……矛盾は一切ございませんわ」
「……くくっ。ははは! やはり、あなたを選んで正解だった。……陛下、この『監査付き結婚式』で行きましょう。……これこそが、新しい時代の象徴になります」
「……もう勝手にしろ。ただし、ケーキくらいは三段にしてやれ。……二段以下にしたら、余が泣くぞ」
国王の妥協案に、ポルカは少しだけ考え込み、算盤を弾いた。
「……承諾いたしました。……ただし、ケーキの糖分は私の脳の活性化に必要な分量として、経費計上させていただきますわね」
会議室に、穏やかな、しかしどこか事務的な笑い声が満ちた。
ポルカは、窓の外に広がる王都を見つめた。
「……カイル様。……私たちの人生の収支決算、これからが本番ですわね」
「ええ、ポルカ。……黒字の絶えない、最高の家庭を築きましょう。……もちろん、監査は毎日あなたにお願いしますが」
「……ふふ。……その役目、終身契約で引き受けさせていただきますわ」
二人の視線が重なり、甘い空気と「数字の正確さ」が入り混じった、不思議な幸福感が漂った。
国家行事としての結婚式。それは、悪役令嬢と呼ばれた一人の女性が、事務の力で国を変え、そして真の愛を確定(フィックス)させる、最高の決算日になろうとしていた。
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